第5話 エリィの日記②
本腰を入れてエリィの日記を最初から読むことにし、太い腕を伸ばしてランタンを引き寄せた。
丸くて可愛らしい字で、丁寧に書いてある。彼女は几帳面な性格だったのだろう。
『1003年3月22日
私はエイミー姉様とお話をしていると、嬉しい気持ちと悲しい気持ちで、時たま混乱してしまう。あんなに美しいエイミーお姉様と私が姉妹であることが信じられない。今日、お父様に私は養子なのかと聞いたら、ひどい剣幕で叱られてしまった。
やっぱり私には信じられない。
せめて私にエイミー姉様の十分の一の美しさがあればと、鏡を見ていつも思う。どうして私はこんなにデブでブスなんだろう。
それに、エドウィーナ姉様は身長が高く、聡明で、スタイルがとてもいい。流行りのドレスを着たエドウィーナ姉様を、紳士達が振り返って確認していた様子を私は何度も目撃している。男性は、女をよく品定めしている。私が通りすぎたときに振り返るのは、私がデブでブスだからだろう。こんなに太っているのは町で私ぐらいしかいない。
私はお姉様が大好きだけど、ブスでグズの私のことをエドウィーナ姉様はあまり好きじゃないみたいで、ちょっと悲しい。年が離れてるし仕方ないのかな。
エリザベス姉様はゴールデン家の特徴である垂れ目ではなく、釣り目で大きな瞳。うらやましい。気が強い姉様に見つめられると簡単な殿方なら、なんでも言うことを聞いてしまう。ちょっと怖いけど、美しくて素敵な姉様だ。もちろん私はエリザベス姉様のことも綺麗で大好きなんだけど、やっぱりお姉様は私のことが好きじゃないみたいだ。こんなデブと町を歩いたら恥ずかしいもんね。
私も綺麗になりたい。でも、どうせそれは無理だ。
せめて魔法がうまくなれば、みんな私のことを褒めてくれるかもしれない。
魔法学校に入学したら、とことん魔法の練習をしよう。デブの私が剣術や槍術を鍛えてもたかが知れている。自分なりに頑張ってみよう』
『1003年4月1日
今日は入学式だ。入学祝いと十二歳のお祝いをしてもらった。
エイミーお姉様が、自分のことのように喜んでいてくれたことが嬉しかった。
お父様、お母様、エドウィーナ姉様、エリザベス姉様はあんまり喜んでいなかった。なんでだろう。私が歴史ある有名校に入ることを心配しているのだろうか。私のことをゴールデン家の恥だと思っているのかもしれない。仕方ないよね。
こんなこと考えていても何も始まらないよ。
緊張でうまく話せるか分からないけど、学童でほとんど友達ができなかったし、グレイフナー魔法学校では友達をたくさん作りたいな』
『1003年4月2日
光魔法の適性があった私は光魔法クラスになった。ゴールデン家はその名の通り、鉱物や自然に関係した「土系統」「水系統」の適性者が多いとお母様から聞いていたので、私は特別なのかと思ってしまう。きっとエイミー姉様に話したら喜んでくれるだろう。
適性検査が終わった後、クラスの自己紹介のときに何人かの男子生徒が私を見て笑った。すげーデブだ、と小声で言っていたのが聞こえてしまい、悲しくなった。でも、こんなことはいつものことだ。お母様やエイミーお姉様が言うように真心をこめて人と接すれば、いつか友達ができるはずだよね』
『1003年4月6日
お昼休みにお弁当を食べようとしたら、中身がからっぽになっていた。その日は食堂がお休みなので、みんなお弁当を持ってくる日だった。クラリスがお弁当の中身を入れ忘れるはずがない。
自己紹介のときに私のことをバカにしていた男子生徒がこっちを見て笑っていたので、私は勇気を出して、問いただした。彼は否定したけど、ズボンにゴールデン家特製のソースがついていたので言い逃れはできない。
人の嫌がることをしてはいけない、と言ったら、彼に、食い意地の張ったデブがうるせえぞと言われた。あんまりだ。ひどすぎるよ。私は何も悪いことしてないのに。
次の時間、お腹がすいて、お腹が何度も鳴ってしまった。
クラスのみんなは私のことを見てくすくす笑っていた。
男子生徒は先生に見えないように腹をかかえて笑っていた。
私は恥ずかしくて、その授業が終わった後、すぐに学校を早退した。
レディがお腹を鳴らすなんて、恥だ。
お母様に言ったら叱られてしまう。明日学校にどんな顔をしていけばいいんだろう』
『1003年4月10日
クラスではグループができあがりつつあって、私はどのグループにも入っていなかった。別にグループに入りたいわけじゃない。ただ友達がほしい。学校の帰りにカフェに寄ったり、一緒に勉強がしたいだけ。そういう普通の学校生活が私の憧れだ。
エイミーお姉様は四年生なので時々、学校で見かける。いつも素敵な友達と一緒で、男子はみんな姉様を見てため息を漏らしていた。あれだけ美人だからね。私にも少しだけ分けてほしかったな』
『1003年4月14日
クラスで一番お金持ちのサークレット家の次女、スカーレットが、私の杖を隠してしまった。次の実習で必要なのに、なんてひどいことをするんだろう。
彼女に理由を聞いたら、私が太っていて邪魔で黒板が見えないから、と言われた。そんなことで大事な杖を隠すなんてひどすぎる。言ってくれれば頑張って脇にずれたり身体を倒したりして黒板が見えるようにできたのに。
そのことを彼女に言ったら、いちいちうるさいから話しかけるなと言われた。
近くにいた女の子達にもなぜか嫌われてしまった。私を見る目が冷たかった。
エイミー姉様に相談したら、姉様は泣いてしまった。
姉様はすぐにでもお父様に話すと言っていたけど、私はこれ以上お父様をがっかりさせたくなかったので、秘密にしておくよう姉様にお願いした。
姉様は、エリィの優しさに気づいてくれる人がきっと現れるとも言ってくれ、私の頬に優しくキスをしてくれた。エイミー姉様のおかげで、少しだけ気分が軽くなった』
『1003年5月2日
入学から一ヶ月。友達ができない。
ひとりでいるのがすごく寂しい。勉強はまだついていける。
ようやく杖が見つかったので、実習に参加できるようになった。もう杖を隠されないように、制服の内ポケットに常に入れておくことにした。
今日の授業でもペアを組むはずが、ひとり余ってしまい、先生とやることになった。
これはこれでお得なのかもしれないけど、私も誰かと一緒に実習をしたい。
どうやって友達を作ったらいいんだろう』
日記から目を離して顔を上げた。
エリィはいじめられていたのか……。
どこの世界でもいじめなんてもんは存在するんだな。俺にはいじめをする奴らの気持ちがさっぱり分からないし、いじめられている奴の気持ちも分からない。だが、エリィの日記はどうしてか心を強烈に刺激する。
その後の日記は、散発的に書かれていて、主にいじめられたことについてと、友達を探そうとしている前向きな文章が書かれていた。
エリィが健気すぎる。
もう読んでて、すんげえつらい。胸が痛い。
彼女はろくに友達もできないまま、二年生になった。
クラス替えはあるようだが、年に一回ある適性テストがどの分類になるかで、クラスが決まるらしく、日本のように学年ごとにランダムで入れ替わるわけではない。
クラスは全部で六種類。
「光」「闇」「火」「水」「風」「土」の六系統に分類されていて、適性が変わることはほとんどないようだ。よって学年が上がってもクラスメイトはほぼ変わらない。一年の勉強の成果で、特例的に適性魔法種が変わったりもするが、クラス移動のほとんどが家の事情や転校であった。
さらに付け加えると「光」「闇」は六種の中でもレアのようで、「光」「闇」クラスは1クラスのみだった。他四種は3クラスあるが、「光」のクラスでは、めったなことでクラスメイトが変わることはないだろう。
当然、いじめの首謀者であるサークレット家の次女スカーレットとも、エリィは同じクラスになり、いじめは止まらなかった。
サークレット家の次女スカーレット、リッキー家の長男ボブ、この二人が中心になってエリィにちょっかいを出していた。
胃に穴が空きそうになりながらも決して手を止めずに日記のページをめくった。
そんな苦しい内容を打破する事態が百ページぶりぐらいに現れた。
心なしか、可愛らしい丸文字が大きく感じる。
『1004年6月23日
図書室でクリフ・スチュワード様とお話をした。
朗読して魔法書を読んでいると、あの方は私の声が妖精のように澄んで美しいと言ってくれた。たとえそれが声だけだったとしても、異性に美しいと言われて、私は顔が熱くなった。きっと真っ赤になっていたと思う。
クリフ様は目の病気で、残念ながら目の前がほとんどお見えにならない。
だからこそ私の声が美しいと言ってくれたのかもしれない。
クリフ様のお顔は美しかった。瞳は晴れた大空に反射する黄金のような金色をしていて、病気のせいなのか分からないけど、白目の部分が光にあたるとラメが反射するようにキラキラと輝いた。どこを見ているか分からないはずなのに、その目はすべてを見通しているようだった。金色のまつげに太陽の陽射しが当たると、私は何も言えずに、ただその美しさに見惚れた。
口元は優しそうにいつも微笑んでいる。
黄金の髪は肩口まで優雅に伸びていた。
そのことを話し、私の容姿のことを話すと、あなたの髪の色とおそろいで光栄です、と笑ってくれた。
ああ、なんて素敵なひとなんだろう!』
『1004年6月24日
クリフ様とお昼に図書館で会う約束をした。
彼は読めないけど本がとても好きだった。私に朗読をしてほしいそうだ。
私は即オーケーをした。
そして見えていないのをいいことに、ガッツポーズをしてしまった。最近流行っている、拳闘士のガッツ・レベリオンが試合で勝ったときにするポーズ。やってみると、なんだか楽しい気持ちになれた。レディには向かない仕草だけど、今日ぐらい、いいよね。
だってあのクリフ様と毎日ご飯が食べられるなんて。しかも、スチュワード家の執事が私のお弁当まで持ってきてくれるのだ。もらっている食堂代がおこづかいになっちゃう。クリフ様に何かプレゼントを買ってあげようかな。
早く明日になってくれないかなぁ。
こんなに学校に行きたいのは、生まれて初めてだ』
『1004年6月30日
クリフ様とお昼を一緒に食べるようになってから一週間。
毎日がすごく楽しい。
私は本を読むことが少しでも上達するように、近くの孤児院で朗読会のお手伝いをすることにした。引っ込み思案の私にとっては天地がひっくり返るほどの進歩だと思う。
今日はグレモン・グレゴリウス著「光魔法の理」という五年生で使う教科書を読んだ。しばらくはこれになるけど平気かな、とクリフ様がおっしゃったので、私は光の速さでオーケーをした。内容は難しいけど、いずれ私もやることになるのだから損はない。というよりクリフ様と一緒にいて損なことなんて何一つない。
授業で、私ができない魔法をわざとやらせて、スカーレットとその取り巻きに笑われたことなんてどうでもいい。どん底の一年間から私を救ってくれたクリフ様、ありがとう。そして大好きです。
クリフラブ! クリフラブ!』
クリフ熱がやべえ。
つーか、クリフまじで神だ。俺の次にイケメンだと認定しよう。
エリィの日記はしばらくクリフと過ごした昼休みのことが書かれていた。
というより、それしか書いてない。
やっとできた自分の居場所だもんな。嬉しかったんだろう。俺も嬉しい。
あとは朗読会をやっている孤児院のこともちょいちょい出てきた。
彼女はひたむきになれる努力家だ。好きな人のために頑張れる熱いハートを持った情熱家だ。うん、俺と同じだ。案外、俺とエリィは似ているのかもしれないな。
しばらく読み進め、二年生の冬まで時間が経過した。
エリィの年齢は、いま俺が開いている日記のページでは十三歳。日記のページ数は残りわずかだ。厚さ的にあと三ヶ月分ぐらいの分量だろう。
『1004年12月25日
孤児院の朗読会にも慣れてきた。子ども達はすごく可愛い。
男の子達はすぐ私のことをデブだと言う。やんちゃですきっ歯のライールと、黒髪で黒い瞳のヨシマサは特に口が悪く、いつも私のことをデブだデブだと笑っている。今日は朗読中に走り回っていたので、静かに座りなさい、と叱ると、不機嫌そうに床に音を立てて座った。
しばらく朗読をしていても聞いている様子がないので、手招きをした。冗談のつもりで自分の膝を叩いてここに座りなさいとジェスチャーすると、悪ガキ二人は膝の上に乗ってきて、柔らかいからずっとここがいい、と笑った。そのあとは真剣に朗読を聞いていた。朗読会をやってからずっとなついてくれなかったので、とても嬉しい。いつの間にかみんな私に寄りかかってくる。みんな私の弾力ある体に軽く肩をぶつけたりして、面白がっていた。
子ども達の小さな身体は、暖炉のように温かかった。デブでよかったと思ったのは今日が初めてだ。
気づいたら私は泣いていた。みんなが必死になぐさめてくれた。子ども達のその行動で、私はまた涙が止まらなかった。
泣いちゃだめだと思えば思うほど、涙がたくさん出てしまった。
デブだって真心で接すれば思いは通じるんだ。エイミー姉様の言っていた通りだ。
デブでブスだっていいんだ。
クリフ様が子どもには天使が宿る、とおっしゃっていたのは、こういうことだったのかもしれない。あの子達は私にとって天使だ。ずっと大切にしていきたい』
不覚にも号泣した。
ちくしょう、涙が止まらない。
うおおおお、エリィ!
お前はレディだよ。素敵な女だ!
ブスでデブかもしれないが、心は綺麗で清らかな女性だ!
心の中で叫び、テーブルの脇に置いてあった手鏡を手に取り、自分の顔を覗き込む。
うん、でもやっぱデブでブスだわ。一瞬で冷静になった。
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