宮本早紀編 エピローグ
早紀ちゃんと恋人になった後日の昼休みにて
鹿山は相も変わらず、仲間同士で群れあっている。
早紀ちゃんが抜けた女子グループの面々は、いつになくブスッとしていた
これから次なる標的を探すのだろうか。
軽蔑を込めた眼差しを向けると、鹿山は負けじと睨み返してきた。
私たちのすることに、一切口を出すな。
そう言い返すかのように。
「どうしたの?」
「何でもないよ」
「綾乃ちゃん、冨山さんと四人でご飯食べよ」
「男も一人いるけどね」
あいつらに構っている暇はない。
というのも、二人に礼を伝えたかったのだ。
彼女らの助力がなければ恋人になるのはおろか、仲違いしたままであろうことは想像に難くない。
普段は男子だけで昼食を摂るのだが、この日ばかりは断った。
感謝の言葉をメールで言うのと、直接言われるのではやはり違う。
勿論恥ずかしくはあったが、うやむやにするのはプライドが許さなかった。
「ここだけの話、俺たち付き合うことになったんだ」
「ふ~ん、よかったじゃん」
「手を貸さなくても、二人ならいつか結ばれてたよ。おめでとう」
やけにあっさりとした態度で、俺たちを祝福する。
所詮は他人事だから、淡白なのはしょうがない。
けれども一番喜んでほしい人に、素っ気なくされるのは少しばかりショックだった。
「もっと喜んでくれるかと……。もしかして迷惑だった?」
「別に大したことなんかしてねーし……」
「この子、こういうところあるから」
そういうと、頭を掻き出す。
突き放したように云うのは、ただ照れているだけか。
なら、よかった。
悟った俺は、間断なく喋り続ける。
「きっかけがなかったら私たち、ぎくしゃくしたままだったよ。ありがとうね、綾乃ちゃん」
「感謝の気持ちなんだから、素直に受け取って。これからは俺たちも力になるからさ」
「面と向かって言われると、恥ずかしいわ……。そこまで言うなら、ありがたくもらっとくけど」
「平川さん、いい子だよね。見かけによらず。可愛いよね」
「そうそう。私だって見かけによらず優しい……って、アンタらねぇ!」
誉め言葉のシャワーを浴びせると、顔を鬼灯(ほおずき)のように紅く染める。
どこか距離のあった冨山さんとも、今ではすっかり打ち解けた。
ふと横目で辺りを見渡すと、親しげな二人を周囲はまじまじと眺めていた。
全く接点がなさそうな彼女たちが親密になったのを不思議がるのは、当然かもしれない。
その裏に、俺たちの努力があったのを知る由もないだろう。
彼女らは、俺と早紀ちゃんが障害を乗り越えて得た大きな財産だ。
そう考えると今この場所でいられるのは、とても誇らしくことのように思えた。
「優吾君がいなかったら、今でも私はチエちゃんの言いなりのままだったよ」
「いや、宮本さんが頑張ったからだよ。俺は手助けしただけだって」
「優吾君……」
「早紀ちゃん……」
「熱い熱い、夏でもないのに熱いわぁ」
「生理でもないのにイライラするわねぇ」
そういう冨山さんは表面上こそ笑っているものの、眉と唇の端がピクピクと震えていた。
無理して作られた笑顔から、彼女の静かな怒りを察して、とっさに話を変える。
「ごめんごめん。つい浮かれちゃって」
「なんか二人の世界に入り込んでるの、ちょっとムカつくわ。私たち、置いてきぼりだよね」
「彼氏自慢って、ちょっと鼻につくしね」
「だよね。結構性格合いそうじゃん」
「うぅ、ついイチャイチャしちゃった。怒らせちゃったかな……」
「いやいや、素で接してくれてるんだよ」
俺たちに視線を配って思いの丈をぶちまけると、彼女たちは微笑んだ。
女のドロドロとした部分をまざまざと見せつけられたが、嫌味さはなかった。
二人とも、それを笑いに昇華できるだけの余裕があるからだ。
「なるべく二人を不快にしないよう、気をつけるよ」
「嫌われたくないからね」
「あんまり畏まるなって。恋バナしたっていいよ。半分は冗談だし、半分は」
「ハハハ。半分は、か」
半分をやたらと強調するのは、残りの半分は少なからず疎ましいのだろうか。
一時の快楽を優先して、気心の知れた共通の友達を失いたくはない。
それは俺も早紀ちゃんも、同じ認識だった。
「そういうの、こそこそやった方がいいよ。他のクラスメイトから、からかわれるだろうし」
「ま、そうだね」
釘を指された俺は、ただただ黙って頷いた。
偉ぶりもせず昂ぶりもせず、発せられた彼女の台詞は、不思議と心に響いた。
「なんか柄にもないこと言ってごめん。ってなんて顔してんの、ウケる」
「そんなに変な表情してる? 平川さん」
冨山さんを見た彼女は、ドラムを叩くような要領で太ももを激しく叩く。
久々に人相の悪い目つきの冨山さんを目にして、仲良くなる以前の彼女たちの姿が脳裏を掠めた。
蘇ったのは説得するために、何かを耳打ちしていたこと。
それが無性に気になった。
あれほど頑なに情報提供を拒んでいた彼女が、ああも簡単に応じてくれたのか。
気になって気になって、しょうがない。
「今更なんだけど、あの時冨山さんをどうやって懐柔したの?」
「あぁ、それか。子どもの頃からの許嫁だって言ったの。我ながらいいことしたわ~」
「えっ、あれ嘘なの?!」
「ブッ!?」
予想だにしていなかった発言に、何気なく口に含んでいたお茶を噴き出す。
一面に吹き飛んだ飛沫は、くっつけていた四つの机全てに飛び散る。
「汚いな。私にも責任はあるけどさ」
「ご、ごめん」
こぼれたお茶を冷静に拭く彼女とは対照的に、俺の心臓は早鐘を打つ。
宮本さんと目を見合わせると視線が合った瞬間、彼女は即座に正面に向き直していた。
結婚の二文字を耳にした彼女は耳まで真っ赤になっており、緊張しているのが窺える。
「そ、それって子どもの頃から結婚を誓った仲ってことだよね」
「うん。創作とかでよく見る……」
学生時代の恋人とパートナーになるのは、さほど珍しくはない。
だが二人の一存で決められることではない。
互いの人生を背負う責任と覚悟が必要だからだ。
古臭い慣習に囚われた考えと罵られるかもしれないが、家の援助を受けられるのと受けられないのでは大違い。
結婚というのは、個人と個人の意志だけで決められるような、身勝手なものではないのである。
「説得するためについた嘘だけどさ、別にいいじゃん。これから本当のことにすればさ。ククッ……」
「嘘にしても、もっとあるでしょ」
俺たちの反応に興味を示す彼女は、身体を小刻みに震わせて悪戯っぽく笑む。
良い方に転がっても、悪い方に転んでも面白い。
まるでそう言わんばかりに。
「結婚とか早すぎるよ。ね、早紀ちゃん」
「だよね。でも……」
俺の意見を肯定しつつも、彼女は続ける。
「あんな恥ずかしいところ見られたら、ね。それに優吾君と抱き締めあったこと、一生忘れられないよ」
口を半開きにした早紀ちゃんは、恍惚とした表情を浮かべて漏らす。
当事者の俺は、彼女を説得した時の出来事を指しているのだと分かる。
だが周りの人間が聞けば、勘違いされかねない発言だった。
案の定、宮本さんの発言に耳を傾けていた彼女は、呆れた風に俺たちを伺っていた。
「アンタら、そこまで進んでんの? 生々しい話されても困るんだけど」
「平川さん、ウブなところあるんだね」
「違うんだって。あくまで学生らしい健全なお付き合いをだね」
「ふ~ん、あっそ。早紀に先越されたか~」
事実無根だと、俺は必死に取り繕った。
だがブツブツと呟く彼女には、心ここにあらずといった感じで聞き流される。
誤解を解くのは難しいが広がるのは一瞬だ。
「許嫁? 抱き合った? 詳しく聞かせてもらおうじゃねぇか」
「お前らの想像しているようなことはしてねぇぞ?!」
「言い訳は後で聞かせてもらうぜ!」
いつの間にか、声が大きくなってしまったのだろうか。
男たちが、鬼気迫る表情で真意を問い詰めようと近寄ってくる。
「た、助けてくれよ二人とも」
「田島と早紀がねぇ。人畜無害そうな顔して、やることやってんだ。なんかショックだわ……。あ~あ」
「巻き込まれたくないし、後は自分たちで解決してね」
肝心の宮本さんは同級生に囲まれて、俺に構うどころではなかった。
「待ちやがれェ!」
「待つって言われて誰が待つかよ、バカヤロー!」
面倒なことになってしまった。
どう弁解すればいいのか。
適当な言い訳が思いつかない。
とにかく彼らに捕まってはいけないと、一目散に廊下に飛び出す。
教室で恋愛話をしたことに後悔しつつも、心のどこかで、この状況を楽しむ自分がいた。
もう彼女を苦しめるものは何もない。
やっと親しい同級生やクラスメイトと馬鹿をやる、騒がしい日常が戻ったのだ。
今まではどこか重かった足取りも、羽根を得たかのように軽くなっている。
肩の重荷の取れた俺は、爽やかな心持ちで、だだっ広い廊下をひたすらに駆けていた。
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