第11話 「よし皆、もう点を取ってもいいぞ。これでもかとばかりに思い切り打て! 打って打って打ちまくれ!!」
マウンドの上で、ダイス・スロウプは非常に困っていた。
何せ、勝ってはいけないのだ。
かと言って、負けてもいけない。
つまりは、時間稼ぎをしろ、というのが監督からの至上命令だった訳だが。
……そういう時に限って、この実業学校リーグで「怪物」と呼ばれたルーキー君は絶好調だったりするのだ。
「おいダイス、頼むからもう少し、球数増やせよ」
「そうそう、しかも打たせてもちゃんと取れるフライにしちまうし……」
そう言われても困るというものだ。
相手チームの「エディット・トマシーナ」は絶不調なのだ。そんなチームに「打たせてやる」なんてのは、本当に難しい。
それに、投手として、……何か間違っている様な気がする。
顔に出るタイプのダイスは、顔だけでなく、行動にも出る。調子がいい時には調子がいい様にしかできない。
それがルーキー君なのだ、と言われてしまえばおしまいなのだが!
共通時十五時十分。
既に試合は、八回の裏に差し掛かっていた。十三時に始まった試合だから、まあスムーズに進んで…… しまったと言えよう。
スコアボードには両軍とも0が並んでいる。
監督命令だった。「奴らが戻って来るまで塁に出ても点を取るな!」と言う。
「そんな殺生な~」
テディベァルは目に涙を浮かべたが、監督はがんとして譲らなかった。
しかしホームグラウンドを持っているチームが後攻である関係上、九回の表には、さすがに点を入れなくてはならない。
そして現在は八回の裏。
頼むから多少は打ってくれよ。ダイスは思う。
だが「エディット・トマシーナ」の選手達はまぐれにも打ってくれないし、自分は自分で、このいい調子を下手に崩すと、後々のピッチングに響きそうで怖い。
頼むから、早く帰って来てほしい。彼はため息をつきながらセットポジションにつく。ホイのサインは…… どうやら微妙な所をつくように、ということだった。
ホイにしてみれば、つい本気になってしまうこのルーキー君に、上手く四球を出させたい、というところだった。球数も増えるし、なおかつ向こうのランナーを出すこともできる。
無論普段だったら、この真面目な正捕手も、そんなこと絶ーっ対に考えたくもないのだ。
しかし彼は堅実だった。監督の命令があるならば、ちゃんとその方向に上手く試合が進む様に考えるのが、彼の仕事なのだ。
走ることができないテディベァルは何やらうずうずしているようで、守っているポジションで実に落ち着きが無い。
「……監督!」
本日はベンチ待機のミュリエルははっとして、顔を上げ、両耳からイアホンをもぎとった。
「OKです。連中、球場前までやってきました」
「来たか!」
監督は勢い良く立ち上がった。
「ホイ!」
タイム、とヒュ・ホイは主審に告げる。とことこ、と彼はベンチの方へ近づいて行った。二言三言告げると、マスクの下の目が急に輝く。勢い良く監督はホイの背中を叩くと、行って来い、と送り出した。
ホイはそのまま自分の守備位置に付くと、タイムを解き、彼のルーキー君にサインを送る。え、という顔をするダイスに正捕手は大きくうなづいて笑った。
そうか、とダイスもそれに応えてうなづく。
もう思いっきり投げていいんだ。何の気兼ねなく。
あっさりと三者凡退させた八回の裏。選手達がベンチに戻ってくると、はあはあ、と息を乱して座っている彼等の投手リーダー達が居た。
あれ、とダイスは思う。マーティが帽子をかぶっていた。彼はグラウンドに出るまでは、その明るい髪を出しておくのが好きなはずなのだが。
「……ったく心配させおって」
「ご苦労様でした、お二人とも」
ミュリエルはにっこりと隣に座る二人に笑い掛ける。
「ほんっとうにご苦労だったよ……」
タオルで汗を拭きながらストンウェルはつぶやく。
「マーティさん、無事で良かった~」
ダイスはばたばたとベンチに戻ってくると叫んだ。
「何お前ら、俺達が何やってたのか、知ってたの?」
やはり汗を拭きながら、マーティは割合と涼しい顔で皆に問いかけた。
「……知ってるも知らないも、……なあ……」
トマソンは両手を広げて肩をすくめる。
「監督、俺の薄型TV返してもらっていいですか?」
「おお、ちょっとダイヤルずれたがいいか?」
「どうせまた合わせますよ」
「薄型TV? 何のことだ?」
ストンウェルはマーティと顔を見合わせて首を傾げる。
「……まあいい。よし皆、もう点を取ってもいいぞ。これでもかとばかりに思い切り打て! 打って打って打ちまくれ!!」
監督は立ち上がり、拳を天に向かって突き出した。
それに呼応して、他のメンバーもおおっ、と一斉に声を張り上げる。
もう皆我慢に我慢を重ねていたのだ。
あんな投手の球をどうして打ってはいけないんだ、とトマソンは腕がむずむずしていたし、テディベァルは盗塁したくてたまらなかったし、ホイもダイスですら、あれなら自分もホームラン打てそうだ、なんて内心思っていたりしたのである。
そんなことまるで知らない遅刻組の二人は、隣にちゃっかり座ったルーキー君に向かって笑いかける。
「いい調子じゃないか、今日は白星つくな」
さすがに言ったのがマーティだったので、ダイスもそれ以上のことは口にしなかった。笑うしかない。
ちょうどサンライズも上位打線からだった。打て打て打て打てーっ、の命令を彼等は忠実に守り、それまでの0が美しく並ぶスコアボードには、瞬く間に10の数字が入った。
ははははは、と脱力したメンバーの笑いがその場にはしばらく響き渡っていた。
「それにしても、マーティ、向こうの事件が解決したのが、十四時二十分、って所でしょう? よくこの時間にたどり着けましたね。幹線道路使うと、二時間は掛かるでしょうに」
「先生何で、あんたそんな詳しいんだ?」
「や、ニュースはトマソンの薄型TVがありましたからね」
ふうん、と言いながら、マーティはミュリエルの笑いに両眉を上げる。
「……あんた回収してなかったな」
「後で回収、お願いできますか?」
ふふふ、と笑うこの「先生」はやはり油断のできない存在だ、とマーティは思う。判ったよ、と彼もまたにやり、と笑う。
おそらくストンウェルは、自分に盗聴器が仕掛けられていたなどと、考えてもいないだろうから。
「それにマーティ、あなたにしては確かにデリカシイがありますね」
「何」
「髪に血がまだついてますよ」
「ああ~。見えるとこは帽子に押し込んだと思ったのになあ」
「察するところ、スタジャンにもついてますね。ストンウェルは着てるのにあなたが着てないってことは」
げげ、とベンチのメンバー達は、一気にその発言に引いた。
「……先生…… そういうことを真顔で言わないで下さいよ~」
ダイスが大きくため息をついた。
「でも事実でしょう?」
手を組みながら、ミュリエルが何処か嬉しそうに見えるのは、マーティの気のせいだったか。彼はそれには答えずに、意地の悪い笑みを返しただけだった。
饒舌な「先生」は続ける。
「まあだから、結構私としては不思議だったんですが。さすがに九回表で私代打で出て、ファウル打ちまくって時間稼ごうかな、と思っていたんですがねえ」
「ふうん?」
「経過説明、いただけますか?」
さすがにその言葉には、皆が身体を乗り出してきた。監督すら、しかめ面をしながらも耳を側立てている。
仕方ねえなあ、とマーティは肩をすくめる。
「ああそれはなあ……」
マーティは半ば呆れながら、話し出した。
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