第11話 ミダフス研の試練(黒羽)
「まず問おう。君は、何人かね?」
「なにじん?」
ソファに埋もれるように座った小男の質問の意味がわからず、マーユはぽかんとした。
6月第3週の午後。魔術研究所のミダフス研究室にマーユはいる。
狭い室内はいかにも研究室らしく書籍で溢れ、古い紙の匂いがしていたが、それに混じっていわく言い難い複雑な悪臭が漂っている。
主のルゲ・ミダフスは背中の曲がった矮躯の中年男で、小さな眼鏡を高い鼻にひっかけるように掛けていた。
「君は岩人でも獣人でも樹人でもないな。なら何なのだ、と聞いている」
「……人間」
マーユの答えに、ハハハハ! とミダフスは笑いだした。
「愚かなり。やはり、そう答えるか。愚かな、愚かな!」
「……では、何なのですか?」さすがに愚かだと繰り返し言われてムッとしたらしく、マーユはやや強い口調になる。
「答えは<ノール人>だよ。我らは、女神ノールによって作られた種族だ。ノールのノウォンをもっとも純粋な形で受け継いでいるのだよ」
ミダフスの言葉は、言葉だけ見れば自らを誇っているようで、口調は正反対だった。吐き捨てるように、こう言葉を続ける。
「だからこそ、我らはろくに<魔術>を使えないのだ」
「は?」と、マーユは思わず口に出した。
「うむ、君の疑問はわかる。ノール人が魔術を使えぬということはない。君も使えるのだろう。だがな、他の種族のようには使えないのだ。岩人や樹人に比べると、まるで子供の遊びなのだよ」
「なるほど……」とマーユはつぶやく。たしかにマーユの両親は、ごく初歩的な魔術しか使えない。
「なぜ、ノール人は魔術が不得意なのか。どうすればそれを克服できるのか。それが私の研究の主題なのだ」
ミダフスは1人でうんうん、とうなずく。
「では、今日は基本の基本を教えよう。……まず、君、魔術とは何かね?」
「えっ……魔術とは……ノウォンによる……ええと……」
「まあ、答えられまいな。いいかね、この世界には女神ノールが作った力、ノウォンが満ちている。それは我らの生を統べる、最大にして唯一の力だ。だが……ノウォンの中には、いろいろな差異が存在するのだ」
「さい?」マーユは首をかしげる。。
「ノウォンと一言で言っても、いろいろなノウォンがあるということだ。そして珍しいノウォンは力を持つ。なぜなら、それは周囲にあるノウォンと大きく違うからだ。その差異……違いが、不思議な現象や奇蹟のような出来事を生むのだよ」
「ははあ……」マーユはわかったようなわからないような顔で、小さく相槌をうつ。
「それが魔術の源であり、実質だよ。魔術とは、自らと周囲のノウォンの違いを意識的に利用して現象を起こす技術だ。だから岩人は岩人の、樹人は樹人の、獣人は獣人の独自の魔術を持っているのだよ」
「……あっ!」マーユは叫んだ。
「ほう、わかったのかね。なぜ我らノール人は魔術の能力が低いか、わかったのかね?」
「私たちが持つノウォンが、周囲と似すぎてるから……」
「そうだ! 君は見込みがあるな。我らは女神ノールの直系の子であるがゆえに、この世界と親和性が高すぎるのだ。だから、まともに魔術が使えない」
「でも、私は使えます」
「それは君の血統のどこかに、ノール人以外の血が混じっているからだよ。その異種族の血が、魔術の力を呼び起こすのだ。わかったかね?」
「……私、なんの血を引いてるんでしょうか」
「それを調べる便利な方法はいまはない。そこでだ。ここからが、君の仕事だ。ちょっと待っていたまえ」
ミダフスはソファから立ち上がると、隣の小部屋に姿を消した。マーユはほうっと息をつくと、座ったまま狭い部屋を見回す。本と奇妙な匂い以外、そこには何もなかった。
ミダフスは強烈な悪臭とともに戻ってきた。両手に、料理を持ち運ぶために使う盆を捧げ持っていた。
テーブルに置かれたお盆にはいくつかの皿やカップが載っており、皿には何か得体のしれない塊が少しずつ乗っていた。その塊が悪臭の源だった。
マーユは、不吉な予感に思わず身をふるわせた。
「これはホルウォートの様々な種族が、祭りや成人時などの特別な儀式において、種族としての力を身につけるため口にしていると思われる特別な食べ物だ。少しアレンジしてあるがね。キノコ、古い肉、発酵した野菜汁…種類は様々だ。私はこれらの食べ物が、種族特性を高めることで魔術の力を高める働きを持つのではないか、という仮説を持っている」
ミダフスは、嬉々として得体のしれない食べ物を指差した。
「さあ、これを順番に食べては魔術を使うのだ。この中に、隠された君の血脈に反応し、君の魔術を強めるものがあるかもしれない。もしそれが見つかれば、大発見になるぞ!」
「…………」
皿を呆然と眺めるマーユの目に、うっすら涙がにじんできた。
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