701号室 佐藤竹広


「よいっしょぉぉぉぉ!!!」


 大声とともにいきなり身を起こした男に、その場に居あわせた人々は「ヒィッ」と悲鳴をあげて後ずさった。高齢な彼の母親など、椅子から転がり落ちるのを義理の息子が寸前で受け止めたほどだった。

 驚愕のあまり周囲が凍りついた直後、「いってえええええええ!」と男がまた叫んだ。


「だから、さっき言ったじゃん。怪我してるよって」


 少年は男の手を離し、呆れた様に呟いた。ベッド脇の椅子からするりと降り、男の足元へと移動する。

 男の家族がベッドの周りに群がり、各々我先にと喋り出した。


「このバカ息子、何がよいしょだ! はんかくさいんでないの! 心配かけて!」

「あんた何やってんの! お父さんが足悪くしてるの、知ってるしょや! そんな時にこんな……頭、あめてんでないの?」

「まぁまぁ二人とも、そんなポンポン言わないで。お義母さん、叩いちゃダメです。怪我人なんですから。ほら、ゆかり。ナースコールを。あ、701の佐藤竹広が目を覚ましました。お願いします。ゆかり、早くお義父さんに知らせてあげよう」


 女性二人の叫び声と、一人冷静な壮年男性の声の隙間を縫って、男の呻く声が聞こえる。


「ね、ねーちゃん。パソコン、俺のパソコンは……データ復元したって」

「あんなもん、嘘だっけさ。あたしちょっと、父さんに電話してくるっけ」


 怒りながらも財布を握りしめ、姉は足早に病室を出て行った。母親はというと、男の怪我していない方の腕をぎゅっと掴み、涙を流している。ハンカチを押し当てた口元から、安堵の籠った叱責が繰り返されていた。


「あんたは! あんたは、もう!」



 医師と看護師が病室に入ってきた時、少年は既に姿を消していた。

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