第56話 イケメン、砂漠、オアシス②



 砂漠のオアシス・ジェラは周囲を防壁で囲んでいる。

 魔物と砂嵐対策だろう。


 東門に着くと、ジャンジャンは冒険者のカードを見せ、俺とアリアナは短期滞在ということで十日間のパスを三千ロンで買った。


「パスをなくすと再発行に三千ロンかかるから気をつけてくれ」


 仏頂面の門番に言われ、町の中に入る。


 町は活気に満ちあふれていた。男はターバンを巻くか帽子をかぶっていて、長袖シャツにズボン。女性は砂漠の国らしいギャザースカートにヴェールを羽織っている。綿のような絹のような、その中間の素材が使われており、魔法陣に似た模様の服を着ていた。なんだか不思議な服だ。見ていると目が回りそうな柄だな。


 そんな一般人に、獣人や冒険者が紛れて行き交っている。


 陽射しが強いため、白の生地が多い。全体的にさっぱりした印象だ。


 俺とアリアナは旅の途中で食べられなかった濃い味の料理を露店で買い食いしつつ、歩く。食べ過ぎは太るので、半分ぐらいでやめて残りは全部アリアナにあげた。


 途中で入るジャンジャンの説明がいかにも観光っぽい。


「町には東西南北の門がある。で、あそこに見える三角の建物が冒険者協会だ。ジェラには凄腕の冒険者が集まっている」

「へえーさすが物知りね」

「当然だろ、地元なんだから」


 満更でもないと言った顔でジャンジャンが答える。


「クノーレリル神降祭のときは町が観光客でごったがえすぞ。縁日が出て大道芸に武術会。演劇に歌唱大会。すごいんだからな」

「楽しそうね!」

「見たい…」


 俺とアリアナはすっかり観光気分になっていた。

 どうせなら楽しんでいこうぜ、というのが俺のポリシーだ。

 いいじゃん砂漠の町!

 戦争が終わったらすぐ帰るけどね!


 しばらく西へ歩くと閑散となり、さびれた商店街が見えてきた。西門はほとんど使わないそうなので、なんとなく落ち着いた雰囲気だ。というより、全く活気がない。


「ジャンジャンの実家って確か道具屋よね?」

「そうだ」

「…これじゃ儲かってないでしょ」

「まあ、ちっちゃい店だから仕方ないさ」


 ちっちゃいというよりこの商店街に問題があると思うんだが…まあいい。


 西門の近くにある『バルジャンの道具屋』が、ジャンジャンの実家だ。見た目は、まあなんというか、その、言葉に表すのも憚られるほどに統一感がない。


 店の前にトーテムポールのような置物が置いてあり、その横には特大の壺。屋根から剣と弓がぶらさげてあり、すぐななめ前には可愛らしいウサギのぬいぐるみらしき商品。ついでにと言わんばかりに一メートルほどあるガマガエルみたいな魔物の剥製が鎮座している。


「なんなのこれ?」


 若干の怒りを覚えた。

 数多の店舗を見てきた俺にとって、この店は破壊衝動を感じるほど最低のデキだった。

 日本だったら即刻店長と担当営業を呼びつけて、なぜこんな商品の展開をするのか問い詰めるところだ。


 ヒュウウウ――


 風が吹くと、どういう仕掛けなのか、ガマガエルの置物が、ゲッゲッゲッゲッゲと笑いだし、道ばたに汚らしい粘着性のある液体を飛ばした。その上に飛んできた砂漠の砂がくっつき、さらに汚らしい物体になる。その間もガマガエルの置物は笑っていた。


「今すぐ……いいかしら?」


 俺が指を向けると、アリアナが飛び付いて「ダメッ」と言う。

 オッケーオッケー。


 ふう……落ち着け俺。

 こんなことでいちいち“落雷サンダーボルト”をぶっ放していたらこの異世界の道具屋が減ってしまう。


 だが……これはあまりにも…ひどい……。

 激昂するレベルだぞこんなもん。店長出せ! 店長!


「いらっしゃ―――ジャン?!?!」


 店から出てきた若い女の子が、持っていたハタキを驚きで取り落とした。

 上から下へとジャンジャンを見つめると、近づいて彼の身体をぺたぺた触り出す。


「ほんとに、ジャンなの?」

「……ああ。ただいまコゼット」

「ジャン!!」


 コゼットはすごい勢いでジャンジャンに飛び付いた。彼は頬を染めながら目を白黒させ、彼女を抱きしめるかどうか必死に考えているのか、両腕を開いたり閉じたりさせる。


 おまえは壊れたクレーンゲームかッ。


 いけ、抱きしめろ!

 ぎゅっといけ、ぎゅーっと!


 アリアナがこっそりジャンジャンの後ろに回り込んで手を伸ばし、一気に彼の腕を内側へ巻き付けようと迫る。

 ゴー! いけアリアナ! ゴーゴーッ!!


「えい…」


 ジャンジャンの腕がコゼットを抱きしめた。

 突然の出来事に全身を硬直させるジャンジャン。


「ふぅあ!」


 だがチキン野郎はすぐに両手をバンザイにした。


 どんだけー。

 もう。

 どんだけー。


「あらこの子たちは?」


 コゼットがジャンジャンから離れて首をかしげた。途端、悲しそうな顔するジャンジャン。いやいやだったらぎゅっと抱きしめておけよ。ぎゅっと。まじで!


「エリィ・ゴールデンですわ。この子は友人のアリアナ・グランティーノ。ジャンジャンに助けてもらって馬車で送ってもらったの」

「あら、ご丁寧にありがとう。私はコゼットです」


 お互いにレディのお辞儀をした……んだが……。


「あのコゼットさん。ひとつ質問いいかしら」

「なあに?」

「あなたの着ている服? それは何なのかしら?」

「これのこと?」


 これのこと? じゃねーよ。それしかねえだろうがッ。


 なぜ頭蓋骨を真っ二つにしたブツを帽子代わりにしてんだ!?

 どうしてポシェットを三つも付けてるんだ!?

 黄色とか青とかのレースをなぜ腕に巻き付ける!?

 靴がネズミの剥製?

 なんでヘソのとこだけシャツがハートにくりぬいてある?!

 意味がわからん! ぜんっっっぜん意味がわからん!!!


 彼女はくりっとした目を俺に向けて自信ありげに口を開いた。


「お洒落でしょ?」

「ノーコメントでお願いしますわッ!!!」



      ○



 店に入ると、よぼよぼのおばあちゃんが店番をしていた。ちんまりと座布団の上に座っている姿が招き猫みたいでかわいい。


 ジャンジャンが帰ってきた事を知ると、涙をぽろぽろ流して喜んでいたので、感動の再会についうるっときてしまった。泣いてない。俺は断じて泣いてないッ。


 コゼットがおばあちゃんの面倒を見ながら店番を手伝ってくれていたらしい。好き勝手に陳列していたらこんな店になってしまったそうだ。ハリセンがあったらコゼットを思いっきりはたきたい。ちなみにコゼットの家は隣のバー『グリュック』だ。


 コゼットの服装はあとで直すとして、俺とアリアナは夕食もほどほどに案内された空き部屋のベッドにもぐりこんだ。数日、馬車に揺られていたせいで疲れがたまっている。


 ベッドは二つあったが、アリアナは俺の布団にもぐりこんできた。


「今日は一緒…」

「そうね」

「ん…」


 寝る前に、ジャンジャンからもらった紙とペンでやるべきことを記入していった。何事も目標を決め、目で確認することが大事だ。


 アリアナが狐耳を動かしながら覗き込んでくる。



――――――――――――――――――――――

砂漠でやることリスト


 最優先、ダイエットする。

 その1、強くなる。

 その2、グレイフナーに帰るための情報収集。

 その3、孤児院の子どもを捜す。

 その4、ジャンジャンとコゼットをくっつける。

 その5、砂漠にあるいい生地を探す。


――――――――――――――――――――――



 ダイエットと修行はもちろん、ジャンジャンの恋路をサポートし、孤児院の子どもたちが売られたという特殊な工作員を養成している場所を見つけ出したい。ついでに洋服の生地になるような面白い物がないかどうか調査をしようと思っている。やることはいっぱいだ。


「わかりやすい…」

「そうでしょ。ひとまず今日は寝ましょう。明日から忙しくなるわ」

「うん、そうだね…」

「おやすみアリアナ」

「おやすみエリィ…」


 俺とアリアナは早めの就寝をした。



      ☆



 その数日前。

 エリィが誘拐された当日、グレイフナーのゴールデン家では大変な騒ぎになっていた。


「お嬢様はわたくしが救出します!」

「私はぁ! お嬢様方を守れなかったぁ! 切腹致します!」


 クラリスは青竜刀を左右にぶら下げマントを装備し、出陣の準備は万端。一方、バリーはコック服を脱ぎ捨て短刀を腹に当てている。


「ぶっ殺しましょう」

「ぶっ殺しましょう」

「ぶっ殺しましょう」


 きれいなハミングで料理人らとメイド隊が宣言し、バスタードソードやらメリケンサック、パルチザン、グレートアクス、キラーボウなどを持ち、各々が完全武装でエントランスに集合していた。


「エリィ、今頃つらくて泣いてるよね」

「あの子ってばほんと世話の焼ける妹ね…」


 エイミーが階段の隅っこで体育座りをし、エリザベスが杖を片手に旅支度を済ませている。

 長女のエドウィーナは「おいき!」と言って、使役している小鳥の使い魔を窓から解き放つ。


「落ち着け!」

「静かになさい!」


 父、ハワード・ゴールデンと『爆炎のアメリア』こと母アメリア・ゴールデンが面々を諫めた。


「これから指示を出す。一度しか言わない」


 普段、温厚そうなハワードは怒りを何とか抑えている、といった表情だ。


「まずは敵を見つける。クラリス、例の情報屋のところにバリーと行け」

「かしこまりました」

「はっ! この命に代えても賊を見つけ出します!」


 クラリスとバリーは忍者のように素早く消えた。


「メイド隊は二人を選抜して警邏隊と近隣住民から情報収集をしろ。金に糸目はつけるな」

「かしこまりました旦那様」

「承りました旦那様」


 見目麗しいメイド二人がお辞儀をしてエントランスから出て行く。


「エイミーとエリザベスはコバシガワ商会の面々にエリィが誘拐されたことを伝え、協力要請をしろ。その後の判断はそちらで決めなさい」

「ぐすん……わかりました!」

「はい、お父様」


 エイミーがなんとか気を取り直し、エリザベスが優雅にうなずく。


「エドウィーナは使い魔の索敵範囲を徐々に広げてくれ。まずはグレイフナー周辺だ」

「わかりましたわ」


 エドウィーナは集中しているのかその場で目を閉じた。


「料理隊は精が付く料理をたっぷり頼む。ある意味お前達が一番重要だぞ」

「サーイエッサー!」


 なぜか軍人言葉で敬礼する料理人達。


「俺はこれから宮殿に行ってくる。なんとかして『シールド』の特殊部隊に渡りを付けるぞ」

「私は家で待機し、集めた情報を取り纏めます」

「うん、そうしてくれ」

「あなた……」


 ハワードはアメリアを優しく抱きしめた。


「あの子、大丈夫よね?」

「ああ、エリィなら平気さ。もう一人前のレディさ」

「心配だわ……。あの子はあなたに似て妙に優しいところがあるから…」

「大丈夫だよ。僕たちの子どもじゃないか」

「あなた…」

「アメリア…」

 

 なぜかいい感じの雰囲気になり、熱い接吻をする父と母。

 だがその空気は二人の身体が離れると嘘のように消えてなくなり、ピリッとした雰囲気に戻った。


「ではいってくる」

「いってらっしゃいあなた。吉報をお待ちしております」

「ああ、可愛い娘のためだ。手段は選ばん」

「ええ。お願い致します」


 その後、調査は何度も空振りに終わり、賊の足取りはつかめなかった。数日後にようやく西に逃げた、との情報をクラリスが得たところで、サンディとパンタが戦争になり、調査が難しくなる。それでもゴールデン家の面々にエリィ捜索を諦める様子はなかった。


 その頃『砂漠のオアシス・ジェラ』では―――



      ○



 もふもふもふもふ。



「ん……あ……」



 もみもみもみもみ。



「んん………あ………」



 俺は寝ぼけてアリアナの狐耳を揉んでいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る