第138話 スルメの冒険・その12


 メソッド一番の観光都市ロロを出たオレ達は、予定通りに旅の行程を進み、ついに問題の『旧街道』に辿り着いた。

 喜んだのは亜麻クソだ。

 奴は旧街道に着くまでランニングしながら寝ずの魔力循環を行っていた。ついた途端にぶっ倒れてグースカ寝始めた。四徹してっから無理もねえ。

正直、ここまで弱音を吐かない根性があることにオレとガルガインは驚いていた。


 『旧街道』の入り口は物々しい雰囲気だ。

百五十年前までは街道の機能を発揮していた『旧街道』はじわじわ広がる魔物の活動範囲に浸食され、今では危険度がめっちゃ高い街道になっている。レンガが敷き詰められた道は長年管理していないせいで風化しているみてえだ。

入り口には三重に渡って木魔法下級“樹木の城壁ティンバーウォール”が張り巡らされていた。メソッドの兵士が街道から魔物が入ってこないように目を光らせている。


「ごきげんよう。わたくしグレイフナー王国、ゴールデン家当主ハワードの妻、アメリア・ゴールデンと申します」


 そう言って門番に向かって流麗なレディの礼を取るアメリアさん。

 無骨な皮の鎧を着た兵士が一瞬怪訝な表情をしたが、アメリアさんの尋常でない雰囲気を察して敬礼した。


「はっ! ご苦労様であります!」

「通達があったはずです。ご確認を」

「かしこまりました。おい!」


 迅速にやれよ、という圧力を込めたアメリアさんの視線が走る。

 近くにいた魔法防御力の高いシルバープレートを付けた隊長らしき兵士が冷や汗を垂らして大声でよばわると、すぐさま兵士二人が詰め所へ駆けていく。一分も経たないうちに戻ってきた。


「確かに通行通知書がグレイフナーから届いております!」

「良し。門を開けろ!」


 “樹木の城壁ティンバーウォール”に折り重なるようにして作られた巨大な鉄門がギシギシと音を立てながら上へと持ち上がっていく。三つの門が開くと、だだっ広い草原に真っ直ぐ伸びる一筋の街道が全貌をあらわにした。

 延々と草原の向こうへ街道が続いている。


「アメリア殿……失礼とは存じますが、メンバーはこれだけですか?」


 隊長らしいシルバープレートが念のため、といった口調で声を掛ける。


「ええ」

「しかしだいぶ若いようですが…」

「問題ありません。私とジョンは冒険者協会定期試験Aランク。黒髪の女の子はBランク。他の子達は全員Cランクです」


 ぴしゃりとそう言い、時間が惜しいといった様子でアメリアさんはジョン・ボーンさんに馬車を出すように促す。

 てめえ余計なこと言ってんじゃねえよ、とアメリアさんが今にもエクスプロージョンしそうな眼力をシルバープレートへ向けた。


正直、玉が縮み上がった。まじで。


ガルガインのスカタンは何がおもしれえのかニヤリと笑ってアイアンハンマーを担ぎ直し、その横でエイミーはあわあわと狼狽えている。サツキはさすが名門ヤナギハラ家の娘といった堂々とした佇まいで興味深げに鉄門を見ており、馬車の後ろでテンメイが今か今かとシャッターチャンスを狙っていた。亜麻クソは馬車で爆睡だ。

 オレはとりあえず兵士達に舐められねえようにガンを飛ばしておいた。


「し、失礼致しました!」


 シルバープレートとその場にいた兵士達が即座に敬礼した。


「ご苦労様」


 アメリアさんが優雅にねぎらいの言葉をかけ、馬車がゴトゴトと進みはじめた。

 いよいよ旧街道か。そう思うといやおうにも気持ちか高ぶってくる。


「来たな、ここまで」

「ああ」


 ガルガインの言葉にうなずいて、オレは生唾を飲み込んで鉄門をくぐった。



   ○



 足を踏み入れた『旧街道』はCランクの魔物が頻繁に出現した。

 逆をいえば、Cランクより下の魔物は現れねえ。


 というのも、街道に使用されているレンガには、魔物除け効果のある“魔頁岩石”と、魔物が嫌う臭いを発する樹木“金木犀キンモクセイ”が練り込まれており、低ランクの魔物は近づいてこれねえ。

 メソッドとサンディの交易が盛んだった時代に相当の金をかけてこの街道が作られた、とアメリアさんが教えてくれた。また、“魔頁岩石”と“金木犀キンモクセイ”は冒険者や旅をする者には絶対に必要な知識のため、見分け方も伝授してくれる。いざというとき自分たちで採取して、即席の魔物除けを作れるからだ。何でも知ってるアメリアさんカッケー。


 低ランクの魔物は現れないため出現種類が限られ、対処しやすいといえばしやすい。

 

オレ達はジョン・ボーンさん、サツキをメインにした陣形で街道を進んでいく。

 アメリアさんは監督役、ということで一切戦闘には参加してくれない。本当にやべえ――死ぬレベルのときだけ手助けしてくれるそうだ。


 ジョン・ボーンさんが戦いに参加してくれるから、死ぬレベルってAランクの魔物ぐらいじゃね?

つーかAランクの魔物といわれたら真っ先にボーンリザードを思い出す。

まあ、Aランクモンスターなんて滅多に出て来ないから大丈夫だろう。


 無口なジョン・ボーンさんが「アメリアさんなら一人で旧街道、歩けマス」と言っていた。やべえ。


『旧街道』に入って四日間で、Cランクの魔物、トリニティドッグ、ガノガ猿、蛇モグラ、魔式コウモリ、ジャコウオオカミ、魔火鳥、の六種の魔物が現れた。Bランクは、ガノガ猿・長牙種が一度だけ。

アメリアさんの訓練前のオレ達だったら、一匹にも勝てなかっただろう。

つーかBランクを全員で協力して倒せるようになっててまじ感動した。オレ達めっちゃ強くなったよなー。思えば身体強化もできなかったし、火魔法の上級を連射でぶっ放すなんてありえなかった。

なんかさっきAランク無理、とか思ったけど相性がよけりゃ倒せる気がすんな。


 あと重要なのは野営だ。

この『旧街道』には休憩地点が五つ存在している。

 人々の往来が激しかった時代に作られた、魔除けの“金木犀キンモクセイ”を大量に植林したキャンプ場が風化しているものの、まだ使用できる状態で残っている。さすがの魔物も、レンガに練り込まれて効力が弱くなった“金木犀キンモクセイ”ではなく、モノホンの“金木犀キンモクセイ”がビンビンに香りをばらまく場所へは侵入してこない。魔物にとって“金木犀キンモクセイ”の匂いは相当キツく感じる、というのが通説だ。全部、テンメイ談。


 問題は休憩地点以外で野営をする場合な。

 なんの対策もせずにテントを張ったら魔物に襲われちまう。


 そこでめっちゃ役に立つのがエイミーの木魔法だ。

 正直、木魔法は地味、と思っていたが、この旅で大いにオレは意見を変えざるを得なかった。木魔法便利すぎ。オヤジが冒険すんなら白魔法使いと木魔法使いはぜってぇパーティーに欲しい、と言っていた理由がよくわかる。


 野営では木魔法中級“精霊の鎮魂歌シルキーレクイエム”って魔法が非常に有用で、見た目には、ただ白っぽい木がにょきっと生えて葉っぱを揺らすだけなんだが、コレ、持続系の魔法で魔物の耳にだけ聞こえる嫌な音を出す効果がある。

 この木が生えている限りは大概の魔物は近づいてこない。

 下級にも同じ効果のある魔法があって、そっちでも効果は十分らしい。


 加えてアメリアさんの炎魔法下級“罠炎フレアトラップ”。

 遠隔操作系の魔法で、発動条件を術者が指定できる。今回は地中に魔法を隠しておき、魔物が通ったら襲いかかる設定にしたらしい。弱点は詠唱に時間がかかることと、微弱な魔力を常に流しこまねえと魔法が消えることだ。

それをアメリアさんは半径二十メートルの円形に張り巡らし、八時間持続させるんだから空恐ろしい。どんだけ魔力効率がいいんだよ。やべえぜ。



   ○



 野営の問題も魔法で解消し、旅は順調に進んでいた。

 旅の途中でアメリアさんに言われて上位の炎魔法の詠唱にチャレンジしたら、見事に成功した。

 クッソ嬉しい。ガルガインのボケナスの悔しそうな顔といったらねえな。無駄にペッペペッペとツバを吐いてやがった。

 まあ、あいつならすぐ出来るようになるだろう。


 旧街道に入って十日目、何度目になるかわからねえCランクのガノガ猿が三匹現れた。よだれを垂らし、長い腕で胸を叩くドラミングってのをしてこっちを威嚇してくる。素早い動きと腕の攻撃が強力なので注意が必要だ。


 すぐさま迎撃態勢を取る。

 ジョン・ボーンさんとサツキが左右のガノガ猿を相手取り、エイミーが迷いなく対象者に疲労軽減と体力回復の効果を付与する“精霊の樹木賛歌シルキーアンセム”を発動させた。


 エイミーの魔法のおかげで思いっきり走っても全然息が切れねえ。オレとガルガインは真ん中のガノガ猿に攻撃を仕掛けた。


「スルメ!」

「おうよ!」


 ガノガ猿が長い腕を振り回してこちらに突進してくる。

 オレ達をごちそうだと思っているらしい。ふざけんなよ。


 目くらましに下位下級“ファイア”を最大火力で連発させると、ガノガ猿が素早い動きを少しばかり遅くさせる。

 そこへ“ファイアボール”三連射。

二発は外れたが、一発がガノガ猿の顔面にぶち当たった。視界を潰された大型の猿は、ぎょわわ、という汚ねえ悲鳴を上げて顔面を両手で覆った。


「どらぁ!」


 身体強化したガルガインのアイアンハンマーがガノガ猿の土手っ腹にめり込み、敵がたまらずに身をくの字に折り曲げて悶絶する。

 すかさずオレは火魔法上級“ファイアランス”を発動させ、一気に放出した。

 ゴオオッと音を立てながら弓矢ばりのスピードで“火槍ファイアランス”が飛んでいき、ガノガ猿にぶち当たって上半身を丸焦げにした。


 ジョン・ボーンさんが身体強化“下の上”であっさりガノガ猿を切り飛ばし、サツキは得意の風魔法“ウインドソード”の連射でガノガ猿を真っ二つにした。やっぱつええな二人とも。


「諸君っ! 素晴らしい活躍じゃあないか! リーダーとしてぼくは鼻が高いよ!」


 馬車の中で逆さ吊りになっている亜麻クソが叫ぶ。

 いつも通りぴゃあぴゃあと何か言う亜麻クソは全員でフルシカト。エイミーだけが律儀にうなずいている。


 にしても逆さ吊り魔力循環……あれオレ達もやったわー。


「まだ余裕があるみたいね」


 アメリアさんがちらりと見て、わざと身体を押した。

 ぶらんぶらんと亜麻クソが振り子のように左右に揺れる。


「まだまぁだ、余裕ですよ! アッメリア奥様! はっははははっ」

「それは頼もしいことね」


 とか笑ってる亜麻クソの顔は逆さ吊りのせいで真っ赤だ。


「エイミー、あの相手なら木魔法の下級でいいんじゃない? “精霊の樹木賛歌シルキーアンセム”はかなり魔力を消費するでしょ。もっと強い敵が出てきたときに使えない、なんてことになるとまずいわ」

「まだまだ大丈夫。でもサツキちゃんがそう言うならそうする」

「そのほうがいいわ。ありがとう」

「あまり木魔法の補助に慣れすぎるのはよくないデス」


 サツキとエイミーの会話にジョン・ボーンさんが忠告を入れてくる。

 まあ言われてみりゃたしかにそうだな。ここ最近はずっと木魔法の補助ありで戦ってきたから、これが当たり前みてえになると補助がないときに動きが鈍るかもしれねえ。


「そんなら次はなしでやってみようぜ」

「いいわね、そうしましょう」


 オレの提案にサツキが乗ってきた。


「エイミーは後ろから全体を見てウォール系で敵の攻撃を妨害したり、拘束系の魔法を使ってくれよ。おめえは連携の練習。オレ達の木魔法補助なしの練習になるぜ」

「スルメにしてはいい提案ね! スルメにしては!」

「うるせえ」

「オッケ~」


 サツキに文句を言って、エイミーが垂れ目でウインクして了解する。


「エェェェクセレンッッ!」


 今まで何もせずカメラを覗き込んでいたテンメイが、また意味のわかんねえタイミングでシャッターを切った。


「いやぁいい絵が撮れた! 契りの神ディアゴイスに特大の感謝をっ!」

「おめえは写真ばっか撮ってねえで仕事しろよまじで!」

「まあまあスルメ君。旅は道連れこの世はファンタスティックベイベーっていうだろう?」

「いわねえよボケ!」

「おや? エリィ嬢が、旅は道連れでこの世はファンタスティックなベイベェ~と鼻歌を歌っていたんだが…」

「しるか!」


 さて、写真バカの相手をして時間を潰すわけにもいかねえ。

そろそろ移動しねえとガノガ猿の血の臭いで他の魔物がやってくるだろう。ガルガインも同じ事を思っていたのか、無言で馬車を進めようと御者席へ上がろうとしている。


 ガルガインが御者席に片足をかけた状態でぴたりと止まってツバを吐く。

なにやら耳をすましている。


「どうした?」

「どうにも嫌な感じがするぞ」


 ドワーフの種族特性なのかは知らねえが、こいつの勘は結構当たる。


 と思ったそのときだった。

 アメリアさんが大声で叫んだ。


「その場に伏せなさい!」


 全員、訓練のたまものなのか、間髪入れずにしゃがみこんだ。

 オレとテンメイの頭上を、ぶぉんと何かが通りすぎる。


「――なんだ!?」

「わからない!」

「スルメ、テンメイ、陣形を!」

「おうよ!」

「了解!」


 サツキの声でオレとテンメイは身体強化をかけて駆け寄る。

連携を取ろうとしたところで、先頭にいたジョン・ボーンさんが何の前触れもなく吹っ飛ばされた。


「なっ……?!」


 魔法じゃねえ!

何もねえのに、ジョン・ボーンさんがボールみたいに上空へ吹っ飛びやがった!


「くっ……!」


 サツキが飛び出し、腰に差していた小太刀を抜いて構え、身体強化“下の上”を一気にかける。



―――ドゴッ!!!!



「きゃっ!」


 サツキの足元で街道のレンガが弾け飛び、衝撃を受けて細身の身体が後方へ横滑りしてきた。

 身体強化のおかげでダメージはないようだ。オレはがっちりとサツキを受け止めた。


「“ファイアウォール”!」


 どっから攻撃されてんのかわかんねえ!

杖をポケットから引き抜いて火の壁を前方へ二十メートル展開させる。

 オレ達はあわてて後方へと下がった。


「ありがと」

「気にすんな。それより…」

「相手の姿が見えないわ」

「“サンドウォール”!」


 ガルガインが馬車とオレ達を守るように土壁を張り巡らせた。強度より範囲重視だ。

 続いてエイミーがあわあわしながら合流する。

 オレはサツキから手を離して地面へ下ろし、テンメイをちらりと見た。

 テンメイはカメラを両手で抱えたまま、ごくりと唾を飲み込んで口を開く。


「図鑑の情報が正しいならカブラカメレオンだろう。皮膚で光を屈折させ透明化するAランク指定の危険な魔物だ。皮膚が硬く、獰猛、おまけに雑食だ」

「Aランクかよ!」


 この旅で始めてAランクの魔物が現れやがった。

 しかも透明化するだと?

反則もいいとこじゃね?

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