第95話 イケメン砂漠の冒険者パーティー①


「これエリィ。ちゃんと聞いておるのか?」

「ええ…ごめんなさい大事な話の途中でぼーっとしてしまって」

「それでじゃ。『ハーヒホーヘーヒホー』という砂漠に生えるめずらしい草は、一年中日陰になる場所でしか育たず、魔力が多く集まる場所でしか採取できん。そんな場所はこの広い砂漠でも多くはないからの。しかも採取してから二十四時間以内に生成しないと魔薬としての効果を発揮しないのじゃ」

「あら……ということは…」

「群生地の近くに魔薬製造所がある。製造所から子どもがおる施設へ魔薬が運ばれる。その流れを水晶で追えば、場所が特定できる。という寸法じゃな」

「そうなるわね」

「これから毎日、水晶で『ハーヒホーヘーヒホー』の群生地を探すつもりじゃ」

「その危険な植物、ハーホヘーヒーヒホーはどんな見た目なの?」

「ハーヒホーヘーヒホーじゃぞエリィ」

「ハーホヘーヒーヒホー?」

「ハーヒホーヘーヒホーじゃ」

「もう! こんなふざけた名前つけたの誰よッ!? シリアスな話なのに笑っちゃうじゃない!」

「それをわしに言われてものう」

「わたし…もうダメッ…」


 名前がツボに入ってしまったアリアナが口元を手で押さえて、尻尾をぴんと立てる。


「うおっほん。話を戻すぞい。見た目は、一センチほどの茶色い草じゃな。砂漠と同系色じゃから、発見しづらく知名度が低いんじゃろう。しかも予測される群生地は、砂漠奥地の危険区域じゃから、滅多に人が近づかん」

「どのくらいで見つけられそうかしら?」

「運が良ければ一日、悪ければ二ヶ月ぐらいじゃないかのぅ」

「そうよねぇ。私たちも手伝いたいんだけど…」

「ほっほっほっほ、気にすることはないんじゃぞエリィ。わしが好きでやってるんじゃから」

「でも大変でしょう?」


 インターネットの地図情報を拡大したまま、特定の家を数百キロ単位で探すぐらい面倒な作業だ。ある程度、場所の心当たりがつくといっても、大変なのに変わりはない。


「かわいい弟子のためじゃ。ひと尻もふた尻も脱ぐのは当然じゃ」


 ポカじいが素早い動きで俺の尻に手を伸ばす。

“風の型”にある、後ろ足を曲げて蹴りを入れる動作で、ポカじいの手を弾き飛ばした。

 まったく、油断も隙もない。


「ほっほっほっほ、これはいよいよ触ることが難しくなってきたのう」

「教えの成果ね」

「うむ、いいことじゃ。残念じゃが、いいことじゃ」


 恨めしそうに俺の尻を見るポカじい。


「ジャンジャンに『ハーヒホーヘーヒホー』の事を報告しましょう!」

「そうじゃのう」


 俺とアリアナ、ポカじいは『バルジャンの道具屋』へ入り、ガンばあちゃんに挨拶し、部位ごとに身体強化する練習をしながらジャンジャンの帰りを待った。

 三十分ほどすると、魔物の血がこびりついた皮鎧のまま、ジャンジャンが店に入ってきた。魔物狩りの帰りらしい。


「あ、エリィちゃん! いつ来たんだい? 一ヶ月、姿が見えなかったからみんな君に会いたがっているよ」

「ハロージャンジャン。ポカじいと特訓していたのよ」

「へえー、すごい興味があるなぁ。アリアナちゃんも久しぶり。ハロー」

「ハロー」

「賢者様、またお会いできて光栄です」

「うむ」

「特訓って言っても、身体強化しながらランニングするっていう単純な訓練よ」

「あー身体強化ね。あれは難しいからなぁ」

「そうなのよねぇ。まだ全身の強化は“下の上”が限界なの」

「…………え? 今なんて?」

「ん? “下の上”が限界って言ったんだけど」

「うそでしょエリィちゃん。俺は“下の下”が限界なんだけど」

「嘘じゃないわよ」

「まさかアリアナちゃんも? 違うよね!?」

「私もできる。エリィより時間は短いけど…」


 静かにコンブおにぎりを食べていたアリアナが、ちょっぴり悔しそうに呟く。


「持続時間って…十秒ぐらい?」

「私は五分かしら。アリアナは三分ぐらいね」

「ははは………」


 ジャンジャンが乾いた笑いをし、引き攣った顔のまま固まった。

 ちなみにポカじいは“下の上”なら十時間の全身強化が可能だ。


「町に来るまで大変だったのよ! 身体強化が切れた瞬間にポカじいの魔法が飛んでくるんだから!」

「それは…どういうこと?」

「そういう修行だったのよ。身体強化でランニング、強化が切れると魔法攻撃。おかげでアリアナとの連携と魔法発動がかなり上手くなったわ」

「賢者様、修行で使った魔法攻撃というのはどのくらいの強さでしょうか?」

「“下の中”を連射じゃな。これぐらいの速さで」


 ポカじいが人差し指を上へ向け、“ファイア”で火を作り出す。そして付けて消してを繰り返し、連射速度を実演した。目を離すと何回魔法が行使されたのか数え間違えるほどのスピードに、ジャンジャンの開いた口が塞がらない。


「賢者様が私を弟子にしない理由がわかった気がします…」

「この二人は特別じゃ。気に病む必要はないぞい」

「なぐさめになってないですよ……」

「おぬしはおぬしでしっかり訓練しているようじゃから、地道にやるのが一番の近道じゃ」

「ええ、わかりました」


 がっくりと肩を落としたジャンジャンがひとしきりため息をつき、思いついたように顔を上げた。


「そういえばエリィちゃん、ものすごく痩せたよね? 顔が小さく見えるよ」

「あらぁ。本当に?」

「ほんとだよ。お肌もきれいになっている気がする」

「まあ、そうかしら」


 嬉しくてつい頬を両手で押さえてしまう。

 顔の肉がだいぶ落ちて、ニキビは四分の一ぐらいになった。ほんとルイボンには感謝してもし足りない。俺たちが一ヶ月いなかったから寂しがってるだろうな。あとで会いにいかないと。


「エリィは可愛い…輝きがほとばしってる…」


 アリアナが嬉しそうに口角を上げる。


「そういうアリアナちゃんもなんて言っていいのかわからないけど、女らしくなったような気がするよ。すごく可愛くなったと思う」

「そうかな…?」

「そうだよ! 二人とも、ほんといつもびっくりさせてくれるよね」

「ん…」


 恥ずかしいのか、アリアナが目を伏せる。

ほんのわずかな表情の変化なので、俺以外気づいていないだろう。だが見逃さないぜ。この顔がたまらなく可愛い。家に持って帰って飾りたいレベルだ。

家っつっても日本に帰れないけどなっ! ちくしょー、絶対いつか帰る方法見つけねえと。


「エリィちゃーん! アリアナちゃーん!」


 気の抜けた声を出してコゼットが店にやってきた。

ジャンジャンからコゼットが変な格好をしている理由を聞いたせいで、ドクロのかぶり物を見ると胸が締め付けられる。なるべく意識しないように笑顔で挨拶を交わした。

 コゼットは駆け寄ってきて陳列した商品に足をぶつけてつまずき、俺たちにそのまま抱きついた。


「二人ともどこに行ってたの~。修行するからって聞いたけど、一ヶ月も来ないとは思わなかったよ」

「ごめんね。本当はもっと早く戻ってくるつもりだったんだけど」

「え? え? んん?」


 抱きついていたコゼットが身を起こし、驚いたように俺の腰を何度もつかんだ。


「くびれがすごぉい! それにエリィちゃん、どうしたの、その顔? そんなに顔ちっちゃかったっけ?」

「痩せたのよ! 顔のお肉が落ちたの!」

「すごーい! きゃー、足も細くなって引き締まってる!」

「コゼット…」


 アリアナがコゼットの服の裾を引っ張り、俺の胸を指差す。なぜか生唾をごくりと飲み込み、コゼットがおもむろに胸を触ろうとしてくる。

 咄嗟に胸を隠そうとしたが、両腕が鉛に変質したかのように重くなった。


「や、やわらかい…あと大きい…」

「ちょっとアリアナ! 私の腕に“重力グラビトン”かけたでしょ!」

「ふふっ…」

「身体強化ッ」


 “下の上”のフルパワーで腕を強引に動かし、アリアナの狐耳の裏側をつんつんする。“重力グラビトン”は上位下級魔法ではあるものの、“下の上”でフルパワー部位強化すれば動くことが可能だ。


重力グラビトン”が解除されたので、胸を揉んでいるコゼットを引っぺがして持ち上げた。“身体強化”のおかげで缶ジュースを手に取るぐらいの重さに感じる。


「きゃっ」

「弱点をつつくのは禁止…」

「勝手に胸を揉まないでちょうだい!」

「だってだって~」

「だってだってじゃないわよ。まったく……もうッ!」


 コゼットを下ろして身体強化を解除し、どさくさに紛れて尻を触っているポカじいに“電打エレキトリック”をお見舞いした。


「世界最高峰の尻に育ってわしは誇らしイィィィィイイババババババキャバルディッ!」


 黒こげになったポカじいを外に捨てて、と。


「全然話が進まないわよ! ジャンジャンとコゼットに話そうと思ってたことがあるの……ってジャンジャン!?」

「ご、ごめん……鼻血が出てしまった」


 ジャンジャンが申し訳なさそうに、鼻の穴に指を突っ込んでいる。


「もうほんとにみんな仕方ないわねぇ。“治癒ヒール”」

「ありがとうエリィちゃん」

「どういたしまして。えっちな観察はほどほどに」

「うっ…!」

「アリアナ、コゼット。次、勝手に胸を揉んだり揉ませたりしたらおしおきだからね」

「ごめんエリィちゃん」

「しゅん…」


 そのあとジャンジャンがコゼットに「やっぱりエリィちゃんがいいの?!」と理不尽に叱られ、アリアナが麦茶似のお茶を持ってきて落ち着いたところで、例の植物『ハーヒホーヘーヒホー』の話題になった。


 危ない盗賊団の根城である子ども魔改造施設がもうじき見つかる、という報告にジャンジャンが跳び上がって喜んだ。

 彼は彼で、信用できる冒険者に声を掛けて、魔改造施設の攻略パーティーを組織しており、今のところCランクが八名、Bランクが二名、参加に了承してくれているそうだ。


「竜炎のアグナス様が協力してくれると心強いんだけどね」

「あら、お願いしてないの?」

「そんな! 恐れ多くて話しかけられないよ!」

「へえーアグナスってすごいのねぇ」

「Aランクで炎の上級まで使える冒険者だよ! キングスコーピオンとクイーンスコーピオンを一人で倒せるのはジェラに彼しかいない! しかも、冒険者協会定期試験でジェラの最高得点記録877点を保持している凄いお方なんだよ!」

「じゃあ頼みましょ。ルイボンと仲良いみたいだし」

「そんな軽い感じで頼める相手じゃないよ。雇うことになったら一週間で最低でも五百万ロンはかかると思う」

「五百万ですって!?」

「しかもアグナス様のパーティーには、もう時期Aランクだろうと言われている、Bランクの『烈刺のトマホーク』『白耳のクリムト』『無刀のドン』っていう凄腕三人がいるんだ。全員雇うとなれば二千万ロンはするんじゃないかな」

「やめましょう。ええ。そんなお金ないわ」


 ジェラの町民から募金でもするか。ひょっとしたら子どもを取り戻せるかもしれないし、協力してくれる可能性はある。だが、施設に子どもが一人もいませんでした、って可能性もあるし、変に期待させても面倒だ。募金は却下か。


「エリィちゃん。そろそろ来る頃だと思うよ」

「誰が?」


 コゼットが店の入り口を見ている。

 すると、髪型を変えてすっかり別人になったルイボンが入ってきた。


「コゼット! エリィは帰ってきた!?」

「ほらね」


 コゼットがくすっと笑って俺を見て、ルイボンに向き直った。


「ハロールイス様。私の隣にいますよ」

「エ、エ、エリィーーッ!」


 ルイボンが満面の笑みで叫んで駆け寄ってくるが、その行為が恥ずかしいと思ったのか途中で急ブレーキをし、怒って口をとがらせた。


「ふ、ふん! ほんのちょっとだけ心配だったから様子を見に来たわよ! たまたま今日来ただけよ! たまたま用事があったからねッ!」

「ルイス様は毎日二回、必ずお店に来てくれるの」

「コゼット! それは秘密にする約束でしょう!?」

「あ……ごめんなさい。つい言ってしまいました」

「違うわ! 嘘なの! コゼットの言っていることは嘘よ! 毎日エリィが帰ってきているか確認なんてしていないわ!!」

「ハロールイボン! 会いたかったわ!」


 思わず彼女に抱きついた。


「見てよほら! こんなにニキビが減ったのよ! あなたがプレゼントしてくれた『星泥の化粧水』のおかげ!」


 これでもかとルイボンに顔を近づける。


「まあっすごいキレイになっているじゃない!」

「そうなのよッ。ニキビにずっと悩んでいたから嬉しいわ」

「よかったわねエリィ! あとちょっとでつるつるのお肌よ!」

「ルイボン本当にありがとうね。探すの大変だったでしょう? しかもお小遣いまで使わせてしまって…」

「べ、別にたいしたことないわ! 私にかかればちょちょいのちょいよ! ふん!」

「実はポカじいに聞いちゃったのよ。あなたが自分の足であの化粧水を探し回っていたって。商人と交渉までしたんでしょ?」

「ま、まあね。それぐらいは当然よ!」

「見てルイボン…」


 今度はアリアナが顔を出した。ルイボンがほっぺたをつつく。


「アリアナの顔もキレイになってる!」

「ぴちぴち…」

「よかったわねぇアリアナ」

「うん…」


 俺とルイボンで、アリアナの狐耳をもふもふした。

 そして、思っていた言葉をルイボンに伝える。思ったことはちゃんと言葉にしないと、しっかり伝わらないもんだ。


「あなたと友達になれてよかったわ」


 エリィのサファイヤの瞳に、本気の気持ちを込め、ルイボンを見つめる。グレイフナーじゃ雑誌の編集やデザインで忙しくて友達を作る暇がなかった。大切な仕事仲間はできたが、年の近い女友達はエリィにとって二人目だ。きっとエリィでも、俺と同じことを言ったんじゃないだろうか。


 ルイボンがどぎまぎした顔を作り、すぐさま顔を背けた。


「ふ、ふん! エリィが言うから仕方なく友達になってあげたの! 仕方なくね! そこのところを間違えないでちょうだい!」

「うふふっ。そうね」


 素直になれないルイボンが妙に可愛らしいのでつい笑顔になってしまう。

ルイボンは顔を赤くし、もじもじしながらニヤけるのを我慢していた。


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