第75話 イケメン、コゼット、静かな夜に③
その翌日。
治療院格安解放大作戦の前日だ。
俺とアリアナは『バルジャンの道具屋』で針仕事をしていた。コゼットに教わりながら商店街で着る法被を縫っている。もう時刻は十時を回っており夜遅い。“ライト”で部屋を明るくして、俺とアリアナとコゼットは黙々とヴェールに針を通していた。
「エリィちゃん」
「なあに?」
「今日は泊まっていけば?」
「そうね…そうしようかしら。明日早いし」
「そうしましょ!」
「なんでそんな嬉しそうなの?」
「ええーだってお泊まり会って楽しいよ!」
「ふふっ、そうね」
コゼットの無垢な笑顔がなんとも可愛らしい。ジャンジャンはコゼットのこういう素直で可愛らしいところに惚れたんだろうな。
「アリアナもいいでしょ?」
「ん…」
アリアナは針仕事に夢中だ。細かい作業が好きみたいだな。
つーかアリアナのまつげながっ。“ライト”で影になるくらい長い。下を向いて作業しているから余計に目立つな。いやほんと可愛いこの生物。針を通すたびに狐耳がぴこぴこ揺れるの反則だってばよ。
「あとポカじいにも泊まるって言っておかなくちゃ」
「実はもう伝えてあるの」
「あら、気が利くのね」
「こういうことは手際がいいのですッ」
えっへんとコゼットは針を持ったまま胸を張った。いい胸だ。うん。ジャンジャンが食い入るように見るのも無理がない。
「じゃあコゼット。女子らしく恋の話をしましょう」
「ええーっ! エリィちゃん恥ずかしいよぉ」
「そうねえ。でもそろそろ教えてほしいわ…」
真剣な表情を作ってコゼットを見つめた。
初めて両親に挨拶に行く男ぐらい真剣な顔になっていると思う。
「あなたたち、何があったの?」
俺の問いかけにコゼットは時間が止まったかのように、針仕事をする手を止めた。
「…………何って?」
「この前言っていたじゃない。私はジャンジャンに好かれていないって。どういうことなの? それにコゼットが変な服装をしていることにも何か理由があるんじゃない? 変な感覚の持ち主がこんなまともなデザインをするとは思えないわ。だからあなたはわざと変な格好をしているんじゃくって?」
「エリィちゃん……」
「どうなの?」
「これは私の好きでやってる服装だよ」
「ごまかさないでちょうだい」
コゼットに対して初めて俺は強めの口調で言った。
この子は危なっかしくて放っておけない。俺がグレイフナーに帰るまでに、ジャンジャンとくっつけてあげたい。例えそれがおっせかいだとしても、これは必要なおせっかいなのではないだろうか。
付き合うことが無理であれば、せめてきっかけぐらいは作ってここを出て行きたいと思う。そうでもしないと二人は永遠に幼なじみをやっていそうだ。
彼女は無理に笑おうとしたが上手くできず、取り繕うように自分の短い三つ編みを握り悲しげにうつむいた。
「うん………当たり。エリィちゃんの言っている通りだよ。私は理由があってこんな格好をしてるんだ」
「そ…。わかったわ。ごめんね問い詰めるような聞き方してしまって」
「ううん、エリィちゃんが心配してくれているのは知ってるから、平気だよ」
「これ以上は無理に話さなくていいわ。すごくつらそうな顔になってるもの」
「いつかはどうにかしゃなきゃって思ってるんだけどね…ダメだね、わたしって」
「そんなことないわ。可愛いわよコゼットは。さっきだってジャンジャンの奴、あなたの顔と胸ばっかり見ていたわよ」
「え、え、え…?」
ぼん、と効果音がつきそうなほど急激に顔が赤くなるコゼット。
「頑張って。わたし応援してるから」
「コゼット、好き…」
「エリィちゃんアリアナちゃん……」
「気持ちの整理がついたら話してほしいわ。私とアリアナはいつでもあなたの味方だから力になりたいのよ。誰かに話してすっきりすることだってあると思うしね」
「うん……ありがとうエリィちゃん」
「コゼットがんばれ…」
「ありがとアリアナちゃん。……商店街の勝負がついたら、きっと話すね」
「オッケー約束よ。でも、無理しちゃダメよ」
「コゼット好き。エリィ大好き…」
「え?」
急にアリアナに言われて、柄にもなく慌てる俺。
「真顔でそういうこと言わないでちょうだい! わたしだってアリアナこと好きなんだから。好きすぎて困ってるんだから!」
だぁーーーっ!
俺は何言ってんだッ。
小っ恥ずかしい! 小っ恥ずかしいぜよ!
この好きって意味はあくまでも友人として、妹的存在としてなんだ!
「エリィ……」
今度はアリアナが顔を赤くして下唇を噛みしめた。
やだそれ…、可愛いんですけど。
「ふたりはほんと仲良しね」
コゼットが嬉しそうに笑う。
彼女が笑うとなんか今までの雰囲気とか全部帳消しになるからずるい。
「コゼット、ファイト!」
「わたし、がんばる!」
「エリィ……」
「コゼットはジャンジャンのどこに惚れたんだっけ?」
俺はアリアナに好きと言われて動揺している照れ隠しのために、コゼットにジャンジャンの話題を振った。
「あのねあのね、色々あるの。まだ話してないこと」
「聞きたいわ」
「気になる…」
「いいよ!」
こうして小っ恥ずかしくて甘い空気の中、ガールズトークと共に夜は更けていった。
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