第42話 『焚き火』

 ジェノとイルリアがテキパキと動き、父がその手伝いをし、野営の準備は進んでいく。

 だが、野宿をした経験さえないメルエーナには、何もできない。何をすればいいのかも全く分からない。


 結局、皆が一通りの作業を終わらせるまで、メルエーナはただ座って足を休ませていることしかできなかった。


 ジェノ達は、水場から少し離れた所を野営地に選んだ。何故そこにしたのかは分からないが、きっと襲撃に備えてなどの理由があるのだろう。


「一晩なら、薪はこれで足りるだろう」

「ええ。ありがとうございます、コーリスさん」

 父が近くで木の枝をたくさん拾ってきて、火を起こしているジェノに渡す。


「乾いているものを選んだつもりだが、煙が……」

「それは大丈夫です。木の水分を抜く方法がありますので」

 イルリアも二人の会話に参加する。


 やはり、何も分かっていないのは自分だけのようだと、メルエーナは肩を落とす。

 だが、そんなことよりも深刻な問題に彼女は気づく。


 くぅ~っと、メルエーナのお腹が鳴ったのだ。

 幸い、皆とは少し距離が離れているので聞かれてはいないと思うが、何も働かずに空腹を訴えるなど恥ずかしいことこの上ない。


 もう少しで日が沈む。昼食を食べたのも随分前だ。皆も空腹で頑張っているのだから、自分も我慢しないとと自身に言い聞かせる。


 やがて焚き火がつく。まだ辺りは明るいが、火の明かりがあることにメルエーナは少し安堵を覚える。


「メル、火の近くにいらっしゃい。暑いけれど、獣よけにもなるから」

「はい」

 イルリアに促されるまま、焚き火の近くに寄って、彼女の隣に座る。

 焚き火を挟んだ向かいには父が座っており、その横にはジェノが座って……。

「ジェノさんは、一体何を?」

 ジェノは石を積み上げた上に、木を二本置いて、更に小型の鍋を置いた。

 

「ああ、簡易的なかまどを作っているのよ。お腹が空いたでしょうけれど、もう少しだけ待っていてね」

 イルリアに笑顔で言われ、メルエーナは、いや、彼女とコーリスは二人揃って驚く。


「いいのか? それは、お前たちの食料だろう?」

「もともと、遭難者を見つけた際に必要かと思い用意していたものです。それに、私達だけでは食べきれませんから。……そうよね、ジェノ」

「ああ」

 二人はあたり前のことのように、メルエーナ達にも食事を振る舞おうとしている。その優しい心遣いが嬉しかった。

 

「作るのはこの無愛想な男ですけれど、そんなに味は悪くないと思いますので」

 イルリアの言葉に、メルエーナはまた驚く。


「ジェノさんが作るんですか? 男の人なのに、料理を……」

 例外がないわけではないが、基本的にメルエーナが住んでいるリムロ村では女性が食事を作るのが一般的だ。

 だからメルエーナには、男性であるジェノが進んで料理をしようとしていることが不思議に思えてしまう。


「腹が空くのに、男も女もないだろう。ただ、口にあうかどうかは分からんぞ」

 ジェノは相変わらずの仏頂面でそう言うと、かまどに火を入れて水の張った鍋を熱し始める。


「ジェノさん、よければなにかお手伝いを……」

 今まで何もできなかった埋め合わせをしたいと思い、メルエーナはそう申し出る。


「必要ない。材料の下準備はできている。後はただ煮込むだけだ」

 しかしジェノは、にべもなく彼女の助力を断る。


「あんたはもう少し言葉を選びなさいよ! そんな言い方をする必要はないじゃあないの!」

 イルリアがジェノの態度を嗜める。だが、ジェノは気にした様子はない。


 大丈夫ですから、と怒るイルリアを宥めるメルエーナ。

 だが内心では、何もできない自分が恨めしくて仕方がない。


 コーリスも娘の事を気遣ってなにか言葉をかけようとしているようだが、どう声を掛けたものかと思いあぐねているようだ。

 誰も何も言葉を口にせず、沈黙が訪れる。だが、それを破ったのはジェノだった。


「……メルエーナ」

「はっ、はい!」


 知らずに少し顔を俯けていたメルエーナは、ジェノに突然名前を呼ばれ、慌てて顔を上げる。


「俺達は、<冒険者>だ。旅には慣れている。こういった作業は俺たちに任せてくれ。

 ただ、村に戻ってからはお前とコーリスさんの二人に、今回のことをしっかりと証言してもらわなければいけない。それは、俺とイルリアには出来ないことだ」

「ジェノさん……」

「自分も何かをしなければと思う気持ちもあるだろう。だが、まだお前が活躍する状況ではないだけだ。やってもらいたいことはある。だから、今は体を休めることだけを考えてくれ」

 ジェノはそこまで言うと、視線を逸して鍋に具材を投入し始める。


「ふふふっ。柄にもないことを言って、照れているのよ、あいつ」

 イルリアがメルエーナにそう耳打ちをする。


「…………」

 出番を取られたことと、娘を馴れ馴れしく『お前』呼ばわりされたことが面白くないコーリスは、しかしこれまでジェノ達に助けられているため文句は口にはしなかった。


 表情でその事が分かり、メルエーナは苦笑する。

 そして、胸のつかえが和らいだ彼女は、父に話しかけて機嫌を取っておく。


 思えば、命を狙う相手に追われている状況で、自分が何も出来ないなどと考えるのはおかしいのだろう。だが、ジェノ達はメルエーナの想いを理解した上で、それを叱責したりはしない。


「……駄目だな。非常事態だと言うのに、少し気が緩んでしまったようだ」

 父も同じことを思ったようで、そう言って嘆息する。


「どんな状況でも、緊張感を維持し続けるには限界があります。気を抜きすぎるのも問題ですが、少しくらいの余裕は必要ですよ」

 イルリアはそう言って、コーリスに微笑みかける。


「そう言ってもらえると助かる。いや、君たちがいなかったらと思うと、背筋が冷たくなる。ありがとう、このとおりだ」

 コーリスはイルリア達に頭を下げる。メルエーナもそれに倣う。


「コーリスさん。礼の言葉は、無事に村についてからで結構です」

「そうですよ」


 ジェノとイルリアはそう言うが、コーリスは首を横に振る。


「無事に村についた際には、改めて礼を言わせてもらうさ。今の礼は、ここまで俺たち父娘を救ってくれた礼だ」

「お父さん……」

 どちらかと言うと取っ付きにくい性格の父が、出会って間もない人にここまで砕けた話し方をするのは珍しい。


 自分と同じ様に、心からジェノ達に感謝していることを理解したメルエーナは、嬉しそうに微笑むのだった。

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