第102話 スルメの冒険・その7


 三十五番のグループが呼ばれて、スタート地点へと向かう。

 またしても気障ったらしい笑い声が聞こえてきた。


「はーっはっはっはっは! 君も同じ組だったとはね!」

「うるせえよ亜麻クソ」

「いい加減そのあだ名はやめたまえ!」

「声援ねえから力が出ねえか?」

「そんなものなくったって平気さ」


 試験会場には受験者以外入れないので、連れてきた女も当然応援には来れない。って、んなことはどうだっていい。亜麻クソなんかに構ってられねえんだよ!

 集中しろ、集中だ。

 訓練のとおり魔力を循環させて、と。


「三十五番の方々、位置についてください」


 審判の魔法使いが言うと、十人のメンツがスタート位置につく。なるべくいい位置を確保するため内側へと移動する。


「おっと。わりいな」


 知らねえ奴と肩がぶつかっちまった。


「いえいえ。大丈夫ですよ」


 にこにこと笑う白いコート姿の優男が、のんびりと頭を下げた。

 大丈夫かこいつ?

 女みてえな綺麗な顔で、金髪を伸ばして後ろ結びにし、優雅に移動している。見た感じどっかの神官みてえだな。常に笑みを絶やさず、隣の奴にもねぎらいの言葉をかけている。

しっかし覇気がねえな。

 女みてえな綺麗な顔してニコニコうなずいているけどよ、これが冒険者協会定期試験って分かってんのか?


「では準備をしてください。5、4、3、2、1」


 オレはオンナ男から目を離し、一気に身体強化“下の中”を全身にかける。

 ボン、と“ファイヤーボール”が打ち上がった。


 オラ行けえ!


 強化した身体で猛ダッシュし、そのままの勢いで眼前に広がる三十メートル沼へジャンプする。

ざぶん、と泥が飛び跳ね、陸地の五メートル手前で落ちる。

“下の中”で三十メートルを一気に跳ぶことはできねえってわかっていた。

 身体強化を維持したまま、もう一度跳躍して沼から脱出する。


 するとオレの頭上を軽々と飛び越える影があった。


 うおおおおまじかよ! あの神官オンナ男じゃねえかッ!

 やべええええええええええええええええええ。

 まじクッソはえええええええ!

 どうなってんだよあいつ!

 もう第三関門まで行ってやがる!


「アシル家に伝わる奥義を見るがいい! “ウォータースプラッシュ”!」


 スタート地点と思われる後方からバカの声が聞こえるが気にしねえ。

 全身を強化したまま、火炎放射に突っ込む。

 ちょっと熱いが問題ない。いける!


 火炎放射ゾーンに入ったところでありえないコールが審判から伝えられた。


「記録っ。ゼノ・セラー、三十二秒!」


 はああああああああああああああああああっ!?!?

 バカじゃねえの!?

 なんかの間違いじゃねえかッ?

 さんじゅうにびょう?!?!?!

 アメリアさんよりはええじゃねえかよ!


 クッソ! 無視だ無視! 目の前の自分のレースに集中!


 第三関門に辿りつくと、コースの脇にゴブリンを模した的が十個現れる。

 計画通り、得意魔法を唱える。


「“火蛇ファイアスネーク”!!!」


 修行の成果で、無詠唱で下位上級が唱えられるようになった。今のオレなら“火蛇ファイアスネーク”を一度の発動で十匹まで作ることが可能。追尾型の魔法“火蛇ファイアスネーク”が吸い込まれるようにして十個の的をぶっ壊した。

 よっしゃあ! 前じゃ考えられないぐらい精度が上がってやがるぜ!


 足だけに身体強化“下の中”をかけ一気に走り、第四関門の水晶に魔力を込めてぶっ壊す。

 これが意外と難しくて手こずるが、なんとか四十秒ぐらいで破壊した。オレと似たような実力の奴が、隣で同時に水晶を破壊する。


「あああああああ熱いぃぃぃぃっ! アシル家の最終奥義いいいぃぃ!!」


 火炎放射のほうからバカの声が聞こえるが、振り向かねえ。

 バカがうつっちまう。


 最後、ありったけの魔力で身体強化“下の中”をかけ、第五関門の鉄球を持ち上げる。距離はわずか三十メートル。身体強化のおかげで、体感で二十キロぐらいに感じる。

 一気にいけえええええ!

 集中を切らさないようにしつつ、鉄球を両手で抱えて走る。こんなもんアメリアさんの訓練に比べたら屁でもねえ。

 ゴール付近の所定位置に鉄球を投げ捨てて、ゴールした。


「記録っ!」


 頼むぜぇ! 五分切っててくれよ!!


「スルメ、四分三十八秒ッ!!」


 うおっしゃあああああ!

 第一試験はこれで突破できる!

 Cランクの目安が五分以内、Dランクが八分以内。一次試験の突破はDランク以上を確定させる。五分切ってりゃ突破は間違いねえだろ!


 つーか誰だよオレの名前スルメで登録したやつッ!!!!

 っざけんなまじでクッソッッ!!!


 ゴール付近で息を整えていると、神官オンナ男がゆったりとした足取りでオレのところまでやってきて、聖職者のようににこりと笑った。


「グレイフナー魔法学校の生徒さんとお見受け致しますが、落雷魔法を使える少女の噂を聞いたことはありませんか?」

「はあっ? なんだよ急に」

「これは失礼を。私はゼノ・セラーと申します」

「おめえ何者だよ」

「ただの神官ですよ。それで、もう一度お尋ね致しますが落雷魔法を使える少女の噂を聞いたことはありませんか?」

「はあっ?! ねえよ。つーか使えるわけねえだろ複合魔法なんてよぉ」

「そうですか。それは残念です」

「それよりもおめえに聞きてえこと……っておい! 勝手に聞いてきてそっちは何も答えないのかよ! おい!」


 ゼノ・セラーとかいう神官オンナ男はこちらを振り向きもせずに会場から出て行った。

 ったく、何なんだよあの自己中野郎。


「記録っ。ドビュッシー・アシル、十七分三十秒」


 振り返ると、火炎放射で尻のあたりだけズボンを燃やして丸出しにした亜麻クソが、生まれたてのヤギみてえな足取りで、ゴールしてからぶっ倒れた。さっきまで格好つけた小綺麗な洋服は無残にも汚れて泥だらけになり、モテる要素が微塵もねえ。


「ぶわーっはっはっはっはっは! 亜麻クソまた尻丸出しじゃねえかッ!」


 ガルガインが外野からクソでかい声で大笑いしている。


「ぽ、ぽくちんの……………おうぎぃが決まればぁ…………さんぷぅんで…………ごぅるできたんだぁ……………」

「記録。十七分三十秒だってよ」

「そんなぁことはない…………きっと、きっとなにかの………まちがいだあ」


 そこまで言葉をつなぐと、亜麻クソはふっつりと意識を手放した。

 …まあ途中リタイアしない根性は認めてやろう。



   ○



 ようやっと一次試験が終了し、オレ達は結果が貼り出される冒険者協会カウンターの前に集まっていた。なぜか亜麻クソと取り巻きの女二人も一緒にいる。

 部屋の隅で賭け券を売っているシルクハットが、最後の追い込みだ、とハリセンをバシバシ叩いて宣伝をしていた。賭け券の販売は一次試験の結果発表が出る前までだ。


「はーっはっはっは! 諸君! 僕らは帰るよ!」

「えーなんで帰るんですかドビュッシー様ぁ」

「もうすぐ結果発表ですよ。ドビュッシー様は一次突破しているんですから帰ったらダメじゃないですか」


 着替えていつもの調子に戻った亜麻クソが、顔を引き攣らせて何とか帰ろうとしている。アホだ、アホすぎる。なぜその実力で受験したんだ。


「まあまあ亜麻クソ。彼女たちもこう言ってるんだから、結果を見て行けよ」

「一次突破してるなら帰れねえぞ。あと酒が飲みてえ」

「なはぁっ! いやぁなんだかね…お腹の調子が悪くてね…いたいなぁ…痛むなぁ…」

「てめえは水魔法使いだろ。“治癒上昇キュアウォーター”でも唱えとけよ」

「いやぁ、ちょっと魔力を使いすぎたかなぁぁーーっ」

「大丈夫? “精霊の歌声シルキーソング”」


 近くにいたエイミーが心配して、上位木魔法の下級“精霊の歌声シルキーソング”を唱える。亜麻クソの身体が緑の葉っぱに覆われ、二十秒ほどして魔法が消えた。


「これで腹痛はだいぶよくなると思うよ」

「いやぁ…はっはっはっは。これはご丁寧にどうも……」

「あなたドビュッシー・アシル君でしょう? エリィから聞いているよ。面白い人なんだってね!」


 オレとガルガインは思わず笑って噴き出しそうになった。エイミーぜってえ意味がわからずに亜麻クソを亜麻クソって呼んでやがるッ。


「なっ! あなたのような美人まで僕のことを亜麻クソと……くっ!」

「ねえドビュッシー様ぁ。この人誰なの?」

「ドビュッシー様、私たちという女がありながら、この人と?」

「違うよ愛しのハニー達。僕の心は君たち二人に釘付けなんだ。でもね、僕は恋慕の神ベビールビルに気に入られて、すぐ女の子が寄ってくる困った体質なのさッ。だから君たちはどうか嫉妬の神ティランシルのようにならず、僕を見守って欲しいんだ」

「まあ…」

「もう…」


 クソみてえな茶番劇が繰り広げられ、オレとガルガインはため息をつく。エイミーはなぜか腕を組んでほうほうと言いながらうなずいていた。アホだ。アホの共演だ。


 そうこうしているうちに結果が冒険者協会カウンターの上にある掲示板にでかでかと貼り出された。

 四十七秒のアメリアさんは当然として、二分五十六秒のサツキ、三分五十秒のエイミー、四分三十八秒のオレ、四分四十五秒のガルガイン、五分三十秒のテンメイ、全員予選通過だ。


 全員でよし、と言ってうなずきハイタッチをする。

 その後ろでは悲劇という名の茶番劇が終幕を迎えようとしていた。


「ドビュッシー様! 予選通過していないじゃないですかぁ!」

「どういうことなんです!? 凄腕魔法使いではなかったのですか?」

「なはぁっ! いやぁ……調子が出なかったかなー。あれあれぇ………おかしいなぁ~」

「十七分三十秒でEランクって! がっかりです!」

「Eランクということはあの勲章も嘘なのですか?」

「いやぁ違うよ! 大狼勲章は本物さっ!」

「じゃあどうして! せっかくすごい人だと思ったのに…」

「失望しました…」

「待ってくれ! 話せばわかるッ。だから落ち着いて僕の話を聞いてくれたまえ! まずあれは魔法学校の合宿のときだった。リーダーを任された僕はみんなに指示を出してこう言う――」

「触らないで!」

「腰に手を回さないでください!」

「おおっとこれはリトルリザードの群れだ! でも大丈夫、僕の最終奥義が炸裂すればすぐに敵は一網打尽んッピ! ポッ!」


 パン! パァン!


 女の子の怒りのビンタが亜麻クソの顔面に突き刺さり、そのあまりの強烈さに三回転して、馬車に轢かれたカエルみてえにぶっ倒れる。


「もう二度と誘わないでっ!」

「嘘はよくないと思います」


 ウサギ耳と茶色髪女は怒ってどこかに去っていった。

女の子にこっぴどく振られた亜麻クソは、無残な格好でぴくぴくと痙攣している。


「ぎゃーはっはっはっはっは!」

「ぶわーっはっはっはっはっは!」

「アホだ! アホすぎる!」

「おめえほんと面白れえなぁっ!」


 オレとガルガインは腹がよじれるほど笑い、エイミーが驚いて両手で口を押さえ、テンメイが「ワンダァフォォゲルッ!」と意味不明なかけ声でカメラのシャッターを切った。


 ジー、という音と共に、縦二十センチ横十センチぐらいの写真がカメラから排出される。

 見ると、一枚の写真用紙に、つぶれたカエルのようになった亜麻クソが映っていた。


「ぎゃーっはっはっはっはっは!」

「ぶわーっはっはっはっはっは!」


 オレとガルガインはそれを見てまた爆笑した。

 これはエリィ・ゴールデンに見せるべき写真だな。あいつぜってー大笑いするぜ。

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