第8話 2-1.現状を把握しよう
翌朝
ジンが目を覚ますといつもとは違う低い天井が広がっていた。
(ん......あっ、そうか、テントで寝てたんだったな)
手をグッと握り、開く。骸骨の冷たい感触はもう消えていた。昨日の出来事が悪夢でないことを再確認してから、起き上がる。悪い夢であって欲しかった。
眠りについた時とは違い、明るくなって見えるようになったテント内の状況を改めて観察した。
自分が着ているのは黒を基調に赤を取り入れた服とズボンと地面につきそうな程の長さのロングコートであった。
これらで一つのコーディネートと言わんばかりの完成度であり、かなりオシャレなものであった。
寝袋以外の袋にはこの国最大の洋服メーカーが製造している既製服がパジャマや下着、靴下にいたるまでの服一式が2セット入っており、もう一つの袋には手動で電気をためることのできる懐中電灯が入っていた。
(普通の避難生活には重宝するはずのものなんだが......)
試しに電源を入れてみるが、やはりと言うべきか電灯が灯ることはなかった。
とりあえず、服を着替えて外に出る。
だが、
「寒っ」
朝日が差し込んでいるとはいえ、春の朝はまだまだ寒かった。
「......コートは着て行くか」
少し悩んだが、誰に言うでもなく、コートを取りに戻り、家族と幼馴染を探すべくキッチンに向かった。
◇◇◇
キッチンは人で溢れかえっていた。テーブルで食事をとる音や話し声。見たところ若者がやけに多く年寄りが少なかった。
その光景はジンの予想を遥かに超えていた。ここは避難所だというのに人々は食事を楽しみ、“笑っていた”のだ。
そんな感動で立ち尽くすジンのもとに人の声とともに美味しそうなにおいが漂ってくる。
(お腹減ったな。昨日のユウカさんの言葉ではみんな無事だということだし、先に朝食をとるか......)
この危機感の全くない雰囲気がジンの思考に食欲という感情の侵入を許してしまった。
ジンの頭の中で食欲と理性がぶつかる。
しかし、食欲の選択肢が生まれた時点で結果は明白で勝ったのは食欲だった。
あたりを見まわすと人々が一枚の紙を手に配給の列に並んでいため、ジンはすかさずその列の男性に尋ねた。
「あのっ、その紙は......?」
「ああ、これ?あっちで書いたら引き換えに食事が貰えるんだとよ」
男性が指さす方向に少し歩くとテーブルに紙をペンが置かれており、人々は一心不乱に何かを記入していた。
ジンもテーブルに着き、紙に手を伸ばす。
「えーと、なになに......」
紙には性別や家族構成などの個人情報や体に変化はあるかなどの細かく健康状態を記入する欄があった。ジンも項目を全て記入し、列の最後尾に並ぶ。
先ほどよりかは人は減っているように見えた。
待つこと、5分程でジンが受け取る番になった。
「はい、どうぞ。お兄さん」
「ありがとう」
ジンはトレーを受け取った。
食事を配っていたのは昨日ジン達を助けた者達が来ていた外套と全く同じデザインのものを着た少年達だった。
(何処かで見たことあるような......)
記憶を探るが......思い出せない。
「今からお食事ですかぁ?」
トレーを受け取り、食べる場所を探していると後ろから急に声を掛けられた。
振り向くと、昨日とは角を隠すためか違いフードを深く被ったアリエスが立っていた。
「お、おはようございます。見ての通りです」
「ご一緒しても?」
「ええ、構いません。が......」
アリエスは食べ物らしきものを持っていなかった。
「大丈夫ですよぉ。“私達は食事を必要としません”から。ささ、こっちです」
「えっ、ちょっと......」
アリエスに腕を強引に引っ張られる。
(ま、細かくことは後で考えますか......。今は食事!食事!)
ジンは思考よりも目の前の食事がこぼれないようにすることに全神経を使った。
キッチンのテーブルはすでに埋まっており、ジン達は少し南にある芝生に腰を下ろした。
献立は白米、味噌汁、缶切りの必要ない缶詰一つ。プラスチックの器にラップのようなものが敷かれており節水仕様である。
「いただきます」
食事を口に運ぶ。普通に美味しい。
(アリエスに声をかけられるなんて予想外だ。......昨日の今日で微妙に気まずい)
いたたまれなくなり、食事をとりながら、キョロキョロと家族や幼馴染を探すが、見当たらなかった。
「お味はどうですかぁ?」
ジンが食事を口に運んだのを確認し、アリエスが切り出した。
「おいしいです。......まさか、これアリエスさんが?」
「ええそうですよぉ。それと“アリエス”です。“さん”は付けなくていいですよぉ。敬語もなくていいです」
「わかったよ、アリエス。で、一体なんの用なの?」
アリエスの方から距離を詰めてくれたことにほっとして、砕けた口調だが気持ち丁寧に尋ねた。
単純にアリエスが雑談をするためにわざわざ話かけてきたとは考えられなかったのだ。
「さすが、鋭いですねぇ。マスターからコミュニティ内を案内しろとの命令ですので」
急にアリエスの口調が真面目なものとなった。
「......わかった。食べたら行こうか。私の家族や幼馴染を探しながらでもいいか?」
「はい、もちろん」
数分後、
ジンは食事を済ませ、キッチンに戻り食器を片付けた。
「では、参りましょう。コミュニティ案内ツアーです!」
先ほどの真面目なモードから一転、妙にテンションの高いアリエスに連れられて、キッチンの東に向かった。
◇◇◇
キッチンから東側女性用テント地帯
「ここは女性のテントです。家族構成にあわせて1~3人用があります」
西の男性用テントと同じようずらりと並んでいる。
見間違いを防ぐためだろう入口に蛍光塗料は男性用テントとは違う色だった。
「テントの中に懐中電灯が入っていたけど、わざと入れたのか?」
「ええ、マスターの指示です。まあ、最初は故障を疑うでしょうが、自分で確かめれば文明が崩壊したことを納得するしかありませんから」
(人間の心理をついたえぐいことをする。人の石化と骸骨の恐怖と文明破壊のトリプルパンチ。これなら文明レベルと人口が釣り合ってなくても、ただ生きることに必死になれるか......)
「やはりわざとか......。というかどうやってこの数のテントを......いや、テントだけじゃなくてほかの食べ物や食器なんかも含めてどうやって運んだんだ?」
ジンはこれまでのコミュニティ生活を通しての質問をぶつけた。
衣食住が揃っているこの環境は若干の不安が残るものの、避難生活にしては至れり尽くせりであったのだ。
「うーん、順番に話しますね。テントの設営や人の搬送などのマンパワーが必要な時はジェミニが一人でやってくれます」
「一人で?一体どんな人なんだ?」
「とても面白い方でジンさんも会ったことありますよぉ」
「えっ、......噓?」
ジンは記憶を辿るが思い当たる節はなかった。
「ほら、朝、食事を配っていたのが、その彼ですよ」
「......マジで?」
「驚き過ぎて口調変わってますよぉ。正しくは“彼の内の一人”です」
(彼の内の一人。なんか引っかかる言い方だな)
「どういうこと?」
「彼の能力が“自分のコピーをつくれる”というものなのです。まあ、弱点は多いですが、戦闘ではない場面では重宝します」
「なるほどな......」
(マンパワーでゴリ押しか......)
疑問が残るが一旦飲み込んだ。
「ちなみに、それ以外は?」
「アノンさんです。彼の能力で大きなコンテナごと運んでもらってます」
(昨日の男性の方か......。グラビティ......。重力操作とかか?)
「お兄さん」
ジンが記憶を辿り考えていると誰かが急に後ろに現れ、抱きつかれた。
「わっ、だ、誰だ?」
「僕はジェミニ。ジェミニだよ」
少年がジンの前に回り、挨拶し、被っていたフードを取った。
ジンの視線がジェミニを捉える。
これぞ美少年?というべき中性的な顔立ち。
やはりユリと同じぐらいの背格好。
きれいなエメラルド色の髪と瞳。
さっき会っていたはずなのにどこか別人のように見えた。
「ジェミニ、こんな所でなにしてるの?」
どこかアリエスの声は怒っていた。姉が弟をしかっているような、少しの呆れをはらんだ声である。
「まあまあ、そんな怒らないでよ。マスターのお気に入りに挨拶をしに来ただけ」
ジェミニが茶化し、真っ直ぐジンを見つめた。
ジェミニと目が合う。
吸い込まれそうなその瞳の色に一瞬思考が停止した。そして、ジンは思わず、
「“他”のきみもそんな瞳をしているのか?」
という言葉を口にしていた。ジンにしてみればただの好奇心から出た疑問である。
だが、
「お兄さん......」
ジェミニの表情を見て、しまったと思った時には遅すぎた。
「それって、僕には“オリジナル”と“コピー”がいるってこと......そのコピーとかオリジナルとかやめてくれ!僕は僕だ!たとえ、コピーであったとしても一つの人格を持った“人間”なんだ!」
ジェミニの逆鱗に触れ、ドロドロした感情を吐き出す。
「ジェミニ、我々は......」
「言うな!きみには僕の気持ちはわからない」
アリエスにまで当たったあとジェミニはすたすたとその場を去って行った。
結局、ジンは謝罪の一言も言えずじまいだった。
(やってしまった。傷つけられる痛みは知っているつもりだったが......。まだまだ思いやりが足りないな)
とんでもない罪悪感に駆られて、自分の言動を反省した。
「ごめんなさい。でも、ジェミニを嫌わないで。彼は少しだけ、幼く創られた。それが今回は悪い方向に暴走しただけなんです」
そんな凹んだジンを見てアリエスが謝罪し、ジェミニを庇った。
「いや、失言を吐いたのは私だ。全面的に私が悪い。気遣いが足りなかったよ。すまない」
ジンも謝罪する。
「......」
「......」
気まずい沈黙が流れる。
この後のコミュニティ案内は何とも言えない空気のままだった。
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