第5話冒険者ギルドの現状
家出したボクは転移装置で、遠い国に転移。
ダラクという都市国家に到着。
当初の目的地である冒険ギルドに向かい、入団試験に挑戦。
なんとか合格することが出来た。
◇
裏庭での試験が終わり、ボクたちはギルド内に戻って来た。
「おい、スーパールーキーの入団を祝うから、奥から酒を持ってこい! オレの秘蔵のやつを!」
「おい、ゼオン、いいのか? アレはお前の秘蔵の酒だろ?」
「このスーパールーキー様の祝い会だ! 遠慮はするな! だが一人、一杯ずつだぞ!」
「「「ヒャッホー! ゴチになるぜ、ゼオン!」」」
なんかギルドで酒盛りが始まりそうな勢い。
ギルドの奥の倉庫から、冒険者の人たちが酒瓶を持ってくる。
というか倉庫から勝手に、物を持ってきても大丈夫なのだろうか?
ギルドの人やギルドマスターに怒られたりしないのかな。
「あのー、ゼオンさん。ここのギルドの人は、どこにいるんですか?」
前に座る大柄のゼオンさんに、おそるおそる聞いてみる。
最初に入った時からの違和感について。
「あー、言い忘れていたな。今のこのダラク冒険者ギルドには、職員はいねぇ」
「えっ……職員がいない……ですか?」
「ああ、この国自体が、こんなになっちまったから、ギルドとして運営できていねぇんだ」
「なるほど、そんな事情が……」
言わば冒険者ギルドは、街の何でも屋さん。
ある程度の裕福さがなければ、何でも屋に依頼することは出来ない。
このダラクの国は、今や瀬戸際にある。
人々の生活は困窮して、誰も余裕がない。
だから掲示板はあっても、依頼の紙は一枚もない。
運営できないから経費もなく、受付のお姉さんがいないのだ。
「ん? ということは、ゼオンさんたちは、どうやって生活しているんですか? このギルドにいて?」
「オレたちの今の仕事は、国からの依頼が多いな。兵士や騎士も、だいぶ死んじまったからな。門番仕事や、夜間の巡回の警備、輸送馬車の護衛や城壁の修理……まぁ、国の何でも屋みたいなものだ。あとギルドの運営も、今は自分たちでやっている」
「なるほどです、そうだったんですか」
だから冒険者の人たちは、勝手に倉庫を使っていたのか。
全員が所属する冒険者であり、ギルドの運営スタッフみたいなものなのだろう。
かなり冒険譚と違う冒険者ギルドだ、ここは。
「ん? その顔は、アレだな。イメージが違っていたみたいな、感じだな? どうする?」
「えっ……? どうする……ですか?」
「ああ、そうだ。今ならお前は、まだ間に合うぞ。他の街にいって、“冒険王リック”みたいな冒険をすることも出来るぞ? どうする、ハリト?」
ピタリ。
――――ボクが辞める可能性がある。
ゼオンさんのそのひと言で、ギルド内の冒険者たちの動きが止まる。
歓迎の酒盛り準備を、中断したのだ。
「正直なところ、ここはボクのイメージとは全く違う、冒険者ギルドでした。活気もなくて、受付のお姉さんもいなくて、市民からの掲示物もないです……」
訪ねてきた、ゼオンさんの顔は真剣。
だからボクも正直な感想を述べる。
「ここに入ったらきっと、迷宮に潜り魔、物を倒してお宝ゲットしたり、盗賊団に襲われている馬車を助けることも、出来ないと思います……」
正直に話すボクに、全員の視線が自分に集中する
「でも、ボクは気が付きました。ここにいる人たちは、全員が真面目な冒険者なことを。訓練用の武器を一本一本、ちゃんと丁寧に手入れしていることを……」
これはさっきの鍛錬場で気が付いたこと。
「そしてボクは知りました。自分たちの生活のことより、ここの冒険者は市民や国の存亡のために、毎日命をかけていることを。この街を守るために、散っていった多くの冒険者の人たちの亡骸が、近くの墓地にあったことを、ボクは知っています」
「ハリト……お前ぇ……」
「「「…………」」」
ギルドの全員は思い返していた。
自分たちのことを。
生まれ故郷であるダラクの街。
大事な者を守るために、ここに残ることを選択したこと。
薄給にも我慢して冒険者を続け、街の人たちを守ってきたことを。
「だからボクは冒険者になりたいです。このダラクという街で! 国を愛する人たちが、こんなにも沢山いる、このダラク冒険者ギルドで! よそ者であるボクと、こんなにも真剣に向き合ってくれたダラクの冒険者に、ボクもなりたいんです!」
これは自分の偽りのない言葉。
たしかにダラクの街を始めて見た時は、驚きと落胆もあった。
でも多くの発見もあった。
口は悪いけど、親切な門番のおじさん。
自分の魔力が尽きるまで、市民の亡骸を浄化していた神官見習いのマリア。
そして無償に近い状態でもギルド残り、市民と国のために命を張る、ここにいる冒険者の皆さん。
この短時間で、こんなにも暖かく、熱い人たちに出会えたこと。
ボクの人生の中でも、最大級の大発見だった。
「ハリト……てめぇ……」
ゼオンさんが言葉に詰まっている。
「「「うっ…………」」」
あと冒険者の人たちから、すすり泣きが聞こえてくるような気もする。
「ハリト、本当に、ここでいいんだな?」
「はい、よろしくお願いいたします!」
「いい顔だ……よし、野郎ども、改めて歓迎会をするぞ! 乾杯の酒を用意しな!」
「「「うぉおお!」」」
ゼオンさんの一言で、またギルド内に活気が戻る。
みんなはグラスに酒を注いでいく。
でも今は戦火の中。
小さいグラスに茶色い酒を、少しだけ。
この街では、これさえも贅沢な一杯なのだろう。
こんなボクのために奮発してくれたのだ。
「よし、全員にいったな? それじゃ、乾杯するぞ。ハリト、お前も成人済みだろ? 飲めるか?」
「はい……いただきます!」
本当はお酒なんて、一度も飲んだことはない。
でもこのお酒は飲まないといけないもの。
「それなら改めて乾杯をするぞ……このクソッたれなダラク冒険者ギルドに、ようこそ、ハリト!」
「「「かんぱーい!」」」
ゼオンさんの音頭で、全員で乾杯する。
ボクも一気に、茶色い酒を口にいれる。
「くぅーーーーう! これは、すごい……」
アルコールが口の中で暴れていた。
頑張って一気に飲み込む。
ふう……これが大人の酒。
冒険者たちの味なのか。
なんか、感慨深い。
よし、今日からギルドの一員として頑張っていくぞ!
「あのー、ちなみにゼオンさん。ここのギルドでは買い取りとかしているんですか?」
落ち着いたところで質問する。
冒険譚によると、冒険者ギルドでは色んな物を買い取りするらしい。
「買い取り? ああ、もちろんだ。だが今は非常時。買い取るのは決まっている。まずは食料品と生活必需品。あと武器や防具の類。ウチで買い取って、後で王家と商人の連中に、換金してもらう。その手数料がウチの運営資金にもなる」
「なるほど。まずは生活と戦いに必要な物が、必要になっているんですね」
「そうだ。あと魔道具や戦いに必須な“魔石”も買いとる。あれは不足しているから、いくらあっても困らない」
魔石は、魔物や魔獣の体内にある石。
倒した後に結晶化して、入手することが可能。
魔道具の原動力や、魔法使いの魔力補充に使うものだ。
「えっ、魔石も買い取ってもらえるんすか?」
「ああ、そうだ。ん? もしかしたら、持っているのか、ハリト?」
「えっ、はい。“少し”なら。買い取ってもらっていいですか?」
「ああ、大歓迎! 魔石は手数料も高いからな、うちのギルドも潤って助かる。ん? でも、手ぶらなお前は、どこに魔石を?」
魔石と聞いて、全員の視線がこちらに集まる。
「あっ、そうでしたね。それでは今から“出し”ます……【空間収納】!」
ポワン♪
生活魔法の一つの【空間収納】を発動。
収納していた魔石を出す。
ドッ、ジャラ、ジャラ、ジャラ、ジャラ!
あっ、でも失敗。
ちょっと量が多すぎたかもしれない。
テーブルの上から溢れて、下にも落ちてしまった。
ごめんなさい、ゼオンさん。
ん?
ゼオンさんの様が何やらおかしいぞ?
「な…………」
目を点にして、口を開けて言葉を失っている。
それに他の人たちも同じだ。
「「「な…………」」」
同じように言葉を失っている。
魔石を見ながら、全員が硬直していた。
「あの……もしかしてボク、なにか失礼なことをしちゃいましたか?」
おそるおそる訊ねる。
もしかしたら魔石の買い取りの、マナー違反をしてしまったのかもしれない。
「な、『なにか失礼なことをしちゃいましたか』じゃ、ねえぞ⁉ こ、この魔石の山は、どっから出したんだ、ハリト⁉」
「えーと、これは生活魔法の【空間収納】で、拾ってきた魔石を出しました?」
そして一気にギルド内が騒がしくなる。
「な……【空間収納】って、あの【空間収納】か⁉」
「ああ、あの伝説級の特殊魔法だぜ……」
「Sランク冒険者の中でも、ごく一部しか使えない、あの特殊魔法を……生活魔法だって⁉」
誰もがボクのことを見ながら、ザワザワしている。
なんか分からないけど、注目されて恥ずかしい。
「ふう……ハリト。お前のことは、今後は驚かないつもりだったが無理だったな、オレは。ところで『拾ってきた』って言っていたが、どこでだ?」
「えーと、この街に来る道中の山道で……あっ、たしかロッキーズ山脈です! そこで弱そうな魔物が、たくさん通せんぼうしてきたので倒したら、この魔石が落ちていました!」
その説明で更に、一気にギルド内が騒がしくなる。
「な……ロッキーズ山脈の魔物っていったら、極悪な魔物ばかりだぞ⁉」
「おい、あの魔石をよく見てみろ。あれは全部【危険度Bランク】以上の魔物の魔石ばっかりだぞ⁉」
「ま、マジか……【危険度Bランク】以上の魔物を『弱そうな魔物』って、どういうことだよ……」
「ああ……今日は悪い夢でも見ている気分だぜ……」
先ほど以上に、誰もがボクのことを見ながら、ザワザワしている。
なんか分からないけど、注目されて恥ずかしい。
そんな中でもゼオンさんだけは別。
「あっはっはっは……凄すぎて、もう笑いしか出ねぇな、こりゃ。だが、これ以上の頼もしい仲間はいなねぇな。これからよろしく頼むぞ、ハリト!」
「えっ? はい、こちらこそよろしくお願いいたします!」
ボクの冒険者ギルドの生活は、ついに幕を開けた。
でもなんか、よく分からないけど、すごく頼りにされている。
これから大丈夫かな……。
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