Don't cry 地球

西順

第1話 現代病

 ひがし じゅんは超能力者である。


 その能力は様々あるが、今回の話のメインは発火能力パイロキネシスだ。


 生まれつきこの能力を有していた東順。その発動条件は大声で、だから生まれた第一声で病院を軽く燃やした。という曰く付きの能力である。


 何せ赤ん坊である。泣くのが仕事だ。散々苦労させられた。と実家に帰る度にいまだに両親に茶化されている。


 そんな能力を持って生きてきたので、東順はカラオケで大声で歌った事も無ければ、合唱コンクールも、校歌斉唱さえ口パクで通してきた。


 事情を知らず、その事を良く思わなかったクラスメートに陰口を叩かれて学校生活を送ってきたので、東順に幼少からの友人と言うものは存在しない。



 そんな東順には趣味がある。WEBサイトに自作小説を投稿する事だ。


 趣味と断ずるには野心があり、いつか書籍化作家になるのが目下の夢だ。


 しかしこれも難航していた。


 小説を書くのに難儀しているのではない。


 自慢じゃないが、読書感想文にあれ程苦汁を嘗めさせられてきたというのに、小説となれば話は別で、すらすら書ける。


 きっと自分には小説を書く才能が有ったのだ。と自嘲する程だ。


 問題はもう一つの東順の能力、時間遡行タイムリープだ。


 この能力、東順が小説を完結させWEBサイトにアップしたら日にちが過去に巻き戻る。と言う難儀なモノだった。


 このせいで東順は自作の最終回を既に書き上げているにもかかわらず、WEBサイトにアップ出来ずにいた。


 されど自信作だ。いや、『だった』。その自信も、今日を持って砕け散ったのだ。


 東順は、自分はWEBに小説を投稿している癖に、普段WEB小説をあまり読まない。


 そんな東順だったが、その日はたまたま自分が使っているWEBサイトで、これまたたまたま見掛けた小説を読んでみた。


 感想は、「勝ったな」だった。


 それは小説の体を成しておらず、小学校で習った、段落の頭を一字下げる事も成されていなかった。


 流石にこの小説には勝った、とその日自作の小説をサイトにアップして眠りについた東順。


 翌日、それは東順にとって驚天動地の出来事だった。


 自作の小説よりも、昨日見掛けた小説の方が評価が高かったからだ。


 小説の体を成していない小説もどきが、最高の小説だと信じる自作を上回っている。


 叫び出しそうだった。


 大声を張り上げ、自室で転げ回って悔しがりたい。


 だがそんな事してみれば、アパートは大火事だ。


 東順は自室を飛び出し駆け出した。


 駆けて駆けてへとへとになるまで駆け抜けて、たどり着いたのは海だった。


 東順は着の身着のまま海へと飛び込み、海の中で叫んだ。


 声はあっという間に炎へ変じ、海水を蒸発させた。


 しかしそれもほんの半径数mの事。直ぐに大量の海水に飲み込まれる東順。


 それにもお構い無しで東順は海水の中で叫び続けた。それ程辛く悔しかったのだ。


 散々叫び続け、海水を多量に飲み込み、叫んでいるのか溺れているのか分からない状態になりながらも、東順は生涯で一番叫んでいた。



 その日の夜、東順は居酒屋にいた。


 友達のいない東順は妹を呼び出し、今日あった事で管を巻いていた。


「あははは、バッカじゃないの? 順兄に小説の才能なんてあるはずないじゃん」


 身内故に明け透けな妹の発言に、朝散々叫んで発散したはずの陰鬱な感情が、酒の勢いも相俟って、また口からまろびでそうになった。


 酒席はお開きとなり、二人で夜風を浴びながら帰路に着く。


 酒席での妹の発言が、ボディブローのように長く尾を引いて、心がはち切れそうになった東順は、酔いもあって途中で見掛けた公園で叫んでいた。


 東順の周りを、炎が渦を巻いて燃え上がる。


 時間にすれば1分程の短い時間だったが、この1分が東順の人生を変える事になった。



 翌日、会社に行くと、同僚がニヤニヤしながら話し掛けてきた。


「これって、東くんだよね?」


 そこに映っていたのは確かに自分だった。


 昨夜公園で叫んでいた動画が、SNSにアップされていたのだ。


 あれ程超能力者だとバレないように気を付けて生活してきたのに、一時の過ちで人生を棒に振ってしまった。


 東順はこれからの自身の人生を思って絶望し、顔面蒼白になっていたが、同僚はそんな事には気付きもせず話を続ける。


「最近のCGってスゲエな。本当に炎出してるみたいに見えるよ」


 どうやら同僚は動画を見て炎をCGだと勘違いしてくれたらしい。


「ははは、だろ?」


 瞬時に調子を合わせる東順。バレずに内心ホッとしていたら、


「でも東くん、小説なんて書いてたんだ?」


 その言には確かに嘲笑が含まれていた。瞬間カッとなって言い返しそうになったが、ここで叫べば全てが水の泡と飲み込んだ東順。


「ははは、そうなんですよ」


 されど否定はせず、同僚の言はスルーする。しかし心のノートにはしっかりこの事を刻み込んでいた東順だった。



「あ、ごめん。それアップしたの私だわ」


 その日も愚痴をこぼす為に妹と居酒屋で飲んでいた時の事だ。


「私も酔っててさあ、朝気付いたんだよねえ。あははは」


 笑い話ではない。こちらとしては寿命が縮む思いをしたのだ。


 東順は妹を睨み付けるが、妹はどこ吹く風だ。


「でもさ、スッゴいんだよ! 順兄の動画、私が今までアップしてきた動画で一番再生数稼いでんの!」


 そんな事はどうでも良い。と目の前の酒を煽る。


「でさあ、また動画に出演して、炎出してくれない?」


「は?」


「動画に出演して、炎出してくれない?」


 酒席での聞き間違いかと思ったら、同じ事を二度言われた。


「いやあ、動画を見た私のフォロワーさんがさあ、また炎の動画見たいって、お祭り騒ぎなの。今回の動画で増えたフォロワーさんもいるし。今がチャンスだと思うんだよね」


 何がチャンスなのやら。


「ほら、私のチャンネルに順兄の小説のリンク貼っとけば、順兄の小説のアクセス数増えるかもよ。ね!」


 成程、それは良いかも知れない。と酒の勢いも相俟って、東順は妹の提案に同意したのだった。



 しかしてそれはいばらの道であった。


 何故なら動画の視聴者が見たいのは、単に炎を出している東順ではなく、悶絶している東順だったからだ。


 悶絶して咆哮する東順を見る為にはどうすれば良いのか、視聴者の出した答えは簡単だった。


 東順の投稿小説に低評価を付ける。または誹謗中傷のコメントを書き込むのだ。


 たとえそれが東順の悶絶姿を見る為の虚言妄言であろうと、書き込まれる側はたまったものではない。


 その度に東順は悶絶し、叫び、悔し涙を流して咽び泣く。


 その動画を笑いながら撮影する妹。喜ぶ視聴者たち。増えるフォロワー。一種の地獄絵図がそこにはあった。



 東順がこんな馬鹿騒動を繰り広げている間に、東順がこんな事になったきっかけの作家は、順調に高評価を獲得していき、書籍化まで漕ぎ着けていた。


 その事に更に悶絶し悔しがる東順。それを動画に撮る妹。


 フォロワーは更に増え、今や東順の悶絶姿を見物する視聴者は世界中に広がっていた。



 そしてその日は唐突に訪れた。


 ある日、東順の所に一通のメールが送られてきたのだ。


 メールの内容は、動画を見て興味を示した出版社からの、東順の小説の出版の打診であった。


 それはまさに東順にとって人生の大逆転劇であった。


 そして東順は叫んだ。妹がカメラを回す前で、全世界の視聴者が見守る画面の向こうで。人生で一番の咆哮であった。


 そしてそれは起こった。


 燃えたのだ。人が、視聴者が。


 限界点を超えた東順の発火能力パイロキネシスが、カメラを通して遠く離れた画面越しの視聴者に伝わり、東順の咆哮を聴いた視聴者が、次々突然発火し始めたのだ。


 世界は大混乱へと陥った。何せ今や妹のフォロワーは世界中に存在するのだ。


 世界中で人体発火が巻き起こり、地球中が阿鼻叫喚の地獄と化した。


 そして東順以外の人類はいなくなった。


 誰もいなくなった世界で、東順は自作の最終回をアップした。

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