第40話良きターニングポイン

 クルシュ姫を解呪してから日が経つ。

 彼女は元気にしていた。


「おはようございます、ハリト様!」


 朝の冒険者ギルドに遊びにきたのは、元気になったクルシュ。

 お忍びの変装だ。


「おはよう、クルシュ。今日は街に散歩にきたの?」


「はい! 市場バザールというところで、買い物してきました! とても楽しかったです」


 元気になったクルシュは、念願の街の散策をするようになっていた。

 冒険者ギルドに遊び来たのも、今日で四回目だ。


「そっか。でもお姫様なクルシュが、こんな頻繁に街に来て、大丈夫なの?」


「はい。お父様とお母様からも許可は頂いてします。あとイリーナもいるので、心配も無用です」


「あっ、そうか。それなら安心だね」


 クルシュの背後には、私服のイリーナさんがいた。

 彼女はかなり腕利き女騎士。

 最近のダラクの街は治安も良いから、クルシュが散策しても大丈夫なのだろう。


「でも、せっかく街に出られたんだから、もっと楽しい所に行った方が良くない? ボクが言うのもなんだけど、冒険者ギルドって、何もないじゃん?」


「いえ、冒険者ギルドはとても楽しい所です。街の色んな情報が集まって、色んな職業の方もいらっしゃいますから。あと、ゼオンもいるので、安心できます」


「そっか……ゼオンさんは、元騎士だったね」


 クルシュ姫が最初ここに遊びにきた時、ギルド内は大騒動になった。

 だがゼオンさんのひと言で、あまり干渉しないことになった。


 あくまでクルシュという一人の少女が、遊びに来ていることになったのだ。


「それに冒険者ギルドは……ハリト様もいるので……」


 クルシュは急に頬を赤める。

 どうしたんだろうか?

 もしかしたら熱でもあるのかな?


「体調、大丈夫? 熱があるとか?」


 心配なのでおでこに手を当てて、測ってみる。

 うん、平熱だ。


「ひぇっ⁉ ハ、ハリト様⁉」


 ん?

 でも急にクルシュのおでこが、熱くなってきたぞ。

 やっぱり体調が悪いのかな?


「い、いえ……大丈夫です。ちょっと、びっくりして、興奮しただけです」


「あっ、そうか。ごめんね、クルシュ」


「いえ、ハリト様に触ってもらえるのは、すごく嬉しいです」


 急にクルシュは頬を、ピンクに染めている。

 やっぱり今日のクルシュは少し変だ。


 そんな時、イリーナさんが咳ばらいする。



「えー、ごほん! すまないがハリト殿、もう少し姫から離れていただければ、私も助かります」


「あっ、そうか。ごめんなさい、イリーナさん」


 そうだった。

 あまり王家の人に軽々と、近づいてはいけない。

 まして、おでこを手で触ってはいけないのだ。


「いえ、大丈夫です、ハリト様。あっ、そういえばわたくし、今度、魔術を本格的に学ぶことになりました!」


「えっ、クルシュが魔術を?」


「はい。実は幼い時から、魔術の勉強は好きでした。でも秘術のお蔭で、術が発動は出来ませんでした。でもハリト様のお蔭で、最近は体内の魔力の調子がとても良いのです!」


「あっ、そうか。そういうことか」


 クルシュは幼い時から呪印で、ダラクの街を強大な魔物から守ってきた。

 だから本来の彼女は、かなり魔法の才能があったのであろう。


 全ての呪印から解放されて、魔法の力が一気に花開いていたのだ。


「ちなみにハリト様は、どこの魔法学園で魔法を学んだのですか?」


「えっ? ボク? 実はボクは学園には通えなかったんだ……」


 ボクも幼い時から剣士学園や、魔術学園に通いたかった。

 でも厳しい家族は、許してくれたかったのだ。

 ……『あんな場所に通っても、ハリトが学べることは一つもない!』と。


 だから魔法は総べて家族から、家の研究室で教えてもった。

 そのため全ての魔法が未熟なのだ。


「そうだったんです。それなら、もしハリト様は、大きな街の魔法学園に入学できる……となった、どうしますか?」


「えっ? それはもちろん入学したいね! ちゃんと基礎を一から学んで、立派な冒険者になりたい!」


 今回のアバロン討伐戦で、自分の未熟さに改めて気がついた。

 特に魔法に関しては、もう少し“普通”に調整したい。


 そのためには専門的な魔法学園に、通うことが一番。

 たとえ冒険者の仕事を一年間休んでも、将来的には必ず糧になるのだ。


「なるほど、分かりました。それではハリト様、今日はここで失礼します。お仕事頑張ってください」


「えっ? うん、ありがとう! クルシュも魔法の勉強、頑張ってね!」


 何やら意味深なことを呟きながら、クルシュは去っていく。

 一体何の話だっんだろう、最後のは?


 まっ、いっか。


 さて、今日のギルドの仕事をするか。

 ゼオンさん、今日はどうしますか?


「姫さんとも話は、終わったか、ハリト。さて、今日は忙しいぞ。いよいよ北の平野の開拓の仕事に、取りかかるぞ」


「おお、ついにですか!」


 古代竜エンシェント・ドラゴンアバロンを討伐したことによって、ダラクの北部の平野が解放された。

 ダラクの国策として手つかずの平原を、農地として開拓していくのだ。


 ゼオンさんに地図を見せてもらいながら、説明を受けていく。


「この部分が、今回の開墾予定地だ。邪魔な沼地や林、岩を排除。水を引っ張ってきて、農地にしていく計画だ」


「なるほど、こんな感じにするんですね」


 計画の地図は、ダラクの役人が製作した物。

 冒険者ギルドの仕事として、ゼオンさんが受注してきたのだ。


「前にも聞いたが、ハリト。本当に、これを全部、一人で出来るのか?」


「はい。このぐらいならボクだけで大丈夫です。前に家族の手伝いで、やったことがあるので!」


 我が家は辺境に、広めな土地を所有していた。

 何でも家族の仕事の褒美をして、偉い人から貰ったものらしい。


 そこを家族で開拓する作業を、ボクも幼い時から手伝っていた。

 だから荒地の開拓は慣れていた作業。

 土遊びみたいな感覚で、子どもの頃から好きなのだ。


「ふう……そういうことか。まさか、この打規模な開墾事業を、“土遊び”レベルか……まったく、お前の家の規格は普通じゃないな」


「いやー、面目ないです。それでは、地図をお借りしていきますね」


「ああ、頼んだぞ。現地には一応、国の役人がいるから、分からないことは確認してくれ」


「はい、分かりました。行ってきます!」


 ◇


 この日からボクの新しい仕事が始まった。

 内容は北の平原の開拓事業だ。


 現場に到着。


「よし、ここか。頑張るぞ!」


 気合を入れて、開拓作業を開始する。


 辺境の開拓に使うのは、主に大地魔法と水魔法。

 後は収納魔法を活用するのが、我が家のコツだ。


「いくぞ……【完全地殻変動エクス・アース】!」


 邪魔な沼地や林と、巨石をどんどん魔法で排除していく。

 段差のある地形も魔法で、なるべく平らに成形。


 数日かけて、かなり平らな農地を作ることが出来た。


「おっ、いい感じに完成してきたな? よし、最後の仕上げだ……【天地創造ザ・クリエーション】!」


 仕上げは地図の通りに、水路と道を整備。

 農地を村の区画を作っていく。


 予定通りちょうど一週間で、全ての作業が終わる。


「うん、完成。いい感じだな。あっ、でも確認してもらわないと! どうですか?」


 国の役人さんに、完成した農地を確認してもらう。

 一週間ぶりに会う人だから、緊張するな。


「「「なっ…………」」」


 役人さんたちは言葉を失っていた。

 完成した農地を見つめながら、目を点にしている。


 あれ?

 もしかして予想と違うのかな?


 それなら修正していきます。

 遠慮なく言ってください!


「い、い、いえ、大丈夫です。完璧です。陛下から驚かないように言われていましたが、これは流石に……うっ……」


 おお、役人さんに大丈夫だと言われたぞ。

 でも役人さんが少し涙目になっているのは、どうしてだろう。


 まぁ、あまり気にしないでおこう。


「それじゃ、ボクは街に先に戻ります! お先に失礼します!」


 街に帰るのは一週間ぶりだ。

 わくわくしながら帰還する。


 ◇


 その後は特に問題もなく、日が過ぎていく。

 ボクはギルドの仕事をこなしていく。


 街の周辺の魔物を狩って、あと野盗団を退治にいったり。

 ギルドの皆と協力して、全部無事に任務を遂行していった。


 お蔭でダラクの地方の治安は、かなり良くなった。


 あっ、そうだ。

 治安と言えば、なんと《満月の襲撃》が無くなった。

 満月の夜になっても、一匹も魔物が近づいて来なかったのだ。


 理由はアバロンの素材らしい。

 城の中に古代竜エンシェント・ドラゴンアバロンの素材が、残っていた。


 それが魔除けとなり、アバロンより弱い魔物を、街に近づけさせていないらしい。


 これには街と城の人たちは、大喜び。

 数年間、毎月のように恐怖していた満月の夜。

 今では誰もが安心して、眠れるようになったのだ。


 あと北の平原には、既に新しい村が作られていた。

 ダラク市民の希望者が、移住していったのだ。


 かなり危険な移住だが、アバロン魔除けのお蔭で、危険が一気に激減。

 更に開拓民の希望者が、増えていく。

 いずれはダラク第二の都市として、発展していきそうな勢いだ。


 また、そんな中で、多きく変化していたのが、冒険者ギルドのメンバー生活。


 ……『最近は街の暮らしも良くなって、オレたちの仕事が減ったよな?』


 ……『ああ、そうだな。だが悪くはないぜ。お蔭で家族と一緒に笑える時間が増えたからな!』


 ……『たしかにそうだな。これから昔のように近隣の魔物退治や、迷宮探索が出来るな!』


 ダラク冒険者ギルドは少しずつ変わっていた。

 街の暮らしを守る自警団から、本来の冒険者ギルドへと戻っていったのだ。


 ゼオンさん曰く、これは良い変化だという。

 とにかくダラクの街は全体的に、すごく幸せになっていった。


 ――――そんなある日のことだった。


 ボクは王様に呼び出しを受けて、謁見の間に来た。

 王様と話をする機会は今までもあったけど、謁見の間は久しぶり。


 どういう話だろう。

 詳しく聞くことにした。


「ハリト。街のための働き、感謝している」


「ありがとうございます、陛下!」


「そなたに少し頼みたいことがある。すまないが一年間、“聖都”に行ってくれないなか?」


「えっ……聖都に、ボクがですか?」


 聖都は隣国のエスキア神聖王国の首都。

 エスキアはダラクの何倍も規模がある大国で、友好関係のある国だ。


 でも、どうして一介の冒険者のボクが?

 何かの仕事かな?


「友好大使として、行って欲しいのだ。一年間、聖都で暮らして欲しい」


「えっ……友好大使として、一年間も……ですか⁉」


 こうしてボクの冒険者人生は、新たな流れが来たのだった。

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