第10話 鮫が吠える。
「おいもう十三時半だぜ……」
腕組みをし売店の壁にもたれかかるマーティに、ノブルはつぶやく。
彼も彼とて、どうすることもできないことは重々承知していた。ただ、言わずにはいられないのだ。時間が見る見る間に過ぎていく。
壁の時計がデジタルではなくアナログの形をしているだけに、余計にその事実を彼等に突き付けてくる。
「落ち着けよ、ストンウェル」
「俺は落ち着いてるさ」
それでもこの同僚が落ち着いていないことくらい、マーティは判っていた。それだけに、自分は余計に落ち着かなくてはならないことも。
ただこの同僚の良い点は、危機に面すると、肝が座るということだ。
さっきから時間を気にしてはいるが、だからと言って、慌てている訳ではない。どちらかというと、この事態をどう打破するべきなのか、といった闘争心の様なものが次第にふつふつと沸き上がってきているようにも――― 見える。
本当に、手頃に投げるものでもあれば。マーティは思う。
自分達が試合で投げる球速は相当のものだった。硬球だったら、まともに頭に当たれば、下手すると命に関わるかもしれないくらいの威力はある。
ただそれは、硬球があった場合だ。
硬球でなくてもいい。何か、手頃な―――
こんな時、周囲の大半がこの「エディット」の人々であることが悔やまれた。
自分達のこの格好が、本日の敵手「アルク・サンライズ」のメンバーであることを物語っている。たとえベースボール好きの少年がたまたまボールを持っていたとしても、果たしてそこで思い付いてそれを貸してくれるかどうか。
……その前にコミュニケーションが、取れるかどうかだったが。
旅行者達は、一時間以上、その場から動けないでいた。下手に動くと、撃たれる。その恐怖が彼等の尻を地面に縫いつけていた。
しかしそろそろ向こうも、銃を構えていること自体に疲れているだろう。
マーティは思う。特に、二人組の男女が抱えているのは、散弾銃や機関銃だ。それなりの重さがある。戦場では専用の台を使って固定して撃つことも多いタイプだ。
「……ん?」
ぴく、とその時ノブルの眉が動いた。
「どうした?」
マーティは囁く。
「兄貴、まだ居るぜ」
「判るのか?」
「ああ」
その程度には、通じるのだ、とノブルはうなづく。確かに、騒ぎが始まってから、宇宙船の出航も停止していた。彼も足止めを食らっていた訳だ。
「何処に居る?」
「エスカレーターを上ったから…… 上の……」
つ、とノブルは上目遣いにウインドウを見上げる。ああ居た、と彼はつぶやいた。
気付いたことを察知したのか、ジャスティスは片手の親指を上げた。そしてそのまま、ウインドウからすっと背を向けた。
「降りてくる」
「降りて?」
「……そのまま、横目で見てくれ」
言われる通り、マーティは壁に背を付けたまま、横目でゲートの方を見た。エスカレーターは停止している。
……だがその後ろの柱に人影が映った。
占拠犯はゲートに背を向けている。死角だった。
するする、とジャスティスはその身体にに似合わず、器用に柱を伝って降りてきた。
「やる気だな」
「そのようだ」
何を思ったのか、その時マーティは手に持っていたガムの一箱を開けると、中身を一気に口に含んだ。
「……あんた何を」
くちゃくちゃ、と彼は勢い良く噛み出す。結構な量だろうに、とノブルの目が呆れた様に大きく開く。甘すぎだ、とマーティも噛みしめつつも顔をしかめる。
「な」
ノブルは目をむいた。
いきなり、マーティがそれを膨らませたのだ。
ぷう、と風船ガムは大きく、広がる、広がる。顔一杯…… 顔を越えて広がる。
「ママ、あのTVで見たガムだよ!」
子供が一人、立ち上がる。やめなさい! と母親が子供を押さえる。
だがそこに居た子供達は、既にこの状況に倦んでいた。
だいたい、一時間以上もじっとしているなど、恐怖でもなければ子供がじっとしていられる訳がない。しかも、その恐怖も、これだけ変わらない状態が続くと、多少か薄れる。
そこへ、ガムの風船だ。
ぱちん! と彼はそれを一度割る。わっ、と子供が手を叩いた。
「なんだおまえは!」
女が平たい声で叫んだ。くちゃくちゃ、とその女の方を見ながら、マーティは再びガムを噛む。そしてもう一度、ぷう、とそれを膨らませる。
「ふざけやがって!」
ああっ、と警察側の声が上がった。三人の視線が、マーティに集中した―――
その時だった。
ノブルはぱっ、と手を挙げた。それは何の予告も無い動きだった。
だが次の瞬間、彼の手の中には、ボールが収まっていた。黒いマジックで、マーティ・ラビイのサインが入った、まだ新しいボールが。
「行くぜ!」
「おうっ!」
ノブルは思い切り振りかぶった。ペアの男の方が銃を構えた。
「皆、伏せろーっ!!」
ノブル・ストンウェルは吠えた。そして投げた。
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