第94話 イケメン砂漠の身体強化②


 その日は、ひたすら“身体強化”の訓練をした。


 アリアナは五時間かけて、なんとか右手に“身体強化”を発現させることに成功し、俺は時間をかければ“下の下”ではあるが、全身への強化が十秒ほど可能になった。じいさんに言わせると、相当に早い習得で自分の若い頃と同等の飲み込みのよさ、だそうだ。


 じいさんの若い頃か。ちょっと気になるな。


 夕飯を食べて風呂に入る。

 もうアリアナと入ることに何の抵抗もない。彼女の素っ裸を見てもムラムラしないのは俺が女だからだろうな。


 アリアナは俺の頭と体を洗ってくれ、風呂上がりにつける化粧水も塗ってくれる。最初は断っていたけど、どうしてもと言われて、最近じゃ、なすがままだ。


「ルイボンに感謝ね」

「これすごくいい。お肌がぴちぴちになる…」


 この化粧水、ルイボンにもらった『星泥の化粧水』というもので、一瓶三十万ロンする。


 星屑が落ちた沼地でしか取れず、グレイフナーと冒険者同盟のさらに南方『恐喝の森』でしか採取できない超高級化粧品だ。ニキビにすんげえ効くとのことで、ルイボンが自分のお小遣いでわざわざ取り寄せてくれた。なんだかんだ優しい、というか友達思いだよな、ルイボン。そしてお小遣いが日本円にして三十万円…羨ましいぜ、ルイボン。


 昨日から使い始めたんだが、まだ効果は出ていない。まあね、そんなにすぐ頑固なニキビたちが消えるはずがないよな。


「エリィ…どうしたの?」


 タオルで頭を拭いているアリアナがこてんと首を顔かしげて、肌着姿で鏡を見ている俺に尋ねてくる。


「お昼にジャンジャンが、結構鍛えてるよねって言ってたけど、あれってヴェールとギャザースカートで肌を出してないからそう見えたのよ。お腹まわりはちょっと引き締まっているけど、そこまで筋トレはしていないもの」


 エリィが成長期なので、本格的な筋トレはせず軽い運動程度のメニューにしている。毎日やっているのは腹筋だけだ。あまりやりすぎてムキムキになっても俺の理想体型じゃないし、筋トレに時間を割くより魔力循環に時間を割り振ってきた。魔力循環をしながら筋トレできれば最高なんだろうが、筋トレをやり出した瞬間に魔力循環ができなくなる。せいぜい今の実力だと、会話しながら魔力循環するのが限界だ。他の動作が入ると集中が切れてしまう。


「まだ脂肪が多いのよね」


 太ももの肉をつまんでため息をついた。外人のぽっちゃり系って感じだな。ショートパンツが似合うぐらいまで細くなりたい。

そんなことを思っていると、アリアナが両手で二の腕を掴んで揉んできた。


「柔らかい…」

「くすぐったいからやめてちょうだい」

「もうちょっと」


 ぶんぶん揺れる狐の尻尾を見ながら、体重計に乗る。

 五十九キロ。


「やっぱり減ってないか…。ジャンジャンが鍛えてるって言ったのは腕とか足が太いのにくびれがあるから、冒険者によくいる女戦士っぽく見えたんでしょうね。ほら、女性冒険者って太くてガタイのいい人が多いから」


 男に言われた言葉がこんなに後を引くもんだとはな…。

 ちょっと言われただけで傷つく女子の気持ちが今なら痛いほどわかる。女性に「太ったね!」とか安易に言うべきじゃねえ。友達でもダメ。絶対だ。


「増えてる…」

「何キロ?」


 交替して体重計に乗ったアリアナが真顔で言う。


「三十四キロ」

「一キロ増えたわね」


 百五十センチで三十四キロは細い。

 日本の若者向け女性雑誌モデルがこういう小さくて細い体型だ。あとは若いアイドルなんかもこれぐらい細い。一回アイドルの卵と合コンしたけど、片手で二人抱えられるぐらい細かったな。

 まあ、細い細い言ってるけど、思い返すとアリアナの体調がやばかったとき、体重二十キロ台だったからな。あのときに比べたら健康的になったもんだ。ほんと良かったよ。


 あとは砂漠に来てから軽くやってるスクワットがいい感じに効いているみたいで、細い真っ直ぐな太ももには、ほんのりと肉がついている。常に食べているおにぎりも痩せやすい彼女には絶妙なカロリーになっているのだろう。うむ、計算通り!


「あと五キロは欲しいわね」


 腕を組んで、彼女のスレンダーな生足を凝視しながらプロデューサー風に独りごちる。


「太ってから疲れにくくなった…」

「健康になったからよ。もう少しお肉つけましょ」

「エリィはむちむちのほうが好きなの?」

「どうだろ? 私がむちむちだからね」

「たしかに…」

「そこは否定して欲しいところよ!」

「むちむちも……いい」

「二の腕を触らない!」

「あと胸がむちむち…」


 そう言ってアリアナがじっとりした目で俺の胸を見つめてくる。

 いや、ここは遺伝だからどうしようもないよな。だからデザートスコーピオンを見るような目で俺の乳を見ないでほしい。


 あとは顔だ。顔の肉が取れない。あごのあたりにまだ脂肪がある。

 エリィは相当顔に肉がつきやすいタイプなのだろう。それを考えると、もっと痩せるのは確定だ。痩せない限り小顔になれず、ゴールデン家の真価が発揮されない。


 痩せるには今以上に魔力循環が得意にならないとダメだ、というのがポカじいの見解で、エリィの体にはまだまだ脂肪に魔力溜まりが起こっているらしい。原因は常人の十倍以上の膨大な魔力を保有していることにある。そいつらを制御できるぐらい繊細な魔力循環が可能になれば、身体が求める理想の体型になるんだとか。


 今後、どういう筋力トレーニングにするかは、ポカじいの“体術”の訓練もあるし、魔力循環との兼ね合いを見つつ考えていくか。とりあえず腹筋は、ジムでのトレーニングでも必ず最後にやれ、というのが一般常識になっているほど大事な部位なので、引き続き毎日やろうと思う。今現状のちょいぽちゃ体型でも気持ちくびれるぐらいの効果はあるし、なにより贅肉が取れたときにくびれが現れるのは嬉しい。

 

 エリィの大事な体だ。この身体が求める理想体型を目指しつつ、色々な洋服が似合う体型にし、尚且つ戦いでも有用なものにしたい。

欲張りかもしれないが、俺、天才だし、いけるだろ。



     ○



 朝六時に起きて、ポカじいの家からジェラまで四十キロのランニング。

しかも“身体強化”をしながら、だ。


 初日は、俺もアリアナも全身への“身体強化”がすぐに消えてしまい、ポカじいの容赦ない魔法攻撃を受けた。


 “身体強化”が切れると下位中級魔法“サンドボール”“ファイヤーボール”“ウォーターボール”の攻撃が飛んでくるルールだ。俺たちのレベルだと必ず“身体強化”は数十メートル進んだところで切れてしまうので、二人で防御の連携しながらランニングを行った。


 ランニングというより、亀の行進だ。


 “身体強化”があまりに難しいので、全身に張り巡らせると、ゆっくりした動きしかできない。数十メートル進むと、集中が切れて“身体強化”が解除されてしまう。するとすぐに波状攻撃のような魔法が飛んでくる。

片方がポカじいの魔法をガードし、片方が“身体強化”を“下の中”のパワーで完成させたところで防御を交替。“身体強化・下の中”で魔法を弾き飛ばし、二人の“身体強化”が完成したところで、行進を再開する。


 十時間使って、一キロしか進めなかった。


 原因は二つ。

 一つは“身体強化”の発動が遅いこと。

 一つは防御魔法の発動が遅いこと。


 防御魔法の発動が遅いというのは、ポカじいがマシンガンのように下位中級魔法を連射できるのに対し、俺とアリアナはせいぜいポカじいが撃つ五発に一発の連射速度しかない。となると一ランク上の上級魔法で防御する必要が出てくる。“サンドボール”や“ファイヤーボール”を、下位上級の“ウインドストーム”や“ファイヤーウォール”などで防御壁にすれば、中級魔法なら弾き返せる。ただし、魔力を込め続けて維持するため、必然的に魔力消費が激しくなる。


 余裕を持って防御するには、同等レベルの魔法を同等レベル連射速度で発射して打ち落とすか、もっと防御効率のいい魔法を習得するか、だ。“サンドウォール”を習得するべきだろうな。“ファイヤーウォール”や“ウォーターウォール”とは違い、“サンドウォール”は一回唱えれば土壁が破壊されるまで攻撃に耐えられる。



 結局、この日は町にたどり着くことができず、ポカじいの家に引き返した。



      ○



 家に戻り、休憩をしてから俺はポカじいと体術の訓練。

 俺よりも上達が遅いアリアナは家で“身体強化”の自主トレだ。


 周囲はすっかり暗くなっている。


「疲れておるかの?」

「“加護の光”を唱えてくれたから回復したわ」

「ほっほっほ。それでも精神疲労と蓄積した肉体疲労は消えんもんじゃぞ。相変わらず気丈な娘じゃな」

「ゴールデン家の娘だからね」


 とは言ったものの、いますぐベッドに飛び込みたいほど疲れている。


「“加護の光”には、その日に浴びた日焼けを戻す効果もあるからの。これから二人には毎日唱えてやるわい」

「その情報、早く欲しかったわ」


 エリィは色白なので、長時間日を浴びると肌が赤くなって痛い。焼けないのはいいが、お肌が荒れちまう。これからは日を浴びても自分で“加護の光”を唱えればいいわけだ。ヴェールでいちいち肌を隠さなくていい。魔法まじ便利ーっ。


「わしが開発した体術をエリィに伝授する。型をすべて記憶し、淀みなく舞うことが第一段階。第二段階が組み手。最終段階が魔法と組み合わせた混合攻撃として昇華させることじゃ」

「わかったわ」

「全部で十二の型がある。便宜上、魔法の元素と同じ呼び方をしておるぞ」

「へえ~。風の型、火の型、みたいに?」

「そうじゃ。型には特徴があるのじゃが、説明よりも実際に見たほうが早いの。いくぞい」


 実演、と言ってポカじいが見せてくれた型を見て、張り裂けんばかりに胸が高鳴った。


 やべえええええええーーーッッ!

 めっちゃかっこいい!


 食い入るように、ポカじいの流麗な型を見つめてしまう。


 その動きは俺がカンフー映画で何度も観た、中国拳法の“洪拳”と“詠春拳”に酷似していた。しかも二つが上手く混ざり合っている。その上、予想のできない動きも組み込まれ、かっこよさが倍増していた。


 てっきり体術っていうからボクシングとか総合格闘技とか、そっち系をイメージしていた。異世界でカンフーができるなんて思わなかった。いつか習おうと思ってるぐらい好きだからくっそテンション上がる。やべえ。


「どうしたんじゃエリィ?」

「早く! 早くやりましょう!」

「おお、そんなに体術が気に入る魔法使いは珍しいのう」

「だってかっこいいもの!」

「ほう、かっこいいと…?」

「ええ! “風の型”をもう一度お願い! いえ、お願いします!」


 ポカじいは俺がやる気になったことが相当不思議みたいだ。

 でも嬉しいのは間違いないらしく、笑顔でうなずいて構えを取る。


 腰を落とし、左手を手刀の形にして顔前に持ち上げ、右手も同じ形で左手の後ろに持ってくる。

 カンフーじじいだ。リアルカンフーじじいだよ!


「ふん」


 かけ声と一緒に腕を動かしていく。横へ、縦へ、クロスさせて前へ突き出し、拳を返し、流れるように、一つ一つ丁寧に“風の型”をつないでいく。その場から動かない足捌き、コンパクトでありながら力強く、素人目に見ても合理性を求めたのだと思わせる形で、ポカじいが舞う。


「攻・防がバランス良く組み合わさった型じゃ。相手の得物が両手剣じゃろうがレイピアじゃろうがすべてに対応できる。さらに“風の型”は“空の型”へ、どの形からでも移行可能。このように…ッ」


 ポカじいの体がワイヤーアクションのように不自然な横滑りをし、足を交差させて踏ん張った勢いで手刀を放った。手刀を振った先に風が巻き起こる。


 やべえやべえなんだこれすげえ超かっこいいよ、やべえよこれ!


「ポカじい! 早く教えてッ!」


 あまりに興奮してポカじいに駆け寄り、顔がくっつくぐらいの距離で懇願した。

 格好良さのために武術を習うことは不謹慎だと、カンフー映画を観まくった俺は痛いほどわかっている。でも、かっこいいもんはかっこいい。しょうがねえじゃん!


「む? やる気があるのは大変いいことじゃな」

「それで! この体術の名前は何なの?!」

「名前なんぞないのぅ」

「つけましょうよ! 何とか拳、何とか流、みたいに!」

「ふむ……もしつけるなら“十二元素拳”じゃな」

「まあっ! すごくかっこいいわね!」

「そ、そうかの?」

「ええ、とっても!」

「エリィ…今までで一番目が輝いてるぞい」

「ポカじい、私はいま猛烈に感動しているのッ。素晴らしい体術だわ! 合理性の中に柔らかさ、優しさ、剛健さが同居し、洗練された動きが芸術性まで感じさせる! こんなに素敵な武術に出逢えるなんて私ってほんと運がいい!」

「そう褒めるでない」


 ポカじいはにまにまと嬉しさをかみ殺しながら、師の威厳を保とうと胸を張る。自分が開発し、作った物を褒められて嬉しくない男はいない。俺だってそうだ。普段なら、あらポカじい嬉しいのね、なんて軽口を叩くところだが、興奮しすぎてそんなジョークを言う余裕はなかった。


 その後、興が乗ったポカじいが熱く体術について語り出したので、一言一句逃さないように聞き入った。

 アリアナが夕飯だよ、と呼びに来るまで時間を忘れて、ポカじいの高説をたまわった。



     ○



 朝起きて、身体強化ランニング、家に帰って十二元素拳。次の日も、身体強化ランニング、十二元素拳、という流れで修行の時間は過ぎていく。


 俺とアリアナは身体強化ランニングで町に辿り着けるようになるまで一ヶ月かかった。二人で協力しなければ不可能だっただろう。おかげでアリアナとの連携はほぼ打ち合わせなしでできるようになり、“身体強化・下の上”の力のまま五分ほど動くことも可能になった。

 何かと使い勝手のいい土魔法上級“サンドウォール”もばっちりできるようになったぜ。


 そして、魔力循環が見ちがえるほど上手くなった。


 スポーツでも勉強でも、コツをつかむ瞬間ってあると思う。修行開始から二週間経った日、魔力は小さな原子のようなもので構成されており、その一つひとつが生きているみたいだなと直感的に感じた。すると、魔力循環の様相が、がらりと変わった。


 今まで感じていた魔力の流れは、勢いのある川で泳ぐような、微調整の困難なものに思えていた。しかし、コツを掴んでからは、魔力がどう動くかを先回りして読み、自在に動かせる簡単なものになった。拳法風に言うなら、流れに逆らうな、流れを読め、ってやつだな。


 アリアナにコツを説明すると、何かピンとくるものがあったらしく、めきめきと魔力循環を上達させ、魔法の発動が以前より三倍ほど速くなった。さらに彼女はポカじいが、空魔法・超級“空理空論召集令状エアレター”で呼び寄せた、すんげえエロい体つきのサキュバスに鞭術を教わり、そっちもいい感じで上達している。


 召喚してから毎晩、ポカじいの部屋から悲鳴のような声が聞こえるのがちょっとアレだが…。

 アリアナが「覗きに行く…?」と聞いてきたけど、目に毒な行為が行われていたら嫌なので覗かずにいる。


「ハロー」

「ハロー、エリィちゃん、アリアナちゃん……?」


 ジェラに戻ってきた俺たちは、西門の兵士と挨拶をして門をくぐった。そんなに見なくてもいいじゃん、とツッコミを入れたくなるほど、兵士が俺とアリアナを見てくる。町に来るのが一ヶ月ぶりだからな。


 久々にやってきたオアシス・ジェラの町並みが、なんだか懐かしく思える。

顔見知りと挨拶をしつつ、商店街を進む。みんなが俺とアリアナを見て、ちょっと驚いた顔をするのはなぜだろう。


『バルジャンの道具屋』に入ろうとしたところで、ポカじいが口を開いた。


「例の魔薬の正体が昨日わかったぞい」

「え? 本当に?」


 ポカじいは俺たちに稽古をつけた後、夜な夜な過去の文献を分析してくれていた。稽古をつけてくれて、ご飯も作ってくれ、サキュバスを呼んで、文献の分析までやっているポカじいは、やっぱ砂漠の賢者って呼ばれるほどすげえ。あと優しい。スケベだけど。


「魔薬は『ハーヒホーヘーヒホー』という砂漠に生える草からできておる。『ハーヒホーヘーヒホー』を一定量採取して毒素を抽出し、『ハーヒホーヘーヒホー』の新芽に混ぜてから液状にするようじゃの」


 どうしよう…………。

 真面目な話なのに名前のせいで集中できない…………。


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