第157話 計画するエリィ②

「お嬢様が砂漠へ“出張”されていた期間の売上げは、三億七千万とんで六千二百ロンでございます。詳細もお聞きになりたいですかな?」

「まあ! ずいぶん稼いだわね。是非、聞かせてちょうだい!」


 誘拐を“出張”と表現するウサックスへの好感度がうなぎ登りだ。やはりこの兎人のおっさんは根っからの仕事人なのだろう。そういう気遣い、いいね。


「まず雑誌の売上げですが『Eimy〜秋の増刊号〜』が一部六千ロン×一万部。『Eimy〜冬の特別号〜』が一部四千ロン×一万部。一月に冒険者協会と共同で製作した『冒険者協会認定・武器防具特集雑誌』が一部五千ロン×三千部」


 雑誌の売上げだけで一億一千五百万ロン稼いでいるのか。

『Eimy〜秋の増刊号〜』で六千万ロン。

『Eimy〜冬の特別号〜』で四千万ロン。

『冒険者協会認定・武器防具特集雑誌』一千五百万ロン。


 秋に続き、冬用の雑誌も出したが、生産と販売が追いつかなかったことと、エイミーとテンメイが俺を探しに砂漠へ旅立ってしまうことがあり、『Eimy〜冬の特別号〜』はコートのみを限定八種類特集したようだ。

 試しに見せてもらったら、ページ数もわずか二十ページ。

 まあこれは仕方がないだろう。限られた時間で先取りの撮影をし、よく刊行したといえる。


「次に広告収入の売上げが、一億六千万ロンです」

「え! そんなに?!」


 うそだろ?

 まだ雑誌三冊しか出してねえよ?


「お嬢様のアイデアは誠に素晴らしいですな。利に聡い大店が宣伝費用に価値を見出しており、すでに次号の広告もページの取り合いになっております。というのも、『Eimy〜秋の増刊号〜』で口紅を広告した『トワイライト』という化粧品の老舗は売上げが三倍になりました。口紅は未だに在庫切れ。予約待ち状態で、あそこの若旦那は嬉し泣きの悲鳴を上げておりますぞ。エイミー嬢に自社の商品を使って欲しいと言ってくる営業が連日、コバシガワ商会に押し寄せております」

「そこまでの反響なのね……」


 広告収入はスローペースになるだろうと予想していたが、真逆だった。エイミーの人気がすごい。エイミー経済効果、とでも呼んだほうがいいだろうか。ここまでの効果が見込めるなら、店側も広告を載せてくれと必死になるな。誰だって勝ち馬に乗りたい。


「クラリス殿がその流れを予想し、『トワイライト』とは口紅の売上げマージンを取る契約に致しました。売れれば売れるほど、こちらのポケットに金貨が入ってきます。現在10%の契約になっておりますぞ。そして四〜八千ロンの口紅が今やブーム到来でバカ売れ、持っていない婦女子があわてて買いに出ているようです。正直言ってボロ儲けでございますな!」

「クラリス、さすがね」

「わたくしは当然のことをしたまでです」


 特に誇る様子もなく丁寧にお辞儀をするハイスペックオバハンメイド。経営から秘書までこなす最高すぎるメイドだな、おい。日本でもこんなにデキる奴はいねえよ。


「今後はより厳選して広告を出さないといけないわね。どんなに条件が良くても『Eimy』のイメージに合わなければ却下。その判断は、私かジョーに仰いでちょうだい」

「かしこまりました」

「御意でございますぞ!」

「ちなみに化粧品の広告を出した店も?」


 気になって『止まり木美人』の状況を聞いてみる。


「そちらは広告料一括払いでございます。大盛況のようですね」

「まあ、それは嬉しいわ! あそこの店主はいい人だからね」

「お嬢様、マッシュ店主とお知り合いで?」

「何度か買い物をしたの。ああ、デートの約束もしたわね」

「な……なんと幸運な方でしょうか」

「そうよねえ。私とデートできるんだからねぇ」


 うんうん、と腕を組んでうなずいてみせると、顔が少し熱くなってくる。こういう調子のいいことを言うと、エリィが恥ずかしがるんだよな。太ってるときは平気だったんだけど、なんでだ?


「エリィ、その、デートってのは……?」


 ジョーが何を思ったのか仏頂面で尋ねてくる。


「大した約束じゃないわ。私が可愛くなったらデートしてあげる。その代わり商品を安くしてね、ってやりとりをしたのよ」

「へ、へぇ〜」

「きっとびっくりするわね」

「エリィはその……店主のこと、あれか? 気に入ってる、とか?」

「いやぁね! そんなんじゃないわよ!」

「そ、そっか! そうだよなぁ!」

「でも約束だから守らないとね」

「そう、だな。うん。いや、別に守らなくてもいいんじゃないか?」

「ダメよ。もう割引して化粧品買っちゃったもの」

「そうだな! うん! そりゃあダメだな!」


 ジョーが若干顔を赤くしながら、取り繕うように大きな声で否定した。

 まずい。ラブ&コメディーの波動を強く感じる。誰か真面目モードに戻してくれ。頼むっ。


「ではそちらもスケジュールに組み込んでおきます」


 クラリスが淡々と告げる。

 ナイスクラリス! ナイスメイド!


「まちたまへっ! いまデートというフレーズが聞こえたんだが、まさかアリアナとそこの帽子くるくるパーマがデェトするんじゃあないだろうね?!」


 ふっ、ふっ、と前髪を吹き上げながらポーズを取りつつ亜麻クソが近づいてくる。

 デート、のフレーズは庭の隅っこで気を失っていた亜麻クソを復活させるキーワードだったらしい。

 くそっ。せっかく流れそうだったのに蒸し返すなよ。


「しない…」

「しないぞ!」


 アリアナが、バリーからもらったオ・シュー・クリームというスポンジの上にクリームが乗ったお菓子をパクパク食べながら小首を振った。ジョーもあわてて否定する。


「キミィ! このぶぉくを驚かせるんじゃあないよっ! アリアナとデェトするのは水の精霊と呼ばれしこのドビュッシー・アシルなんだからねぇ!」

「えっ…?」


 本気の疑問を顔に浮かべ、アリアナが首をひねった。

 それを見て亜麻クソは、顔面に冷水をぶち撒けられたかのような悲壮な表情になり、顔中に皺を寄せた。


「ま、まちたまへ。僕らはデェトするだろう? 未来的にさっ」

「しない」

「君はいつかうんとうなずくんだ」

「うなずかない」

「はっはっは! なんたってぶぉくと君は運命の赤い糸で――」

「結ばれてない」

「愛しのアリアナよ! この僕にチャンスをくれたまへっ!」

「そんなものはない」


 アリアナは眉一つ動かさず全否定した。


「なんということだぁはぁん!」


 涙を真横に流しながら、亜麻クソが大仰な仕草で両手を広げて卒倒した。

 池の向こうにある庭の東屋へ移動したらしいスルメとガルガインの爆笑が聞こえる。二人と話していた、父ハワードとエリィマザー、サツキも楽しげに笑っていた。遠目から亜麻クソの勇姿を見たようだ。

 にしても、打たれても打たれても立ち上がる亜麻クソのハートがまじで鋼鉄並。


「残りの売上げ金額は、細かい広告料とミラーズからのマージンですな」


 そして完全スルーして話を戻すウサックスがリアル事務員。


 俺と目が合うと、おっさん顔を真面目に引き締めて、うむ、とうなずいてくる。

 にこりと笑ってうなずき返すと、ウサックスが「ですぞ!」と気合いを入れた。


 だいたい現状が把握できた。

 ミラーズとコバシガワ商会で合わせて動かせる金の額はあとで聞けばいいだろう。

 ここからの動きはいかに先回りするかがポイントだ。

 何もせずにいれば、ミラーズとコバシガワ商会は後追いの大きな波に飲み込まれるだろう。そして会社はなくなり、誰からも忘れられてしまう。


 サークレット家の『ミスリル』による圧迫。

 サークレット家と繋がっているバイマル商会と、バイマル服飾。

 キーパーソンになりそうなサウザンド家のご令嬢、パンジー・サウザンド。

 すべて把握しつつ、その他の“後追い”をしてくる新興勢力の確認もしないとな。


 今日が三月五日。

 学校の始業式が四月三日。

 『Eimy』発売予定日が四月二十日。

 魔闘会の“中日”が五月十二日。


 逆算していって、絶対にやらなきゃいけないリストを頭で組み立ててと。


 よし、だいたい考えはまとまった。

 想像するだけで……武者震いがする。かなり面白いことになるぜ。

 最近じゃ魔法のドンパチばっかりしてたからな。企画営業めっちゃ楽しい。うきうきしてくる。


 俺の言葉を待っているクラリス、ウサックス、ジョー、ミサ、その他のメンバーに視線を向け、今後の行動を伝えるべく口を開いた。



「オッケーみんな。じゃあ明日、私は国王様に会いに行くわね」



 爽やかなエリィスマイルで告げると、突然張り手をされたような仰天した表情を作り、全員が疑問と驚愕でワインを取りこぼし、一歩後ずさりした。


「え……ええっ!?」

「ど、どうしてそうなるんだ?!」

「お嬢様、話に何の脈絡もないですぞ!」

「またこの子ったら変なこと言い出して……」

「エリィはすごいね! 国王様に会えるんだね!」

「チャンポォォォンン」

「おどうだば! おどうだば!」


 唯一、冷静だったのはクラリスだった。


「何時に登城いたしますか?」


 さも当然です、といった様子で聞いてくる。


「そうね、朝一番で早馬を出してアポを取っておきましょう。午前中には終わらせたいわね」

「かしこまりました。ではそのように」

「な、なんか絶対会える的な空気で話を進めてるけど……?!」


 ジョーがホントか嘘か判断できずに、訝しげな表情と驚いた顔を混ぜこぜにして言ってくる。確かに日本だったら、ちょっくら総理大臣に会ってくるわ、と言っているようなものだ。信じられないのも無理はない。


「大丈夫よ。私、可愛いから」


 絶対にエリィが言わない言葉を言ってみる。

 やはり、顔面がオーバーヒート。思わず両手で頬を押さえてしまった。


「ああ、顔が熱いわぁ」


 ちょっと!

 なんか勝手に声が漏れてまっせーエリィさん。

 やめてー。


「自分で言って自分で赤くなっていますわ!」

「ど、どうしてそうなるんだ?!」

「お嬢様、可愛いですぞ!」

「変な子ねえエリィったら……」

「私もそう思う! エリィ可愛いから国王様に会えるよ!」

「エェェェクセレンッ」

「おどうだば! 胸がギュンギュンしますおどうだば!」

「エリィが可愛い…」


 アリアナが抱きついてくるので、狐耳をもふもふして精神統一を図る。

 ああー浄化作用あるわこれぇ。


「クラリス」

「なんでございましょう」

「千人から二千人ぐらい収容できるホールの目星を付けておいてね。一番街の王国劇場がいいんだけど、どうかしら」


 アリアナのかぶっている獣人専用ベレー帽ごと狐耳をもっふもっふしつつ、クラリスに聞いてみる。何となくピンときたのか、彼女は恭しく一礼した。


「かしこまりましてございます。登城前に場所の確認をしながら参りましょう」

「それがいいわね」



    ◯



 翌日の早朝、クラリスに頼んで王宮に手紙を出そうとしたところ、父ハワードが登城するとのことだったので、家を出る彼にそのままお願いした。そちらのほうが上の人間の手に渡り、国王の目に触れやすいためだ。ハワードはやけに嬉しそうだったな。やはり、父親ってもんは娘に頼みごとをされると気分が浮き立つものなんだろう。


 父が家を出て、一時間足らずで早馬がゴールデン家にやってきた。

 手紙にはグレイフナー国王が使用する花押が押されており、それが間違いなく国王からの返答だと分かった。


 そんなわけで、王宮に行くなら私も行く、と家にやってきたアリアナと二人で馬車に乗り、グレイフナー大通りを進んで王宮に向かった。御者はもちろんバリーで、クラリスとポカじいが同席している。


 今日は試作品の薄ピンクのツイードワンピースを着てみた。

 エリィの金髪と薄ピンクの組み合わせが女の子感を全開にさせ、垂れ目で優しそうな表情とあいまって可愛さが天井知らずだ。しかも、ジョーに頼んだら一晩でスカートの右横にボタンを付けてくれた。ボタンを外せば即席スリットになり、ムカつく貴族に上段蹴りを入れてもスカートが破れない。まあ、そんな物騒な事態にならないことを祈る。


 アリアナは、白の割合が八割の白黒タータンチェック柄のツイードワンピースで、形がノースリーブになっており、インナーに黒のシースルーシャツを着ている。胸元にはシルク生地のボウタイ付き。細腕が上品に見えてまじ可愛い。睫毛ながっ。つーか異世界にもシルクあるんだよね。希少だから日本の四倍ぐらい高いけど。


 これで上品なお嬢様二人の完成だ。


 クラリスは馬車内でポカじいを横目で見つつ、悔しがって歯噛みしている。

 昨日、寝る前の日課になっている十二元素拳の稽古風景を見て、クラリスはポカじいの強さを知り、複雑な胸中になったらしい。魔法バカのクラリスとしては色々聞きたいけど、こんなスケベじじいには質問できない、といったところか。


「バレてると思うんだけど、どう思う?」


 俺はポカじいに聞いた。


「うむ。九割九分九厘、といったところじゃろうな」

「そうよね」

「グレイフナー国王が直接面会する時点でほぼ確定じゃ」

「その確認も含めたアポ取りだったんだけど」

「やはり魔改造施設攻略の際、あれだけの冒険者の前で落雷魔法を使ったからのう。情報が漏れたんじゃろう。さすがグレイフナー王国の情報網、といったところか」

「あれだけ派手だと…他の人に言いたくなる」


 アリアナが、深めのカップに入ったハーブティーをごくごく飲みながら言う。

 まあそうだよなぁ。

 魔改造施設の攻略には百人ほどの冒険者と兵士が参加していた。口の軽い輩がいてもおかしくはないし、人間は時間が経つと秘密事も思い出話として語りたくなる。


「それにしても呆れるほどに素早い返答だったわね」

「さようでございますね。国王様らしいご返答かと」


 クラリスが保温機能付きポットを持ち、馬車内であるのに一滴もこぼさずアリアナのティーカップにおかわりを注いで、顔をこちらに向けた。


 エリィ・ゴールデンが会いたいと言っている。

 そう国王に告げてもらい、面会の許可が出た場合、俺が落雷魔法を使用できる情報が漏れている可能性が大、と考えた。それ以外の理由で、ただの学生に国王がその日のアポを許可するはずがない。エリィが可愛くても、お国のトップにそうそう会えるもんじゃないからな。


 早朝に早馬を出した結果は――『面会許可』。


 なので、グレイフナー王国上層部にはエリィ・ゴールデンは落雷魔法使用者だ、と露見しているだろう。国王と会うなら、自分が落雷魔法使用者であることを利用してやれと思ったまでだ。バレてないならないで、別の方法で会おうと思っていたが、結果は予想どおりだった。


「王国側がどうこうするとは思えんが、間違いなくこの先、注目されるじゃろう」

「そうよね〜」

「しかも朝一番で来いと言われたんじゃ。おぬしもそのつもりで会うしかないじゃろうて」

「いずれ呼び出されていたでしょうね」

「早いか遅いかの違いだけじゃ、そう腐るでない。尻でも揉んでやろうかい?」

「いらないわよ!」

「お嬢様、何かございましたか?」


——ビタンッ


「ひっ!」


 ガラス窓に、御者席から身を乗り出して顔面を張り付けているバリーがいた。

 まじやめて。ホラーだから。強面のおっさんがめり込むぐらいガラスに張り付いてるのとか不気味以外の何物でもないから。


「バリー、怖いからやめてちょうだいと何度言ったら分かるの」

「何やら大きな声が聞こえたもので」

「大丈夫だから前を見て運転してちょうだい」

「かしこまりました」


 まだ時間に余裕があったため、千人から二千人ほどを収容できるホールの場所を三つ確認しておいた。今後の計画に必要だ。

 

 王宮に着き、指定の場所へ馬車を停める。


 こうして俺とアリアナ、ポカじい、クラリスは王宮の門をくぐり、シールドの団員らしき屈強な戦士に連れられ、王の間へと続く長い回廊へと足を踏み入れた。

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