第88話 スルメの冒険・その2


 なぜかオレとガルガインは、実力を見るとかでエリィの母ちゃんと戦う羽目になった。

 裏庭で対峙したエリィの母ちゃんとオレとガルガインは睨み合っている。


 細けえことは苦手だ。

 小細工なしにすぐさま魔法の詠唱を開始する。


「“火蛇ファイアスネーク”!!」


 あれだけすげえ魔法使いだ、出し惜しみなく得意な魔法を唱えた。

 火魔法の上級“火蛇ファイアスネーク”が五個、火の大蛇になって前方へ突進していく。


「“サンドウォール”!」


 すぐさまガルガインがエリィの母ちゃんの背後に、縦三メートル横十メートルの巨大な土壁を出現させ、退路を塞いだ。やるじゃねえか。


 オレはゴールデン家から借りたバスタードソードをひっつかんで前に突っ込む。

 十五メートルある距離を詰めようと全力で走った。


 人一人なら簡単に丸焦げにできる“火蛇ファイアスネーク”がエリィの母ちゃんにぶち当たろうとするが、よけようともしねえ。まじか? 丸焦げだぞ?


 だがオレの予想に反して、エリィの母ちゃんが持っていた杖をくいっと上げると、“火蛇ファイアスネーク”が四匹消滅し、残りの一匹が裏拳一発で粉微塵に霧散した。


 なんだあ?!

 何したんだ?!


「うらあああ!」


 かまわずオレはバスタードソードを振り下ろした。

 だがその攻撃も、いとも簡単に風をまとわせた杖で受け止められ、がら空きになった脇腹へ前蹴りをお見舞いされた。女の蹴りぐれえ平気だ、と思ったが、巨大ハンマーでぶっ叩かれたみてえな衝撃が腹から背中へ突き抜け、気づいたら二十メートルぐらい吹っ飛ばされた。


 オレと同タイミングで突っ込んだガルガインもやられたのか、空中を飛んでいるドワーフの姿を目の端で捉えた。


 したたかに地面へ体を打ちつけ、しばらく息ができねえ。

 くっそ。なんだよあのオバさん。めっちゃつええじゃねえか。

 おそらく、というか確実に“身体強化”してやがる。しかも半端じゃねえ強さだ。


「もういいわ」


 エリィの母ちゃんは“火蛇ファイアスネーク”を裏拳した左手を見つめながら、オレとガルガインに近づいた。


「エイミー」


 そう言うか言われないかのタイミングでエリィの美人な姉ちゃんが走ってきて“癒発光キュアライト”を唱えてくれた。


「あなたたちの実力はわかったわ。冒険者でいうとEとDの間ぐらい。冒険者協会定期試験の点数でいうと400点前後でしょうね。三年生でこの実力は大したものよ」

「いや、全然うれしくねえんだけど…」


 オレは蹴られた腹をさすりながら言った。


「私たちゴールデン家はエリィを迎えにいくことにするわ。あなたたちも来たいなら来なさい」

「お母様!? いまなんて?」

「エリィを迎えに行くと言ったのよ。何度も言わせないでちょうだい」

「でもさっきまであれほど反対を…」

「私も同行します。今決めました」

「お母様!」


 エリィの姉ちゃんがオバさんに抱きついた。


「ただし準備期間中、あなたたちにはみっちりと訓練をしてもらいます」

「あの、お母様それって…」

「私が『シールド』に在籍していた時のものと同等の訓練をやってもらうわ」

「え? ちょっと待て。『シールド』? あんた元シールドなのか?」


 オレはたまらず確認した。

 だってなあ、『シールド』って言ったら国中の魔法使いが憧れる王国最強魔法騎士団だぜ?


「ええ。あなたのお父様とも交友があるわよ。同じ炎使いとしてね」

「オヤジと? オヤジは別に『シールド』じゃねえけど…」

「爆炎のアメリア、と言ってくれればわかると思うわ」

「え…ええええええええええええッ!? あ、あ、あんたがあの、爆炎の?!」


 やべええええええええええええええええええええええええ。

 爆炎のアメリアといえば王国内でも超有名人。

 その美しさから婉美の神クノーレリルの化身、容赦のなさから戦いの神パリオポテスの申し子とまで言われた、炎魔法の爆発系を得意とした猛者中の猛者。討伐ランクAのグレートフルサーベルタイガーを一人で退治した逸話まであり、グレイフナー歌劇の舞台にまでなっている人物じゃねえか。若くして結婚し、引退したって聞いたけど……まじかよ。エリィの母ちゃんかよ……。


 なんか上手く説明できねえけど、すげえ納得した。

 隣を見るとガルガインのアホチンも愕然とした様子で彼女を見ている。


「すぐにでも出発したいところだけど人員の確保、通過国への根回し、領地経営の件もあるから早くても一ヶ月半はかかるわね」

「戦争で赤い街道は封鎖してっけどどうすんだ……するんすか?」

「旧街道を行きましょう。戦力を確保すれば問題ないでしょう」

「まじすか? 旧街道っつったら魔物がバンバン出てくる廃道じゃないっすか」

「ええ。ですので、エイミー、スルメ君、あと…」

「ガルガインだ」

「ガルガイン君には強くなってもらうわよ」

「わかりましたお母様! 私、強くなります!」


 エイミー・ゴールデンは小顔にくっついているでけえ垂れ目をぱちぱちさせて、むん、と両手の拳を握った。


 ……大丈夫かよ。

 つーか成り行きでオレとガルガインも行くことになってるけど……まあいいか。あの爆炎のアメリアに修行してもらえると思えばラッキーだ。細けえこと考えるのはやめやめ、めんどくせえから。エリィ・ゴールデンに会って一刻も早くデートの誘い方を伝授してもらわなきゃいけねえしな。


 ガルガインも満更でもなさそうだし、いいじゃん。よし決めた。

 いっちょやってやらあ!


 エイミー・ゴールデンが満面の笑みで握手を求めてきたので、オレとガルガインはしっかりとその綺麗な手を取った。


「スルメ君、ガルガイン君、よろしくね!」

「誰がスルメだよ誰がッ!!」

「え、違うの? だってエリィの手紙にはスルメって…」

「ワンズ・ワイルド! スルメは不本意にも勝手につけられたあだ名ッ!」

「そうだったの……気をつけなきゃ。よろしくね、スルメ君! あっ……」


 間違えちゃった、と可愛らしく両手で口を押さえるエイミー・ゴールデン。

 これは。わざとじゃなさそうだ。

 この人に訂正してもらうのめんどくさそうだな。


「できれば名前で呼んでくれ」

「わかった! 頑張るね、スルメ君! あっ……」

「ぶーっ」

「ガルガインてめえ笑ってんじゃねえよ!」

「わりい、ついな、つい。まあよろしく頼むわ、ス・ル・メ・く・ん」

「だぁれがスルメだよ誰がッ!!」

「ハイジ」


 アメリアさんが今まで空気のように控えていた可愛いメイドを呼んだ。メイドはすでにわかっていたのか、紙とペンを持っている。アメリアさんは素早く書状をしたためると、オレとガルガインに手渡した。


「ご両親に許可をもらってきなさい」

「了解っス」

「俺は下宿してるんで別に大丈夫っすよ。あとで実家に手紙だけ送っておきます」


 ガルガインが受け取りながら言った。


「では明日、朝の六時にここに来なさい。それから学校へは当分行けなくなるからそのつもりで。手続きは私がしておきます」


 え? 学校にいけねえ?

 泊まり込みで修行?

 しかもさっき『シールド』と同じ訓練って言ってたよな。

 やべえ……嫌な予感しかしねえ……。


「エイミーはコバシガワ商会にしっかり言っておきなさいね。モデルの仕事があるでしょう。撮影スケジュールをきちんと組んでおかないと皆様に迷惑がかかります。もうあなた一人の身体ではないんですよ? それをきちんと肝に銘じなさい、いいわね」

「はい、お母様。ありがとうございます」

「それからはっきりと言っておきます。あなたたちの今の実力で『旧街道』を行ったら生還率は一割でしょう。私がゴーサインを出さなければ旅のパーティーからはずしますから、そのつもりで」

「はい!」

「うっす!」

「おう!」



      ○



 朝六時きっかりに俺とガルガインはゴールデン家の門前に集合した。


 秋に入った朝の空気は冷たく、もうちょい厚着でもよかったかなと思う。

 まあ、鞄の中から洋服を出して着るのはめんどくせえ。


「おはよー」


 そう言って家から出てきたエイミー・ゴールデンは、やはりゲロ可愛くてクッソ美人だった。エリィ・ゴールデンと同じ色をした金髪は絹糸のようにさらさらと朝日に反射し、顔面がまじでちいせえ。縦幅に関しちゃオレの二分の一ぐれえだ。


「うっす」

「ういす」


 オレとガルガインは彼女に敬語を使う気になれず、エリィ・ゴールデンと同じような感じで接する流れに自然となっていた。


「う~っす。うふふ」


 エイミー・ゴールデンは面白がって同じような挨拶を返してくる。美女がそんなふうにくだけた言い方をすると、なんかすげえ反則的に可愛い。

 これはグレイフナー魔法学校で人気があることもうなずける。ファンクラブまであるらしいからな。


 ま、オレはもっと釣り目で性格がビシッとしている女が好みだが。

 爆炎のアメリアさんなんかはまさにどストライクなんだけど、あんだけ気が強くて戦闘もつええと絶対に尻に敷かれるな。

 あ、そういや、ゴールデン家の当主ってそんなに強くねえよな?

 アメリアさんはなんで魔闘会に出ねえんだろうか?


「おはようございます」

「おはよー」


 そんなことを考えていると、角刈りで背の低いずんぐりした男と、黒髪ストレートで細身の女がやってきた。


「これからアメリアさんの特訓に無理を言って参加させて頂くことになったテンメイ・カニヨーンです。グレイフナー魔法学校の六年生で、スクウェア。コバシガワ商会の専属カメラマンをやっています」


 真面目そうな角刈り男が、ずんぐりな身体を三十度折って、きっちりと礼をした。


「サツキ・ヤナギハラよ。六年生でヘキサゴンね。ああ、キミがスルメ君……たしかにスルメっぽい」

「誰がスルメだよ誰がッ!」


 くすっと笑うサツキとかいう女にオレは思いっきりツッこんだ。

 失礼な野郎だ。


 だが、見た目はオレのどストライクだった。黒髪が胸のあたりまで伸び、茶色の瞳が凛々しく真横に引かれている。生意気そうな感じがたまらなくいい。これは久々にキタ。


 つーかヤナギハラって領地三百越えの大貴族じゃねえか!!

 しかもあの大冒険者ユキムラ・セキノと共に冒険し、名字を命名された仲間の末裔とかオヤジが言ってた気がする。変な響きの名字だな。


 てかこいつ、グレイフナー魔法学校六年生の主席だったよなたしか…。

 入学式の在学生代表とかでしゃべってた気がする。

 噂だと上位が二つできるとか…。

 やべえ、クソつえーじゃねぇか。


「私も参加するから。よろしくね、スルメ君」

「だから誰がスルメだよ誰が!!」

「キミのことよ。ねえエイミー、エリィちゃんが言ってただけあって面白いねこの子」

「でしょ~」


 よし、エリィ・ゴールデン。あとで覚えてろよ。

 きっちりと文句言ってやる。



 とりあえずこの中で一番強くなってやる。

 砂漠で待ってやがれエリィ・ゴールデン!!



      ○



 こうしてオレ、ガルガイン、エイミー・ゴールデン、サツキ・ヤナギハラ、テンメイ・カニヨーンは爆炎のアメリアさんのしごきをみっちり二ヶ月間受けることになった。思い出しただけでゲロが出そうになるしごきをな……。

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