第125話 『お手本』

「昔、あるところに、剣の道を極めようと、十年以上も山に籠もって一人修行を続ける男の人がいました。

 彼は厳しい修行の末に、一瞬で獣の首を飛ばし、竜でさえも一人で倒せるほどの剣技を身につけることが出来ました。

 やがて、修行に一区切りをつけた彼は、山を降りて人里に向かいます。ですが、彼が訪れた村は、たくさんの魔物の襲撃を受けている最中でした。

 彼は今こそ自分の力を使うときだと思い、自慢の剣技であっという間に魔物たちを斬り殺し、村人を助けました。そのことに村人たちはたいそう感謝をし、彼を英雄だと讃えました」


 リニアの話をそこまで聞き、ジェノは今日始めてみた先生の強さを思い出した。

 そんな事を思っていると、リニアは更に話を続ける。


「村人達は、彼を村の一員として迎え入れました。そこには、彼が居てくれれば、村はもう魔物が来ても大丈夫だという狡い考えもあってのことでした。

 その目論見は成功します。彼が居てくれるおかげで、魔物達が何度襲ってきても、簡単に彼に撃退されました。

 村人たちは、よかったよかったと喜びました。やがて、魔物はどんどん数を減らしていき、村に魔物がやって来ることはなくなったのですから」


 リニアは息を吸い、また話を続ける。


「魔物がいなくなっても、村人は男の人に村に残って欲しいと懇願しました。もしもまた魔物がやって来た時の用心のためにと。

 彼はその願いを聞き届けてくれました。

 そのおかげで、村人たちは魔物に殺されることはなくなりました。

 今後も魔物に殺されることはないでしょう。

 なぜなら、村人たちは、ひとり残らず彼に斬り殺されて、命を失ってしまったのですから」


 話を最後まで聞き、ジェノはゾッとしてしまった。

 こんな話の終わり方になるとは思いもしなかったから。


「さて、ジェノ。君は今の話を聞いて、何故男の人が村人を斬り殺したのか分かるかしら?」

 リニアはいつもの穏やかな口調に戻りながらも、とんでもないことを質問してくる。


「えっと、それは……」

「なんでもいいわ。君が思ったことを言ってみて」

 そう言われ、ジェノは懸命に考える。


「……村人が、魔物を倒すために自分を利用している事に気がついて怒ったから……ですか?」

 自信がなかったが、ジェノは自分が思ったことを口にする。


「うん。もしかしたら、村人の誰かが彼のことを便利な道具のように思っていることを口にしたのかもしれない。そして、それを聞いて、彼は怒って村人を殺した。それも十分あり得る話ね」

 リニアは「なかなか、良い答えね」と言ってくれたが、ジェノは正直嬉しくない。


「他には、彼は魔物が村に来なくなったことで、斬る相手がいないことが不満だったっていう可能性もあるわね。それで、村人の頼みを聞くふりをして村に残り、村人を斬ることでその不満を発散した。これも有り得る話だと、先生は思うわね」

 リニアは何でもないことのように言う。


「他にもいろいろ考えられるわね。村人は残ってくれるようにと一度は言ったけれど、『もう魔物はいなくなったんだから、あんな刃物を使う危険な男は必要ない』という考えに変わって、彼を追い出そうとした、とも考えられるわ。それ以外にも……」


 リニアは更にいくつか考えられる可能性を口にしたが、ジェノには、この会話の意味がまるで分からない。


「さて、長々といろいろな可能性を話したけれど、ここまで聞いて、君はこのお話に出てきた男の人を『強い』と思うかしら?」

「えっ? 強いと思うかどうか?」

 ジェノは返答に困りながらも、懸命に考える。


 このお話の男の人は、沢山の魔物を一人で倒せるほどの剣術の使い手だ。

 そして、彼は一度も負けてはいない。魔物を斬り、最後に村人を全員斬っただけだ。

 それらの事から考えれば、『強い』という結論になるのだろう。

 ……でも、何かが引っかかる。


「先生はね、このお話に出てきた男の人は『強い剣士』だと思うな。でも、『強い人間』ではないと思うの」

 答えあぐねているジェノに、リニアが自分の考えを口にする。


「……『強い剣士』だけど、『強い人間』ではない?」

 けれどジェノには、リニアが何を言っているのか分からない。


「うん。彼がどんな考えで村人を斬り殺したのか、正解は分からない。でもね、彼は決して『強い人間』ではなかったと先生は思うの」

 リニアはもう一度そう言い、ジェノの頭を優しくポンポンと叩く。


「もしもこのお話に出てきた男の人が、『強い人間』だったなら、どうして村人と分かり合おうとしなかったのかしら?

 前にも言ったけれど、みんなと仲良く出来ていれば、それは最強なの。でも、彼はきっとその努力を怠った。だから、村人をみんな殺すような結果になってしまったのよ」

 リニアはどこか寂しげに言う。


「……でも、みんなが、仲良くしようとはしてくれないかもしれないよ……」

 ジェノは思っていることを口に出す。


 いくら危ないと、危険だと言っても、今回のロディのように、話を聞かない人間もいる事は、ジェノにだって分かるから。

 

「うん。そうだね。村は一つの共同体……う~ん、つまり仲間意識が強いから、それ以外の人に冷たい態度を取る事も多いわ。

 でもね、仲良くなれないと思ったのなら、彼は村から居なくなればよかったと先生は思うな。

 だって、彼は『強い剣士』なのよ。村人が束になっても勝てない強さは持っているのだから、簡単に村から出られたはずよ。それなのにそれをしなかったのは、初めから村人も斬るつもりだったのか、相手が何を考えているのかを考える頭がなかっただけよ」

 リニアはまた寂しそうに言う。


「初めから村人を斬るつもりなら、それは自分の欲望を制御出来ないということ。何を考えているのか分からなかったのなら、それは危機管理が出来ていないこと。それらが欠けている人を、先生は『強い人間』とはやっぱり思えないなぁ」


 リニアの話を聞いていて、ジェノは頭が混乱してしまう。


「先生。それなら、『強い人間』って、どんな人のことを言うの?」

 困ってジェノはリニアに尋ねる。


「そうね。先生は、心が強くて、他人の気持ちを考えられる人のことだと思うな」

「心が強くて……他人のことを……」

「うん。いろいろと辛いことがあっても、苦しい思いをしても、自分の意志を持って生きることができる人が、心が強い人。でも、それだけでは足りないの。他人の気持ちも考えられる余裕を持っていないとね」

 リニアは少しおどけたように言う。


「ジェノ。君は、強い剣士である前に、強い人間になりなさい。そうすれば、君は強くなれる。そして、みんなを守れるようになれるはずよ」

「強い剣士である前に、強い人間に……。分からない。分からないよ、そんなの。僕には難しすぎるよ……」

 幼いジェノには、リニアの言わんとしていることが理解できない。


「そうよね。難しいよね。……でも、君の周りには、お手本になる人がいるでしょう?」

「えっ? お手本?」

 ジェノが尋ねると、リニアは優しい声で、「ペントさんと君のお兄さんだよ」と言ってくれた。


「二人共、どんなに大変でも、苦しくても、自分の意志を持って頑張っている。それだけではなくて、君の事をいつも考えてくれているでしょう?」

「……はい」

 ジェノは笑顔で頷く。


「そういった心の強い人をお手本にして、ゆっくり頑張りなさい。ペントさんも君のお兄さんも、最初から心が強かったわけではないの。いろいろなことを経験して、学んで、時間を掛けて強くなってきたのよ。

 だから、見かけだけの強さに憧れて、簡単に強くなろうとしては駄目。マリアちゃんを誘拐しようとした人達や、お話の中に出てきた男の人のようになってはいけないのよ」

 リニアのその言葉に、ジェノはもう一度、「はい」と元気に返事をする。


「うん。よろしい」

 リニアは嬉しそうに頷く。


 それから、少しすると家が見えてきた。

 なんとか、太陽が沈み切る前に家に帰ってこられて、ジェノは、ほっとする。


 玄関には、ランプを片手にオロオロと忙しなくしているペントが見える。


「坊っちゃん! 大丈夫ですか!」

 ペントはこちらに気づいたようで、大きな体を揺らしながら走ってきた。


「うん。疲れたけど、大丈夫だよ」

 ジェノはリニアに背負われたまま、そんなペントに満面の笑みを返す。


「あらまあ、顔にお怪我を!」

「これくらい平気だよ。それより、僕、お腹が空いちゃった」

 ペントが心配してくれるのは嬉しいが、いろいろ今日は頑張りすぎて、ジェノはお腹がペコペコになってしまっていた。


「そうですね。まずはお食事です。すぐにご用意しますから!」

「うん。いつもありがとうね、ペント」

 ジェノは自分のお手本とするべき人に、改めて笑顔でお礼を言う。


「もったいないお言葉です、坊っちゃん」

 ペントは嬉しそうに微笑んで瞳の端に溜まった涙を拭って微笑んでくれた。


 だがそこで、ジェノはある事に気づき、リニアに声を掛ける。


「なあに、どうしたの、ジェノ?」

 そう優しい声で尋ねてくるリニアに、ジェノはにっこり微笑んで言った。


「先生。さっき先生は、ペントと兄さんの名前しか出さなかったけれど、僕は先生もお手本にします。今日は助けてくれて、本当にありがとうございました」

 すっかり遅くなってしまったお礼を言うと、リニアは何故か足を止めた。


「先生?」

 ジェノがその事を怪訝に思い尋ねると、リニアは、「まったく、私も修行が足りないわね」と少し鼻の詰まったような声で言うのだった。

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