第4話 こじらせ騎士は誤解された!
――騎士を 辞める。
ヘタレことアンゼルムの発言に、熊男も仰天したであろうが、我輩も仰天した。
これほど口下手だとは思わなかった、という意味で仰天した。
これほど物を考えずに口にする馬鹿だとは思わなかった、という意味で仰天した。
誓って言うが、我輩、ヘタレはもう少し物事を考えられる人間だと誤解していたのである。心底誤解であった。ヘタレは底抜けに馬鹿であった。
「騎士を辞めるって、おめぇ、いきなり何言ってやがる!? 考えて言ってんのか!?」
考えて言っていないである。
いや、むしろ人と話すために一生懸命に考えて選んだ言葉がああだったのかもしれない。
……ヘタレ……おぬし、果てしなく馬鹿なのであるな……
「! まさか……おめぇ、今朝の失態を気にしてるのか!?」
ああ、口下手でヘタレで馬鹿な男の選んだ単語のせいで、熊男が斜め前方三十回捻りぐらいの誤解をし始めた。
「確かに賊に吹き飛ばされたのも、気を失っちまったのも、おめぇとしては許しがたい汚点だったのかもしれねぇし、未だにそいつが捕まってねぇことに責任感じてるかもしれねぇが! だからって、いきなり騎士を辞めるなんて馬鹿なことを考えるんじゃねぇ!」
ヘタレは、馬鹿なことを考えたのではなく、馬鹿である。
ついでに脳が筋肉で出来ている類の馬鹿である。
こやつに出来るのは『考えること』ではなく直感で判断することであり、『思いをめぐらす』ことではなく反射神経で反応することである。
「いいか! 確かにおめぇは強い! 王国騎士団でも指折りの実力者だ! ぶっちゃけ、戦場にあっては俺より強いし、他の団長共も目じゃねぇぐらいには馬鹿強い!」
馬鹿は馬鹿でも馬鹿強い馬鹿であったか。
ちなみに恋愛への攻撃力はへなちょこで防御力は紙である。
「だかな、だからって、何でも出来るわけじゃねぇだろ!? 確かにおめぇは今まで負け知らずだったから、その汚点がとんでもないことのように思えてるかもしれねぇが、あれぐらいのミスは誰にだってあるんだ! 致命的なもんじゃねぇんだよ!」
熊男が必死になって熱く熱く語るほどに、ヘタレの纏う空気が強張ってくる。我輩の纏う空気も震えてくる。
違うのだ熊男よ! ヘタレは騎士そのものを辞めるつもりは無いのだ!
ヘタレはベルタ嬢の騎士になりたいのだ!
ヘタレは吹っ飛ばされたことも気絶したことも何とも思っていないのだ!
おぬしの考えていることはことごとく的外れなのである! 今も多分このヘタレ、筋肉で出来た脳みそで「どうしよう。どう話せばいいんだ」とぐるぐる答えの出せない大問題にアップアップしているぞ!
「いいか! アンゼルム! おめぇを一度でも地につけさせた件の賊は俺達が名誉にかけて探し出してやる! その時にこそおめぇは騎士として決着をつけるといい! だから騎士を辞めようなんてことは考えるな! いいな!?」
ガシィッ! とヘタレの肩を掴んで揺さぶる熊男に、ヘタレはようよう絞り出すような声でこう呟いた。
「……護衛」
ブレない馬鹿であるなヘタレ!!
そして熊男は「護衛……そうか、あの時来ていたクンツェンドルフ伯爵令嬢か!」と鋭い斜め四十五度の察しを発揮した。
「もしや、賊は伯爵令嬢を狙ったものだったのか? ……確かにクンツェンドルフ伯爵領と言えば辺境の端も端、魔境に近く隣国にも近い。年に数度ある戦場の中でも相当な激戦区だ。その家のご令嬢に何かあったとなれば、伯爵家にも動揺が出る。……いや、もし誘拐であったなら……もしや、伯爵を脅して……? いかん。それは何としても防がねばならん!」
何か誤解が深まったであるな!?
ヘタレ! ボケッとせずに誤解を解くである! このままではヘタレを吹っ飛ばした我輩が『隣国の尖兵』とか『暗躍する手練れ』とかあらぬ疑いをもたれるである!!
ヘタレ! 早く動くである!
ちょ!? 待つである! 何故そこで「なんとそんなことが!?」みたいな顔をしているであるか!? 百パーセント誤解であるぞ!?
「アンゼルム!」
「……!」
「俺は至急、上の連中にこのことを相談してくる。お前はいつ出動を命じられても動けるようにしておけ。――ああ、お前、従者の服は……無いよな、うん。まぁ、そのへんは俺が服屋の連中に声をかけておく。お前は鍛錬を怠らず、騎士を辞めず、出来れば貴族に対する礼儀作法なんぞを覚えてくれ!」
熊男は無理やりヘタレを部屋の外に押し出すと、そのまま「じゃあな!」と言ってどこかに走って行ってしまった。
……ああ……誤解のまま大事に……
ヘタレは周囲に人の気配が無くなってから我輩を見る。
「……猫ちゃん」
……なんぞ。
「もしかして、上手くいったのだろうか?」
どこが上手くいったのであるか!?
誤解が誤解を生んで大事になっただけであるぞ!?
しかも伯爵家の騎士にどうやってなるのかという問題は全く手つかずであるぞ!?
「団長は、動けるように、と言っていたが、俺は護衛につけるのだろうか?」
うむ? あ!
ベルタ嬢狙いの賊という誤解。護衛が必要だという誤解。上の連中に相談、という大事。動けるようにしておけ、という指示。加えて『従者の服』というキーワード。……うむ。確かに。おぬし、ベルタ嬢に関する事柄においてだけは耳聡いであるなヘタレ!?
「まぁ……期待せずに、準備だけしておくのが良いのではないかな?」
期待なんぞしたら、このヘタレ、外れてしまった時に死ぬほど落ち込みそうであるからな~。
……我輩、なんでこんなヘタレの傍についているのであろうか?
そして何故、我輩ともあろう者がこんなヘタレのために悩んだり考えたりしているのであろうか?
「そうか……準備というのが何か分からんが、体を鍛えるとしよう!」
勉強せよ!!
団長部屋から自室に戻ったヘタレが、我輩がこっそり張った結界の中でアホみたいな量の筋肉トレーニングをこなして寝入った後――
我輩はまたしてもこっそりとヘタレの部屋から抜け出した。
ん~む。昨日、怨念や死霊や呪いの類を根こそぎ食い尽くしたせいで、宿舎内には目ぼしい獲物が一つも無いである。
よく誤解されがちであるが、我輩達『悪魔』は人の魂しか食べない――というわけではない。
血肉の類も食べるし、感情や怨念といった精神的なものも食べるし、呪いや魔法といった魔力的なものも食べるし、果実や野菜といったものも食べる。まぁ、モノによってはクソ不味いと感じるし、腹の足しにならないものも多いのであるが、食べないわけではない。我輩達は、広義の意味において雑食なのである。何を好むのかは悪魔ごとに異なるであるが。
我輩にとってもっとも好ましい食べ物は魂であるが、感情といった精神エネルギーも捨てがたい。特に高度な精神構造をしている連中の精神ネルギーは美味なる御馳走である。……そういう意味ではヘタレの純粋で一途で膨大な精神エネルギーも美味そうではあるが……あれは腹がもたれそうだから嫌である。我輩、グルメなのである。
グルメな我輩が望むのは――そう、我輩がヘタレと出会ったあの戦場のような宴会場である。
死にたくないという一念。
まぁ、そんな美味なる戦場中の負のエネルギーを貪ったので、しばらく何も食わずとも活動できるだけの力は得ているのであるが――だからといって『おかわり』が欲しくないかと言えば否である。
我輩、貪欲なのである。
ヘタレが纏っていた分やこの騎士団宿舎の分も馳走になったが、質はともかくとして量が少ない。ヘタレの所にはちょくちょく呪いや怨念がやって来るが、我輩が満腹になるような量では無い。少しばかり足を伸ばしてさらなるエネルギーの確保に勤しむとしよう。
ということでやって来たのが、王都の中でもド汚い場所である。
饐えた臭いは辟易するであるが、この芳醇とした絶望と死の気配は素晴らしい。空中を駆けて最深部付近に陣取り、軽く吸収……う~む、デリツィオーゾ!
しかし、ここ数日食事に出て来て思ったであるが、どうやらこの近隣に我輩のような存在はいないらしい。御馳走が食べ放題であるな。あちらの世界に置いてきてしまった我輩の相棒にもお裾分けしたいほどである。相棒は、どちらかと言えば人間で遊ぶ方を好むのであるが……
まぁ、今は食事が先であるな!
丁寧に端から端まで味わいつくす。おっと、うっかり生きているヒョロい小僧の魂を喰いかけたである。戻すである。我輩、グルメゆえ、枯れ木のような小僧や小娘の痩せた魂なぞいらぬである。長生きするであるぞ! ヒヨッコ共!
む? やたらと肥えた怨念塗れの雄がいるであるな。周りの連中とは比べものにならない豪華な服を着こんでいる雄である。金銀宝石がピカピカしているであるな。ははぁん? 悪徳商人というやつであるな~? 憎しみと怨念のスパイスがきいて美味しそうな魂である。いただくである! ん~! グストーゾ・エ・デリツィオーゾ!!
お? 周りの連中が騒ぎ始めたであるな? まぁ、いきなり絶命すればそうなるであるな。あ! 考えたらうっかり殺してしまったである。まぁ、人の生死なぞ我輩にはどうでもよいであるが。
ついでに血肉も頂こうか……脂がたっぷりのっていて美味そうである。……むぅ。周りにうろちょろしている人間が邪魔である。面倒であるな? そこそこ腹も満たされたことだし、帰るである。
とっととトンズラする我輩の耳が叫び狂う人間達の声を拾う。
「なんということだ! どこの手の者だ!?」
「閣下! 閣下ぁっ!」
「騎士団を呼び出せ! 下手人を捕らえよ!」
「不審者を洗い出せ! なんとしても賊を捕らえるのだ!!」
なかなかの騒ぎであるが、人間のことなぞ、我輩知らぬである。
※ ※ ※
朝、朝食前にまたアホみたいな量の筋トレをしたヘタレと一緒に食堂に赴くと、騎士達が騒然としていた。
「貧民街で襲撃が……!」
「姿なき暗殺者だと……!?」
「侯爵閣下が討たれたそうだ……!」
……おやー?
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