第148話 砂漠のシェイズ・オブ・グレイ③


 満天の星空の下、ポカじいは語り始めた。

 焚き火にゆらぐポカじいを見ていると、ここがファンタジー映画の世界では、という錯覚に陥る。他のメンバーは思い思いのことを考えているのか、何も言わずにじっと耳を傾けていた。亜麻クソがさりげなくアリアナに、アハッ、とウインクを送っているのが鬱陶しい。アリアナはガン無視だ。


「十年に一度、月が頂点に届くとき、予知魔法“月読み”が使用できる。場所と時間を指定される、限定条件下で発動可能な魔法じゃ。使用可能な場所は世界で六カ所。砂漠、グレイフナー、セラー神国。他三カ所は、おぬし達の言うところ『冒険者最高到達点』より奥にある」


 『冒険者最高到達点』というのは、グレイフナー王国の南にある『冒険者同盟』から南下する『ユキムラ・セキノルート』で人類が踏破できる限界地点のことだ。ユキムラ・セキノが死んでから誰も世界の果てへは到達しておらず、数年に一度、世界の果て攻略隊が組まれるそうだが、成果は芳しくない。


 『冒険者同盟』から南へ進み、方向感覚を狂わせる森『倒錯の樹海』を抜けると、幅一キロ、深さ数百キロの亀裂が東西に延々と続いている難所がある。あまりにまっすぐな裂け目なので、人工的な雰囲気すら漂うこの難所、通称『奈落』と呼ばれている。落ちたら最後、絶対に上がってこれないらしい。浮遊魔法で飛び越えようとすると危険度A級の魔物に襲われ、橋を架けようとすると、まるで異物を排除するように、吹き上げる突風で粉砕される。


 ちょうど五年前、冒険者同盟は百人の猛者を集め、浮遊魔法が得意な魔法使いを一人選抜し、彼をひたすら援護して、何とか奈落を渡らせたそうだ。だが、向こう側へ辿り着いた勇敢な魔法使いは、一人で奥へ進むことを断念した。その先には、見たこともない植物や動物が見えたらしく、生きた心地がしなかった、と彼は語った。


 仲間の援護でこちら側へ戻ってきた勇敢な魔法使いは、『奈落』の先へ行った生ける伝説として、今も冒険者同盟で虎視眈々と世界の果て到達を目論んでいるそうだ。


「他三カ所は『冒険者最高到達点』と『世界の果て』の間に点在している、ということですね」

「そうじゃ。まあ、場所はあまり重要ではない。知識として憶えとってくれればよい」

「まさかとは思いますが……賢者様は『奈落』の向こうへ?」


 魔法関連に詳しいテンメイが、知的好奇心を抑えきれず立て続けに発言した。

 ポカじいが何でもなさそうに、うむ、とうなずく。

 テンメイ、スルメ、男性陣からは驚嘆の声が上がる。


「向こう側については話せぬ事柄が多いため、質問は受け付けんぞ」


 ポカじいが言うと、全員がため息を漏らした。

 テンメイが小声で「エェェクセエレンッ」と叫ぶと、さらにポカじいへ質問をぶつける。


「“月読み”は失われし魔法、と聞き及んでおりますが……?」

「ふむ、よく知っておったのぅ。“月読み”は千年前の魔法じゃ。アーティファクトの製造年号と合致するところから、おそらく古代武器と共に開発されたようじゃの。詳しい歴史的背景は、残念ながら分からん。わしは師匠から魔法を受け継いだに過ぎんのでのう」

「そうですか……」

「また、“月読み”はどの魔法属性にも当てはまらぬ魔法であり、身体強化と似ておる。己の心に月を落として未来のゆらぎを感知し、予言を頂くのじゃ。習得方法は千年前から秘匿されておったようじゃの」

「訓練すれば出来るようになるんですか?」


 サツキが背筋を伸ばし、凛とした声で尋ねる。まるで、優等生が先生に質問しているようだ。

 その横で、エイミーが美味しそうにスープを飲みながら、ふんふんとうなずいている。


「できぬ。この魔法は世界で一人しか使えぬらしい。師から弟子へ受け継がれた際に、師はその力を失うのじゃ。わしが力を引き継いでから、かれこれ六十年経つのう。頂いた予言は全部で六回じゃ」

「ポカじいは何を予知したの? それから何を予知できるの?」


 これは前から気になっていた。

 どのぐらい正確に“月読み”ができるのか。ポカじいが何を予知したのか。それこそノストラダムスの予言的なものなのか、自分が指定した未来を予知できるのか、それで今後の対応が大きく変わる。


「師から“月読み”を受け継ぐと、最初にまず『何を予知すればいいのか』を予知するのじゃ」

「あ、それは……便利ね」


 確かにその予知ならハズレがないし、効率がいい。


「どうやって予知を受け取るの?」

「何とも説明しづらいんじゃがの。脳内に直接文字を書かれる感じかのぅ。記憶が自動的に追加される、と表現すると正しいかもしれん」

「ちょっと気味が悪いわね」

「うむ。予言が発現したあとは、何とも言えぬ気分になるのぅ」


 勝手に記憶が上塗りされるって感じだろうか。

 例えるなら、覚えていない英単語を勝手に記憶している、とか。行ったこともない旅行風景を思い出すとか。………あまり気分は良くないだろう。


「私、前から気になっていたんだけど、ポカじいは自分のために“月読み”を使おうとは思わなかったの?」

「ふむ。もとより、わしらはこの世界の観測者のような立ち位置じゃ。己のために予知は使わんよ。ただわしも人の子じゃ……正直……後悔がないとは言いきれん………」


 俺の何気ない疑問に、悔恨が心情を埋め尽くす、といった苦渋の表情になり、ポカじいは焚き火へと目を落とした。片手で長い髭を上から下へと、確かめるように梳く。皺の刻まれた頬は真横に引き締められ、自責の念に駆られていた。


 ポカじいは今年で百八十三歳、と言っていた。

 それだけ長生きしていれば、今までの人生で色々あっただろう。ポカじいに師匠がいたことも驚きだ。

 師匠から“月読み”を伝授されたのが六十年前、ということは、ポカじいはそれまで師匠の元で修行をしていたのだろうか。それとも、予知魔法は訓練が必要ない、とか?


 何にせよポカじいがここまで辛そうな顔したのは初めて見た。

 きっと過去に、様々な人と出逢いや別れを繰り返し、ここまで来たのだろう。そう考えると、何とも哀愁がある格好いいじじいに見えてくるから不思議だ。


「なぜわしは尻のために“月読み”を使わなんだっ! 後悔してもしきれぬ!」


 ただのクソじじいだった。


「お師匠様に謝りなさい! この……スケベッ!」

「そんなこと言うたって気になるじゃろ?! 世界最高の尻に出逢うにはどうすればいいか、という大いなる予知をしようと何度思ったことか……くっ!」

「あのねぇ――」

「それはありがたい」


 ポカじいは俺の言葉を遮り、言葉をかぶせてくる。


「あとで尻を――」

「触らせないわよ」


 今度は俺が言葉をかぶせた。


「ええじゃろ減るもんじゃないし」

「い・や・よ」

「手厳しのぅ。いや、尻厳しいのぅ。エリィの尻はあとで触らせてもらうとして、わしは『何を予知すればいいのか』という“月読み”をしたわけじゃな」

「さらっとお尻さわる宣言しないでよね!」


 くすくす、とエイミーが笑うと緊張していた場の空気がいくぶん緩んだ。

 ポカじいがワインを手酌しようと動いたので、仕方なくお酌をしてやる。じいさんは嬉しそうに受け、ちびりとワインを飲んだ。


「一回目は『何を予知すればいいのか』に使った。すると、とんでもなく大ざっぱな指示が出てきてのう。これには驚いたの。“月読み”は、大ざっぱな予知には細かい回答がされ、細かい予知には大ざっぱな回答がされる、という特徴がある。わしが得た予知は類を見ないものであった」


 ポカじい曰く、例えば『世界が平和になるにはどうすればいい』といった大ざっぱな予知には、『とある日、とある場所で、とある人物を訪ねよ』など細かく指示が出て、『なくした財布の場所が知りたい』という細かい予知には、『西の風が吹く場所、水の音がし、赤い石がお前を待つだろう』などという、ヒントみたいなものになるそうだ。


 大ざっぱな予知のほうがどう考えても有用だ。元々、そういう用途で作られた魔法なのかもしれない。


 ポカじいが、一回目『何を予知すればいいのか』という問いかけの“月読み”で得た回答は、『今後すべて、己が何をするべきかを問え』というものだったらしい。


 ポカじいが今までに使った“月読み”の回数は全六回。

 残りの五回、『世界最高の美尻はいずこにあるか』という己の欲望のためでなく、『己は何をするべきなのか』という世界調和のために、ポカじいは“月読み”を行使した。


 この質問の予知結果は、本来なら明確な予言であるはずだった。

 しかし、二回〜四回目は実にふんわりした内容であり、解明するのに相当の時間を費やしたそうだ。


 予知結果はこうだ。

 二回目『流星の見える年、人の増えたる地下、新書を暴き、三つ目の悪魔が、臓物を引き出し、雷鳴の呪文を得る』


 三回目『泥の沼地、息のかかる者すべて、底なしに飽き、東西南北に風が吹き荒れ、緑の怪鳥が、生きる呪文を得る』『かの大地、竜頭に巻き込まれ、渦谷の鱗、赤子泣きやまぬ虚ろな時、理を視る呪文を得る』


 四回目『世界の果て、深淵を除き、二つを裂く支柱に描かれし呪文、無の発生なり』『太古の森、雪華作りし人、偽りの暮らし、幻想の外へ、遺跡にありし呪文、刻の詩なり』


 ほとばしる中二病!

 うなるファンタジー感!

 無性にわくわくしてきた。


 一見するとなんのこっちゃわからないが、すべて場所を表しているそうで、ポカじいは二回目の予言後、十年間旅をして落雷魔法の呪文を見つけた。

 次に、三回目、四回目は、同時にふたつの呪文を求める回答が出たため、二十年の時間をかけて、合計四つの複合魔法を手に入れた。

 三十年かけて複合魔法の呪文を五つゲットしたわけか。


 予言に従い放浪する、ひとりの魔法使い……。ローブがはためき、彼の行くところ、謎が解き明かされる。めちゃめちゃかっこいいな。


 どのように旅をしたのかは、長くなるので省かれてしまった。ポカじいは北の沼地から、南の世界の果てまで、全世界を回ったそうだ。


 旅の話はまたゆっくり聞きたいなぁ。クラリスがいたら、泣いて話を懇願するだろう。


「まるで、ポカじいに旅をさせる為の予言ね」

「ふむ。わしもそう睨んでおる。三十年旅をして、魔法の極意を得た」

「それにも意味があるのかしら?」

「あるのじゃろうな。じゃが、“月読み”はわしがすべきことを予知しただけであって、旅の過程で得た知識や魔法をどのように使うかはわしの自由であり、強制はしておらん。あまり予知にとらわれ過ぎんことが大事じゃとわしは考えておる」


 聞き入っていたメンバーは、しきりに感心している。

 パチパチと焚き火が音を鳴らし、炎の光がぼんやりとポカじいの顔を照らした。


 ポカじいの話は続く。

 旅を終え、砂漠に腰を落ち着けたポカじいは、五回目の“月読み”を行使する。

五回目は『十二元素拳・奥義習得の極意』が予知されたそうだ。門外不出のため、予知内容は教えてくれなかった。いや、めっちゃ気になるよ。


 そして六回目が、最も重要な『複合魔法を伝授する、人物、時、場所、条件の正確な予言』という結果だった。この六回目の“月読み”で、ポカじいはエリィに落雷魔法を授けたそうだ。


 予言をまとめるとこうか。


 二回目『複合魔法』

 三回目『複合魔法×2』

 四回目『複合魔法×2』

 五回目『十二元素拳奥義』

 六回目『複合魔法の伝授方法』


「複合魔法は全部で六種類じゃないの? なんで五種類だけなのかしら?」


 二回目から四回目で取得した魔法は落雷魔法を入れて、全部で五種類だ。これだと数が合わない。


「わからん。予言がされん、ということは、必要がない魔法なんじゃろう」

「そういうものなのね」

「そういうものじゃ」

「五回目の奥義修得、というのは?」

「わしが考案した体術。すなわち、おぬしが名付けてくれた十二元素拳の、最強攻撃方法じゃ。わしは『魔力内功』と呼んでおる。なぜ“月読み”がわしに授けたのかは不明じゃ」

「私が習得する必要があるのかしらね?」

「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん」

「曖昧ねえ」

「あくまでも予知、じゃからの。実際に動くのは我々生身の人間じゃ。考えもするし、間違った行いをする可能性もある。どうなるかはわからんもんじゃよ」

「あら。“月読み”の習得者として予言を全面的に信じていないのね」

「ほっほっほっほ。“月読み”は裏も表もない“魔法”じゃ。ちぃと特殊ではあるが、最終的に物事を決定づけるのは人の意志じゃよ。そういった意味では信じていないかもしれんのぅ」


 そう呟き、ポカじいはワインを持っていない手を強く握りしめた。過去の出来事に思いを馳せているのかもしれない。


 話が途切れたところで、アリアナが食事の際に作っていたのか、豆を煮て塩で味付けしたおつまみを全員に配った。見た目は枝豆と似ているが、どことなく里芋の風味を感じる。気が利くアリアナはいい嫁になれるな。間違いない。


 全員がここまでで思ったことを、取り留めもなく話していく。

 みんな心なしか興奮していた。

 失われし魔法“月読み”に、伝説の複合魔法。過去を語る伝説の魔法使い……か。


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