第3話 こじらせ騎士は夢を見た!




 昼。騎士団宿舎。大食堂。

 熊男団長に無理やり休まされていたヘタレは、腹が減ったこともあって我輩を伴って食事の席についた。

 所属する騎士が食事する場所だけあって、大食堂の机の上にある『昼食』は肉が主体で量も多かった。ただし、全体的に薄味である。


「副団長って、そんな顔してたんスね~。いつもどんよりしてたから分からなかったッスよ」


 ヘタレの前で肉を切り分けているのは、薄茶色の髪に淡い青色の目をした若造だった。年は二十歳を過ぎるかどうか、といったところであろうか。縦にヒョロリと長い優男だ。


「まぁ、雰囲気が変わったというか、あの暗い気配は何だったんだ、っつーか」


 熊男団長が木のジョッキでエールをあおりながら笑う。こやつ、昼から酒を飲んでいるである。けしからんであるな! 我輩にも寄越すがよいぞ!


「別人のようだ」


 うんうん頷いているのはヘタレの横に座った男で、ゴツイ体と厳つい顔のわりに甲斐甲斐しく我輩用の肉を小皿に取り分けてくれる良い男であった。

 ヘタレの周りにいるこやつらの言葉から察するに、どうもヘタレ、あの纏いすぎた怨念が凄まじすぎて外見に注目されずにいたらしい。というか、怨念が凄すぎてそっちが印象に残っていたようだ。さもありなん。


「……。どういうわけかうちの騎士団も今朝ぐらいから明るくなった感じがするし、どこぞの聖女か聖職者が夜中にこっそり悪いものを浄化してくれたのかもしれんなぁ」


 熊男の声に、ヘタレは視線を我輩に向けた。

 ふふふん。褒めてくれても良いであるぞ!?


「――だが、同時に正体不明の賊も出た。よほどの手練れらしく、痕跡すら残しちゃいねぇ」


 ピリッと空気が震える様な気配。我輩が肉を食む音だけが周囲に響く。カフッカフッ。


「王宮主催の舞踏会が迫ってるってぇのに、面倒なことだぜ」


 熊男はどっぷりと深いため息をついて、切り分けられた肉を自分の口に放り込んだ。

 ほぉん? ベルタ嬢が言っていた舞踏会というのは、王宮主催であったか。確か一週間後であったな。まぁ、我輩には関係ないであるが。


「警護の人間を増やしたりするんですかねー?」

「さァな? まぁ、回って来るとしても俺達は外回りだろうよ。か弱いお貴族様の中にゃあ、俺達みてぇな怖い顔の連中は視野にも入れたくねぇってのがいるからな。――まぁ、第一騎士団か第二騎士団あたりが出張るんじゃねーか?」

「そりゃ無いッスよ団長~、第一とか第二の連中はもとから貴族じゃないスか。舞踏会でダンスしてる側じゃないッスか。俺達で護衛の任務を受けましょうよ~。ただでさえ第四騎士団は華々しい世界なんて無縁なんスから、ちょっとぐらいいいじゃないですか~」

「ああ? 面倒くさいだけだぞ。ああいうのは慣れた連中にやらしておくのが一番いいんだよ。下手に関わって、無礼者ーッつって首切られたらどうすんだ。物理的に」


 熊男が身も蓋もない現実をつきつける。

 ほほぉん。この世界の人間社会はそんな感じであるか。我輩が前に渡った世界では、あまり貴族だの何だのいう制度が無かった故、身分制度のハッキリした人間界は久々であるな。


「でも団長~。もしかしたら逆玉の輿とかあるかもしれないじゃないッスか! それでなくても綺麗なお嬢さん達を見るせっかくの機会なんですよ~?」

「馬鹿野郎。ああいうのは遠くから見るからこそお綺麗なんだ。近寄ってみろ。くっそドロドロした悍ましい陰謀劇やら愛憎劇やらを見せつけられるんだぞ。だいたいてめぇ、下手に逆玉の輿に乗ったところで、それ以降の生活どうする気だ? 貴族様方の生活に馴染めんのか? あ?」

「う~ん……いや~、そこは俺も無理な気がするッスけど、ちょっとは夢見させてくれてもいいんじゃねースかねぇ?」

「遠くから夢見とけ」


 本当に身も蓋も無い現実をつきつける熊男に、我輩も思わずウンウン頷いてしまう。

 我輩ほど長命な悪魔になると、身分制度の厳しい人間界もそれなりに知識にある。熊男が「やめとけ」と言うのも頷ける悍ましい世界も多くあったのだ。

 ――だがしかし、脳筋のピュアな心にはあの悍ましさは知覚出来ないらしい。

 今も諦めきれずにいるヒョロ男もそうだが、問題は我輩の真後ろにいる熱量がアップしてるヘタレである。


「…………警護」


 やめろ。やめろ。

 おぬしみたいな脳まで筋肉で出来てる単細胞のピュアピュア生物が、あの地雷集中地帯で生き残れるはずが無いのである! 近づけば誤爆どころの話では無いぞ!?


「まぁ、どうせ市街地の警備やら王宮周辺の警備が回ってくるんだ。煌びやかな馬車でも眺めて、夢を膨らませておくんだな!」


 密かなヘタレの呟きに気づかなかった熊男の声で、食堂の一幕は終わりをつげた。

 ――食堂の一幕は。




 ※ ※ ※




「猫ちゃん!」


 休んでおけ、と部屋に追い返されたヘタレが自室に戻って即座に我輩に声をかけてきた。

 思った通りである。めんどくさいである。


「言っておくが、我輩、あの熊男と同意見であるぞ」

「ベルタ嬢と、もしかしたら会えるかもしれない……!」

「会えても話もできんのでは意味が無いのではないかなー?」


 我輩、正論を言ったつもりであるが、ヘタレは聞いていなかった。


「遠くからでもいい……! 一目、ベルタ嬢の正装を……!」


 望遠鏡でも持たせてやるかなー?


「ヘ……アンゼルムよ、おぬしはベルタ嬢の姿を見たいだけであるか?」

「か……可能なら……お話を……」


 不可能では無いかなー?


「……せめてまともに喋れるようになってから希望を抱くがよい。今のおぬしでは姿を見ただけで昇天するである」


 たぶん即死である。復活の魔法は無いである。


「だ、だが、会う機会すらなければ、話以前の問題では無いか!?」

「別の機会で会えるよう努力するべきである。例えば、王国騎士を辞してベルタ嬢のいる伯爵家の騎士になるとか」

「なんだと……猫ちゃん、天才か!?」


 もっと褒めていいである!


「ただし、ベルタ嬢がどこぞにお嫁に行った場合も伯爵家騎士で居続けるのは厳しかろう」

「鬼か!」


 悪魔である。


「まぁ、そもそも、王国騎士を辞すことが容易いかどうかも知らぬし、辺境の伯爵家の騎士になるのが容易いかどうかも我輩は知らぬであるがな」

「……むぅ……」

「おぬし、仮にも王国騎士団の一員であり、副団長を務めているのだから、騎士になるための試験なり条件なり知らぬであるか?」

「俺はもともと騎士爵の子だったからな。幼い頃から父に鍛えられ、父の従騎士となり、父の薦めで王国の騎士団に入ったのだ」


 父親よ。さては剣術以外を教え損なったな?


「……副団長なのだから、騎士団の運営について何か知っておろう?」

「戦って勝つ」


 ははぁん? 思っていた以上の馬鹿であるな~?


「おぬし、どうやって副団長にまで昇りつめたのだ?」

「戦って勝ち続けた」


 ははぁん? 正真正銘、脳筋であるな~?


「戦い続けて勝ち続けていたら副団長になっていた、ということであるか?」

「その通りだ。凄いな猫ちゃん。俺は今まで一度もそれを理解してもらえなかったのだが」


 我輩、そのセツメイをされた人間達に深い憐憫を感じるである……


「おぬしの残念……ピュア具合は分かったである。しかし、常勝の騎士であるならば、辺境では歓迎されるのではないかな? おぬしと我輩が出会った戦場もそうであるが、人同士の戦いであれば王都周辺より隣国との境目が多いであろうし、道中に出ていた魔物や魔獣も、王都近辺より辺境の方が多いのであろう?」

「すごいな猫ちゃん! あの僅かな期間にそこまで気づいたのか!」


 もっと褒めていいであるぞ!?


「俺なぞ、そこに気づくのに十年以上かかったぞ!」


 ……おぬしはもっと脳みそを鍛えるである……あ、いや、これ以上筋肉割合が増えてもいかんである。難しいである……


「……だが、そうか……俺のような者でも、ベルタ嬢に必要とされる可能性が……あるかもしれないのか……!」


 どこまでも自己の評価が低いであるなー?

 まぁ、変に自信満々な男よりは良いであるが、このヘタレ具合は我輩にはちょっと辛いである。雄ならば、もう少し気概を持って生きるべきである。


「まぁ、その前に一度あの熊男に相談するべきだと思うが」

「うむ。今まで世話になったのだ。礼をするべきだな」


 ……辞める気満々であるなぁ……


「ヘ……アンゼルムよ、よいか? 絶対に、必ず、あの熊男に一度『相談』するのであるぞ?」

「わかった」


 我輩の念押しに、ヘタレは真面目な顔で頷いた。

 ……本当に理解しているのかどうかは、分からぬである。




 ※ ※ ※




 夜。騎士団の仕事が終わってご飯もすませた後に、ヘタレは熊男の自室を訪れた。


「おう! おめぇが『話』してぇってのは珍しいな! 何があった?」

「……騎士を」

「うん?」

「辞める」

「はぁッ!?」


 素っ頓狂な声をあげる熊男の前、ヘタレの肩の上で我輩は顔を覆ってしまった。





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