第105話 スルメの冒険・その10



 冒険者協会定期試験をクリアしたオレたちは、三日の準備期間をアメリアさんにもらい、装備やらを調えて、オアシス・ジェラへと向かうための馬車へ乗り込んだ。


 家の連中に激励のため散々酒を飲まされて、ちょい二日酔いだ。

オヤジはオレがCランクになったことをやたら喜んでいたな。あとはアメリアさんの点数をいつか越えると息巻いていたが、オヤジが8位で788点に対し、アメリアさんは3位で879点だ。よほど強くならねえと越えられねえ。まあオレも最終目標はアメリアさんに勝って、より強くなることだ。気持ちはわかる。


 オアシス・ジェラ到着まで一ヶ月を予定している。

首都グレイフナーを出て西に進み、『青湖』を渡って『湖の国メソッド』へ入国。さらに西進して難関の『旧街道』を踏破し、『砂漠の国サンディ』を南下して、ようやくオアシス・ジェラに到着する。


メンバーは、オレ、ガルガイン、エイミー、サツキ、テンメイ、アメリアさん、ジョン・ボーンの七名だ。

Aランクが二人、Bランクが一人いるから道中の魔物は問題なく対処できるだろう。それこそボーンリザードみてえな化け物クラスの魔物が現れなけりゃな。


こう言っちゃ何だが、冒険ってわくわくするよな。

エリィ・ゴールデンの驚く顔が早く見たいぜ。


 ジョン・ボーンが御者をする馬車は、アメリアさんが結構な金をかけて用意させたもんだ。揺れが少なく、スピードが出る。七人分の荷物と食糧を積んで、全員が乗っても余裕がある大きさだ。


何事もなく順調に首都グレイフナーから西へ二日進んだ。しかし、国境を越えるあたりで、異変が起きた。

 馬を休憩させ外に出て体をほぐしていると、エイミーが血相を変えて馬車から出て、オレとガルガインの肩を叩く。


「た、た、樽が動いてるよ!」

「ああん? んなわけ……まじだな」


 エイミーが幽霊を見たようなびびった顔で言ってきたので、馬車に積んであった樽の一つをガルガインと見ると、確かに不自然にガタガタと動いていた。


「なんで動いてんだ?」

「魔物が入り込んだのかもしれねえ……ハンマーでぶっ壊そう」

「変なの出てこないよね?」

「エイミー、おめえびびりすぎだろ」


 完全にへっぴり腰になっているエイミーは美人が台無しだ。


「私、聞いたことがあるの。ユキムラ・セキノの伝記で、馬車に入っていた樽が突然動き出して、中に入っていた凶悪なスライムが馬車ごと御者を飲み込むってお話。スライムが巨大化してしまい、退治するのに一週間かかったんだって……」

「まじ?」

「スライム…ペッ」

「スルメ君、ガルガイン君、気をつけて」


 ガルガインと目配せをしてゆっくり馬車に足をかけ、“下の中”のパワーで身体強化し、揺れている樽を持ち上げた。大した重さじゃねえ。ガルガインは杖をポケットから引き抜き、いつでも魔法が使えるように樽へと照準を合わせている。


「ゆっくり移動するぞ」

「……ペッ」


 樽を睨んだまま首肯したガルガインを確認して、野外へと運び、樽をそっと道の真ん中に置いた。

 何事かと集まってくるメンバーに、エイミーが事情を説明する。

 その間にも樽はガタガタと不規則に揺れている。


「オレは“ファイヤーボール”てめえは“サンドボール”だ」

「わかった」


 樽から距離を取り、オレとガルガインは杖を構え、下位中級“ファイヤーボール”と“サンドボール”を同時にぶっ放した。



―――ゴオオオオッ


―――バガァン


―――ぎゃああああああああああああっ!!!



 火のかたまりと土のかたまりがぶち当たって樽を粉々にし、中に入っている生物らしき何かにダメージを負わせ、悲鳴が上がった。

 その生物はスライムでも魔物でもなく、不格好に尻を押さえて飛び跳ねている。


「あああ熱いぃぃい一体何が起きたんだぁ! 天変地異っ?!」



 その生物はキザったらしく尻をさすりながら、うざったく髪をかき上げて、うっとおしくズビシィッとポーズを取る、亜麻クソだった。



 なんで樽ん中に亜麻クソがいるんだよ………。



 メンバー全員が呆然として視線を亜麻クソに集中させると、あいつは尻を片手で押さえながら高らかに笑った。


「はーっはっはっはっはっは! 諸君! 国境を越えるまで我慢しているつもりだったんだけどね、この僕を旅のメンバーに加えないなんてありえないことだよ! さあつるっぱげで色黒の御者の君っ。早く出発したまえ」

「亜麻クソてめえどうしてここにいるんだよ!?」

「どうしてって決まっているじゃあないか。エリィ・ゴールデン嬢を助けに行くんだろう?」

「だーかーらぁーっ。どうしててめえがエリィ救出隊のパーティーに潜り込んでんだって聞いてんだよ!」

「はーっはっはっはっはっは! スルメ君、それは僕がリーダーだからに決まっているだろう! なんだいもう忘れてしまったのかい?」

「誰がスルメだよ誰がッ」

「君のあだ名だろう?」

「てめえにスルメって言われんのが一番腹が立つんだよ! つーかどこのどいつがリーダーなんだよ、ああん!?」

「僕に決まっているだろう。合宿班でも僕がリーダーだったじゃないか」

「これは遊びじゃねえんだよ! 冒険者Cランク以上じゃないとメンバーに参加できない過酷な旅なのぉ!」

「う゛っ………」


 亜麻クソはてめえがEランクだということを思い出し、気まずそうに一歩下がる。


「わかったら帰れっ。とっとと帰れっ」

「ふふふっ…………はーっはっはっはっはっはっはっはっは!」

「何だようるせえな」

「今はEランクだが来年Cランクになる予定だ! 僕はランクの前借り制度をいまここで発動させることを宣言する!」

「はあああああああっ!? 寝言は寝て言え!」

「もう手遅れだよスルメ君。このぶぉくが前借り制度を宣言してしまったからね…」


 ふっ、ふっ、と前髪に息を吹きかけて自分の発言に酔いしれ、身もだえする亜麻クソ。

 ………ぶん殴っていいか?


「よし。よーくわかった」

「ふっ……やっと理解してくれたみたいだね…」

「とりあえず一発殴らせろ」

「なはぁっ! どうしてそうなるんだい!?」

「意味はねえ。ただむかついたからだ」

「ふふふっ、このぶぉくを簡単に殴れると思っているのかい?」


 片足を上げ、左手を額に当て、右手に杖を持って、右腕を地面と水平に後方へと亜麻クソは上げた。キザの代名詞みてえなうっとおしポーズが“ドバピュウウン”という感じで決まる。


 よし、ガチで殴ろう。


「身体強化ッ!!」

「なはぁっ! スルメ君それは反則じゃあないかな?!」

「っるせえっっ!」


 オレが地面思い切り蹴って前方へダッシュしようとすると、オレと亜麻クソの真ん中あたりの空気が大爆発を起こした。とんでもねえ爆風に、オレと亜麻クソはおもちゃみてえに吹っ飛ばされて、地面を三メートル転がった。


「おやめなさい」


 アメリアさんが冷たい表情でこちらを見ていた。

 やべえ……あれはぜってえ怒っているときの顔だ。


 オレは素早く立ち上がり、駆け足でアメリアさんの前に直立した。本能的にアメリアさんは怒らせたらやべえ人だと察したのか、亜麻クソも猛ダッシュしてオレの隣に直立し、冷や汗を流しながら無駄に敬礼を三回する。


「わたくしはエリィ・ゴールデンの母、アメリア・ゴールデンと申します。アシル家のドビュッシー君……だったわね?」

「イエスマムッ!」


 ズビシィッ、と敬礼をする亜麻クソ。


「あなたもエリィのために、私たちと一緒に行きたいのかしら」

「当然だ! なんたって僕は合宿班のリーダーだからね」

「……死ぬかもしれないけど、いいのかしら」

「なはぁっ!」

「旧街道には強力な魔物が数多く生息しているわ。遭遇せずに抜ける、という幸運はまず起きないでしょうね」

「きゅ、旧街道だって?! なんだってそんな危険なルートを?」

「近いからよ」

「な、なるほど…それでランクC以上でないと参加できないと……」

「そういうこった。ペッ」


 様子を見ていたガルガインが腕を組んだままツバを吐く。


「帰るなら国境を越えていない今しかないわ。あなたがどうしたいのか聞かせてちょうだい」

「ぼ、ぼくは……」


 亜麻クソは猛禽類のようなアメリアさんの本気の睨みを受け、威圧感からか両手をぶるぶると震わせる。

 覚悟がない者がアメリアさんの威圧を受けると、完全に萎縮して言葉が出なくなる。旅の途中でエイミーやサツキにちょっかいを出してきたゲスな男たちが、この目の犠牲になっていた。

 だが何を思ったのか、顔を上げて亜麻クソはこう言った。


「死ぬなら死んだで構わない! 連れて行ってくれたまえ!」

「はあっ? てめえまじで死ぬぞっ?」

「スルメ君、やはりリーダーが同行しないのは締まらないだろう。ここは死ぬ覚悟で同行させてもらおうじゃあないか」

「だからいつてめえがリーダーになったんだよ」

「わかったわ亜麻クソ君。あなたの同行を認めましょう」

「は……………はーっはっはっはっは! 望むところだよ!」

「なっ! まじで言ってんすかアメリアさん」

「ええ、本気よ。ただし条件が一つあります」

「なんだいエリィ嬢のお母上。何なりとお申し付けを…」

「旅の途中で一言でも根を上げたらその場で放り出します。いいわね」

「はっはっはっは! そんなことならお安いご用さっ。アシル家の人間として弱音なんて吐いたことがないよ!」

「ビシビシ指導するからそのつもりでいなさい」


 オレ、ガルガイン、エイミー、サツキ、テンメイは思わず亜麻クソから顔を背けた。

旅をしながら訓練なんて、考えただけでゲロを吐きそうになる。

 亜麻クソ、ご愁傷様……。


「お、おい君たちぃ……なぜそんなに顔が青ざめているんだい…?」

「てめえは知らねえほうがいい……いずれわかることだからな……」

「ではみんな、出発するわよ! 準備を始めてちょうだい!」

「その前にひとつだけいいかい諸君!」

「なんだよ」



 亜麻クソが偉そうに手を挙げたので、渋々振り返る。



「樽の中で二日間トイレに行ってなかったんだ! トイレはどこだい?」



      ○



 こうしてオレ達は亜麻クソというアホな同行者を加え、グレイフナー王国から『湖の国メソッド』へ行くため『青湖』へと馬車を進めていった。

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