第89話 イケメン砂漠のデートタイム①


 今日は商店街七日間戦争の翌日ということでポカじいの稽古は休みで、治療院も休館だ。久々に何もない一日だったので、俺はとある人物とオアシスの噴水前で待ち合わせをしている。


 アリアナは獣人三人娘のトラ美、ネコ菜、ヒョウ子と遊びに行くっていってたな。どこいくんだろ? 

 それにしても我ながら適当、いや、適切なあだ名だ。

 トラ美、ネコ菜、ヒョウ子。わかりやすい。


 観光名所としても名高いジェラのオアシスには多くの家族連れやカップルが往来している。戦時中でもその人気は絶えることがなく、水際をなぞるようにして露店や商店が店を出していた。


 美しいオアシスに砂漠の暑い陽射しが落ちて水面が光魔法のようにまぶしく輝き、その上を船が行き交う。大きな波紋によってできた水の不規則な揺れに合わせて光が揺らめくと、照りつける砂漠の暑さが和らぐような気がした。青々と輝くオアシスに、風が吹き抜け、自分の履いているギャザースカートが優しげにそよぐ。


 思えば随分スカートを履くことに慣れちまったな。


 今じゃ違和感なんてまったくなく、この体が俺自身の体だって思える。まあ、たまにエリィが勝手に動くこともあるけど。


 試しに、がに股でダブルピースをしてみる。

 するとあら不思議。自動で内股になってピースもお上品なピースになる。やっぱ何回やってもこの感覚は不思議だな。


 勝手に動くのに、違和感が全くない。誰かに説明するなら、やろうと思っていた行動が脳内で自動変換されて腕や足に伝達され、あたかも最初からその行動を取ろうと思っていたような錯覚に陥る。


 もうちょい具体的に言うなら、がに股でダブルピースしようとしていたくせに、気づけば内股になっていて、ああ、そういや内股でピースしようとしていたよな、と頭が勝手に納得している。でも、がに股で行動しようと体に命令を出した記憶はしっかりと残っている。こんな感じか。


「エリィしゃん…そのポーズはなんでしゅ?」


 ピースをしたまま顔を上げたら、クチビールが頬を染めて立っていた。


 デート場所の噴水が魔法の力なのか一気に上がった。

 水滴が水蒸気のように空中を舞うと、一瞬ではあるが七色の虹が現れる。その美しい光景をバックに、唇がびろんとめくれ上がり子どもが見たら泣き出しそうな人相で、世紀末に弱者から食糧をヒャッハーする奴らみたいな、刺々しい鎧を着たクチビールが佇んでいる。


 場違いも甚だしい。

 ちょっとツボに入ってしまい、小さく笑った。


「そのポーズは待ち合わせのポーズでしゅ?」

「そうよ」

「こうでしゅかね」

「もう少し顔の前に持ってきて…そうね、地面と水平にしてちょうだい。そうそう! そのままの姿勢で、ダブルピース、って言ってちょうだい」

「ダブルピース」

「ぷっ…」


 明らかに人相の悪いクチビールのダブルピースは強烈だった。

 やべー超うけるー。

 素直にやってくれるとは、ほんといい奴になったな。


 しばらく俺とクチビールは噴水近くのベンチに座り、世間話をした。クチビールは十五才の頃から冒険者家業をしていて今年で二十七だそうだ。頑固な性格が災いしてパーティーのメンバーと衝突し、意固地になって仲直りできず、数年間他人に当たり散らしていたらしい。そこに現れたのが俺だ。

 電撃を浴びた直後、自分自身が生まれ変わって世界が輝いて見えたそうだ。あの“おしおき”は今でも夢に見るらしく、もう二度と味わいたくないが人生最高の衝撃的出来事であり、自分が変わるきっかけになった、とのこと。


 いやいや…俺は手加減せずに“電打エレキトリック”しただけなんだが…。


「エリィしゃんは僕にとっての女神なんでしゅよ」


 クチビールはさも自信ありげに胸を張った。


「女神ってあまり言わないで……恥ずかしいから。それよりその口調は直らないの?」

「これでしゅか? あの日から唇が痺れてうまくしゃべれないんでしゅよ。でも今までしてきた悪さへの罰だと思ってましゅから気にしないでくだしゃい」

「あらそう」


 今までおしおきしてきた連中もそうなんだろうな。

 まあ時間が経てば治りそうなもんだけど。


ちなみに健気にもクチビールがエリィ用の日傘を持参していたのはちょっと嬉しかった。

今、彼に日陰を作ってもらい、その中で快適におしゃべりをしている。

これはエリィも喜ぶだろう。


「あのエリィしゃん……」

「なあに?」

「これ……プレゼントでしゅ」

「まあ! でもいいのかしら、私何も持ってきてないわ」

「いいんでしゅ! これは僕のエリィしゃんへの気持ちでしゅ!」


 まじかーー!

 女の子になって初めてのサプライズプレゼントがクチビールとは!

 あ、いや、ジョーにも舞踏会でもらったか。

 でもこういうデートでちゃんとしたプレゼントは初ッ。

 つーかエリィの初デートクチビールじゃねえかッッッ!!

 いいのか、いいのかこれ!?


 ……だがなんだろう、嬉しいな。もらっている女子はいつもこんな気分なのか。

 サプライズプレゼントは好きだったから色んな子にあげまくってたぜ。いやー、俺って数々の女子に幸せをあげていたんだな。うんうん。やっぱ天才だなー俺。


「ありがとう」


 ほころぶ顔が自分でも抑えきれず、笑顔がこぼれてしまう。

 中身はなんだろう?



      ☆



「……エリィがあんなに嬉しそうな顔をッ」

「リーダー!」

「リーダー落ち着くニャ!」

「鞭をしまってください!」

「トラ美、ネコ菜、ヒョウ子、みんないい…? もしクチビールがエリィにハグしようとしたりキスしようとしたりしたら、私は躊躇なく黒魔法を唱える……ッ!」

「リ、リーダァ?」

「いつも冷静なリーダーがおかしいニャ」

「リーダー、これは二人の問題なのでそっとしておいたほうが…」

「む……たしかに言われてみればそれもそう……でも………」

「いいなあデート」

「私もしたいニャ」

「いいですね~プレゼント。あっ、リーダー見て下さい! プレゼントの中身が嬉しかったのかボスがクチビールに抱きついています!」

「………………ッ!!」

「リーダァ…?」

「怒ってるニャ…」

「初めて見たアリアナリーダーの怒る顔…」

「…………混沌たる深淵に住む地中の魔獣……我が願いに応え指し示す方角へ己が怒りを発現させよ…………」

「うわわわわわッ!!!」

「リーダーだめニャ!!!」

「黒魔法中級“断罪する重力ギルティグラビティ”?!?」

「クチビールあんなにニヤけて……」

「黒魔法中級だって!?!?!」

「まままままずいニャ!」

「リーダーいつの間に習得をッ!?」

「有罪確定……ギルティ―――」

「飛び付け皆の衆ッ!」

「ニャーーーー!!!」

「リーダーごめんなさいッッ!!!」



      ○



 ん?

 なんか今アリアナと三人娘の声が聞こえた気がする。この近くにでも来ているのだろうか。


「あ、あのエリィしゃん……」

「あら、ご、ごめんなさい。嬉しくってつい」


 あわててクチビールから離れた。

 クチビールのプレゼントが欲しかった物なので、はしゃいで抱きついてしまった。嬉しいと飛び付く、というゴールデン家の血がそうさせたのかもしれない。

 

 彼が持ってきてくれた物はなんと『デニム生地』だった。

 探し求めて止まなかった洋服の生地ランキング一位がいま、なんと目の前にある。これはテンションあがるぜ、まじで。

 デニムといったらズボンにしてもよし、スカートにしてもよし、オーバーオールにしてもよし、言うならばほぼどんな靴や服と合わせられる神の生地。これがあれば『ミラーズ』には人気商品がまた一つ生まれる。


「そんなに嬉しかったんでしゅか? エリィしゃんが面白い洋服の生地を探しているのよねって言ってたのを思い出したんでしゅよ。それで知り合いの冒険者に無理を言って譲ってもらいましゅた」

「この生地ってどうやって作ったの? 教えてほしいわ」

「これは作るのではなく魔獣の毛皮でしゅよ」

「魔獣の?」

「Dランクのデニムートンの皮でしゅ」

「乱獲決定」

「え? 捕まえるんでしゅか?」

「ええ、これで洋服を作るわ」


 聞けばこの生地、防御力が高く“ファイアボール”二、三発なら防いでくれるそうだ。まじか、益々欲しいぞ。砂漠の荒野にしか住まない魔物なので、グレイフナーでの飼育は難しいみたいだ。こうなったらオアシス・ジェラにコバシガワ商会支部を作って捕獲と輸送拠点にしよう。決めた。


「ということでクチビール、あなたはデニムートンの捕獲隊長兼コバシガワ商会支部の支部長ね! よろしく!」

「エリィしゃん何のことでしゅ?」

「いいのいいの、こっちの話よ」

「よく分からないけど分かりましゅた!」

「さすがクチビール」


 とりあえず貰った生地で俺とアリアナの分の洋服は作れそうだな。帰ったらコゼットに相談してみるか。


 そうしてご機嫌気分のままクチビールとのデートを楽しんだ。

 露店で珍しい餅みたいな辛いお菓子を食べ、ボートに乗り、広場でやっていた蛇を使った大道芸を見て、クチビールが蛇に唇を噛まれて笑い、二人で小一時間ほど北東の治療院を手伝い、気づけば時刻は四時になっていた。

 ちょいちょいアリアナと三人娘の楽しそうな声が聞こえたので、彼女たちとも偶然すれ違ったのだろう。そこまで大きくないオアシスの観光名所を回っていればそういう偶然は必然的に起きる。近くにいるなら声ぐらいかけてくれてもいいのにな。



      ☆



「魔力が……切れそうッ…」

「はぁはぁ……リーダーが悪い……」

「何度も黒魔法を唱えようとするからニャ……」

「今日だけで…寿命が半分縮みました……」

「エリィが言ってた…。どんなときでも冷静でなければいい結果は出せない。当たり前のことを当たり前にできてこその一流だって…。私は…まだまだ…」

「リーダー、エリィちゃんのことになると目の色が変わる」

「そうニャそうニャ!」

「でも私、すごく楽しかったです」

「あ、もうこんな時間…」

「あーああ、もう時間切れか。リーダー今度はちゃんと遊ぼうな」

「そうニャそうニャ!」

「これはこれで楽しかったので私は満足です」

「そういえば…こんな風に年が近い女の子と遊ぶの…はじめてかも」

「ええっ! リーダーそれはほんとか!」

「またお休みの日遊ぼうニャ」

「賛成です」

「うん…。そうだね。またみんなで集まろう」


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