第9話 2-2.特訓しよう1
ジン達はコミュニティ内を一周してスタート地点である、キッチンに戻ってきた。
「以上でコミュニティ案内は終了です。最後に質問は?」
「いや、大丈夫」
「そうですか......。では、ここからが本題です。ついてきて下さい」
先ほどの気まずい空気から一転、仕事モードに切り替わったアリエスが事務的にジンを先導した。
ジンには黙ってそれに従う。昨日の今日で特に理由もなく、アリエスを案内役にするはずがないとわかっていた。
ジンとアリエスは中央塔の地下に降りてゆき、薄暗い階段と廊下を進み、大きな扉の前で止まった。
「ここで、マスターがお待ちです。いってらっしゃいませ」
アリエスが扉を開けた。
そこは花園と同じように暖かい光が差し込むかなり広い開けた場所。地面は土だが、人の手で整備されていた。
「おーい、ジン!こっちだ」
「遅いぞー!」
黒髪と金髪の女性が手を振っている。
(コハルとユウカさんか?)
声とシルエットでそう推測し、ジンは招かれるままそこに向かった。
「......コハル!無事だったんだな。体は何ともないのか」
いつもの髪留めがないためコハルと判断するのに若干の時間を要したが、幼馴染の無事に安堵した。
「うーんと、ぶっちゃけ何も覚えてないんだ」
「そうか......。まあ、大丈夫そうでよかった」
「いちゃつくのはあとにしてくれないか?」
コホンとわざとらしい咳払いをし、ユウカが会話に水を差した。さっきから私を無視するなオーラ全開であった。
「ユウカさん、ここは?」
「“修練所”だ!」
昨日の雰囲気とは打って変わり、随分人っぽく感じられるユウカが待っていましたとばかりにドヤとしたり顔で言った。
「なぜ、修練所?」
「昨日言った言葉を忘れたかい?これから、きみ達の能力について調べるのさ。私はきみ達の能力についての目星は粗方ついている。だから、答え合わせと言った方が近いかな」
(たしか、そんなことを言っていたような......)
「人目がつかない静かな場所の方がいいだろうって、ユウカさんが」
ユウカの説明にコハルがフォローを入れる。
「なるほど。で、具体的に何をするんですか?」
「それはこれさ!」
ユウカがジンの前に水の張られた洗面器を置いた。何の変哲もないただの洗面器と水である。
「ジン、まずは何も考えずにこの水を凍らせてくれ。一度能力が使えた、きみならできるはずだ」
「わかりました」
腕まくりして、膝を地面に突き水に触れる。
「いきます。凍れ!」
念じると共に声を出す。
触れた箇所からゆっくりと洗面器の水が凍った。
「うん。うん。素晴らしい!では、これは?」
ユウカがパチパチと拍手し、今度は手のひらサイズの石が置いた。
「いや、これはさすがに無理でしょ」
ジンは思わず、ツッコミを入れた。全くと言っていいほど成功する“イメージ”が出来なかった。
「まあまあ、いいから。きみならできるよ」
「わかりました。やってみます」
ユウカに乗せられるまま、石に触れる。ヒヤリとつるんと冷たい。
「凍れ!」
何も起こらない。
「あれっ。やっぱり......。凍れ!凍れ!」
なんとなく能力を使ったような感触はあるが何も起こらなかった。
「うん、やっぱりそうか......」
「はぁ、はぁ、どういうことですか?」
ジンは異常な疲労感に襲われながら尋ねた。
「一から説明しようか。空気中にはマナが存在する。人はマナを呼吸で吸い込み、体内に自分のマナとして蓄える。もちろん、人によってマナの貯蔵量は異なる。我々は自分の体内にあるマナを使って能力を発動する。ざっとこんなイメージだ。ついてこれてるかい?」
ユウカがどこからともなく出した、イラスト付きのフリップとともに解説を始めた。
「大丈夫です。続けてください」
「我々はイメージして能力を使う。きみたちは水が凍るという現象が物理的にどういうメカニズムで起こっているか知ってるかい?」
「物体の熱エネルギーを“吸収”することで水の温度が下がり結果、水が氷になるんですよね」
教科書通りの答えを言う。物理の授業を真面目に受けていた甲斐があった。
「そう、その通り。きみは知っていた。だからイメージできた。きみの能力を正しく言うと、“対象の熱エネルギーを奪う”になる。だが、ここで新たな問題が発生する。それは―」
「奪ったエネルギーがどうなるのかですか?」
ジンがユウカの問題提起を先回りする。自分なりに考えてみたが、こればかりは仕組みが思いつかなかった。
「そう、わかっているじゃないか。奪ったエネルギーを外に逃がさないと暴発してしまう。だが、きみの様子を見る限りそれはない。つまり、体内で何かしらの処理をしていることになる」
「それは一体......?」
「“自分のマナ”さ。それしか考えられない。正しく言うと、奪ったエネルギーを自分のマナに変化させた。だから、きみはビギナーなのに能力を連続で使うことができたのさ」
「でも、もう体の限界です。今にも倒れそうなんですが......」
座り込んだまま、ジンが体の限界を訴えた。橋の時よりも緊張感がないからかより疲れを感じる。
「もちろん、能力を使う時は体力も使うからね。奪ったエネルギーを自分のマナに変えると言っても半永久にってわけにはいかない。」
「それはわかりましたけど、どうして、石は凍らなかったんですか?」
ずっと口をポカンと開けていたコハルがとうとう横から疑問をぶつけた。
「理由は単純さ。ジン、きみは“イメージできなかった”。それだけさ」
「そんな単純なことで......」
ジンは思わず、絶句し、うなだれる。
「いや、理由は単純だが、イメージできないとは、複雑なことさ。......きみは理詰めで物事を考えるタイプだ。そして、石を凍らせる......正しくは石の表面と空気中の水分を凍らせることを不可能と考えてしまった。自分の限界を決めてしまったということさ」
「まとめると、ジンの能力は“対象の熱エネルギーを奪い自分のマナに変換する能力”ってことですか?」
疲れ切ったジンの代わりにコハルがまとめてくれる。
「そう、ただし、きみの能力の本質が“放出”でなく“吸収”であるから、氷のイメージの根幹である水がないと能力が使えない」
「ということは昨日の雨に救われたということですね」
「そう、まさに天が味方したってことさ」
うまく言ってやったとユウカがしたり顔をした。
「なるほど......」
ジンがユウカの言葉を嚙みしめ、小さく呟いた。
(ユウカさんはここまで考えていたのか......)
ユウカの人間離れした洞察力に感動を覚えた。
「さて、ジンの能力は理論的に考えられそうだったから、理詰めにしたが......。問題はコハルくんの方さ」
今度はユウカがコハルの方を向いた。
「ん、私ですか?」
コハルが首を傾げる。
「そう、コハルくんの能力を考えるにあたって、ジン、きみにいくつか質問したい」
「なんですか?」
まさか自分の方に質問が飛んで来るとは思ってなかったジンが不意をつかれて、驚いた。
「1つ、橋できみはコハルくんに刺されたそうだね?」
「ええ、私には背中を刺されたように見えました」
「2つ、きみは刺された後、恐怖に打ち勝ち骸骨に立ち向かうことができた?」
「そうですが......それが一体?」
要領得ず、ジンには質問の意図がわからなかった。
「まあ、待ちたまえ。これが本題だ。3つ、きみはコハルくんに刺されて“何”を受け取った?」
「何って......」
橋でのあの時を思い返す。思いついた候補はいくつかあったが、はっきりと言葉にできる代物ではなかった。
「状況考えると......“勇気”とか!?あはは、そんなわけないかー」
ジンとは逆にコハルが右手を頭の後ろにあてて、笑いながら思いつく単語を口にした。
「いや、私もコハルくんと同じ意見だ」
ユウカがその言葉を望んでいたとばかりに激しく同意する。
「えっ、ということは私の能力は“勇気―」
「の具現化というところだろうな。勇気という感情を剣として具現化し、ジンを刺すことで勇気を与えた」
ユウカが言葉を補う形でコハルの能力を定義した。
「ちょっと待ってください。一瞬だがコハルは服も変わっていたことも能力の一部ってことですか?」
ジンが橋の上での出来事について尋ねた。勇気の具現化で片付けるにはどうにも納得できなかったのだ。
「そう。コハルくんの能力の本質は“放出”と考えれば剣だけでなく服も具現化したと考えても不自然じゃない」
「確かに......。そうかもですが......」
(なんか引っかかるな。この違和感は一体?)
いいようにまるめ込まれた気がする。
「“勇気の具現化”ってなんかロマンティックだね。ジン。」
吞気にコハルが感想を述べるが、あれは深く考えていない顔だとジンは知っていた。
「......まあ、ものは考えようだな」
とりあえず、同意しておく。
「......さて、きみ達の能力について私なりの考えを伝えたわけだが......本題はこの先」
おもむろにユウカが切り出した。
「本題ですか?」
先ほどと同じようにコハルが首を傾げた。
「そう、きみ達には骸骨と戦う術を身に着けてもらう!」
ユウカが高らかに宣言した。
「......」
「......知識と戦術を与えるから骸骨と戦えと?そういうことですか」
流れる沈黙の後ジンは淡々と今言われた事実を確認した。
その先ほどと明らかに違う声色にコハルが後ろであたふたしだした。
「......そう、戦わなければもう人間は生き残れない。今は一人でも戦力になる人が欲しいのさ。力を貸してくれ」
ジンとユウカに少しの沈黙が流れた後、ユウカはゆっくりと言葉を選び、思いを告げた。
だが、
「......ユウカさん。あなたには間接的だが命を救ってもらったし、この能力について必死に考えてくれた。......だが、お断りだ」
そんな思いを拒絶するがごとくジンはあえて硬い言い回しで断った。
「ジン......。どうして?そんなこと言わなくても私は―」
「黙ってくれ!コハル!」
「......理由を聞かせてくれるかい?」
ユウカが理由を尋ねた。その声は静かなままだった。
「橋で骸骨と戦って思った。私は......弱い。自分のことで精一杯だ。もし、仮にこの能力を完全に使いこなせたとしても、......まるで物語の主人公のように全てを救うことができるとは到底思わない。誰かを救うために戦うなんて物語の中だけの話だ。凡人の“俺”にできるはずない」
ジンが自分の葛藤を冷たく吐き出す。普遍的な大学生の本音。英雄にあこがれるには大人に近付きすぎた。
「そうか......」
ユウカは視線を外し、これ以上説得しようとしなかった。
「失礼します」
ジンが修練所を後にする。
扉を出る時、アリエスと目が合った。
アリエスは笑っても怒っても驚いてもいなかった。ただ、そこに立っていた。
「あっ、待ってよ」
コハルがジンの後を追いかけた。
「説得......しなくてよかったんですか?」
アリエスが寂しげな後ろ姿のユウカに尋ねた。
「大丈夫。彼は必ず......大切な誰かを守る覚悟を携えて戻ってくるよ」
ユウカは胸に下げている指輪を握り、ゆっくりと振り返って穏やかに笑ってみせた。
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