ムーグゥ 小林文代の夢世界
「そうちゃん。もういいよ、目を開けて」
蒼一が目を開けると、そこは綺麗なオフィス街の様だった。ただし、建物は一面灰色で街路樹は葉を全て落とし、空さえもどんよりとした低い雲に覆われている。無彩色の世界だ。
周囲をよく見ようと、蒼一は周りを囲むように立っている大人たちの間をすり抜けようとした。
「おーっと、ちょい待った。まだ動かないで。このまま固まってゆっくり移動するよ。クウヤ、どっちだ?」
蒼一には見えなかったが、クウヤが何か小さな機械を操作している様子だ。
「見つけた。1時の方向、4階建てのビルの2階。窓際に居る」
ぎゅっと塊になった集団が、じりじりと動き始める。蒼一はその真ん中で、大人たちの尻や背中に視界を阻まれながら、流されるままに進む。目的のビルのドアを抜け、小学校の教室ほどの広さのロビーへと入った。
「よーし、到着。シェル開けまーす」
空間が小さく切り裂かれたかと思うと、そこに銀色のファスナーが出現していた。ファスナーのつまみを持って、浅黒く筋肉隆々の大男がそれを開く。
地面に届くまで大きく開いたその裂け目から、艶やかな桜色のロングヘアを揺らして女性が外へ飛び出した。白銀に輝く鎧を身に纏った姿で、腰をかがめて蒼一に手を振る。
「え、誰?」
その横に仁王立ちしたのは、真っ黒な忍者装束の男だ。片手を腰に当て、もう片方は親指を立てて、これまた真っ黒な覆面の下からウインクを飛ばしてくる。
次に、ひざ下までの黒ソックスを直しながら、おかっぱの黒髪にセーラー服という出で立ちの少女が現れた。
「……誰?」
混乱した蒼一が隣に立っていた人物を見上げると、目にも鮮やかなコバルトブルーのスタンドカラースーツに身を包んだサラサラヘアーの青年が見下ろしていた。この男は、さっき塊になって移動していた時に蒼一の前を歩いていた男だ。蒼一の視界ほぼいっぱいを、この綺麗な青色の生地が阻んでいたのだ。
銀縁眼鏡の奥の目と視線が合うと、爽やかに微笑みかけてくる。
「あ、れ? ジョー……さん?」
「いかにも」
男は気取って答えると、蒼一から離れて浅黒い大男の隣に立ち、ピカピカ光る尖ったエナメル靴の踵を鳴らした。
「さ、どうぞ。外へ」
蒼一は皆に倣ってファスナーをくぐり、外へ出る。振り返ると、そこには何も無かった。
「え、あれ? え?」
混乱したままキョロキョロしていると、目の前の空間から、大男とジョーの顔が半分ずつ、現れた。
「う、あああああ」
「いいから早く出てきなよ、二人とも」
セーラー服が、やれやれといった調子で声を上げる。
「はぁーい」
まず初めに、大男の頭部、続いて肩とジョーの頭……ゆっくりと上半身が顕になり、バサッという音とともに全身が現れた。
大男が地面から見えない何かを拾い上げ、バサバサと振ってみせる。ファスナーの中に手を出し入れして、手が出たり消えたりするのを自慢げに見せびらかす。
「これは『シェル』と言って、まぁ、足元まで隠れるでっかい傘みたいなものだね。中からは外が見えるけど、外からは何も無いみたいに見えるんだ」
大男が『シェル』を畳む間、青スーツのジョーが簡単に説明する。畳み終えた『シェル』は、普通のビニールシートを畳んだだけみたいに見えた。大男は、それを沢山あるポケットの一つにしまった。
「さてさて。ここでクイズです。僕のことはもうわかっちゃったみたいだけど……」
ジョーはサラサラの前髪を気障ったらしく搔きあげ、右腕をエレガントに開いた。
「この人たちは、それぞれ、誰でしょう」
蒼一の目の前に、4人が並んだ。
左から、前髪厚め、顎の下でまっすぐに切り揃えた黒髪の、セーラー服女子。
つなぎの上にポケットの沢山付いたベストを着た、筋骨隆々の浅黒い大男。
色素の薄い澄み切った目元以外は全身真っ黒な忍者装束の、背中に日本刀を背負った男。
そして、桜色に輝く長い髪に、胸にアクアブルーの大きな宝石が煌めく白銀の鎧を纏う女性。
「えぇ……わかんない」
「じゃあ、ヒント。さっきソファで座っていた順番で……」
蒼一は4人を順番に、仔細に眺めた。
「……えっ……ええええ?!」
恐る恐る、左の女子を指差す。
「えっと……タッキー、さん?」
「正解」
セーラー服女子が、ニッと笑っってピースサインを掲げた。
蒼一は先ほどの並びを思い出しながら、順番に名前を挙げていく。
「じゃあ……もっちさん、クウヤさん、マリンさん?」
筋骨隆々の大男が分厚い胸の前で小さく拍手し、忍者が親指を立て、鎧の女戦士が優雅にお辞儀をした。
「えーーー……」
もっちが一歩進み出て、両手を大きく広げてくるりと回って見せた。
「ここ、ムーグゥの夢世界ではみんな、自分のイメージする『正義の味方』の姿になれるの。年齢も性別も関係なし。あたしの場合はね、愛する夫、ナギトの姿。漁師してるのよ。かっこいいでしょ」
「あ、はい……」
「いや、もっち。旦那は確かにかっこいいけどさ、その喋り方はキモいって」
「あ、そうよね。つい癖で……えーっと」
大男の姿をしたもっちが軽く咳払いをすると、一転、野太い男の声に変わった。
「そうちゃん。よろしくな。じゃ、みんな。そろそろ上行くぞ」
奥へと伸びる廊下は、電気が消え薄暗かった。
階段を上がって最初の部屋に、彼女は居た。外は曇り空とはいえ、窓からの太陽光のおかげで、この部屋はかろうじて明るさを保っている。彼女はその窓に背を向ける位置にあるデスクの下に、もぐりこんで隠れていた。
「小林さぁん、迎えに来たよー」
タッキーが濃紺のスカートを揺らしてピョンピョンとデスクに近づき、ヒョイっと覗き込んだ。
「すみません。私また、追いかけられて……隠れてました」
「そうだと思った。さ、いくよ」
気弱そうな女性が、タッキーの手によって引っ張り出された。
「はい……」
自信無さげに呟いた女性が、蒼一に目を留めた。
「今日はこの子も一緒だから」
クウヤが蒼一の肩に手をかけ、空いた手で親指を立てる。
「こんな小さな、女の子が……」
「えっ」
そう言われ、蒼一は驚いて声をあげ自分の姿を見下ろした。
ローズピンクのフリルがついたパステルピンクのふわふわミニスカート、同色のオーバーニーの縞々ソックス、フリルと同色のつるりとしたストラップ付きフラットパンプス。頭に手をやると、耳の上で結わえたツインテールが揺れている。
「う、わぁ……」
「おてんば魔女ミルカ……うちの姪っ子が好きだった」
小林と呼ばれた女性は、このキャラクターを知っている様だ。
首元にそっと手を触れると、すべすべした幅広のチョーカーに大きなサファイアが取り付けられていた。
「ほんとだ。ミルカだ……」
クウヤが蒼一(ミルカ)の背中をそっと押し、促す。
「ミルカは今日が初めてなんで、見学だけ。小林さん、なんかあったら守ってやってね」
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