第183話 オシャレ戦争・その17


 癒し系アホ犬のおかげで緊張がほぐれたパンジーは、準備された指定の場所へ座った。


 レストランの中庭には昼の太陽が降り注ぎ、テラス席や、観葉植物を照らしている。ゆったりとした時間が流れ、犬が気ままに芝生の上でごろごろ転がっている。


「ここでいいんですか?」

「ああそうだね。クラリスさんすみません。パンジー嬢のスカートが、上から見て円形になるよう広げて下さい」

「かしこまりました」


 テンメイの指示にクラリスが一礼し、パンジーに近づいた。


 整えられた芝生の上にはストライプ柄の布製レジャーシートが敷かれており、様々な小物類が中心部を空けて並べられている。小物類の主のごとく真ん中に座ったパンジーは緊張がぶり返したのか、身体を強ばらせた。


「失礼いたします」


 クラリスが膝をつき、パンジーの着ているワンピースを広げていく。


 総レースの膝丈ワンピースがレジャーシートに円を描いた。

 ペチコートを穿いているのでもちろん下着は見えない。


 パンジーが可愛い系の顔立ちなので、ワンピースにフリルなどの装飾はなく、大人の女性でも着れるデザインになっている。あまり甘い雰囲気にすると、一気にロリータ系へ傾いてしまう。『Eimy』のコンセプトにはそぐわないので、それは避けたい。


 腰を細い黒リボンで結んでベルト代わりにし、全体に締まりを出すアクセントにした。

 首にかけた大きめのネックレスは、胸の下まで伸びている。


 これらがパンジーの桃色の髪と融合すると……エンジェルの誕生ですわ。


 甘くなりすぎず、可愛さを最大限まで引き立てており、髪の桃色とワンピースの純白が合わさって彼女を別人へと変えていた。


「おお! 恋慕の神ベビールビルが中庭で遊んでいるようだ! 美しいっ!」


 まだクラリスがスカートを広げている最中だっていうのに、テンメイが叫んでシャッターを切った。

 カメラから写真用紙が出てきてひらひらと舞い、アシスタントがキャッチする。


「ではメイドの皆さん、小物の位置を少々変えます」


 テンメイは一刻も早く写真を撮りたいのか、大きな木製の脚立に上がってキャリーバックほどある大きさのカメラを担いだ。高さは三メートル。上から下へと見下ろす形でアングルを調整し、メイド達へ指示を出していく。

 重いカメラを支えるため、テンメイは身体強化をしているようだ。


 売れ筋のファッショングッズが、パンジーのスカートに合わせて位置を変えていく。


 ハンドバッグ、サンダル、化粧ポーチ、ポーチの中に入っている化粧品、杖、杖ホルスター、帽子、ネックレス、ペンダント、リボン。


 色とりどりの小物が、テンメイの指示で見栄えがいいように調整される。

 パンジーは緊張で固まったまま、その光景をぼんやり見つめていた。


「バッグから中身が飛び出したような雰囲気にしましょうか。バッグをパンジー嬢の右側へ……そうです。ポーチをその右上へ置いて、蓋を開けてください」


 テンメイがひどく集中した顔つきでカメラのレンズを覗きながら指示を出した。ゴールデン家のメイド二人とクラリスは、的確に小物類を配置し、作業が終わると揃って一礼して後方へと下がった。


「ではパンジー嬢、カメラを見て」

「は、はい!」


 テンメイの言葉にパンジーは上ずった声を上げた。

 出荷したてのロボットのように、角ばった動きでカメラを見上げ、彼女は硬い笑みを浮かべる。


「これは想像以上にいい画が撮れそうだ!」


 さすがはテンメイ。どんなときでも否定しない。


「恋慕の神べビールビルが露天販売をしているみたいに見える! すごくいいぞ!」

「……そうですか?」

「もちろんだとも! なんたって、モデルが可愛いからねぇ!」

「……まぁ」


 パンジーは満更でもないわと、はにかんで顔を伏せた。

 上から見るとどんな絵面になるのか気になって、テンメイに軽く断りを入れてから脚立をのぼった。邪魔にならないよう見下ろすと、パンジーの膝丈スカートがレジャーシートの上で円形を描いていた。


 布製レジャーシートの上に小さなお店を開くお嬢様、といった感じだ。

 スカートからのぞく細い足が可愛らしい。


「パンジー」


 軽く手を振ってやる。


「エリィさぁん」


 パンジーが嬉しそうに笑って手を振り返す。


「今ぞっ!!!」


 テンメイがすかさずカメラのシャッターを切った。

 写真が印刷され、ぺらりと用紙が落ちた。下で待ち構えていたアシスタントが素早く回収し、午前中と同じく背後に広げた布の上へ並べる。


「エリィお嬢様。どうやらあなたがここにいたほうが、パンジー嬢の緊張がほぐれそうだ」

「あらそう? ちょっとぐらぐらするけどここにいるわね」

「お嬢様。我々で押さえますので心置きなくご覧になってください」


 クラリスとメイドが脚立をしっかりと支えてくれた。


「パンジー、いまどんな気持ちかしら?」

「気持ち? うーんとね……」


 パンジーが人差し指を顎に添えて小首をかしげた。

 レジャーシートの上に女の子座りをし、レースのスカートをふわりと広げ、周囲に女子が喜びそうな小物を並べている彼女は、人間界に下りてきた人間好きの妖精みたいだった。


 彼女特有の桃色の頭髪が大きなアクセントになっている。

 コーディネートさえ間違えなければ、この髪は彼女の武器になるな。


「夢みたいな気持ち、かな? 好きな本に自分がモデルとして出るなんて、考えられないよ。どんな英雄譚の登場人物になるより、私は『Eimy』のモデルとして雑誌に載るほうが何倍も素敵だと感じるの」

「あら……そう言ってもらえると、この本を作ってよかったと思うわ」

「はい! エリィさんはグレイフナーの女性に夢と希望を与える人です!」

「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」


 そうだろうそうだろう。

 なんたって現代知識をフル活用しているからな。


「パンジー。その気持ちのままカメラを見てちょうだい。あなたの夢が叶っている最中なのよ? 楽しまなくっちゃ損ってものよ!」

「分かりました!」


 こちらに向かって親指を立てるパンジー。


「いただきだっ!」


 テンメイが速攻でシャッターを切った。


「ではパンジー嬢。両足を揃えて右側に持ってきて、両手を太ももの上へ……。クラリスさん」

「かしこまりました」


 パンジーが足をずらしたのでスカートの形が乱れる。手早くクラリスが直した。


 それから三十分ほど、パンジーが座ったままポーズを取って撮影が進んでいく。

 どうにか緊張はほぐれているが、テンメイに言わせるとまだ硬さが残っているそうで、雑誌に掲載できるレベルの一枚が撮れないとのことだ。このままでは納得できる一枚にするのは難しいため、一度休憩を挟むことになった。


 休憩の合図をしようとしたときだった。


 何かを相談していたエイミーとアリアナが、うんとうなずきあって、羽つきアホ犬を抱えてパンジーの前に立った。

 なんだ? 犬で和ませる作戦か?


「このブローチとワンちゃんを交換してくださいな」


 思わずズッコケそうになった。


 エイミーが両手で犬を差し出して、にこにこと笑っている。


「私はこっち…」


 続いてアリアナがレジャーシートの上に置かれたヘアバンドを指差し、犬の首をつまんで片手で突き出した。

 いや、雑! アリアナさん、犬の扱いが雑ですよ?!


「はふぅん……はふぅん……」


 犬、首根っこつかまれてるのにめっちゃ嬉しそうだな、おい。


「“芝生のお店”にご来店くださりありがとうございます! 当店はワンちゃんと商品の物々交換は行っておりませんよ?」


 灰色の大きな瞳を左右に動かし、楽しげにパンジーが二人を見つめた。


 意外にもパンジーがノリノリだ。

 そういや、一度でいいから雑貨屋の店番をやってみたいとか言っていた気がするな。可愛いじゃねえか。


「それは残念! でも試着だけならいいよね?」

「ええ、それはもう!」


 エイミーが手に取ったブローチを胸元につけると、パンジーとアリアナが褒めそやした。

 アリアナも同様にヘアバンドを試着して喝采を浴びる。

 気づいたら女子三人でわいわいと話し始めた。


 パンジーはよほど嬉しいのか、頬を上気させ、店番らしく並べた小物を商品に見立てて紹介していく。


 やがてエイミーとアリアナの二人はお礼だと言って、パンジーの膝の上に犬を置き、もう一匹を彼女の横へと寝そべらせ、カメラに映らないよう後方へ下がった。犬は相変わらず「はふぅん」とまぬけに鳴いている。


 これはチャンスだ!


「パンジー! 私にもお店を見せてちょうだい!」


 彼女の目線をこちらへ向けさせるため、大きな声で呼んだ。


「はぁい! 芝生のお店、どうでしょうか?!」


 彼女はひまわりのような明るい笑顔で両手を広げた。

 頬を染め、口角をくいっと上げて、不安を一撃でふっとばすような柔らかい笑顔だった。



 ——パシャリ



 俺の横からシャッター音が響き、三メートルある脚立の上から落ちる写真用紙がひらひらと空中を舞う。

 アシスタントはそれを芝生につく前に跳んでキャッチし、何か確信めいた表情でこちらへと掲げた。


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