第140話 砂漠のラヴァーズ・コンチェルト①


 子ども達を救出してから一週間が経過した。


 サンディとパンタ国の戦争が終わる、という噂話がちらほらと出ているが、いつ終わるか分からない。理想としては、戦争が終わって封鎖が解かれ、『赤い街道』を進み『トクトール』を経由して、パンタ国からグレイフナーに入るルートが安全だ。


だが、ここまで長引いている戦争が、タイミングよく終わってくれるとは思えない。

ポカじいには『旧街道』を二人で抜けられる、というお墨付きをもらっており、野営や食糧調達の方法もアグナスやジャンジャン、クチビール、チェンバニーから砂漠の冒険中に教わっているので、準備が済めばいつでも出発できる。孤児院の子ども達をジェラに預け、『旧街道』ルートで帰国し、戦力を整えて送迎するほうが確実だろう。


 ここ一週間、俺とアリアナは治療院で寝泊まりをしている。グレイフナーの子ども達が仮宿としているため、一緒にいよう、ということになったのだ。

 そして朝昼晩の三回、“純潔なる聖光ピュアリーホーリー”をかけることを日課にしていた。


「じゃあみんな、目を閉じて楽しいことを思い浮かべてね」

「はーい」

「思いつかない人は田中のファイヤーダンスね」

「はーい」


 グレイフナー孤児院の子どもと、魔改造施設に捕らわれていた子ども魔法使い達が全員集まった。治療院の真ん中に俺が立ち、円形になるよう均等な配置で子どもが並んだ。こうすれば一度の詠唱で一気に魔法をかけれる。

ポーズは各々好きにしていいよ、と言ってあり、浄化魔法はリラックスしているとより効果が高まる。

全員集まると五十人。この人数に魔法を一気掛けするのは慣れた。


 それより問題はオアシス・ジェラの人達ね。


 “純潔なる聖光ピュアリーホーリー”を見物しに来る人が跡を絶たない。

 なんでも、ど派手な浄化魔法を使っているエリィの姿が本物の女神に見えるんだとか。三日前から西の商店街の人達が整理券を配って会場整理を行ってくれている。

まあ見るのは一向に構わないんだが、「ありがたや」といって祈りを捧げるのだけは勘弁してほしい。ほんとに。


 ルイボンなんかは領主権限、などと言って治療院の一番奥にある一段上がった席で、必ず浄化魔法を見物する。そして「ふ、ふん! 結構きれいね! そこそこにね!」という、褒める捨て台詞なる彼女らしい言葉を残し、嬉しそうに去っていく。


 時刻は昼過ぎ。

 治療院の窓や入り口は全開にされ、なるべく多くの人が浄化魔法を見れるように配慮されている。


「黒き道を白き道標に変え、汝ついにかの安住の地を見つけたり。愛しき我が子に聖なる祝福と脈尽く命の熱き鼓動を与えたまえ……“純潔なる聖光ピュアリーホーリー”」


 幾度となく唱え、魔力効率が良くなった“純潔なる聖光ピュアリーホーリー”が発動した。


 足元に精緻な白い魔法陣が浮かび上がり、身体から銀色の星屑が躍り出て楽しげに跳ねる。

 大量の星屑がきらきらと輝きながら子ども達の頭へと降りそそぎ、天からの祝福を浴びるように溶け込んでいく。

 子ども達の顔が、母親に抱かれたときと同じ、安らいだ顔になった。


 周囲から「ほぅ…」と感嘆のため息が漏れる。

 うん、みんなにはさぞ美しく見えることだろう。


 だがこっちは必死だ。五十人分の浄化魔法は魔力の消費が半端じゃない。霧散しそうになる“純潔なる聖光ピュアリーホーリー”を押しとどめるため、相当の集中力を要するし、魔力がごっそりと抜け落ちて、百メートルダッシュを連続で五回するぐらい息が上がる。


 魔法が終わって、はぁはぁ息してる俺も神々しいんだとか。


 観覧者、お金取るよほんと。エリィが怒るだろうけどマニープリーズ。子ども達の養育費にするからマニープリーズ。金貨のみ受付マァス。



    ○



 俺とアリアナ、ジャンジャンはルイボンから、西の商店街にある二階建ての空き屋を譲り受けたところだった。

コバシカワ商会の支部にする予定だ。

その帰り道、『バルジャンの道具屋』改め『バルジャンの温泉』を目指し、大通りを三人で歩いている。


 ちなみに、フェスティには個別に“純潔なる聖光ピュアリーホーリー”をかけている。朝昼晩と寝る前の四回だ。

 そのおかけで黒魔法の精神汚染は何とか解除できた。

 塞ぎがちな心のほうも、ジャンジャンとコゼットのおかげで回復の兆しを見せている。


 ジャンジャンから「フェスティが笑った!」という報告を日に何度か受けるようになっていた。

 それはいい。それはいいんだ。

 すごーく喜ばしいことなんだ。でも何か忘れてないかジャンジャン。


「で、ジャンジャン。いつ告白するの?」

「な、なんだいエリィちゃん藪から棒に」

「いつになったらコゼットに愛を伝えるのよ」

「えーっと……うーん…ははは」

「えっとうーんはははじゃないわよ! フェスティが戻ってきてコゼットの気持ちが落ち着いた今がチャンスなのよ? わかってるの!?」

「わかってはいるんだけどね」

「煮え切らない男、格好悪い…」


 シャケおにぎりをもりもり食べながら、アリアナが無表情でちらりと流し目を送る。


「うっ……」

「明日のクノーレリル祭で告白しなさいよ。さもないとコゼットは私がもらうわ」

「ど、どど、どういうことだいそれは?!」

「文字通り攫っていくわ。もちろん了解を得てからね。コゼットはグレイフナーの私のお店で働いてもらいます」

「エ、エリィちゃんならやりかねない…」

「ふふん。さあどうするか決めてちょうだいね」


 両手を腰に持ってきて、胸を張ってジャンジャンを見やる。

 エリィの大きいわがままな胸が揺れた。


「あ、白の女神エリィちゃんだ!」


 大通りを歩いていると大抵、こうやって声を掛けられる。だいぶ有名人だ。

 手を振ってきたターバンを巻いた子どもへ手を振り返す。


「ハロー」

「ハロー!」


 狐美少女のアリアナも相当の人気で、道行く人から声を掛けられている。ちなみに、この数日間で、何人かがオリジナル黒魔法“トキメキ”の実験と称して心臓を止められていた。

 彼女の可愛さは心臓を止める、というのがもっぱらの都市伝説だ。

 いや、噂じゃなくてほんとなんだけどな。


「わかったよエリィちゃん。俺も男だ」


 ジャンジャンは決意したのか、きりりと眉を寄せ、決然とうなずいた。


「今日、お祭りのあと、コゼットに告白する」

「ホント? ホントね? 絶対よ!?」

「ああ大丈夫。エリィちゃんにそこまで言わせてしまったことが恥ずかしいよ」

「絶対に成功するわ。だから自信を持ってコクってらっしゃい」

「ああ! コクる!」

「いいわよ! その意気よ!」

「やっとやる気出した…」


 コンブおにぎりをもりもり食べながら、アリアナがため息をついた。

 その割に、尻尾は左右に激しく揺れている。彼女は大の恋愛話好きだ。



    ○



 ということで夜になり、そわそわしているジャンジャンがコゼットと連れだって出掛けていった。男達はターバンを巻くしきたりらしく、ジャンジャンは普段つけないターバンを頭に巻いていた。


 めっちゃ緊張してたけど大丈夫だろうか。

 あまりに初心すぎて高校生、というか中学生の甘酸っぱい青春の一ページを思い出してしまう。まあジャンジャンには、相手の目を見て、はっきり「好きだ」と言いなさい、と言い含めておいたから問題はないと思うんだが……不安だ。


 一方のコゼットはかなりのおめかしをして嬉しそうに家から出て行ったな。

 お祭りの日は綺麗な服装をすることが通例らしい。フェスティのためにつけていたドクロのかぶり物も久々に外していた。

 いやーまさに恋する乙女っていうの?

 もう期待に胸を膨らませて、頬を上気させていたな。アリアナが「頑張って…」と声を掛けたら「あうぅっ」と可愛らしい声を上げていた。

 おいジャンジャン。ここまで期待させといて何もしなかったら、まじでコゼット頂いていくからな。俺、美少女だけど。


 そんな二人を俺とアリアナは見送ると、バー『グリュック』に入り、二階に上がってコゼットの部屋に戻り、自分たちも出掛ける準備をすることにした。

窓からは楽しげな喧騒が聞こえてくる。


 オアシス・ジェラでは一年に一回、人々の健康と繁栄を願い、婉美の神クノーレリルに祈りを捧げる。

 今はまだ戦争中ということもあり、簡単な縁日と踊り子による祭壇での演舞のみ、ということになったのよオホホ、とルイボンが言っていた。本来なら観光客が首都サンディや他国からもやってくる経済面でみても重要な祭なので、オアシス全体の総力を上げてやる行事なのだが、状況が状況なだけに仕方がないだろう。是非とも来年、観光で来たいものだ。


 バーのカウンターで黙々とグラスを拭くコゼットの親父さんに挨拶し、隣の家にいるガンばあちゃんにもいってきますと声を掛け、西の商店街を進む。さすが砂漠の町、ということもあり、お祭当日は鮮やかでエキゾチックなギャザースカートがそこかしこでひるがえっている。オアシスの人々は持っているとびきりの服で着飾って、中央広場を目指していた。


 俺とアリアナはコゼットに作ってもらった白の膝丈ジャンパースカートに、丸襟の半袖ブラウス。足元はサンダルで、アクセントを付けるためにバンダナに似たハンカチを頭に巻いている。

ブルーのバンダナを三つ編みで編み込むようにして巻く、お洒落巻き。

アリアナはポニーテールを真っ赤なバンダナで結わいている。きゃわいい。


 ぶらぶらと歩きながら知り合いと挨拶をかわし、西の商店街から大通りに入った。

 ちょうどそこで待ち合わせをしていたアリアナ遊撃隊の三人娘がこちらに気づき、嬉しそうに破顔して手を振っている。

 こちらも手を振り返すと、元気な虎娘、人なつっこい猫娘、真面目な豹娘が、尻尾をふりふりして駆け寄ってきた。


「ハロー! リーダー、エリィちゃん!」

「たこ焼き食べるニャ」

「リーダー、ボス、行きましょう」


三人はどうしてもバンダナでお揃いにしたいというので、虎娘のトラ美はグリーン。猫娘のネコ菜が黄色。豹娘のヒョウ子がピンクのバンダナを頭に巻いている。

なぜ女子はお揃いにしたがるんだろうか。某有名アミューズメントパーク、ネズミの王国にいくと、必ず同じTシャツを着ている女子グループがいるが、あの意味がわからん。誰か、女の子がおそろにしたがる集団心理の論文プリーズ。


「エリィしゃん、アリアナしゃん、今日も素敵な服でしゅね」


 その後ろから、ぬっと現れたのはクチビールだ。

 顔面が凶器のクチビールはボディガードとして呼んでおいた。デートしたいって行ってたし。


「ありがと」

「エリィのセンス…」


 しかしあれだよな。

 エリィ、こんだけ美人になったから惚れる男が増えるよな。クチビールは紳士的で対応が楽だけど、強引に迫ってくる男が今後いないとも限らない。その辺の対応も考えておかないと面倒くさくなりそうだ。美少女つれぇ~。


 俺、アリアナ、クチビール、三人娘、の六人でたわいもないことをしゃべりながら中央通りを歩いていく。


 通りの両側には各商店街からの露店が出ており、日本の祭と少し似ている気がしないでもないが、暖簾や作りのいい屋台などはなく、各店でサイズや規模はバラバラ。それがかえって面白く、つい歩きながらきょろきょろと見てしまう。


 それから、孤児院の子ども達には年少組以外、出店の手伝いをするように言ってある。たこ焼きがオアシス・ジェラの名物になりつつあり、人手が足りないってギランが言ってたからな。子ども達にはどんどん社会経験をしてほしいと思う。


 大通りには食べ物屋だけではなく、クジや、ゲームなんかの露店も出店されていて面白い。

やってみたいのは、極上魔力ポーションが当たるという触れ込みの胡散臭い魔法クジ、風魔法ウインドの的当て。途中、人だかりがすごかったのは、偽りの神ワシャシールの決闘法で賭けをしているゾーンだった。賭けの外れた客が胴元にバックドロップを決め、そこから乱闘騒ぎになり、どっちが勝つかの賭けに発展してやたらと盛り上がっていた。とりあえず何でも賭けにするのはこの世界の常識らしい。


 そこかしこでターバン姿の男達がエールや酒を飲んで馬鹿笑いしている。

 やはり全員がターバンを巻いているのは見ていて面白いな。観光気分だ。


 隣にいるクチビールが、まじで似合わないターバンを巻いているのには正直何度か吹いた。というより、今も吹いてしまった。ウケる。


「ひどいでしゅよエリィちゃん」

「似合ってなさすぎよ」

「巻くのに一時間かかりましゅた」

「砂漠の極悪盗賊団の下っ端って感じよ」

「しょれはあんまりでしゅよ~」


 前を歩いているアリアナと三人娘がきゃぴきゃぴと楽しそうに話している様子が微笑ましい。頭にぴょこんと乗っている獣耳にたまらなく癒される。

 俺とクチビールはこのスーパー癒し四人娘の護衛みたいなもんだ。

 かわいらしい四人に話しかけようと近づいてくる奴は大体クチビールの強烈な顔を見てぎょっとし、白の女神であるエリィの顔を見て遠慮をしてくれる。


「ねえエリィ…」


 アリアナが振り返った。

 なんだかその仕草が妙に色っぽくて一瞬どきりとしてしまう。


「なに?」

「耳を揉んで欲しい…」

「あー、リーダーずるいぞ! 私も!」

「あたしも揉んで欲しいニャ」

「ボス。揉んで下さい」


 なぜがおねだりをされ、狐娘、虎娘、猫娘、豹娘に囲まれる。

 目の前にはキツネの耳、左にはトラ柄の耳、右にはまだら柄の耳、その横にちょこんと小さなヒョウ柄の耳。


「しょうがないわねえ」


 もふもふもふもふ。

 もみもみもみもみ。

 つんつんつんつん。

 さわさわさわさわ。


「ん……」

「ひあっ!」

「ニャニャニャッ」

「わっふぅ」


 あーこれやっぱ世界平和だわー。

 癒されるー。ずっとこうしてたいー。


 しばらく耳を揉んでいると人だかりが出来てしまったので、後ろ髪を引かれる思いだったが両手を離した。

 他の知らない人に耳をもふもふされたら大変だ。

 特にアリアナの耳を触られたら、その不届き者に思わず“電打エレキトリック”して“電衝撃インパルス”して“雷雨サンダーストーム”しちゃうかもしれない。


「どうしたの…?」

「何でもないわ。さあ、行きましょう」


 まったり歩きつつ、中央広場に辿り着いた。すごい人だかりだ。

 クノーレリル祭のために特設ステージが組まれており、千人規模の大きなホール同等の舞台装置が設置してある。装置といっても全部が魔法が必要な仕掛けだから、やぐらの上に何人も人間がいるんだけどな。

照明やぐらのところなんかは、大きな筒状の器具に杖を突っ込んで光魔法“ライト”を詠唱している。どうやら色付きの布が仕込んであるらしい。布を通せば色とりどりの光線で舞台上をライトアップできる、という寸法だ。


背後には月夜に水面を輝かせるオアシスがあり、ハープや横笛の演奏が、聴き手の心まで入り込んでくるような、淡く、甘美な音色を紡いでいる。

女性の若い踊り子が音楽に合わせて一回転すると、ギャザースカートや腰まである幾何学模様に編み込まれたヴェールが扇情的にゆったりとひるがえる。旋律に合わせて青や赤の照明が点滅し、舞台裏にいるらしい魔法使いが“ファイア”で炎を出して場を盛り上げる。

文明の利器なんか思いっきり無視したリアルファンタジー。魔法もここまでくると芸術だな。

思えば遠くへ来たもんだ。


「きれいだね…」

「そうねぇ」


 アリアナが舞台を見ながらぼんやりと呟いたので、それに答える。

 近頃は彼女が何を考えているのがわかってきたような気がする。あまり言葉は必要ない。隣にいて、視線を交わせば何となくお互い満足できた。アリアナもどうやらそう感じているらしい。思えばアリアナともここまで心を通わせられるとは、出会ったときは想像もできなかった。魔法学校の合宿のときなんか、めっちゃ暗かったもんなぁ。



    ○


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