第147話 砂漠のシェイズ・オブ・グレイ②
エイミーがあわてて光魔法を唱えたおかげで、亜麻クソは数十秒で復活した。
「ぶぉくは諦めない! 決して諦めなひっ!」と叫ぶポジティブさだけは素晴らしいと思う。
いやーアリアナを落とすのは相当難しいと思うけどな。完全にギャグ要員になっている気がしないでもないが、まあ頑張れ。前向きな奴は好きだぞ。
とまあそんなこんなでガルガインの馬車修理が終わり、俺達は安全地帯までの移動を開始した。
進む方角は西だ。
これだけの戦力があれば、孤児院の子ども達をグレイフナーへ連れて行くことは可能だろう。
アメリア母さんはこのままグレイフナーへ戻る、と提案したが、事情を話したところ、ジェラまで一度行ってから、子ども達を連れて帰国することを了承してくれた。元々、オアシス・ジェラが目的地だったので、食糧はまだある。帰りの分はオアシス・ジェラで調達すれば問題ないだろう。子ども達が乗る馬車も手配しないとな。
あれだけ涙の別れをしたあとに出戻りするのは、ちょっと気が引けるが、まあ仕方ない。後々の笑い話になるさ。
それにしても、アメリアさんのことを心の中で何と呼んだらいいのか分からない。口に出すと「お母様」になるんだが、俺の母親でもないし、心の中で呼び捨てにするのは憚られる。とりあえず、エリィマザー、にしておくか。何となく。
「で、エリィ・ゴールデン。どうやったら落雷魔法を使えるようになるんだよ」
スルメが顎を突き出して、真剣に聞いてきた。
歩いている足は止めず、どう答えていいか分からずにポカじいを見る。
「ポカじい、スルメが落雷魔法を使うことはできるの?」
「ほっほ。天地がひっくり返ろうとも無理じゃな」
「ま、まじか……」
スルメは残念そうに肩を落とした。やはり落雷魔法はユキムラ・セキノ効果で人気のようだ。
「ねえスルメ。あなたいい加減に人のことをフルネームで呼ぶのやめさないよ」
「あん? 言われてみりゃあ面倒くせえな」
「これからはエリィ、でよろしくね」
「わあったよ。俺のことはワンズ、でよろしく」
「わかったわスルメ」
「全然わかってねえよな?!」
相変わらず大声でツッコミを入れてくるスルメ。
「つーかよ、このじいさんが、なんで落雷魔法のこと知ってるんだよ」
そう言って、スルメは会話の矛先をポカじいに向けた。
ポカじいはジョン・ボーンに貰った高級ワインを飲み、笑って答えようとしない。代わりに俺が回答する。
「この人が教えてくれたのよ」
「はあっ? どういうことだ?」
「この人、砂漠の賢者よ」
「砂漠の賢者って、あの、砂漠の賢者ポカホンタスのことか?」
「それ以外にいないでしょ」
「こんなスケベなじいさんが砂漠の賢者?! ありえねえだろ」
「私もそう思ったけど、実際にそうだから仕方ないのよね……」
「まじか? まじなのか? 証拠はあんのか?!」
「さっきの魔眼魔法を見てたでしょ? この人、上位上級魔法を数十秒で唱えるわよ」
「はぁっ!?」
スルメが驚愕してポカじいを見ている。
会話を片耳で聞いていたのか、全員がこちらに寄ってきた。御者をしているジョン・ボーンは、馬を操りながら聞き耳を立てている。亜麻クソは、修行の続きと言うことで、ロープを腰に巻いて走っているため馬車の後方だ。
馬車の中にいたエリィマザーが降りてきて、こちらにやってきた。
「何の騒ぎなの?」
「聞いて下さいよ。このじいさん、砂漠の賢者ポカホンタスらしいっす」
「何を言っているの? そんなわけないでしょう」
エリィマザーは鋭い眼光でポカじいを見ると、こちらに戻した。
ポカじいはワインをラッパ飲みしながらエイミーの尻を眺め、ご機嫌だ。
「いいえお母様。このじいさん……いえ、この方は砂漠の賢者です」
尻好きさえなければという残念な気持ちと、尊敬の念、両方を込めてエリィマザーに伝える。
爆炎のアメリアと言われたさすがのマザーも、狼狽の色を隠せない。
「そ、それは本当なの?」
「はい。強くて物知りで優しくて尊敬しています。スケベですけど」
「スケベは……めっ」
アリアナが警戒態勢の新兵のごとく、俺の尻を触らせないようポカじいに睨みをきかせている。彼女の態度はポカじいを否定するのではなく、だらしない父親を叱る娘のような、愛情溢れるものだ。もふもふもふもふ。
「納得は……できないけれど、落雷魔法をエリィが使えるようになっていることが、何よりの証拠なのかしらね」
「ほっほ。その通りじゃ」
ポカじいが嬉しそうにエリィマザーを見て、すぐさま真剣な顔になった。
「おぬしの娘に強力無比な魔法を勝手に教えてしまい、申し訳ないと思うておる。これについてはちぃとばかし事情がある故、あとでじっくり説明をさせてくれんかの。エリィの友人らにも聞いてもらいたいしのぅ。こうして皆が出逢ったことは、月の導きじゃろうて」
「あなた様は本当に……?」
砂漠の賢者なのか、という言葉を飲み込み、エリィマザーは鋭い眼光を地面へ落として何やら考え込んだ。
「エリィ、アリアナ。おぬし達に何度か聞かれた、他の複合魔法についても話してやろう」
「ポカじいは他五つの魔法について、詳しく知っているのね?」
「気になる……」
「知っているも何も、おぬしの他二人に魔法を授けておる、と言った通りじゃぞ。まだ、誰とは言えぬがな」
「まじで他の複合魔法のこと知ってんの? 俺が使える魔法ってねえの?」
たまらずスルメがポカじいに聞く。
「ほっほ。ないのぅ」
「まじかっ……!」
「こればっかりはどうしようもないぞい。まあ、おぬしは身体強化の才能がありそうじゃから、そちらを頑張ればいいじゃろ」
「まじ?! まじなのかそれはっ!」
「その様子からして適性は火じゃろ?」
「ウッス! その通りっす!」
ポカじいの威厳を感じてか、スルメが敬語になって敬礼している。
「一点集中型で訓練をしたほうがええじゃろ。エリィの母君のようにの」
「ウッス! 了解ッス!」
「話はあとじゃ。急がねば休憩地点に着く頃には真っ暗闇じゃぞ。エリィ、アリアナ、馬車を持ち上げて身体強化。わしはウマラクダを運んでやろう。先に待っておるぞい」
話を切り上げ、ポカじいがジョン・ボーンに御者席から下りるよう促す。そして馬車とウマラクダを連結しているロープを外し、自身の十倍はある体躯を右肩にひょいと担いだ。突然担がれたウマラクダが、すきっ歯をむき出しにして嘶く。
ポカじいは、“上の中”まで身体強化を掛けたのか、旧街道のレンガを派手に踏みならし、一瞬で俺達の前から消えた。
スルメ、エリィマザー、エイミー、サツキ、ガルガイン、ジョン・ボーンはぽかんと口を開けてポカじいが跳んでいった方向を眺めた。
テンメイは「オポチュニティィィィッ!」といってシャッターを切り、亜麻クソは馬車がようやく停まってくれたので「諸ぅぅ君ん! 僕は見事に走りきったぞぉう!」と叫んで足をガクガクさせた。
俺とアリアナは指示通り、身体強化を掛けて、よいしょと馬車を両脇から担いだ。
「さあみんな、行きましょ」
「ん……」
六人乗りの馬車を美少女二人が御輿のように担ぐ姿は、端から見てさぞシュールだろう。
○
全員で身体強化をし、旧街道を走る。
馬車は、魔力が回復したメンバーから順々に交代で担いだ。スルメ、エイミー、ガルガイン、サツキ、テンメイの五人はやけに連携がいい。そして全員が身体強化できることに驚いた。
どうやらエリィマザーの地獄訓練の成果らしく、あとでその内容を教えてくれるとのこと。一部、話したくない訓練もあるんだよね、とエイミーが顔を引き攣らせていた。
休憩地点へと付くと、ポカじいがウマラクダと共に待っていた。
金木犀に囲まれた野営地は、魔物の匂いが薄く、気持ちが随分と落ち着く。
すっかり暗くなった空に、焚き火の煙が立ちのぼっている。
食事の準備、テント設営、水の確保、薪の収拾などなど、キャンプさながらで、久々に再会した俺達はわきあいあいと分担作業をする。亜麻クソが、やたらとアリアナに自分をアピールしていて、笑いを誘う。馬車に乗って担がれていた癖に、よくそこまで自信満々になれるな。ポジティブも度が過ぎるとただの変態だ。
サツキともすっかり打ち解けた。竹を割ったようなスカッとした性格は、大変付き合いやすい。黒髪で和風な顔を見ていると、日本を思い出して心が和んだ。
スルメと親しげに話している様子には、俺の恋愛センサーがぴくぴく反応する。
あの二人、相性がいいかもしれない。
ジョン・ボーンは無口だった。聞くところによると、シールドの団員らしい。白魔法中級を使える俺に「さすがアメリアさんのご息女デス」と言って、跪いてくる。
「沿海州ではあなたのような美しい女性を『マーメイド』と呼びマス」
「まあ……」
「あなたは私にとってマーメイドであり、女神デス」
なんか口説かれてない?
顔が熱いよ、いつも通りね。
「そ、そのようなこと……」
「いえ、あなたは美しいデス」
「んまあジョン・ボーンさんったら」
「我がマーメイド。あなたに救われた命デス。お望みとあらば、あなたの為に、身も心も捧げまショウ」
「お、おほほほ……」
口に出した言葉がお淑やかモードになるぜ。
んああ! 耐えられん! 俺、男なんだけど?!
ごめんあそばせ、と言ってそそくさとアリアナの所に逃げ、心を落ち着かせるため素敵な耳をもふもふする。
くすぐったそうにアリアナが肩をすぼめて目をつぶった。ああ、全世界の癒しはここにあるな。
全員で焚き火を囲んで食事が済むと、エイミーとアリアナが食後のスープを配ってくれた。ポカじいとエリィマザーには赤ワインだ。
夜空は雲一つなく、見慣れた異世界の星々が降りそそいでいる。
「では、複合魔法について話をしようかのう」
ぽつりとポカじいが呟くと、遠くで魔物の鳴き声が聞こえた。かなり遠いため、こちらに来ることはない。全員が、自然と前のめりになる。
伝説の魔法使いから、伝説の魔法について語られるのだ。ポーカーフェイスのアリアナですら、興奮を抑え切れない様子だった。唯一、エイミーだけがすっとぼけて、「エリィと食べるとご飯が美味しいね」とスープをふうふう冷ましながら、柔和に微笑んでいる。我が姉はやはり大物だ。そして美しい。
「まずは“月読み”から話さねばの……」
我が師匠であり、スケベな伝説の魔法使い、砂漠の賢者ポカホンタス。
彼は、赤ワインの入った木製のコップを一気に煽って空にすると、訥々と語り出した。
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