第2章 異世界ダイエット
第1話 魔法とイケメンエリート①
ぷりんぷりん。
瑞々しく跳ねる、おしりと乳。
「はははっ。まーてーよー」
俺は女の子達の水着を笑顔で追いかけていた。
きわどいデザインの水着が何着も若い女の子に貼りつき、これでもかと肉体を強調している。鷲づかみにしたくなる豊満な乳を持つ女子が、わざとらしく転び、砂浜に素晴らしき肢体を放り出す。
これまたわざとらしく、いたーい、と呟きながらずれた水着に指を入れて、ゆっくりと直す。エロ仙人がいたら、空中から鼻血を垂らし「ここが桃源郷ぞ! 男共、我につづけ!」と号令をかけることだろう。
捕まえた女子をやさしく海に放り込み、押し倒して乳繰り合い、あるいはお姫様抱っこをして胸の谷間をのぞき込む。
一人だけにかまうと、私もかまってよぉと言って逃げていく。自分はまただらしなく笑って走り出す。あまりの楽しさに何度か我を忘れてしまう。
ひときわ目立つ女の子を見つけた。
とびきり可愛くてスタイル抜群の金髪女子。身長は約百六十センチ、腰が最高にくびれ、きめ細かく搾りたての牛乳のように白い肌、甘く垂れた瞳が保護欲をかき立てる。
全力疾走で彼女を捕まえた。
「天使めッ。ついに捕まえたぞ」
俺は誰が聞いても引くであろうセリフを吐き、女の子の肩をうしろから抱いた。
「捕まっちゃいました」
その子は、どこかで聞いたことのある可愛らしい鈴の鳴るような声で言うと、ゆっくりと振り返った。瞬間に、恋の予感を憶えた。高鳴る鼓動、高まる感情と体温。女の子の柔らかさと匂い。
俺はもったいぶって、目を閉じた。視界が開けた瞬間に美少女が目の前いっぱいに広がる幸福を思った。
目を開くと、そこにはデブでブスでニキビ面の金髪少女がいた。
○
「エリィッッ!!?」
布団をはねのけて起き上がった。
「お嬢様! 大丈夫でございますか!?」
メイドのクラリスが、心配そうな顔で覗き込んでくる。
「み、水着は…?」
「水着でございますか?」
「……ごめんなさいクラリス。なんでもないの」
「よほど怖い夢を見たんでしょう、おいたわしや…」
クラリスはまめまめしく額を濡れタオルで拭いてくれ、冷たい水の入ったコップを差し出した。
ありがたく水を飲み干して、あれが夢だったことにがっかりする。エロ仙人、残念だが桃源郷はただの夢だったよ。俺の作り出した妄想に過ぎなかった。あの水着群はこの世界のどこを探しても存在しない。
しばらく何も考えずにいると、クラリスが何事かを言いたそうに、上目遣いで見てきた。
「あの、お嬢様。大変聞きづらいことなのですが」
彼女は絨毯を見て、こちらを見て、また絨毯を見て、という動きを繰り返す。
「お伺いしてもよろしいでしょうか」
「なに?」
水着の余韻に浸っていたかったがそういうわけにもいかない。
居住まいを正してクラリスを見た。
「あの木は、まさかお嬢様が?」
そう言って、病院の庭で雷に打たれ横倒しになっている大木を彼女は見た。
「どうして、そう思うの?」
「お嬢様が倒れた横にこちらが…」
彼女の手には日記が握られており、最終ページの落雷呪文をしっかりと広げていた。
どう答えて良いのか分からなかった。あれをやったとバレたら怒られて弁償になるだろうか。営業時代にも、やったやってないのいざこざはしょっちゅうあったが、責任をどこに持っていき、どちらが非をどのくらい被ればいいのか、経験と相対する人間の人と成りを観察分析し、リスクを考えればすぐさま答えをはじき出すことができた。だが、この異世界ではできない。圧倒的に情報が足りない。どこにリスクが転がっているかわからない。
思案顔でいると、クラリスがさめざめと泣き出した。
苦労皺の彼女が悲しそうに泣くと、それはもう世界の悲しみをかき集め、丸めて粘土にして飲まされた気分になる。
あわてて両手を広げた。
「お願いだから泣かないでちょうだい」
「わたしくは……わたくしは……陰ながらお嬢様を見守っておりました。お嬢様が夜更けまで魔法書を読み、何度も呪文を唱えるお姿を見ておりました…。もし、落雷魔法がお嬢様のものであったならば、こんなに嬉しいことはありません。お嬢様は誰にも負けないほどの努力をしておりました。落雷魔法をマスターしたならば、それはゴールデン家の快挙。そして大冒険者ユキムラ・セキノ、砂漠の賢者ポカホンタスが使ったとされる伝説の魔導です。それを、それを…ううっ」
クラリスはついに絨毯に突っ伏して号泣し出した。
重い身体をベッドから引きはがして、彼女の脇にひざまずいた。いや正確にはひざまずこうとしたところ、贅肉でふくらはぎが押し返されて尻餅をついた。気にせず彼女の肩に手を置いた。
「顔を上げてクラリス。そうよ、私がやったの。だからもう泣かないで」
「お嬢様……」
クラリスは涙でぼろぼろになった顔を上げてこちらを見つめると、感無量とばかりにとびついた。
「よかったですお嬢様!」
「ありがとう」
「ということは白魔法と空魔法までマスターされたのですね!」
「え、ええ。そうよ」
「おおお……エリィお嬢様…」
訳もわからず相づちを打つと、ついにクラリスは飛び退いて、神を崇めるかのように両手を組んだ。
「ちょっとちょーっと! やめてクラリス!」
組んだ腕を解こうとすると、思いのほか強い力で抵抗する。このまま放っておけば、会う度に土下座して合掌されそうだ。いい加減やめてほしいと、十回お願いしたところで、ようやくクラリスは平常運転に戻った。
「もうほんと勘弁してよね」
「申し訳ありませんお嬢様。あまりの嬉しさについ」
「これからは何があってもいつも通りにしていてちょうだい」
「かしこまりました」
「ところで聞きたいことがあるんだけど――」
さっきから意味不明な単語が多々登場してきた。白魔法だ、空魔法だ、大冒険者なんちゃらセキノ、日本人かよッ、それに砂漠の魔法使いアンポンタン?
うまいこと誘導して一つずつ説明を求めた。
「それぐらいのことはゴールデン家に代々メイドとして仕えるバミアン家の端くれ、もちろん存じております。まず魔法には六芒星の頂点を結ぶ基本魔法がございます。「光」「闇」「火」「水」「風」「土」の六系統。さらには上位魔法「白」「黒」「炎」「氷」「空」「木」を合わせて十二系統の魔法がこの世には存在しており、すべてをマスターせし者にグランドマスターの称号が与えられます。称号を受けた者はただ一人。あの伝説の大冒険者ユキムラ・セキノただ一人なのです!」
なぜだろう。
クラリスの口調が熱くなっていく。
「砂漠の賢者ポカホンタス、南の魔導士イカレリウス、この両者もグランドマスターではという噂がありますが、かれこれ三十年も姿を見た者がおりませんし、生きているかどうかも怪しいです。ですが賢者と魔導士の争ったといわれるヨンガチン渓谷には絶大なる魔力の傷跡が残っており、少し危険な観光名所として有名でございます。その傷跡を作った魔法が、賢者ポカホンタスの放った落雷魔法ではないのか、と言い伝えられております」
「クラリスはこういう話好きなの?」
「大っ好きでございます!」
イメージ崩れるッ!
つーか苦労皺の多いおばさんメイドが魔法と魔法使いについて力説しているのはかなり笑える。日本で置き換えると、普通のオバハン主婦がラノベ片手に主人公について井戸端会議で熱く語っている、そんな感じだ。
「お嬢様だって小さい頃、大冒険者ユキムラの話をしてくれと、何度もわたくしにせがんだではないですか。一人だけずるいです。お好きなくせに」
どうやらクラリスは夢中になると親戚のおばさんのようになるらしい。堅苦しいよりは、こっちのほうがいい。お固いのは好きじゃない。
「じゃあもう一度、大冒険者ユキムラの話をしてちょうだい」
「まあお懐かしいですね。よろしゅうございますよ」
クラリスは俺の手を取って立ち上がらせると、ベッドに誘導し、自分は立ったまま話を始めようとした。ベッドの隣をぽんぽんと手で叩く。恐縮した様子で彼女はベッドに音もなく座った。
彼女から物語が語られた。それは何度も話したであろうと思わせるに充分な、完璧な語り口調と抑揚、盛り上がるところでは効果音までついてくる。きっとエリィが幼い頃、何度も話をせがんだのだろう。
話をまとめると、大冒険者ユキムラは仲間と共に世界の果てを目指して旅に出て、すったもんだの末に目的地にたどり着くというストーリーだ。
この世界が一体どこまで続いているのか、何のために存在しているのか、彼は謎を解き明かしてこのグレイフナー王国に帰還する、という冒険譚だ。炎龍と氷龍との死闘は、悔しいが手に汗握ってしまった。
中でも興味を引かれたのは、世界の果てには、何もない虚無空間が広がっており、この世の終わりを思わせるような絶景が広がっている、という話だ。まあ四百年も前の話なのでもはや伝説と化して、童話に近い扱いになっているようだった。
日本で四百年前といったら、江戸時代ぐらいの話だろ。そんだけ昔だと信憑性に欠けるなあ。それにこの世界は文明があまり発達していないみたいだから、余計そう感じる。
それに世界に果てなんてものはない。星が丸いことを理解していないだけだろう。
まあ、色々と突っ込みどころが満載だが、ひとまずは気にしないでおくか。
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