第82話 『約束』

 思わぬ襲撃者を返り討ちにしたジェノは、その襲撃者である幼い少女を諭し、自分達が滞在している宿屋とは別の宿に彼女を運んだ。


 あまりにも酷い身なりであったため、イルリアが宿の女将に頼んでお風呂を使わせてもらった。

 その際に、ジェノは子供用の古着を用立ててもらい、ダブルの寝室を一つだけ取ると、その部屋の宿泊料の三倍以上の金額を手渡した。


 金を受け取った女将は、「私は何も見ていないという事ですね」と下卑た笑みを浮かべ、仕事に戻っていった。

 人として褒められたものではないし、その言葉がどれほどあてになるかは分からない。だが、少しでも今は時間が欲しかった。

 この村の現状を知る手がかりをようやく見つかったのだ。神殿の関係者に通報される前に、必要な情報は集めておきたい。


 この村で何が起こっているのかを、ジェノ達はそれとなく聞き込みを行ったが、村の人間の多くは、余所者である自分達には詳しく話してはくれなかった。


 信奉する聖女様の不利益になるような話は口に出したくないのだろう。そして、おそらく神殿から、この村での事柄を余所者に話さないようにとの命令が出されているに違いない。



 二階の部屋で一人待ち、これからのことを考えていたジェノだったが、やがてドアをノックする音が聞こえてきた。

 返事をすると、ドアが開かれ、イルリアと幼い金髪の少女が部屋に入ってくる。


「戻ったか」

 ジェノは立ち上がり、イルリアの隣で彼を睨んでいる金髪の少女に視線を向ける。


「どう? 見違えたでしょう?」

 イルリアの言葉どおり、少女は体を清めて服を取り替えたことで、子供らしい愛らしさが垣間見えるようになった。だが、その目が、歳不相応な剣呑なものであることは変わらない。


「食事は?」

「女将さんにスープを出してもらって、食べさせたわ」

 イルリアの答えに、ジェノは頷き、二人に木製の椅子に座るように促して自分は大きなベッドの端に座り直す。


「俺の名前はジェノと言う。そこのイルリアから聞いているとは思うが、俺達は、この村で何が起こっているかを調べている」

「……イース。その、私の名前。でも、どうして、この村のことを余所者の貴方達が調べようとしているの?」

 イルリアが入浴の手伝いをしている際に、事情をしっかり話しておいてくれたようだ。話が早い。


「俺達の知り合いが、この村の神殿で病を治すための治療を受けているんだが、どうにもこの村からは良からぬ気配がする。そして、その良からぬことに、俺達を巻き込もうとしている者が神殿にいるようなんだ。

 このまま何もせずにいては、そいつらの思うがままにされてしまう。だから、今はこの村のことについて情報がほしい」

 ジェノは子供相手にも、自分達の置かれた状況を包み隠さず伝える。


「もしも、私が話したら、その剣をくれるの?」

「イース。悪いがお前の腕力ではこの剣の鞘を持つことも出来ない」

 ジェノは真実を告げ、話を続ける。


「だが、ここで一つ提案がある。俺達は冒険者と言われる職業の人間だ。話を聞いて、お前の仇討ちというものが真実なら、俺が力を貸す。お前の代わりに、俺が戦う事を約束する。それでは、話してもらえないだろうか?」

「話を聞くだけ聞いて、やっぱり止めたって言うつもりじゃあないの?」

 イースは疑いの眼差しを向けてくる。


「話の途中で、そう思ったなら、悲鳴を上げろ。外に聞こえるようにな。すぐに神官たちが駆けつけるはずだ。そうすれば、俺は捕まるだろう」

 ジェノは立ち上がり、部屋の窓を開ける。


「……いいよ。どうせ、私一人じゃあ、もうどうにもならないし……」

 イースは諦めたように言い、話し始めた。







 イースは、父と母、そして妹の四人家族。

 何処にでもある、普通の家庭だった。


 まだ、イースが幼い頃に、母が重い病に冒されて、この村でジューナ神殿長にそれを治して貰ったことが切掛で、この村に移り住むことにした。


 父と母は、口癖のように、ジューナ様のお役に立てる大人になりなさいとイースと妹のファミィに言って聞かせていた。

 そのため、イースも大きくなったらこの村の神殿で働くことが夢になっていた。それは、妹も同じだった。


 だが、つい一週間ほど前のこと。

 妹が、ファミィが、突然熱を出して倒れた。

 父と母は、神殿から配られている薬を飲ませたけれど、一向に妹の熱は下がらなかった。

 

 村を定期的に回診して下さっている神官様の一人に診てもらっても、妹はなかなか良くならない。

 そのため、神殿に妹を運んで、つきっきりで治療をしてもらうこととなってしまった。


 でも、イースは仲の良い、大切な妹と離れるのが嫌だった。

 この三ヶ月ほど、子供が熱を出す病が頻繁に起こっていて、その治療のために神殿に入った子供は、まだ誰も家に帰って来ないことを、イースは知っていたのだ。


 だから、イースは妹が神殿に連れて行かれる前日に、ひたすらにカーフィア様に祈った。どうか、妹を助けてくださいと。


 その願いが聞き届けられたのだろう。

 翌朝、ファミィの熱はすっかり下がっていた。


 妹を迎えに来た神殿の神官様達は、妹の回復に驚きながらも、もう神殿に運ばなくても良いと言って下さった。

 その時、イースは妹と抱き合って喜んだのを覚えている。


 だが、その日の夜のことだった。

 イースの家に、何者かが侵入したのは。



 その日も、イースはファミィと同じ部屋で眠っていた。

 だが、物音で目を覚ますと、何故か、消したはずのろうそくの明かりがついている。

 

 何故か明かりは、自分の寝るベッドの隣にある。

 そして、妹のベッドの前で、黒い布で顔を隠した二人の人間が何かをしているのが見えた。


 お父さんでもお母さんでもないことに気づいたイースは、悲鳴を上げた。

 すると、布で顔を隠した二人は、ビクッと体を震わせる。


「お父さん! お母さん!」

 イースは、無我夢中で叫んだ。

 父も母も、まだ起きていたため、その声を聞きつけて駆けつけてくれた。


「イース! ファミィ!」

 父は、護身用の剣を手にしていた。母は明かりを、ランプを手にしている。


 昔は大きな街の自警団員だった父は、未だに鍛錬を欠かさない人間だった。

 そのため、ドアを開けて入ってくるとすぐに状況を理解し、侵入者二人に斬りつけた。


 だが、その鋭い一撃は躱されてしまう。


「いっ、いや……。ファミィ! ファミィ!」

 突然、母が悲鳴を上げたことに気づいたイースは、そこで見てはならないものを見てしまった。


 ……妹の、ファミィの顔と首がなかった。


 ベッドは大量の血で染まり、ファミィの体だけがそこに横たわっている。

 イースは悲鳴を上げた。もう、頭がおかしくなってしまいそうだった。


「貴様ら!」

 敵と退治している父は、妹の様子を確認はしなかったが、何が起こったのかを悟ったのだろう。怒りの声を上げて、再び斬りかかる。


 しかし、その一撃も一人の短剣に止められてしまい、その隙きをもう一人の侵入者に突かれ、短剣を胸に突き刺されてしまった。


「いやっ、お父さん!」

「貴方!」

 イースと母の悲鳴が重なる。


 父は苦悶しながらも、最後の力を振り絞って、剣を動かし、自分の胸を刺した相手の顔に斬りつけた。

 その一撃も、相手に傷を負わせることは出来なかったが、顔を覆う布を斬り裂いた。


 そして、イースは見たのだ。

 妹を、そして今まさに父を殺した者の顔を。







「……そして、お母さんが私の手を引っ張って、『逃げなさい』と言ってランプを渡してくれた。そこからは、後ろを振り向かないで走って、近くの家に駆け込んだの。そっ、そして、わっ、私……。でも、でも、誰も信じてくれ……」


 過呼吸めいた症状が出始めたため、ジェノは「もういい、十分だ」とイースを止める。


「ごめんなさい。辛いことを思い出させてしまって」

 イルリアは席を立ち、涙を流しながら震えるイースを胸元で抱きしめた。


「ジェノ。私は、この娘が嘘を言っているとは思えないわ」

「ああ。俺も同意見だ」

 ジェノはベッドから腰を上げ、『横になって休ませてやってくれ』とイルリアに頼む。


「…………」

 情報が増えたのは進展だが、未だに全容が見えてこない。


 もう少し、イースからこの村の状況を確認しなければいけない。

 だが、今の彼女にそんな体力は残っていないだろう。


 ではどうするか?

 ジェノは苛立つ気持ちを懸命に抑えて、これまでのことを整理する。


 現状、力を貸すことを約束した少女の回復を待つしかないのだ。

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