第101話 スルメの冒険・その6


 休日は頻繁にオヤジと魔物狩りに行っているので、ちょいちょい冒険者協会には来る。だが今日はいつもの冒険者協会とは全く様相が変わっていた。とにかく人が多い。


 オレ達が入ると、ざわめきが起こる。なんだあ?


「お、おい! あれ雑誌の……」

「あーーーーーッ! Eimy専属モデルのエイミーちゃんじゃねえか!」

「なんてこと! 実物のほうが百倍美しいわっ!」

「サインをくださいましッッ」

「ふつくしい! ふつくしいいいいいい!」

「その上着は発売前なのでしょうか!?」


 気づいたらエイミーのファンらしき屈強な冒険者たちに数十名に囲まれた。男女問わず、この場でエイミーに会えたことに歓喜して吠えている。


「あ、あの…落ち着いてください。私は今日冒険者協会定期試験を受けに来ました。だから落ち着いてくださいッ」


 そういうエイミーが腕をバタバタさせて一番焦っている。アホだ。


 しばらくサインと洋服についての質疑応答が行われ、エイミーが立て続けにデートに誘われ、それを片っ端から断り、ハートブレイクした男達をオレとガルガインで適当に励まして、やっとほとぼりが冷めて受付カウンターまで辿り着いた。


 三十あるカウンターの一つ、猫耳娘の受付でサインを済ませる。すでにアメリアさんが手続きを進めてくれていたので、オレ達は参加表明のサインをするだけだ。


「さあ張った張ったぁ! 第402回グレイフナー王国首都グレイフナー冒険者協会定期試験! 高得点者を当ててみやがれぇ! 人気の出場者はこれだ!」


 部屋の奥でさっきから胡散臭せえシルクハットの男がハリセンでバンバン机を叩いている。


「おい」

「おう」


 ガルガインのボケナスに、賭け屋をアゴでしゃくってみせる。

 意図を理解したクソドワーフがうなずき、共に賭け屋へ向かう。


「人気一位はなんといっても数々の伝説を残した炎魔法使い『爆炎のアメリア』ことアメリア・ゴールデン! そして名門ガブル家当主『冷氷のガブリエル』ことガブリエル・ガブル! さらに六大貴族サウザント家からは若き新星『白光のエリクス』ことエリクス・サウザント! さあ、今回の試験は見逃せないぞ野郎共ッ!」


―――バンバンバンッ!


 ハリセンの音が響き、シルクハットのうさんくせえ賭け屋が声を張り上げる。

 賭け屋の後ろにはこれみよがしに金貨が積まれ、綺麗どころの姉ちゃんたちが営業スマイルを振りまいて賭け券を売りさばいている。つーか冒険者協会公認の賭けだからなー。さすがグレイフナーと言ったところか。賭け券を買うための行列がやべえ。むしろ受験者の列よりこっちのほうが混んでやがる。


「誰に賭ける」

「アメリアさんに決まってんだろ」

「だな。オレはオヤジにも賭けるわ」

「てめえのオヤジ強ええのか?」

「かなり。アメリアさんほどじゃねえが、いい勝負はできると思う」


 これはまじだ。あのクソオヤジ、かなりつええ。


「俺ぁ、シールド第一師団一番隊隊長ササラ・ササイランサに賭けるぜ」

「あの女めっちゃつええんだろ?」

「やばいらしい。ショートソードの軌道が見えねえぐらい速いんだとか」

「スルメ君、ガルガイン君」


 受付付近で知り合いと話していたアメリアさん達がこっちにやってきた。やべ、なんも言わずに賭けの列に並んじまったよ。


「紹介するわ、オアシス・ジェラへ同行してくれるジョン・ボーンよ」

「よろしくデス」


 ジョン・ボーンって男は色黒でつるっぱげ。身長は百九十ちょい。でけえ。体つきはひょろっとしてて線が細く、目がまん丸で鼻は低い。正直まったく強そうには見えねえ。木訥とした雰囲気のする奴だ。


「うっす」

「よろしくっす」

「彼は沿海諸国の出身なのよ。シールド第二師団から無理を言って引っ張ってきたわ」

「アメリアさん、尊敬してマス」

「現役のシールドッ!?」

「すげえな!」

「私たちは先に行っているから、賭けが終わったら奥の試験会場に来なさい。エイミーが何人にも声をかけられて困っているのよ。こんな人混みの中で“爆発エクスプロージョン”は使えないしね」


 そう言って頭を抱えるアメリアさんの指先の向こうには、エイミーと話すための列ができていた。なぜかテンメイとサツキが列の整理をしている。渦中のエイミーはあわあわと狼狽えているものの、ちゃんと一人ずつと挨拶をしていた。律儀な奴だ。


「ああ、それと私には賭けないほうがいいわよ。全盛期より魔力が落ちているから」


 釘を刺すように言って、アメリアさんとひょろ長いジョン・ボーンが人混みをかき分けて奥へと消えて行く。

 まあ、そう言われてもオレはアメリアさんに賭けるけどな。

 上位中級魔法“爆発エクスプロージョン”を無詠唱ノータイムで発動できるのはアメリアさんと、ほんのごく一部の魔法使いだけだろう。


「おや! これは奇遇だねえ!」

「ああっ?」

「んん?」


 聞き覚えのあるキザったらしい声が聞こえたので、そっちを向くと、会いたくもねえクソ野郎が白い歯をキラキラとさせて立っていた。両脇に可愛らしい兎人と人族の女をはべらせている。


「何の用だよ、亜麻クソ」

「いま忙しいんだよ、亜麻クソ」

「なはぁっ! 君たちいい加減に僕を変なあだ名で呼ぶのはやめたまえ!」


 突然現れたドビュッシーこと亜麻クソが、うっとおしい前髪を何度もかき上げながら、気障ったらしく、ズビシィという音が聞こえてきそうなポーズで指を差してくる。


「ドビュッシー様をそんな名前で呼ぶなんて許せない」

「訂正してちょうだい、二人とも」


 想い人をかばうように、ウサギ耳の女と、茶色の髪をした背の低い女がドビュッシーの前に出る。

 っざけんな! なんでこいつは大して実力もねえくせに女ウケだけはいいんだよ!

 しかも二人とも可愛いから許せねえ!

 ウサギ耳のほうは巨乳で目がぱっちりしている。茶色髪のほうはお嬢様らしいお淑やかな美少女だ。


 ガルガインも同じ気持ちなのか、額に青筋が浮かんでいた。


「亜麻クソ、お前何しに来たんだよ。賭けか? 賭けなら最後尾に並べよ」

「とっとと後ろへ行け」

「はーっははははっ!」


 亜麻クソは芝居がかった動きで“フォワスワァ”と音が鳴らんばかりに前髪をかき上げて両手を広げた。


「何をって決まっているじゃあないか! この僕が冒険者協会定期試験を受けに来たんだよ!」

「はあっ!?」

「おめえが試験をぉ?」

「そうさ! ちょうど奥義も完成したところだしね。まあ、僕の実力ならCランクも夢じゃないと思うんだよ! アハハハハッ!」


 両脇の小娘たちが、キャーかっこいいー、と黄色い声援を上げる。

 クッソ。いまこの場で亜麻クソの鼻の穴に指つっこんでがくんがくんいわせてえ。


「おめえCランク狙ってるってことは身体強化できるのか?」


 ガルガインが怒りを堪えて質問する。


「え? 何を言っているんだい? 僕ら三年生が身体強化を使えるわけがないだろう。だから魔法の実力で高ランクを目指すんだよ僕は!」

「できねえの?」

「できねえ癖にCランクとかギャグだな」

「なんだい君たちぃ。まるで自分たちができるかのような口ぶりじゃあないか」

「オレらはできるぞ、身体強化」


 亜麻クソにそう言うと、身体強化“下の中”を全身にかけて、ウサギ耳の持っている『ドビュッシー様がんばれ』と書かれた木製の看板を真っ二つにし、さらにそれを重ねてバキバキに折り曲げた。


 亜麻クソと女二人は唖然とし、開いた口がふさがらない。

 我に返った亜麻クソが苦しい言い訳をしてきた。


「それはただ君が怪力なだけだろう! ほら貸してみたまえ!」


 んんんんとうなり声を上げて亜麻クソが茶色髪女の持っている看板をへし折ろうとするが、意外と硬い素材にびくともせず脂汗だけが浮かぶ。

 無理だとわかった亜麻クソはわざとらしく、ふう、と息をついて看板を茶色娘へ返した。


「マグレだということがよーくわかったよ! まあ僕もね、実は身体強化は使えるんだよ! ほんとうはねえぇぇっ! でもね、今回の試験では使わずに魔法だけで高ランクを狙おうと思っているのさ!」

「ほぉ~そうなのか! じゃあ一次試験は軽々突破だな」


 一次試験は『障害物競走』だ。

 身体強化が鍵になる。一次試験のタイムが一定基準を超えていないと二次試験にいけず、そこで採点が終わるから気持ちを締めてかからねえとやべえ。


「ま、まあね! 僕ぐらいになると楽勝ってやつさ」

「そうかそうか。お互い頑張ろうぜ」

「そうだな。そこまで言うなら一次試験の突破は確実だな。すげえなー」


 ガルガインがすげえなーの部分を棒読みで言う。


「では諸君! また後ほど結果発表で会おうじゃあないかッ!」


 バッ、と両手を広げて、そのまま髪をかき上げ、女二人の腰に手を当てると、亜麻クソが去っていった。看板を割られたウサギ耳女に散々睨まれたが、そんなこたぁ知らねえ。



   ○



 普段は訓練場として使われている試験会場に入ると、受付カウンターとは一変して、ピリっとした緊張感が漂っていた。受験者が各々好きな場所で好きなように準備をしている。瞑想したり、武器の点検をしたり、談笑したり、と様々だ。受験者が四百人ほど参加しているので、入り口付近は人で溢れていた。


 グレイフナー王国首都グレイフナー冒険者協会会長から簡単な言葉があり、試験が始まった。


 試験会場はかなり広い。

 一番街の一等地にあるくせに、一周四百メートルのコースが作れるほどだ。

 順番はくじ引きで、オレはラッキーなことに最後のほうだ。この会場は順番待ちで試験の様子を見ることができる。今のうちに見て障害物の構造を頭に叩き込んでおくぜ。


 サツキ、アメリアさん、エイミー、テンメイ、ガルガイン、オレの順番だ。一レース十人が走り、オレは三十五番レースだ。

 他の受験者への妨害工作は禁止で、発覚した場合は自動で0点になる。


 第一関門は三十メートルの泥沼。ここは身体強化で飛び越えればいい。

 第二関門は火炎放射。ランダムで両脇に五基設置された魔道具から炎が飛び出す。威力か下位中級程度だから身体強化で突っ切ることができる。

 第三関門は的当て。百メートル先の的をぶっ壊す。ここは得意魔法で一掃だな。

 第四関門は水晶破壊。魔力を注ぎ込んで水晶を壊せばいいだけ。魔力循環の速さが肝になる。

 第五関門は鉄球運び。重さ百キロの鉄球を運んで所定の位置に入れる。


 ガルガイン、サツキ、エイミー、テンメイと攻略法について相談しつつ時間を待つ。

 見ていると、色々な奴が試験を受けていた。初心者から相当な実力者までピンキリだ。実力者は明らかに動きが違い、それが身体強化によるものだというのは誰の目から見ても明白だ。


 やはり、身体強化ができないと相当に不利だな。魔法が得意な奴なら、泥沼を氷らせたり、火炎放射の装置をぶっ壊したりして進めばいいと思うが、いかんせん効率が悪い。しかも設置してある障害を破壊すると減点になっちまう。


「おいサツキとアメリアさんが出るぜ」

「まじか」


 秀麗な顔を引き締めて、サツキがスタート位置につく。屈強そうな冒険者、貴族と思わしき人間、明らかに素人の奴など、受験者は千差万別だ。アメリアさんがリラックスした様子で列の一番外側に並んでいた。


 スタートの“ファイヤーボール”が打ち上がる。

 と同時に会場からざわめきが起こった。


 やべええええええええええええええっ!

 はやっ! くっそはやっ!

 アメリアさんまじクッソはええ!!


 三十メートルの泥沼を軽々と飛び越え、火炎放射を涼しげな顔で走り抜け、“爆発エクスプロージョン”で十個の的を一撃で吹き飛ばし、指先を当てて魔力を一気に流して水晶を破壊し、百キロの鉄球を、買い物袋を持つみてえに小脇に抱えてゴールした。


「記録っ。アメリア・ゴールデン、四十七秒!」


 よんじゅうななびょうッッ!?!?

 やばーーーっ!!


「アメリアさんやべええええ!」

「俺らとんでもねえ人に指導を受けてたんだな……」


 そうこうしているうちに十人のランナーが進んでいく。


「記録っ。サツキ・ヤナギハラ、二分五十六秒!」


 おおっ!

 サツキもかなり速い!

 Cランクの目安が五分になっているからな。あいつならBランクまでいけるんじゃねえか?


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