第4話:入団テスト

 なんと冒険者ギルドの入団の試験官ゼオンさんは、ランクBの凄腕だった。


 冒険譚の本によれば、大陸の冒険者は次のようにランク付けされている。


 ――――◇――――◇――――

《冒険者ランク目安》


 ・Sランク:大陸の危機に動員されるほどの、伝説級の冒険者(大陸にも数人しかいない)


 ・Aランク:複数の町や国の危機を解決できるほどの、国家級の冒険者(一ヵ国に十数人しかいない)


 ・Bランク:大きな街の危機を解決することができるほどの、凄腕の冒険者(大きな街に十数にしかいない)


 ・Cランク:小さな町や村の危機を解決することができる強さ(そこそこの数がいる)


 ・Dランク:初心者を脱却。そこそこの冒険者。(けっこうな数がいる)


 ・Eランク:まだ駆け出しで、弱い魔物を退治するレベル。(かなり多い)


 ・Fランク:登録したばかりの新人で、雑務がほとんど(多すぎて不明)


 ――――◇――――◇――――


 冒険譚の説明は、こんな感じだった。


 冒険者として一人前と言えるのは、Dランクから上の人たち。

 EランクとFランクは半人前の扱いをされる。


 ランクCまでなら、努力さえすれば常人でも到達可能。

 でも到達する前に、死亡率も上がり全体数も少ない。


 だからランクCでも、かなり凄腕と頼りにされる。


 Bランクより上には、よほどの才能がないと上がれない。

 だからランクB以上は本当に凄い人。


 つまり対峙しているゼオンさんは、腕利きの冒険者なのだ。


「それじゃ、いくぞ、ボウズ!」


「はい、よろしくお願いいたします!」


 いよいよ試験が開幕。

 武器を構えて、互いに向き合う。


 ゼオンさんの獲物は大斧。

 訓練用だが重量は半端ない。


 ボクの片手剣でまとも受けたら、腕の骨が折れてしまうだろう。


(ゼオンさん……かなり威圧が凄いな……うっ、怖いな……)


 対峙しているだけ感じる。

 空気が震えるほどの武の圧力。


 まるで自分が小動物のように感じてしまう。


(でも恐怖するな! たぶんボクはこの人に勝てない。でも諦めるな! 一人前の冒険者になるために!)


 全意識を集中。

 目の前のゼオンさんの動きに、全神経を集中する。


(この人はおそらく、エルザ姉さんよりも強いだろう。だからオレも全力でいく!)


 細腕で女であるエルザ姉さん。

 それに比べて。丸太のように太い筋肉のゼオンさん。


 明らかにゼオンさんの方が強そうだ。

 かなり危険な相手なのだ。


 ――――その時だった。


 ゼオンさんが動き出す。


 くる!

 いよいよ猛牛のような斬撃がくるのだ。


(ん? あれ?)


 だがゼオンさんの動きがおかしい。


 やけにゆっくりと、こっちに向かって突進してくるのだ。


(もしかして、ボクを油断させるために⁉ それとも姉さんのように【霞の歩行術】の使い手だったのか⁉)


 色んなことを思慮する。

 だが今のボクは、悩んでいる暇はない。


 こっちは弱者であり、チャレンジャーなのだ。


 よし、こちらか攻撃を仕掛けるぞ。

 一か八かだ!


「ふう……いくぞ、シーリング流剣術……【疾風飛燕しっぷうひえん斬り】!」


 我が家に代々伝わる“シーリング流剣術”

 自分はその中で会得している、最速の攻撃スキルを発動。


 不気味なほどに、ゆっくり迫ってくるゼオンさんに斬りかかる。


 くっ……この技は絶対に、防がれてしまうだろう。


 でも怯みはしない。

 後悔をしないために。


 ――――だが直後、不思議なことが起きた。


 ザッ、シュバァアア!


疾風飛燕しっぷうひえん斬り】は、ゼオンさんの無防備な身体に直撃。


「なっ⁉ うがぁああああ!」


 そのままゼオンさんは吹き飛んでいく。


 ヒューン、ドーン!


 そのまま冒険者ギルドの壁に突き刺ささる。


「えっ……?」


 まさかのことに、ボクは言葉を失ってしまう。


 何が起きたんだ?

 自分の目を疑う。


(あっ……そうか。これはボクを油断させるための、演技か⁉ まだ試験は続いているんだ! 集中を切らすな、自分よ!)


 剣を構えて次に備える。


 だがゼオンさんはピクリとも動かない。


 そして周りの様子もおかしかった。


「えっ…………?」


「なっ…………?」


 見物の冒険者の人たちの様子もおかしい。

 誰もが目を点にして、オレのことを見てくる。


 そして次に、吹き飛んだゼオンさんに視線を向ける。


「なっ……ゼ、ゼオンの奴が……やられたのか?」


「いや、だが、あのボウズの動いてなかったぞ……?」


「まて、だが立っている場所が、いつの間にか違うぞ……?」


「そ、それに【疾風飛燕しっぷうひえん斬り】って聞こえたけど、あれは【剣聖】クラスの秘技だぞ……?」


 そして直後、大騒動になる。


「おい、というか、ゼオンを助けにいくぞ!」


「やばい! 息をしていないぞ! おい、誰か聖魔法が得意な奴を、呼んでこい!」


「いや、聖魔法が得意なヤツは、留守だ!」


「くっ、教会に、誰か走って、司祭を呼んでこい! このままじゃゼオンの奴が死んじまう


 どうやらゼオンさんの容態が、おかしいようだ。

 もしかしてボクのまぐれの一撃が、急所に当たってしまったのかもしれない。


 これはマズイ。

 救護を手伝わないと。


「あの……よかったボク、聖魔法をちょっとなら使えます」


「マジか、ボウズ。お前、神官剣士だったのか⁉ とにかく治してやってくれ!」


「は、はい、分かりました」


 ゼオンさんの前に立つ。

 意識を集中する。


「ではいきます。聖魔法……【完全治癒エクス・キュアー】!」


 ボァーン。


 ゼオンさん全身が、眩しい光に包まれる。


 直後、ゼオンさんが目を覚ます。


「うっ……ここは? オレはどうしたんだ? たしか目の前に、ボウズの斬撃が迫ってきて、そのまま意識が。そうか、もしかして、ボウズ、お前が助けてくれたのか?」


「はい……ゼオンさん、先ほどはすみませんでした」


「いや、気にするな。ここの訓練じゃ、よくあることさ。なぁ、お前ら。ん? どうした、お前ら?」


 ゼオンさんの言葉が止まる。

 ボクの後ろにいた人たちを、見ている。


 後ろにいるのは冒険者の人たちだ。

 どうしたんだろう?


 ボクも後ろを振り向いてみる。


「「「な…………」」」


 冒険者の人たちは目を点して、口をあんぐり開けていた。


 何か凄い物を見てしまった……そんな表情だ。


 どうしたんだろうか?


「ど、どうしたじゃねぇぞ、ボウズ! 今のは【完全治癒エクス・キュアー】か⁉」


「あっ、はい、そうです。それが何かありましたか?」


完全治癒エクス・キュアー】は我が家では、最低限の回復魔法。


 母さんは、もっと凄い聖魔法を沢山使える。

 だからカスリ傷レベルを治す時にしか、母は【完全治癒エクス・キュアー】は使わない。


「そ、『それが何かありましたか?』じゃねえよ!」


「そうだぜ! 【完全治癒エクス・キュアー】なんて、この街の最高司祭でも使えない、超上級の聖魔法だぞ!」


「それこそ【聖女】クラスじゃないと使えない、究極の回復魔法なんだぞ⁉」


「えっ……そうなんですか?」


 皆が驚いている訳が、分からない。


 もしかしたら王都とは、聖魔法の呼び名が違うのかもしれない。


 とにかく、こういう時は、どう答えたらいいのだろうか?


 冒険譚も書いてなかった気がする。


 そんな時、ゼオンさんが立ち上がる。


「はっはっは……オレたちは、とんでもない奴を、相手にしたのかもな。とりあえずボウズ……いや、ハリト。合格だぜ、お前は!」


「えっ……つまり、それって?」


「冒険者ギルドにようこそ! このクソッたれのダラク冒険者ギルドにな!」


「あっ、はい! ありがとうございます! こちらこそよろしくお願いいたします!」


 まさか合格できるとは思ってなかった。

 ゼオンさんに握手して、頭を下げて感謝を述べる。


 本当に嬉しい。

 夢にまで見た冒険者。

 ボクは第一歩を踏み出すことが出来たのだ。


 そして新しい人生を、ようやくスタートできたのだ。


「あと、ハリト。この後、お前には何個か聞きたいことがある。いいな?」


「へっ? あっ、はい……」


 でも、なんか怖そうなことを聞かれそう。


 大丈夫かな……。


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