第54話 イケメンエリート、悪い子におしおきする③


「おしおき! おしおき!」


 俄然テンションマックスな俺。

 このほとばしる熱いパルスが稲妻になってトクトールの街に鳴り響く。


 途中、避難する人を襲っている不逞な輩はしっかりとおしおきをした。


 その数、二十数名。内、『ペスカトーレ盗賊団』……もとい『エリィちゃんボランティア団』は十九名。まったくもってしょうがない団員だ。みんなすぐよい子になったけどな。


 街の警邏隊に、隠れ家、アジトの位置を伝え、不逞な輩の逮捕もお願いする。警邏隊の人数は相当に少ないがすぐに対応してくれるとのこと。仕事熱心な人を見ると応援したくなるな。俺のことを見て、やたらぺこぺこお辞儀をしていたのはなんでだろう。


 ま、細かいことはいい!


「悪い子はおしおき!」


 ついに親玉の本拠地、ポチャインスキーの屋敷に到着した。

 なかなかに豪華な屋敷だ。高さ五メートルほどある鉄柵が敷地を守るようにして覆い、白壁に赤い屋根がなんともお洒落だ。


 濡れた猫耳目指し帽を脱いで、水が抜けるようにしっかりしぼってかぶり直す。


 正面玄関には護衛らしき甲冑の男が二人立っていた。


電衝撃インパルス!」

「あぎゃあ!」

「ひぎゃあ!」


 もはや躊躇などしない。

 広範囲にまき散らされる放射状の電流に巻き込まれ、あっという間に護衛二人が失神した。


「アリアナいくわよ」

「やっちゃおうエリィ…」

「その前に“癒発光キュアライト”」

「ありがと…」

「辛くなったらすぐ言うのよ」

「わかった…」


 “癒発光キュアライト”をちょくちょく唱えてあげているのでアリアナの容態は問題なさそうだ。それに、彼女もおしおきを望んでいる。


 屋敷に入り、その辺にいたメイドを捕まえてポチャ夫の部屋まで案内してもらう。彼女のほんの一メートル横に“落雷サンダーボルト”を落としたら、ちゃんと言うことを聞いてくれた。うんうん、教育が行き届いているじゃあないか!


「こちらです……」

「ありがとう。お願いがあるんだけどいいかしら」

「なな、なんなりとお申し付け下さひッ!」

「この屋敷は非常に危険だわ。すぐに使用人全員で避難してちょうだい」

「危険?!」

「大きな雷が落ちるのよ」


 うそぶいて、タイミングよく俺は五メートルぐらい先に“落雷サンダーボルト”を落とした。ガラスと共に、屋敷の壁が木っ端微塵になる。メイドは転がるようにして廊下を駆けていった。いい走りっぷり! 君のあだ名は今日からスプリンターだ!


 ビシリと親指を立ててから、ポチャ夫の書斎へと続くドアノブをひねった。ガチャリ、と音がして扉が手前に開かれる。

 高級そうな赤絨毯が敷き詰められ、巨大な本棚に様々な書籍が置かれた、だだっ広い部屋が広がっていた。


 正面の机にポチャ夫がおり、奴は一心不乱に本をめくっている。

 ふっふっふっふっふ。

 はーっはっはっはっは!

 屋敷の主が一人で―――以下略ッ!


「遅かったではないか! エリィちゅわんを連れてきたか?!」

「ええ、ここにいるわ」

「その声は!!」


 ポチャ夫が読んでいた本を放り投げて机をぐるりと回り込み俺へと近づいてくる。

 そして不思議そうな顔をした。


「どうしてそんな格好を?」

「悪い子におしおきするためよ」

「魔力妨害の腕輪が、ないっ?!」


 ポチャ夫は思ったより素早い動きで袖口に仕込んであった杖に手を伸ばし、振りかぶった。


「我の声を聞き水の精霊よ収束せよ。ウォーターウォ――」

「”電衝撃インパルス”!!」


 あくびが出そうなぐらい遅い詠唱付き魔法より速く、俺はたっぷり三回転して“電衝撃インパルス”を気持ちよくぶっ放した。しかも右手でピースを作り、くるっと回して右目の横に当ててウインクするおまけ付き。もってけ泥棒ッ。今夜は大盤振る舞い赤字大安売りだッ!



 ギャギャギャギャバリィ!



「うぎゃあああああああああああああああ!」


 ポチャ夫が突然の電流で痙攣し、倒れそうになる。

 すぐさま右の人差し指をくいっと動かした。


「ウインドストーム!」


 下から上へと吹き上がる竜巻状の強風に巻き込まれ、ポチャ夫は時計回りに回転しながら天井に突き刺さる。

 パラパラと木片が落ち、重力に逆らえず、ポチャ夫の体が自由落下する。

 

 絨毯を蹴って前方に突進し、右手に“電打エレキトリック”をまとわせ、落ちてきたポチャ夫の腹を殴り飛ばした。


「エリィちゃんパーンチ!」

「へぼおおおおおおおっ!」


 秘密特訓場で試したパンチはとんでもない威力だ。

 ポチャ夫が後ろへ吹っ飛び、仕事机にぶつかって、その勢いで机のへりに身体が埋まり、壁にぶつかると机が爆散した。


 あへあへ言いながら、ポチャ夫は前のめりにぶっ倒れた。

 間違えて踏みつぶしてしまった蟻んこのように、ぴくぴくと動いている。


癒発光キュアライト


 なんだか死んじゃいそうだったので割と強めにポチャ夫を回復し、俺は……そう、子守歌を歌いながら愛しの我が子を撫でる母親ように、優雅にも見える動きで、愛と慈しみを持ってポチャ夫の背中にそっと腰を下ろした。


「うごっ……あれっ……我が輩は何を?」

「おしおきされたのよ」

「ああ……天使の声が聞こえる……」

「今までいっぱい悪いことしてきたでしょう?」

「我が輩は……悪いことなど……何一つして……ないッ」


 電打エレキトリック

 ポチャ夫に突き刺さるような電流が走る。

 悲痛な叫び声。



 たっぷりと電流を味合わせると、ものの五分でよい子が完成した。



「例えばどんなことしたの?」

「ぜぜ、税金を無理矢理……引き上げましゅた」

「それから?」

「強引に立ち退きさせて一家離散させたのでしゅ」

「それから」

「女、子どもを誘拐させまひゅた」

「それで?」

「ぼくの……好きなようにしたんだよぉ」

「その子達はどこに?」

「気に入った女の子は隣の部屋。あと小さい子は砂漠の国サンディに売りましゅた」


 ちらっと隣の部屋へと続く扉を見た。


「サンディのどこに売ったの?」

「特殊な工作員を養成しているところ」

「グレイフナーの孤児院の子どもは」

「全部サンディ。ぼくも頼まれただけでしゅ」

「誰に頼まれたの?」

「有名な貴族」

「なんて名前?」

「わからないよ」

「教えなさい。い・ま・す・ぐ!」

「ひぃぃぃ! わかったよエリィちゃん!!」


 ポチャ夫は立ち上がって粉々になった机をひっくり返し、一枚の手紙を差し出した。十字に落ち葉のようなマークが入った印が押してある。


 受け取ってポケットにしまい込んだ。

 大事な手がかりなのであとで調べよう。


「工作員を養成している場所はどこ?」

「ぼくにはわからないよ」

「本当に?」

「うん」

「本当の本当に?」

「うん!」

「ほ・ん・と・う・に?」

「ほんとだよエリィちゃん! ぼくは嘘付いたりしないよ!」

「うそおっしゃい!」

「あひぃーーーー! ごめんなしゃい! でも本当だよぅ!」

「分かったならいいわ。じゃあ隣の部屋に案内してね」

「うん!」


 そのあと隣の部屋で捉えられていたぽっちゃり系の女の子五名を解放し、ポチャ夫に見舞金として一人に百万ロンと清潔な洋服を準備させた。女の子らには何かあったらグレイフナー王国のコバシガワ商会を尋ねるように、と伝えて屋敷から脱出してもらう。


 ついでに俺も首から下げる巾着袋に金貨を三十枚ほど入れた。帰宅用の資金だ。


 俺とアリアナ、ポチャ夫は屋敷の外へ出た。

 雨はまだやみそうもなく、雷が轟く。

 屋敷に人がいないことはしっかりと確認してきた。


「ではポチャ夫さん。冥途のみやげにいいことを教えてあげるわ」

「メイドのモミアゲ?」

「冥途のみやげよ! み・や・げッ!」

「はいはい! おみやげほしいでしゅ!」

「こほん。デブでブスの女の子に優しくすると幸せになれるのよ。知ってた?」

「知りませんでしゅた!」

「いいことを知ったわね!」

「うん! エリィちゃんありがとう!」

「じゃあおやすみなさい」

「おやすみッ!」

「いい夢を」

「うん!」

電打エレキトリック!!!!」


 バチバチバチバチ――


 ポチャ夫は、二日徹夜してベッドに飛び込み、泥のように眠る期末テスト明けの学生みたいに穏やかな顔で眠りについた。大丈夫。すぐに誰かが君を見つけてくれるさ……。


 そして最後に、エイミーに使用、というか試すことすら禁止されていた新魔法“雷雨サンダーストーム”を唱えようと意識を集中させた。自分の目に見えている範囲に“落雷サンダーボルト”を落としまくるという広範囲殲滅魔法だ。


 心の中で強く魔法名を念じ、魔力をこれでもかと練り上げる。


 まだだ……。

 もうちょっと練る……。

 よし。いくぞ。いけーーーーっ!


 くるっと一回転して両手でピースを作り、両目に添えて頬をふくらませるという可愛いポーズのおまけつき。もってけ泥棒ッ。こんなにサービスするのは今日だけなんだぜッ!



「“雷雨サンダーストーム”!!!!!!!!!!!!!!」



 風船の空気が抜けるように魔力が一気に消費される。

一拍おいて、ゴロゴロゴロと雷雲が轟いた。


 失敗か!?


 と思った瞬間、目の前が閃光で埋め尽くされ、ポチャ夫の屋敷が光で見えなくなった。


 ガリガリガガガガガバババッババリバリバリバリバリバリバリィ!!

 ピッシャアアアアアン!

 ズドーンズグワーン

 キャーーーッ!!

 ヒヒーン

 ドンガラガッシャーン

 ヒーホーヒーホー、ヒッ…

 ブシュワーーーーッ


 数え切れないほどの稲妻が右へ左と入り乱れ、圧倒的なエネルギーで屋敷を破壊し、地面をえぐり、空気を切り裂き、粉微塵になった破片にも容赦なく降り注ぐ。あまりの雷鳴にそこかしこから女の悲鳴が聞こえ、馬が転倒し、物が大量に倒れ、臆病者のヒーホー鳥が呼吸困難でヒーホーヒーホー鳴きながらついには失神し、ポチャ夫の屋敷があった場所から、温泉が噴き出た。


 屋敷は灰燼と化し、穴だらけの更地になった。


「おしおき完了!」

「やったねエリィ…!」

「ええッ!」


 これにて一件落着。




 その後、自由国境の街『トクトール』は雷雨と魔物の大量発生で未曾有の危機に陥ったが、温泉街として奇跡的な復興を遂げる。背景には、見た目が盗賊団のようだが純朴な男たちが無償で働いてくれたことが大きいとのことで、彼らは自分たちのことを『エリィちゃんボランティア団』と呼称し、今では街の名物になっている。街の五分の一の住民が団員になるほど人気のボランティア団体だ。


 彼らに聞いても名前の由来は憶えていないそうだ。悪い子にはおしおきがある、と常々言っており、雷雨の日はひどくおびえた様子になるらしい。そして彼らは不思議なことに、太っている女の子やブスとからかわれている女の子に異常なほど優しく、女性から非常に評判が良かった。


 また、トクトールの街では子どもを叱るとき、必ず「黒い猫耳のカミナリ様がおしおきをしにくるわよッ」と言うようになったそうだ。災害の日に、子どもを背負ったカミナリ様の目撃情報が多々上がったことから、こういった逸話が生まれたらしい。



       ○



 俺とアリアナは避難している屈強そうな冒険者の兄ちゃんにお願いし、馬車に乗せてもらった。さらに魔法で服を乾かしてもらい、ホッとすると、疲れが一気に出てきて、興奮状態が徐々に冷めてくる。



 そして気づいた。



 んんんんあああああっ!

 恥ずかしいッ!



 なんてことをしちまったんだ。

 あんな恥ずかしいポーズを何度も取り、おしおきだ、とか言って街中で落雷魔法をぶっ放しまくった。穴があるなら入りたい。恥ずかしい、恥ずかしい、きっとあのマンドラゴラ強壮剤のせいだ!


 誰だあれを俺に飲ませた奴は!



 俺だッ!!!!!



 冒険者の兄ちゃんに聞いたら、あの薬は一本五百万ロンほどする代物らしく、興奮作用と引き替えに、魔力を限界値まで引き出す魔薬なのだそうだ。


 心に誓った。

 もうあの薬は絶対に飲まないと――


「エリィのポーズ、可愛かった…」


 アリアナやめてくれぇぇぇ!

 俺の傷をぐりぐり抉らないでくれぇぇぇ!


「私にもあとで教えてね…」


 やめてくれええええ!

 それ以上言われると引きこもるわよッ!!!



「おしおきッ……めっ」



 アリアナが寝っ転がったまま、指を頬に当てた。


 かわいいッ!


 彼女の体調が悪くてもこの破壊力……これは………。


 そんなこんな言っていると急激な睡魔がやってきた。今日は一日中気持ちを張り詰めていたからなぁ。


 俺たちは疲労ですぐ眠ってしまった。


 馬車はごとごと揺れながら安全地帯へと移動していた。




 第2章 ―終―

――――――――――――――――――――――――


お疲れ様でした(*^^*)

これにて第2章は終わりです!


次話から第3章砂漠編に突入でございます!


ちなみにですが・・・書籍バージョンは人気絵師/ミユキルリア先生の超美麗イラスト付きで読めますよ・・・!(小声)

ご興味があれば題名にてお調べくださいませ。


それでは引き続き本編をお楽しみください・・・!!

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