第65話 エリィの手紙~砂漠から愛を込めて~①
☆
私は手紙を持って家に転がり込んだ。
私についてきてくれたサツキちゃんとテンメイ君も玄関から駆け込んでくる。
優秀なゴールデン家のメイドの一人が、何事かとスカートの裾をからげてエントランスにすっ飛んできた。
私はあまりの興奮から、レディとしての帰宅の挨拶もせず、息も絶え絶えにこう言った。
「エリィが……エリィが生きていた!」と。
私の声は思ったより大きく、家中に響き渡った。
するとキッチンから皿や鍋を落とす音が聞こえ、家のそこかしこから悲鳴のような驚きの声が上がり、バタバタと足音を隠そうともせずに家中の人間がエントランスに飛び込んできた。
「エイミーお嬢様!」
「お嬢様どういうことです?!」
「エリィお嬢様はどこにッ!!!」
「本当なのですか?!」
「何があったのです!?」
「べびぃじゅぼうずびぃ! びっばいっばびぼぼにッッッ!!!」
みな口々に思ったことを叫び、バリーにいたっては顔中から液体を出してよく分からない言葉を叫んでいる。
気づけばゴールデン家の使用人すべてがエントランスに集合していた。
エドウィーナ姉様とエリザベス姉様はお仕事で、お父様は宮殿に行っている。クラリスはいまアリアナちゃんの家にご飯を作りにいっている頃だろう。クラリス、この手紙を見たら喜びのあまり泣き叫ぶだろうな。
エリィ捜索本部、として使っていた二階の一室から、仮眠を取っていたお母様が普段絶対に見せないような焦った足取りで階段を下りてきた。
「エイミー、どういうこと!? 説明してちょうだい!」
お母様の言葉で水を打ったように静まる使用人達。
爆炎のアメリアとしてグレイフナーに名を馳せたお母様の凛とした雰囲気が、場の空気を一気に引き締める。
私はお母様に手紙を見せた。
「あの子から手紙が届きました!」
「場所は!? 場所はどこなの!?」
「砂漠の国サンディ、オアシス・ジェラというところです」
「サンディ……また随分と遠くね」
「戦争があるから帰って来れない、と書いてあったけど…」
お母様は私から封筒を受け取ると、消印を見て眉をひそめた。
「日付が二ヶ月前になっているわ」
「サンディの封鎖線のせいだと思います」
あれから私も色々とエリィの行方を追って調べた。その中で知ったのが、サンディとパンタ国をつなぐ『赤い街道』が軍隊によって完全封鎖されている、ということだった。
「エリィはオアシス・ジェラに住んでいる、ジャン・バルジャンさんと、お婆様のガン・バルジャンさんの家にご厄介になっているそうですよ」
「では安全ということね…。エリィを誘拐したであろう盗賊団は?」
「お母様がおっしゃっていた『ペスカトーレ盗賊団』のことですか?」
「ええ。そうよ」
「そのことも書かれてありました。お母様の調査された通りでしたね」
「グレイフナー王国から人攫いをするほどの凶悪で大きな組織。ある程度予想はついていたのよ」
お母様はだいぶ疲れた様子で、ゆっくりと指で眉間を揉んだ。
すぐさまメイドの一人がお母様の肩を揉み始めた。
「エリィがおしおきしたから大丈夫って書いていたけど…」
「おしおき?」
お母様は肩を揉まれながら大きく首をひねった。
確かに、冷静になって考えてみると上位魔法が使えるほど凶悪と噂される盗賊団を一人で倒せるはずがない。エリィお得意の冗談かもしれない。
「とにかく見てみましょう。ハイジ、みなにも聞こえるように読み上げて頂戴」
「かしこまりました奥様」
クラリスの娘、ハイジが手紙を恭しく受け取り、おもむろに開いた。
彼女は何をやらせてもそつなくこなす、凄腕メイドだ。この若さでゴールデン家のメイド長を任されている。
「ハローみんな! 心配かけてごめんね!」
ハイジの澄んだ声色がエントランスに響き渡った。
「……ハロー?」
さっそくお母様のツッコミが入る。
「たぶんエリィ語だと思うよお母様」
私はつい敬語を忘れて、訝しげな顔をするお母様に言った。
「エリィ語、とはなに?」
「あの子、たまに自分で考えた言葉を使うんです。昔からお茶目なところがあったから」
「そうかしら? たしかにそうかもね」
「でしょう?」
「まあいいわ。ハイジ、続けて頂戴」
「かしこまりました」
気を取り直してハイジが手紙に目を落とした。
「ハローみんな! 心配かけてごめんね! 私はいま砂漠の国サンディ、オアシス・ジェラにいるわ。優しい冒険者のジャン・バルジャンという青年に助けられ、彼の実家にお世話になっているのよ。砂漠の国というだけあって陽射しが強く、じっとしているだけでも汗が流れ落ちてきてげっそり痩せてしまいそう。サンディとパンタ国の戦争のせいで、しばらくグレイフナーに帰れないと思うわ」
「…随分と元気そうね」
「そうみたいですねお母様!」
お母様はほっとしたのか笑顔になった。
私はうなずいて、ハイジに続きを読むようお願いした。
「あの日、ペスカトーレ盗賊団という悪い連中に誘拐されてしまったんだけど、色々あって盗賊団におしおきをしておいたわ。やっぱり悪はこらしめないとね。怪我も病気もしていないから安心して。ジャン・バルジャンはすごくいい青年で、お婆ちゃんのガン・バルジャンはよぼよぼだけど店番を頑張っている優しい人。不自由はしてないわ。しばらくこの家で封鎖の解放を待つことが最善だと思うの。友達の狐人、アリアナも無事だわ。彼女は手紙が恥ずかしいと言っていたので、家族に彼女の無事を伝えてほしいわ。家の場所はクラリスに聞いてちょうだい。いつになるか分からないけど必ずグレイフナー王国に帰るから、みんな体に気をつけて元気でいてね」
ハイジは呼吸を整えると、次のページへ手紙をめくった。
「クラリス、心配かけてごめんなさい。すごくびっくりしたでしょう? でももう大丈夫。私は元気よ。エイミー姉様。お姉様の素敵な笑顔を早くみたいわ。帰ったら新しい洋服を着てまた街へ遊びに行こうね。バリーは泣きすぎ。もう泣かないでちょうだい」
「べんばごどびっだっで! ぼじょうずびぃ!」
バリーは相変わらず何を言っているかわからない。涙でぐちゃぐちゃになった顔を白エプロンで拭いている。
「エリザベス姉様、恋は順調かしら。エドウィーナ姉様、お母様、二人の洋服はミラーズに置いてあるから是非着てみてください。お母様、お父様にはあまり根を詰めないように言って下さい。肺の持病が心配です。メイド、使用人のみんな、心配かけてほんとごめんね。ゴールデン家のみんなの顔を見るのが楽しみだわ。それじゃあまた! 近いうちに必ず戻るわ! エリィ~砂漠より愛を込めて~」
ハイジが顔を上げて手紙をめくった。
エントランスにいる全員が、よかった、とか、お嬢様、とか、エリィ様、などつぶやいている。
「エイミーお嬢様、続きはお読みしたほうがよろしいでしょうか?」
「その必要はないと思うな」
「あら、どういうこと?」
お母様がハイジの持っていた手紙を覗き込んだ。
さっき冒険者協会で読んだとき、この手紙が全部で四部構成になっていることを知った。このあとは『ミラーズへ』『コバシガワ商会へ』『スルメへ』となっている。
そのことを説明し、内容を簡単に話すと、お母様はざっと中身を見てすぐ手紙を分け、メイドに配達させた。
『ミラーズへ』と『コバシガワ商会へ』という手紙は経営に関わることだったので早いほうがいいと思ったのだろう。
「エイミー、あの子は本当に立派になったわね」
「そうですねお母様」
「それで、スルメ、というのは誰なの?」
「エリィのお友達みたいです。ワイルド家の長男だそうですよ」
「ワイルド家? 領地が百五十の超名門貴族じゃないの。お付き合いしているのかしら」
「きゃっ。そうかもしれませんね!」
私はまさかと思ったが、二人が付き合っているのかもしれないと思った。だって、ねえ。わざわざ彼にだけ手紙を宛てるなんてよっぽどよ。しかも絶対にこの先は読んではダメ、と書いて便せんの四方にのり付けまでしていたものね。
でも私はミラーズのジョー君が怪しいと思っていたんだけどなー。
舞踏会で楽しそうにダンスしていたし、いつも洋服の話をしているしお似合いだと思ったんだけど。
ふふっ。エリィったらしっかり男の子のハートを射止めちゃって!
帰ってきたら恋の話もしなきゃだよね。
よかった。本当によかった。
エリィが生きていてくれてよかった。
無事でいてくれてよかった。
灰色に見えていた世界が、手紙をもらった今では輝いて見えるよ。
エリィ、すぐに会おうね!
戦争が終わったら真っ先に迎えにいっちゃうんだから!
☆
私はマックス・デノンスラート。
エリィお嬢様にはこのウサ耳からウサックスの愛称で呼ばれている。
ゴールデン家の美しいメイドがグレイフナー二番街に居を構えるコバシガワ商会にやってきて、手紙を渡してきた。私はこなしていた仕事の書類から顔を上げた。
「ウサックス様ですね? エリィお嬢様からお手紙です」
「な、なんですとぉ!!?」
私は歓喜した。
生きておられた! お嬢様が生きておられた!
生きているとは信じていたものの、やはり確証が得られて心の底から嬉しい!
さすがお嬢様! ただ者ではない!
メイドが礼をして出て行くと、事務所にいた商会のメンバーが叫びながら集まってきた。みな、一様に笑顔だ。創設者にして出資者のエリィお嬢様が生きている。その事実に両手を挙げて喜んでいる。
黒ブライアン、おすぎ、ボインちゃん、印刷部隊のメンバー、新しく雇ったスタッフ十数名はグレイフナー王国民らしく、テンション高めに万歳三唱をした。
だが私は手紙を見て、笑顔を引き締めた。
「みな、静かに。お嬢様からの手紙だ。これは百パーセント商会への指示書になっているであろう。心して聞くように」
気持ちのいい返事をして、全員がうなずく。
私ははやる気持ちを抑えて手紙を開いた。
「やっほーみんな! 元気ぃ!?」
お嬢様は、どこに行ってもお嬢様だった。
皆、くすくすと笑っている。
「いや違う! 手紙にこう書いてあるのだ!」
私は咳払いをして続きへと目を落とした。
「やっほーみんな! 元気ぃ!? 私はいま砂漠の国サンディにあるオアシス・ジェラという町にいるのよ。いずれ帰るから心配しないでね。さて、早速で申し訳ないんだけど、本題に入るわ。ごめんなさい、ここから先は仕事モードで書くわよ」
私は集まっているメンバー全員に目配せをした。皆が黙ってうなずく。
「私がいなくなったことでコバシガワ商会は運営の方針があやふやになっているはず。現在の商会は『雑誌制作会社』という名目で『ミラーズ』の洋服の販売サポートをする、という位置づけになっている。雑誌が売れる→服が売れる→雑誌のブランドが上がる→また雑誌が売れる、というのが好循環の簡単な流れ。今ここで雑誌の最新号を作らなければこの流れは完全に途切れてしまうわ。簡単な骨組みを書いておくので、いますぐ第二弾の作成にとりかかってちょうだい!」
うおおおおっ! 全員が叫んだ。
この手紙が来るまで、我々はミラーズのサポートばかりしていたのだ。
自分たちの手で何かを作りたくてうずうずしていた。
次のページに雑誌第二弾の骨組みが書かれていた。
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