第9話 特別な存在
その後、特に問題なくくじ引きが執り行われて席替えとなった。一番最後にくじ引きを引いた幸助が無事教壇前の一番前の席となり「どうしてだよぉぉぉぉっっ!!!」と某俳優風に慟哭を上げていたが、それを見降ろす
良かったですね先生。
それで俺はと言えば……、
「これからよろしくな、くるみ。そういえば何気に席が隣同士になるなんて初めてじゃないか?」
「そうだね
「あ、あぁ。俺も今なら苦手なバンジージャンプが出来そうなくらい嬉しいよ」
幼馴染であるくるみが隣の席になったのは良いものの、彼女の様子がどこかおかしい。表情は完全な作り笑顔だし、いつも学校で出している元気な声と比べて若干声が固い。
うん、このくるみの反応は機嫌が悪いときの不機嫌サインだ。
席替えをして現在座っている席は教室の窓側の最後列。俺は一瞬この席が気に入らないのだろうかと思うも、漫然と考えていても仕方が無いのでここは勇気を出して聞いてみることにした。
「…………なぁくるみ、なんか怒ってる?」
「べっつにー。私はなーんにも怒ってないよー? ただ随分と
表情は笑顔なのだが、どことなくつーんとした感じ。俺はくるみには勘違いして欲しくはないので、先生と俺との関係を隠すことなく話そうと口を開いた。
「気のせいだよ。ほら、先生って何かと私生活が緩んでるだろ? 洗濯は出来るが一人でワイシャツにアイロンだってかけられないし、家事スキルだって低くてポットで湯を沸かす事しか出来ない。だからいつもコンビニでご飯を買ってるらしいしな」
「…………え、なんでそんな私生活知ってるの?」
「先生から直接聞いたんだよ。くるみに言ってなかったけど、俺ここの家庭科室で放課後たまに先生の溜め込んだ私服をアイロンがけしてるんだ。だからさっきみたいによく
この関係は、俺が二年生に進級して新しい担任が
そうして二年生に進級して約一週間後、品定めをしながらあれこれと世話を焼く俺とクラスメイトの様子を伺っていた氷珂先生が、ちょうど帰宅部だった俺にこの話を持ち掛けて今に至るという訳だ。完全に『先生の頼み事』という公私混同している名目だが。
因みに先生なりに俺に負担を掛けないよう気を遣ってくれているのか、アイロンがけする頻度は約一週間に二回。毎回放課後の家庭科室で行なっている。
「そ、そっか……。一緒に帰れない日が増えたなぁって思っていたけど、そういうことだったんだね」
「その、今まで黙っててごめん」
「う、ううんっ、大丈夫大丈夫っ! 斗真が何をしようと自由なんだし、私がどうこう言う権利なんてないから一切無いもんっ。だって私はただの……、ただの普通の"幼馴染"だから…………!」
「………………」
「だ、だから斗真は私のことなんか―――」
俺は言葉を遮るようにくるみの額へと静かに狙いを定めると、デコピン(弱)をお見舞いしてやった。元気に振る舞っているフリをしたくるみの弱弱しい笑みが苦悶の表情に染まる。
「あだっ!? な、何するのさぁ……!?」
「くるみ、俺は今とっても怒ってます。どうしてか分かるか?」
「わ、分かんないよぉ……っ」
俺がわざと眉間にしわを寄せると、次第に陽キャモードの仮面が剥がれてきたくるみは声が小さくなっていく。
……まぁ、ここは自宅ではなく高校の教室だ。これ以上解答を先延ばしにしてクラスメイトからくるみに不信感を持たれても困るので、俺は早速口を開いた。
「"なんか"って何?」
「…………?」
「俺はくるみのこと、小さいときからずっと大切な幼馴染だと思ってるんだけど」
「うにゅっ」
変な声が洩れたくるみ。その顔は桜色に染まっており、口元はまるで梅干を食べたかのように
俺はこのまま言葉を続ける。
「"ただの"じゃないし、"普通の"でもない。俺にとっては凄く大事で自慢の幼馴染だ。だからさ、自分で自分を卑下するのはやめてくれ」
「う、うぅ……」
恥ずかしいのか未だ顔が紅潮しているが、どうやらくるみはまだ納得していないらしい。小学校のトラウマがきっかけで消極的になってしまったから、くるみは自己承認力がとても低いのだ。
いつもなら自宅のようにくるみを全力で慰めるのだがここは教室。俺が原因で今後の高校生活の妨げにはなりたくないのでグッと我慢する。
それに、このままではくるみの為にならない。
……よし、ここは一つ例え話をしよう。
「じゃあさ、もし俺が何かに悩んでいたらどうする?」
「もちろん相談に乗るよ! ま、まぁそれが解決の手助けになるか分かんないけど……」
「それでも悩んで、どうしようもなく悩んだ末に自分を傷付けてしまったら?」
「っ……。悲しいよ…………」
「そうだよな。……俺も同じだ」
ハッとしたような表情で俺を見遣るくるみ。その瞳は不安に揺れており、表情も幾分か暗い。
本来くるみは
……ごめんな、くるみ。俺の身勝手でせっかくの可愛い顔を曇らせてしまった。
でも将来的にくるみが生きやすくなるには、遅かれ早かれこのことは早めに気付かなければいけなかった筈だから……!
…………あぁダメだ空気が悪い。なんだこの沈黙、いくら友好を深める時間として氷珂先生が設けた十分間でも異様に長く感じるぞ。
うん、ここはとにかく俯いているくるみに明るく何か話し掛けなければ……!
「あー、そ、そういえばくるみは俺のことどう思ってるんだ?」
「………………。んにゃッ!? どどどどどう思ってるって、どんな意味で!?」
「……あ、も、もちろん幼馴染としてだ! ヘンな意味じゃないぞ!?」
一拍遅れて返事をしたくるみに対し、俺はあわてて訂正する。
……しまった。俺としたことがテンパって勘違いさせるような事を訊いてしまった。いや、まぁもちろん勘違いじゃなくても良いんだが……。
「………………私も」
「え?」
「私の方が、斗真のこと凄く大切な幼馴染だって思ってるもん。………………ずっと私の隣にい続けて欲しい、くらい」
お、おぉう。何気にくるみから俺への好意を口にしてくれるのは初めてかもしれない。くるみ実はシャイだし。
でも最後の言葉が聞こえなかったな。なんて言ったんだ?
「なぁくるみ。最後なんて言った?」
「~~~ッ! な、なんでもないよっ! これからお隣さん同士よろしくねっ!!」
ボボボッと瞬間湯沸かし器のように顔が真っ赤になると、いつもの陽キャテンションを取り戻したくるみがそう明るく返事を返す。
そうして彼女の屈託のない笑顔を見た俺は、ほっと胸を撫で下ろすのだった。
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お久しぶりです!(/・ω・)/
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