第90話 イケメン砂漠のデートタイム②
クチビールと別れて、なぜか魔力を著しく消耗したアリアナと合流し、ルイボンの家へ向かう。
実はルイボンの家にお呼ばれをされており、専属メイドに化粧を教えて貰ってからルイボンの断髪式を行う予定だ。
ふっふっふ、どんな髪型にしてやろうか。
遠くからでもわかるぐらい、そわそわして玄関前で待っていたルイボンは、俺たちに気づくと、あわてて家の中に駆け込んだ。
アリアナと目を合わせて笑う。たぶん、ずっと私たちが来るのを待っていたのだろう。
門番に取り次ぎをお願いすると、すました顔をしたルイボンがつんと顔を上げて出てきた。
「ごきげんよう」
「ごめんね待たせちゃって」
「待ってたでしょ…?」
「べ、別に待ってなんかいないわよ! さあ、私の部屋にいきましょ!」
ルイボンの家はさすが領主邸ということもあってゴールデン家よりも大きかった。高級そうな絨毯や幾何学模様をした壺はグレイフナーでは見たことのないデザインで、観察しながらルイボンの部屋に入った。
部屋の中ではすでに専属メイドが化粧の準備をしていた。
メイドはベリーショートに茶髪、砂漠の民らしい褐色の肌をした性格の良さそうな人だ。
化粧品の数がすごい。
口紅、グロス、ファンデーション、コンシーラー、チーク、アイシャドウ、アイライナー、マスカラ、それが各種二十種類以上ある。他に見たことのない化粧道具が多数。
すべて異世界の物だが、中身や効果は地球の化粧品類とほとんど変わらないみたいだ。呼び方もほとんどが一緒で助かる。
「ふふん、すごいでしょ」
胸を張るルイボンが自慢げに口をとがらす。
たしかにこれはすごい。思わず「まあ」と声を上げて化粧品に釘付けになった。それを目の端で見たルイボンは有頂天といった様子で「大したことはないけどねッ! ふん!」と口元のにやつきをおさえて言う。
ルイボン専属メイドの手ほどきを受け、俺とアリアナとルイボンは、ああでもないこうでもないと言いながら化粧をしていく。何度か失敗して顔を洗いに行き、五度目でまあまあの出来のメイクができた。
「アリアナまつげ長いッ!」
「あなたすごいわね~」
「マスカラって強烈」
「ほんとね」
俺とルイボンが感心しきってまつげを人差し指で触ると、アリアナはくすぐったそうにして瞬きをした。
「くぅぅぅ~なんて可愛さ」
ルイボン専属メイドが、身もだえて自分の両腕を抱いていやんいやんと首を振っている。この人、ナチュラルメイクをしていて、めっちゃきれいなんだよな。実際、整った顔の人なんだが、化粧で相当美人になっているように見える。
すげー。化粧ってまじですげえ。
「エリィかわいい…」
アリアナが嬉しそうに俺の顔を見て言った。
「メイクって奥が深いわね」
「そうよ! だからこれから私の家で練習よ!」
「賛成…」
「そうねぇ…。修行のあいまにルイボンの家に来ましょうか。お言葉に甘えちゃっていいの?」
「いいわよ! まあそこまで言うなら仕方ないわよね! 絶対来なさいよね! 約束だからね! 時間のあるときっていうか毎日でもいいからね! 絶対来なさいよね!」
「嬉しい」
「あらアリアナ。お化粧気に入ったの?」
意外に思って聞くと、アリアナは固い決意を込めた様子でうなずいた。
そのあと、メイドさんに色々と技法を教わっていると夕飯の時間になってしまった。コゼットとジャンジャンが遅いので迎えに来てくれたが、ルイボンたっての希望で今日は泊まっていくことになった。
そのときのルイボンの嬉しそうな顔といったらなかった。
俺が仕方ないわね、と言ってお泊まり会を承諾すると、ルイボンは「部屋はいっぱいあるから好きにしたらいいじゃない! まあ、でも、私の部屋がいっちばん綺麗でいっちばん落ち着くからみんなで私の部屋で寝るのがいいわね! 最高級のお布団がたまたま手に入ったから仕方ないけどエリィとアリアナに貸してあげるわよっ」とまくし立てた。
ほんと、素直じゃねえなあ。
ルイボン一家専属シェフの豪華な夕食をいただき、俺たちはついにルイボンの髪型変更の儀式をとり行うことにした。
ルイボンの父親の許可はもらっている。父親は年頃の女の子に髪型を強要することに後ろめたさを感じていたのか、渡りに船といった様子で快諾してくれた。
「では、ラーメ○マンの髪型にするわ」
「エリィ、そのラー○ンマンというのはどういう髪型ですの?! 言葉の響き的にすごーく嫌な予感がしますわっ!」
ルイボンが両目を見開いて疑惑の視線をこちらに投げる。
「見てのお楽しみよ」
そう言いつつルイボンの家にいる専属の美容師に指示をどんどん出していく。
その間、ルイボンの前の鏡は取り外された。完成してから自分の髪型とご対面だ。
「そうそう、そこを切って」
「へえ…」
「パーマが取れるようにヘアアイロンで」
「へええ…」
「前髪は、そんなかんじね。いえ、もうちょっと切ってちょうだい」
「おおお…」
「バランスが良くないわね。髪をすいて…。切りすぎないように」
「エリィすごい…」
リアクションを取るたびにルイボンが驚くので、アリアナは面白くて大げさにやっているようだ。こう見えてアリアナって結構お茶目だよな。
○
「できたわ」
「変な髪型より断然いい…」
「な、な、なんですの二人して?!」
美容師たちに鏡を移動させ、ルイボンの前に置いた。
ルイボンは自分を見て驚嘆し、眉をへの字にして口をとがらせ、食い入るように髪型を見つめる。
「そうね、名付けるならばフェミニンショートボブといったところかしらね。きついパーマを伸ばしてできたゆるいウェーブを活かしつつ、大胆にあごのあたりまでばっさりと切って女の子らしさと活発さを強調したわ。私ルイボンをはじめて見たときショートが似合うと思ったのよね」
美容師たちが俺の解説にうんうんとうなずいている。
ルイボンは話を聞きつつも、鏡を割らんばかりの勢いで自分を見つめていた。
「どうルイボン。変な髪型にされるよりよかったでしょ?」
「え、ええ……そうね。私が私じゃないみたいね……」
「あ、それわかる。私も最近一気に痩せたから鏡を見るとびっくりするのよね」
そのあとルイボンは「おとうさまぁッッ!」と叫んで髪型を見せて褒められ、次に「おかあさまぁぁぁ!」と母親にも見せに行ってベタ褒めされテンションが最高潮になって、執事、使用人、料理人、庭師、メイド、家庭教師、ボンソワール家すべての人々に新しい髪型を披露した。
「あなた髪型と化粧を変えただけで随分きれいになったわね」
「ま、まあね! 私は元から可愛かったからねっ!」
ルイボンはこれ以上ない、といったほどに嬉しそうだ。何とかして嬉しさを隠そうとしているが、口元が常ににんまりと上がっている。俺とアリアナはそれが面白くて仕方なく、終始笑っていた。
○
朝、ルイボンの家から『バルジャンの道具屋』へと向かった。
家を出るときにルイボンが冗談抜きで百回ぐらい「また来なさいよね!」と言っていたのがうけた。まあアリアナも楽しんでいたみたいだし、また来るか。あと美少女への布石としてメイク術も憶えておきたいしな。
それにこのメイク、ビジネスのにおいがぷんぷんするぜ。
聞けばほとんどが砂漠で作られた化粧道具らしい。『コバシガワ商店オアシス・ジェラ支部』の設立待ったなしだな。デニムに加えてメイク道具を輸入し、両方のオリジナルブランドを立ち上げてもいい。いやー構想がやべえ。超湧いてくる。
『バルジャンの道具屋』にはガンばあちゃんしかいなかった。
コゼットはお隣のバー『グリュック』にいるみたいだな。
俺とアリアナはお隣さんへと移動した。
開店前のくせに、カウンターに見覚えのあるじいさんが酒を飲んでいた。
「この店の酒はうまいのぅ」
「朝から飲んでるの?」
「まあまあそういうなて。ほれ、まだ二割ぐらいじゃ」
ポカじいはそう言いながら純度の高そうな酒のボトルを上げた。
確かに二割ほどしか減っていないが、じいさんの顔はほんのりと赤くなっている。
「今日から本格的な“身体強化”と“ウエポン”の訓練じゃぞ。“身体強化”なくして旧街道を抜けるのは不可能じゃからな」
「あら、じゃあ旧街道を抜けるルートでグレイフナーに帰るのね」
「それが一番無難な帰り道じゃろうのぅ。あちらさんは異常なほど警戒した封鎖をしておるでな」
「あちらさん?」
「サンディ軍の情報封鎖じゃよ。本当に戦争しとるのか怪しいところじゃがな…」
「水晶で様子は見れないの?」
「ふむ。両軍睨み合ったままで、かれこれ二ヶ月ほど経っているかのう。魔法の一発すら交換しとらん」
「じゃあ全く終わりそうにないってことね」
「そういうことじゃな。早く強くなって旧街道を抜ける。これがグレイフナーへの一番の近道じゃ」
「前から思っていたんだけど、ポカじいも一緒に来てくれない? ポカじいがいれば今からだってすぐいけるでしょ?」
「ほっほっほっほ。年頃のおなごに一緒に来てと言われるなぞ中々に魅力的じゃの。だが、わしはこの地を離れるわけにはいかんのじゃ」
「そう……ごめんなさい、無理な提案をしてしまって」
「いいんじゃよ。おぬしたちは孫みたいなもんじゃ、はっきり言いたいことを言ってくれたほうがええのぅ」
「じゃあ二度と私のお尻を触らないでちょうだい」
「……………………ほっほっほっほ」
「触る気まんまんじゃないの!」
「お尻触っちゃ…めっ」
アリアナがじとっとした目線を向けると、ポカじいは頬をぽりぽりとかいて視線を逸らす。そして思い出したかのようにアリアナに言った。
「そうじゃアリアナ、おぬしの二週間の成果を見せてやったらどうじゃ?」
「……うん」
なに、成果?
二週間ってこの商店街七日間戦争の二週間のことか?
「これ見て…」
アリアナが長いまつげをぱちぱちしながら、ポケットからメモ用紙を取り出して渡してくる。
俺は丁寧に折りたたまれたメモ用紙を広げた。
―――――――――――――――――――――――
炎
白 | 木
\ 火 /
光 土
○
風 闇
/ 水 \
空 | 黒
氷
下位魔法・「闇」
下級・「ダーク」
中級・「ダークネス」
上級・「ダークフィアー」
「
「
「
「
「
「
「
上位魔法・「黒」
下級・「黒の波動」
「
「
「
「
「
「
「
中級・「黒の衝動」
「
「
下位魔法・「風」
下級・「ウインド」
中級・「ウインドブレイク」
「ウインドカッター」
上級・「ウインドストーム」
「ウインドソード」
「エアハンマー」
下位魔法・「火」
下級・「ファイア」
中級・「ファイアボール」
上級・「ファイアウォール」
下位魔法・「水」
下級・「ウォーター」
中級・「ウォーターボール」
下位魔法・「土」
下級・「サンド」
中級・「サンドボール」
下位魔法・「闇」「風」「火」「水」「土」
上位魔法・「黒」
―――――――――――――――――――――――
なんだこれ。アリアナが使える魔法の種類か。
黒魔法の中級まで書いてあるが…まさか。
「エリィが寝ている間にポカじいと練習した…」
「ほっほっほっほ!」
「すごいわね!」
「エリィだけ治療院で白魔法の経験を積んでいて、置いてけぼりにされそうだったから…」
「そうだったの…」
「エリィのおかげ…。エリィが白魔法中級“加護の光”を成功していなかったら私も黒魔法の中級は習得できなかったと思う」
「それはどうして?」
「魔法はイメージが重要…。成功したエリィの美しい姿があったから最後まで諦めずに詠唱できた…」
「そう……頑張ったのね」
アリアナを抱きしめて、いつものように狐耳をもふもふする。
こんな小さな体で頑張り屋だな、ほんと。
「これでお揃い。二人とも中級…」
「そうね。お揃いね」
「アリアナは相当魔法の才能があるのぅ。二人ともいい弟子じゃ」
「どさくさに紛れてお尻を触ろうとしないで!」
「おお、こわやこわや」
「こわやとか言いながらつんつんするんじゃないわよッ!」
「黒き重圧を受けよ……“
えっちぃのは…めっ、と呟きながらアリアナがポカじいに指を向けると、地面が黒く染まり、重力が倍近くにふくれあがる。周囲の空気までが重くなったようだ。黒魔法の重力系。食らったら確実に動きが阻害される。やべえな。
「ほっほ! “
すぐさま魔法を詠唱したポカじいが酔っ払いとは思えない動きで飛び退いた。
すごっ! 簡単に“
「さらに“
じいさんの体がほんのり黒く染まると、とんでもねえ速い動きで反復横跳びを始めた。俺とアリアナの目にはじいさんが十五人ほどに見える。厄介なのはちょこちょこ俺の尻を触ってくることだ。
「行きがけ駄賃みたいにお尻を触らないでちょうだいッ!」
店内で“
俺とアリアナがポカじいを攻めあぐねていると、店の裏からコゼットが入ってきて、酒の空き瓶に蹴躓いたのか音を立てて転び、その勢いでバーに入ってきた。
「いったぁい。お尻ぶつけちゃった~」
「む、それはいかんのぅ。すぐに治療せねばならん!」
「あ、ポカじい。おはようございます」
「コゼットや、尻を出してみぃ」
「うん」
反復横跳びをやめてポカじいがスケベ面で近づいていく。
父親であるマスターがぴくっ、と眉を寄せたが、俺が目で制してポカじいの腕をつかんだ。
「あ…」
「ポ・カ・じ・い…?」
「しもうた! ついコゼットの健康的でハリのある尻に吸い寄せられてしもうたわい!」
「スケベはいつになったら直るの?」
「これは直らんのう…わしは尻ニストの中の尻ニスト。世界の女尻のデータを頭脳に集積した歩く――」
「
「シリシリシシシシシシシシトショショショショバブベブラカァァン!!」
じいさんが白い煙を上げながら髪の毛を逆立たせてぶっ倒れた。
「
じいさんの死骸を踏んづけながらコゼットに魔法をかけてやり、尻の治療をする。
「ありがとうエリィちゃん」
「どういたしまして。ごめんねうちの変態じいさんが」
「いいのよ。大事なお客さんだし」
「ねえコゼット、これ裁縫できる?」
「ああデニムートンの皮ね。できるけど砂漠だと暑いよ、この生地? どうするの?」
「砂漠にも合う洋服にしようと思って」
「へえ~面白いねエリィちゃんて。じゃあ私の部屋に来てくれる?」
「もちろん」
「じじいを殺す気かエリィ!? 三途の川の渡し船に乗っていた船頭まで見えたわぃ!」
スケベじじいが復活して猛抗議をしてくる。
「あ、そうだコゼット」
俺は尻じじいを無視してコゼットに向き直った。
「昨日ルイボンに聞いたんだけど、五年前にオアシス・ジェラを襲った盗賊団がいたらしいわね。ジャンジャンがこの町を出たのも五年前ぐらいって話だし…あなたとジャンジャンの間にあった事に何か関係があるんじゃないの?」
「あ…それは…」
「無理に答えなくていいわ」
「………うん」
途端、いつもは天真爛漫で明るいコゼットの表情が曇る。かぶっていたドクロが悲しげに、カタンと音を立てた。
「エリィちゃん…前に話すって約束したよね? このままじゃ私もジャンも先に進めないし何も変われない…。エリィちゃんが竜炎のアグナスさんを治療したときに、私思ったの、エリィちゃんに話せば何かが変わるかもしれないって。ほんとはね、昨日の夜ルイス・ボンソワールさんの家に私もお邪魔して話しちゃおうなかって思ってたんだよ?」
「そう…」
「部屋に行きましょ…。覚悟はできてるから」
「わかったわ…」
「ありがとう」
「アリアナはもちろんとして、ポカじいも一緒にいいかしら。こう見えて私たちよりすごい魔法使いなのよ。何か手助けになるかも。いいわよね、ポカじい」
「ほっほっほ、可愛い弟子の頼みじゃ。ええとも」
「コゼット…大丈夫?」
今にも倒れそうな顔をしているコゼットの手をアリアナが握った。やっぱアリアナってこういう優しいところが七人弟妹の長女だよな。
「うん、平気……」
コゼットはアリアナに向かって無理に笑いかける。
それを見て、不意に石つぶてを投げられたみたいに胸が痛んだ。
俺たちは重い足取りのコゼットについていき、バー『グリュック』の裏口から出た。ちらっと後ろを見ると、ずっと無表情でグラスを拭いていたマスターが悲しげな表情になっていた。
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