第154話 『戦いと犠牲』

 渾身の<爆発>の魔法だった。

 使った<お守り>の数は五つ。つまりは、魔法使い五人分の魔法を一箇所に叩き込んだのと同義だ。

 なんの防御策もなく、これを防ぎきる事はできない。


 そう、そのはずだった。

 だが……。


「ふふふっ。見かけによらず、優秀な魔法使いなんだね、お兄さん」

 黒髪の幼子の声が聞こえた。爆発の魔法で木っ端微塵になっているはずなのに。


「サディファス、フォレス。僕に感謝してよ。僕が居なかったら、多分二人共死んでしまっていたよ」

 爆発によって巻き起こった粉塵が薄まると、硬そうな岩盤が、幼子達三人を守るように、ドーム状に折り重なっていた。


「…………」

 セレクトは、何も言わずに再びお守りを手に取る。

 しかし、内心では驚いていた。

 あの岩盤がどれほどの強度があるのかはしらないが、自分の放った爆発魔法を防ぎきれるほどの魔法とは思えなかったからだ。しかし、現実には岩盤にはヒビ一つ入っていない。明らかにおかしい。


「けれど、魔法じゃあ『神術』には干渉できないんだよ。残念だったね」

 その声と同時に、岩盤が一瞬で消えてなくなり、幼子が無傷で立っている。もちろん、その他の二人も無傷なようだ。


「その左目……」

 先程までは間違いなく黒色だったはずの幼子の左の瞳が、琥珀色に変わっている。


「ああ、僕は特別なんだよ。だから、右目じゃあなくて左目の色が変わるし、好きなように変えられる。こんなふうにね!」

 幼子の左目が、今度は真紅に変わった。その瞬間、セレクトに向かって巨大な火炎の渦が迫ってくる。


「<浮遊>!」

 セレクトは<お守り>の一つを相手の地面に向かって投げ、そこから巻き起こる反重力の力を利用し、三人を浮かせると、自分は体を低く屈ませて、術者である幼子が浮遊したことで、起動が上に変わった火炎の渦を避ける。


 屋敷に引火しないかだけが不安だったが、魔法は上空高くに舞い上がっていき、幸い屋敷には当たらなかった。


「ふっ、ふふふっ。あははははっ。面白い、面白い! 僕の『神術』を消せないから、術者である僕の方を動かすなんて。今まで、こんなにすぐに対応してきた魔法使いは見たことがないよ!」

 幼子は<浮遊>の魔法が切れて地面に着地すると、そう言って手を叩いて喜ぶ。


「でも、馬鹿だよね。いま、さっきの<爆発>の魔法を使っていれば、僕を倒せていたかもしれないのに」

「そうかも知れない。けれど、それをやったら、私もお前の炎の『神術』とやらで死んでいた。そして、後ろの二人を殺せなかった可能性があったのでね」

 セレクトは敢えて笑って応えた。

 お前たちの力など恐るるに足りないと。こっちは更なる奥の手を持っているのだと告げるように。


「ふふっ。いいね、殺すには惜しい気もしてきたよ。アレをもう一人分持ってこなかったことが悔やま……」

「舐め腐っているんじゃあねぇぞ、この野郎!」

 幼子の言葉を遮り、全身に炎を纏ったフォレスが幼子の影から飛び出してきて、セレクトに殴りかかってくる。


「<閃光>!」

 セレクトは<お守り>をフォレス達に投げつけ、自分は視線をそらす。

 フォレスはまばゆい強烈な光をモロに受けて、地面をのたうち回る。


「なるほど。分かってきたぞ、お前たちの術のことが。その目をどうにかすれば、力を使えなくなるようだな」

 目を押さえて地面を転がるフォレスの体は、すでに炎を纏っていない。故に、セレクトはそう結論づけた。


「うんうん。本当に優秀な魔法使いだね、お兄さんは。でも、同じ手を二回使っては駄目だよ。フォレスのような馬鹿なら引っかかるけれど、僕達には通じない」

 幼子は意味ありげに言うと、クスクスと笑い出した。


 その笑顔の意味に気づいたのは、セレクトが魔法の感知能力で、誰かが屋敷の入り口の扉まで迫っていることを理解した後だった。


 あの緑色の目が特徴のサディファスと呼ばれていた男が、閃光の光を避けるためにセレクトが目をそらした隙きをついて、彼の横を突破していたのだ。


「行かせるか!」

 セレクトはすぐさまサディファスを追いかけようとしたが、そこで、


「ざけてんじゃあねぇぞ、この野郎! 何もかも、燃やし尽くしてやるぜぇぇぇぇっ!」


 <閃光>の魔法から視力を取り戻したらしきフォレスが、体全体から先程とは比べ物にならないほどの炎を吹き出し始めた。


 セレクトは、ここで二者択一を迫られる。


 いま、こいつを放置したら屋敷が燃やし尽くされる。

 だが、こいつと戦っていては、マリア様たちが危ない。


 どちらかを犠牲にしなければいけないのであれば、当然マリア達を選ぶのだが、それを敵が許してくれるとは思えない。

 けれど、そこで思わぬ声がかかった。


「セレクト殿! 助太刀します!」

 他の襲撃者の相手をしていた、護衛隊長のグンスたちが駆けつけてくれたのだ。


「グンスさん、相手は魔法使いです! すみませんが、ここはお願いします! 私はマリア様をお助けしますので!」

「心得ましたぞ!」

 セレクトが言っていることは、残酷な頼みだった。


 熟練の魔法使い相手に、なんの対策もなく戦うというのは、自殺行為に等しい。


 それは魔法使いであるセレクトが一番わかっている。けれど、マリアを守るために、セレクトは敢えてそれを頼んだ。

 そして、グンスはそれを受け入れてくれた。


「また、私のせいで皆が……」

 そんな思いが胸をよぎるが、セレクトはその気持ちに蓋をして、屋敷に侵入したサディファスを追う。


 せめてマリア様達だけは救う。救ってみせる。

 そのためならこの命などくれてやる。

 死を周りに振りまくばかりの、こんな死神の命などいつでも捨てる覚悟はできているのだから。


 屋敷にセレクトが入った瞬間、彼の後ろに凄まじい炎の柱が立ち上った。

 そして、グンス達を始めとした護衛達は瞬く間に絶命したことが、この敷地に埋めてある<お守り>の探知魔法で、セレクトは理解する。


 だが、セレクトは悲しむことはなく、グンスが持っていた<お守り>に強烈な<爆発>の魔法を作動させて、幼子とフォレスに一撃を喰らわせる。


 その魔法を持ってしても、二人の敵を殺せなかった事を確認したセレクトは、急いで二階に、マリアの部屋に駆け上がる。


 一階の踊り場に避難していた使用人達が血の海に沈んでいることに立ち止まることなく、ただ足を走らせる。


 だが、後少しで二階にたどり着くところで、セレクトはメイに預けたお守りが彼女の手を離れた事を感知した。


 瞬間、セレクトは走りながら、<閃光>の魔法をその<お守り>から発動させる。


 攻撃魔法であれば倒せる可能性もあるが、下手をすればメイとマリアを巻き込んでしまう為、セレクトはこの魔法を選んだ。これで少しは時間が稼げる。


 それからすぐに、セレクトはマリアの部屋にたどり着く。

 部屋のドアは破られ、護衛の男二人は喉を斬られて絶命していた。


 幸い、マリアは無事だった。そして、侍女たちもほとんどが無事だ。

 そう、殆どが無事だった。

 ただ一人、短剣を腹部に受けて、血を流しているメイを除いて。


 それをした男は、何とか立っているものの、目を押さえて苦しんでいる。


「貴様!」

 気がつくと、セレクトはサディファスに向けて、<お守り>を投げて、それを氷の刃に変えた。


 おそらくメイに渡していた<お守り>から生じた<閃光>の魔法で目をやられていたのだろう。

 セレクトの放ったその刃は、サディファスの頭部には刺さらずに躱されたものの、彼の右耳を切り落とした。


「うっ、ううううっああああっ! わっ、私の耳が……」

 サディファスの苦悶の声が響き渡る。


 その隙をついて、セレクトはメイとサディファスの間に体を割り込ませる。そしてサディファスに向けて、拳を彼の胸に叩き込んだ。

 自らの手を一瞬だけ鋼鉄に変えて打ち込んだそれは、サディファスの胸部の骨を何本か砕き、彼を吹き飛ばした。


「メイ、大丈夫だ。この程度の傷なら……」

 セレクトはメイの体に触れて、瞬く間にメイの傷を癒やす。


「せっ、先生……。私よりも、マリア様を……」

 自分の身よりもマリアの身を案じるメイ。


「セレクト先生! 私も戦います! 心配はいりません。今は、メイを助けることを優先してください!」

 けれど、マリアはそう言って、剣を片手に前に出る。

 セレクトの一撃を受けても、まだ意識のある男にとどめを刺すために。


 しかしそこで、


「はい、それまでだよ」


 そんな声とともに、床から植物の蔦のようなものが急速に生えてきて、セレクトとメイ。そしてマリアと残った侍女達を拘束した。


「いやぁ、凄い凄い。まさかサディファスまでここまでやられるとはね」

 そう言って部屋の入口から姿を表したのは、先程交戦した幼子だった。


 彼の左目は、今度は淡い緑色に変わっていた。


「でも、遊びはここまでだよ」

 幼子はそう言うと、無邪気な笑みを浮かべたのだった。

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