第202話 『人だかり』

 今日もいい天気だった。

 ただ、じりじりと照りつく太陽に汗が吹き出てくる。


 これだけ暑いと宿の近くの綺麗な大きな湖で泳ぎたいと思ってしまうが、イルリアは今は仕事中なのでその誘惑をきっぱり断つ。

 

 バルネアとメルエーナと別れて、小さなこの村――ミズミ村でイルリア達は聞き込みを始めた。

 

 観光地ということで人はそれなりに集まっているが、村自体はそれほど広いわけではないし、建物も垢抜けしないものばかりだ。ただ、宿泊施設や土産物屋の数は多い。


 イルリアはマリアと一緒にそれを行ったのだが、こちらが話しかけるまでもなく、マリアの美貌に惹かれて、男衆が集まってくる。

 イルリアもそれは予想していたのだが、まさか男どもだけでなく、年配の女性まで「いやぁ、凄く綺麗な娘さんだねぇ」と言って集まってくるとは思わなかった。さらに、人だかりが珍しいのか、子供まで集まってくる。


 人が集まってくる分、話は聞きやすい。しかし、それが有益な情報を得られる事とイコールではない。


「あっ、あの、ですから……。私達はこの村の近くにある洞窟……」

 マリアは何度も説明しようとしているのだが、その度に集まってきた皆は口々に勝手なことを言ってそれを遮る。


「いやぁ、なんて綺麗なお嬢さんだ!」

「本当にねぇ。いやぁ、こんなに可愛らしい娘、おばさん初めてみたよ」

「お姉ちゃん、すっごく綺麗……」

「むぅ、浮気者ぉ」


 わいのわいの騒ぐ村人達をよく観察し、人だかりの外側の、マリアに話しかけられずにいる人間にイルリアは話しかけ、情報を集めることにした。


 マリアに客寄せ役を押し付ける形になってしまったのは申し訳ないとイルリアも思ったが、適材適所と考えることにする。


 マリアとは比較にもならないが、自分のような者でも、若い女ということで話を聞いてくれる者はそれなりにいるのだとイルリアは知っているのだ。


 だが、それは流石に謙遜が過ぎると、嫌味かと思う女性は多いだろう。

 イルリアは気にしていないが、マリアを敵視するように見ている女性たちの視線が彼女にも確かに向けられているのだから。


 しかし、そういった女性達には、顔は良い三人組の男どもに任せておけばいいとイルリアは思う。


 ジェノとリット、それにセレクトの周りには女ばかりが集まっている。

 

 相変わらず黒髪の朴念仁は無愛想この上ないが、女ったらしのリットは女相手は手慣れたものだし、セレクトも人当たりがいいので上手く情報を聞き出しているようだ。


 思えばリットが居ないことも多いので、情報収集はジェノと二人でやることがほとんどだった。

 人数が増えると費用面などの大変なことも増えるだろうが、こうして仕事を分担してできるのは本当にありがたい。


 マリアには悪いことをしたが、情報収集は順調に進み、目的の洞窟の場所とその管理人というか調査を行っている人の名前も知ることができた。


 その人物の名前はキレース。学者らしいが、まだ二十代半ばほどの駆け出しなのらしい。

 なんでも、エルマイラム王国の研究院からの依頼で毎日のように洞窟に出向いて、それを調査しているのだという。


「さて、情報は手に入れたけれど……」

 イルリアは未だに人数が減らない人だかりを見て、すぐにそこに向かうのは難しそうだと苦笑する。


 特にマリアはどうにか助けてあげないと大変だ。

 愛を囁き出す輩まで出始めているのだから。


 そんな時だった。

 イルリアが視線を感じたのは。


 よくそういったものにさらされるため、不躾な視線には敏感なイルリアは、確かに誰かの視線を感じた。だが、その方向を見ても誰も居ない。


「誰なの? マリアではなく私を見ていたような……」

 イルリアは腰のポーチを僅かに開いておくことにする。


 害意は感じなかったが、じっと間違いなく誰かが遠くの家の影から自分を見ていた気配を感じた。


 しかし、少し待ってもそれ以降は視線を感じなかったため、イルリアはひとまずその事は心の内に止めておくことにするのだった。



 ◇



 暑い中を、メルエーナはバルネアと並び歩く。

 とっておきの服だったのに、生憎とジェノは何の反応も示してくれなかったが、通気性が良いので涼しいのがせめてもの慰めだった。

 

「う~ん、何度来てもいい村ねぇ。景色は良いし、湖で新鮮な魚も取れるだけでなく、山菜も美味しいのよ。それに、鹿料理なんかも有名なんだから」

 バルネアの、料理に偏った感想を微笑ましげに聞いていたメルエーナは、「そうなんですか」と微笑む。


 メルエーナとバルネア、そして姿を消してはいるがレイルンの三人は、このミズミ村の村長さんの家に足を運び、レミィと呼ばれる女の子の年格好と特徴を説明して知らないか尋ねてみたが、生憎と村長さんも知らなかった。

 村長さんの奥さんも、「この村の子供達の名前と顔は全員知っているつもりなんだけれど……」と申し訳無さそうだった。


「それにしても、村長さんともお知り合いなんですね、バルネアさんは」

 バルネアの交友関係の広さに、メルエーナは只々感心するばかりだ。


「ふふっ。以前、この村の名物料理を作りたいと相談を受けたことがあったのよ。そのときに少し協力させてもらったら、良くしてくれているの」

 なんでも無いことのように言うが、それはバルネアという稀代の料理人だからこそ繋ぐことができた誼だ。ついつい忘れてしまいそうになるが、やはりこの人はすごい人なんだとメルエーナは思う。


 村の中央広場には花壇が綺麗に整備されていて、美しい花々が咲き誇っていた。

 そこのベンチにとりあえずメルエーナとバルネアは腰を降ろし、少し休むことにする。


「はい、メルちゃん」

 バルネアはそう言うと、カバンから水筒を手渡してくれた。メルエーナはお礼を言って受け取る。


 広場で追いかけっ子をして遊ぶ子どもたちを眺めながら、メルエーナとバルネアは喉を潤す。


「困ったわねぇ」

「はい……」

 バルネアに同意し、メルエーナはどうしたものかと悩む。


 村のことに一番詳しいと言われている村長夫婦でさえ、レミィと言う女の子のことは知らないのだ。となると、土地勘すらないメルエーナにはもうできることがない。


「子ども達に聞いてみましょうか?」

「そうですね」

 ダメ元で、バルネアとメルエーナは静かに立ち上がり、まずは子どもたちを見守っている親御さん達に声をかける。

 そして、人探しをしていることを告げて、子ども達に話を訊くことを了承してもらった。


 見ず知らずの人間にすんなり許可を出してくれたのは、バルネアさんの人徳だとメルエーナは思う。

 身内びいきかもしれないが、バルネアさんは人の心を落ち着かせる雰囲気を纏っていて、誰もが彼女を見て笑顔になることはあっても、不快になることはないだろう。

 もちろん、バルネアがそれから名前を名乗ったのも大きいが。


「ごめんね。少し、おばさんに教えてくれないかしら」

 バルネアは手近なところに居た五、六歳くらいに見える男の子に、そう声を掛けた。


「……誰?」

 男の子は少しだけ警戒していたが、バルネアはにっこり微笑むと、バックから小さな袋を取り出す。


「私の名前はバルネア。料理人よ。……まぁ、つまりは、お料理を作る人なの」

「んっ? お料理?」

「ええ。いろいろな料理を作るの。もちろん、甘いお菓子もね」

 バルネアは小さな袋から、紙に包まれた一口大のものを取り出した。


 カラフルな紙に包まれたそれを、バルネアは笑顔で男の子に手渡す。


「えっ、あっ……」

 男の子は手渡された物とバルネアの顔を何度も見て、それから保護者らしき女性の顔を見る。


「いいわよ。頂きなさい」

 その女性が許可を出すと、男の子は嬉しそうに「ありがとう、おばさん」と言って、さっそく紙の包装を解いて、赤色の丸い塊――キャンディを口に運ぶ。


 すると、すぐに男の子の顔が満面の笑顔になった。


「美味しい! こんなに美味しいキャンディ、初めて食べたよ!」

 男の子の嬉しそうな声に、バルネアは笑みを強める。


 それまで何事かと足を止めていた子ども達も、そしてそんな子達の動きをみた他の子ども達も瞬く間に集まって、人だかりができてしまった。


「メルちゃん」

「はい」

 皆まで言われなくても、メルエーナはバルネアと一緒に子ども達にキャンディを配ることにする。


 そして、キャンディは十分に用意してあったので、皆に三個ずつは配ることができた。


「ねぇ、みんな。おばさん、レミィって名前の女の子を探しているのだけれど、知らないかしら?」

 子ども達が満足げに特製キャンディを舐めるのを微笑ましげに見ながら、バルネアは尋ねる。


 しかし、やはり子ども達は知らないと答えた。


「そう。ありがとう」

「ありがとう」

 バルネアとメルエーナは笑顔でお礼を言ったが、内心ではもう八方塞がりだと思っていた。


 だが、そこでメルエーナのスカートの端をクイクイっと引っ張る子どもがいた。

 てっきりキャンディの催促かと思ったが、その愛らしい金髪の少女は満面の笑みを浮かべ、


「私、知っているよ。レミィって女の子のこと」

 と確かに口にしたのだった。

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