第162話 予告編② 『思春期少女の悩み』(中編)
馴染みの喫茶店、<優しい光>亭に入り、メルエーナはパメラと一番奥の席に足を運び、向かい合って座った。
そして、二人で紅茶を注文し、それが運ばれてきてから話を始める。
「パメラさん。その、わっ、私は……」
「うんうん、そんなに慌てて話そうとしなくても大丈夫よ。リーシス様は信徒の訴えを無下にはしないわ」
メルエーナが意を決して話そうとしたのを、やんわりと止めて、パメラはニッコリと微笑む。
流石、神官になる人は違うとメルエーナは感心し、深呼吸をしてから自分の悩みをゆっくりと打ち明けることにする。
メルエーナの悩みは、ジェノのこと。
自分が片思いをしているジェノの前に、ものすごく美人でスタイルの良い幼馴染の少女が現れ、いまも彼女はジェノを憎からず思っている節があることを話した。
「その、どう考えても、私なんかでは比較にならないくらい魅力的な女の子で……」
「なるほどね。金色の髪のものすごく綺麗な女の子の噂は聞いたことがあったけれど、それがメルの言うマリアちゃんなのね、きっと」
「……はい。恐らくはそうだと思います。あの美貌なら、噂になってもおかしくないはずですから……」
メルエーナは絶望的な差を再確認し、がっくりと肩を落とす。
「それで、メルはどうしたいの? このまま指を咥えて、ジェノ君が取られてしまうのを見ているつもりはないわよね?」
「それは、その、もちろんです。ですが、私は何をしたらいいのか……。いえ、その、やっぱり違います。私は、もっと積極的にならなければいけないというのは分かっているんです! でも、私、恥ずかしくて……」
メルエーナは顔を真っ赤にしてしまい、両手で顔を隠す。
「……あの、メル。ちなみに、貴女はジェノ君に何をするつもりなのか訊いてもいいかな?」
顔を覆っているので気づかなかったが、パメラは席を立ち、食い入るようにメルエーナを見つめる。
「はっ、はい。どうか懺悔としてお聞き下さい。その、とても端ないことなのですが……」
メルエーナは、行動に移そうか迷っている事柄を小声で打ち明ける。
「…………」
パメラは黙って話を聞いてくれた。
やがて時間を掛けて全てを話し終えると、メルエーナは少しだけスッキリすることが出来た。
やはり一人で胸の中に仕舞い込んで置くのはよくない。こうしてただ聞いて貰うだけでも気持ちが晴れるものだ。
メルエーナは、話を聞いてくれたパメラにお礼を言おうとして顔を上げたのだが、そこで目を血走らせている彼女の顔を見て恐怖に固まる。
「……あっ、あの、パメラさん?」
正直怖くて仕方がなかったが、声をかけないわけにもいかず、メルエーナは名前を呼ぶ。すると……。
「おのれ、この幸せ者め! なんだ、なんだ、なんだぁ、それは! ろくに素敵な男性との出会いもなく、門番のちょっと冴えない男の子達でさえ、水面下で奪い合いをしている、私達神殿関係者に対する当て付けかぁぁぁぁっ!」
パメラは取り乱し、メルエーナに食って掛かる。
「あっ、あの、パメラさん……。他にもお客様がいらっしゃいますので……」
メルエーナはなんとか宥めようと試みたが、それは徒労に終わってしまった。
「こっちとら素敵な恋愛はおろか、粗食の期間でお肉さえ自由に食べられないというのに! なんだぁ、私達には睡眠欲以外満たしてはいけないとでも言うの?
それなのに、貴女は、ジェノ君のような美男子とそこまで進んでいるなんて……。羨ましすぎるわよぉぉぉぉぉぉっ!」
血を吐くような声に、メルエーナは恐怖に震えるしか無い。
それからしばらくして、パメラは冷静さを取り戻してくれた。
ただ、後少しそれが遅かったら、自警団を呼ばれていたかも知れない。
「こほん。ごめんなさい、メル。少しだけ取り乱しました」
「あっ、はい。その、そうですね……」
目を合わせずに、メルエーナは応える。
「それでは、メル。汝の懺悔をリーシス様は確かに聞き届け、貴女の罪を許されました」
パメラは先程までの取り乱した様子はなく、穏やかに微笑む。
その笑顔に、メルエーナはようやくほっと胸をなでおろし、「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。
そして、すっかり冷めてしまった紅茶に口をつける。
だが、
「そして、リーシス様は仰っています。『構わない、やりなさいと!』」
思わずメルエーナは紅茶を吹き出しそうになってしまった。
「なっ、何を言っているんですか!」
「メルこそ何を言っているのよ! 自分がどれほど恵まれているのかまだ分からないの? 貴女は、あんな美男子を物にできるチャンスを得ているのよ!
大丈夫よ! リーシス様は豊穣の女神。それは作物だけでなく、子宝も含まれているのよ。だから、きちんと子どもを成すのならば、何も文句はないわ!」
自信有り気に、パメラは親指をぐっと立てる。
「子ども……」
その言葉に、メルエーナの顔は再び真っ赤に染まる。
メルエーナも将来的には子どもが二人は欲しいと思っている。だが、子どもというのは、その、つまりはそういう事をしないと生まれないわけなのだから……。
メルエーナの頭はパニックを起こし、「あっ、ああ。そんな……。やっぱり私には……まだそんなこと……」と呟きながら、嫌々と首を横に振る。
だが、そんなメルエーナに悪魔の囁きが聞こえてくる。
「大丈夫よ、メル。貴女は本当にジェノ君のことが好きなんでしょう? それなら、結婚してからかその前かの違いだけよ。いずれすることが少し早くなるだけよ」
パメラは優しい口調で、メルエーナを諭す。
正直、神官としてどうなのかと普段のメルエーナなら思うことができたはずなのだが、今の彼女には冷静な判断ができない。
そして、それをいいことに、パメラは囁きを続ける。
「どんな綺麗事を並べようと、恋愛は競争なのよ。ジェノ君は生真面目だから、一度そういった関係になったら貴女に不義理はしないはずよ。
そうすれば、マリアって娘にジェノ君を取られることはなくなるわ……」
「……でっ、ですが……。私みたいな貧相な体では、ジェノさんも楽しくないはずです……」
メルエーナは顔を真っ赤にしながら、ずっと思っていたコンプレックスを口にする。
「私の先輩に、去年見事に結婚して神殿を退去して家庭に入った人がいるの。その人も決して豊満な体つきではなかったけれど、上手に男の人を誘惑したらしいわ」
「……えっ……」
恥ずかしいと思いながらも、パメラのその言葉はとても魅力的な誘いに思えてしまった。
「後輩のためにと、その方法は私達に秘伝として伝えられているの。でも、いつもお世話になっているメルにだったら、それを教えてあげても、い・い・わ・よ」
悪魔の提案だった。それは分かっていた。
しかし、それはあまりにも魅力的な提案過ぎた。
そして、メルエーナはその提案を受け入れてしまう。
これから一ヶ月間、毎週一回、手作りお菓子を作って届けることを条件に。
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