第29話 本当の狙い

 ルナは、そしてヘイルは知っている。




 この魔法を知っている。




 愉快な序章パープル・ポップ


 道具を修理するという非常に単純な機能しか持たない魔道具。ルナが最初に自分の意思で融合した魔道具であり、魔力を使わずとも使える魔道具。


 魔道具。そう魔道具なのだ。


「ど、どうして……」


 ヘイルが震えた声を漏らす。


 見間違いでも勘違いでもない。現に融合を終えたルナの頭の中にも、それを裏付ける事実が流れる。彼が融合したジュピターの前腕部は、部品の強度を超えて動くように設計されている。最大出力で動けば、凄まじい性能を発揮するものの、瞬時に各機構が破壊されるよう作られており、その自壊を留める機能どころか、本来使い捨て前提の機構が各所に組み込まれている。


 間違いない。この兵器は修復魔法を利用し、一度きりしか出せない機械の性能を無限に使い続けることを可能とした兵器なのだ。尋常でない運動能力も、強力過ぎる搭載砲台も、全て機体の限界を無視して設計されているからこそ実現できているのだ。


 ルナの中であらゆる思考が電流のように流れる。それらは脳を駆け巡ったあと、また別の疑問を起爆して新たな電流を彼に流す。そして、最後の思考が頭蓋で弾けたそのとき、彼が起こした行動は、即座にジュピターから背を向けて駆け出すことだった。


『アトラス! 聞いてくれ! 魔道具だ! 機傀ドールたちは、魔力が無くても使える魔道具を利用して新しい兵器を作ったんだ!』


 新月樹から近くのビルの屋上へ飛び乗りつつ、ルナは頭の中でそう叫ぶ。


『やはり……やはりそうだったのか……!』


 苦渋に満ちた声がルナの頭に響く。


 やはり彼も予想していたのだ。今までの不自然な事象の間を埋めるピースとしてのその可能性を。


 言葉を話す機傀ドールが作られたのは、より魔法使いにんげんに近い機傀ドールを作るため。強力な武装や兵器なのに、話す機傀ドールしかそれらの武装を身に着けていないのは、鹵獲した魔道具ぶんしかその兵器を製造できないため。突然現れた大量の機傀ドールやアルデバランは、増援ではなく、おそらく愉快な序章パープル・ポップによってスピカが修理したもの。


 そして、彼らが魔道具を利用しているという事実が指し示すさらなる事実はこれだけに留まらない。


 ルナがそれを言おうとしたところで、彼の頭に激しく感情の混ざったアトラスの声が響き渡った。


『セイレン! 六花天蓋宮起動! 急げ!』


『え、えぇ⁉ 今っ⁉ そんなことしたら、移転作業が……。それにあんたの体も……』


『一刻も早く起動しろ! この街からすべてを遮断するんだ!』


 ルナに聞き覚えのない女性との通信にルナを誤って混ぜていることからも、その焦りは伺える。きっと彼もルナと同じ結論にたどり着いたのだ。


 セイレンと呼ばれた女性は戸惑いの色こそ少し見せたものの、即座に「了解」と凛とした声を返して通信を切った。


『アトラス、お前も気づい――』


「ちょっとー、何逃げてんのー!」


 突然ルナが駆けていたビルの屋上が爆発し、その中から炎に包まれた機械の魔人、ジュピターがルナへ追いすがってくる。魔道具を利用していることを誤魔化すための装甲を捨てたジュピターの速度はさらに上がっており、全身に紫の炎を纏う姿は鬼神そのもの。


 紙一重で振るわれた拳を躱して、細い路地へと身を投げるが、ジュピターはいともたやすく壁面を破壊してルナへ迫ってくる。その動きはルナよりも圧倒的に速い。


「アハッ! 動きづらいねぇ? 修理する魔道具取り込めなかったもんねー?」


 そう。ジュピターの腕だけを取り込んだルナは、一度本気で動けば壊れる欠陥機能だけが実装されてしまった。もとより修復の魔法ありきで設計されているぶん、本気で動かなくとも各部が簡単に壊れ、ルナ自体に備わっている自動回復機能でなんとかそれを補っている状態だ。それでは回復も愉快な序章パープル・ポップより遅く、そして消耗も激しい。


 ジュピターが投げつけきた車大の瓦礫を躱したところで追いつかれ、巧みに意識の裏を突くように放たれた拳に反応しきれず、その拳がルナの肩に炸裂する。


「ぐあっ!」


 ルナの左腕が爆散するように砕け散り、砲弾さながらに吹き飛ばされて地面を転がる。


 地面に叩きつけられたダメージはプルートーが軽減してくれたものの、身を襲った衝撃にルナは即座に起き上がれない。


 そこへ追い打ちをかけんとジュピターの拳が振り上げられたとき、ルナたちの周囲を冷気が覆った。


 瞬時にジュピターは身を翻して冷気の範囲外へと抜け出し、その直後にジュピターの立っていた空間が雨から地面まで一気に凍り付く。


『速過ぎる……!』


 ヘイルがルナの隣に降り立ちそう毒づく。ヘイル以外にも他の魔法使いたちが追ってきた機傀ドールへ魔法を撃ちながら周囲に布陣を築いていく。


『おい機傀ドール! どこにいくつもりだ!』


『俺が最初にいたところだ!』


『はぁ……?』


機傀ドールの狙いは、魔法使いを殺すことじゃない! 俺のいた場所、トリニティの研究所から魔法のデータを奪うことだ!』


「なっ? はぁッ⁉」


 あまりにも急すぎる情報にヘイルは声を上げて目を見開くが、ルナはそこに畳みかける。


『説明している時間はない! ここは頼む!』


 それだけの言葉を残してルナは駆け出すが、その前に炎を纏った鬼神が立ちふさがる。


「どこ行くの? もっと私と遊ぼうよ! アハハハ!」


 ルナの融合が終わるまでまだかかる。背中の魔道具を駆使しても撃破も突破も不可能。ルナが唇を強く噛むが、瞬間、巨大な雪の結晶が何重にもジュピターを包む。


『もう、私には何がなんだかわからない。でも、あんたに言われなくたって、こいつはなんとかする! あんたはあんたでもう勝手にしろ!』


 暴れ狂って雪の結晶から抜け出そうとするジュピターを、歯を食いしばって割られたそばから雪の結晶を張りなおし、ヘイルはそう叫ぶ。


 ルナは強く頷いて勢いよく戦場を後にした。


 ビルからビル。時には新月樹の上を飛び移りながら、ルナは自分の思考を整理する。


 何十年も魔法を利用してこなかった機傀ドールが、今更どうして魔法を利用できるようになったのか? 魔道具を用いた兵器を見たとき、彼の頭に走った疑問だ。その問いに対して最も合理的な回答は、「機傀ドールが魔法の一部を理解できたから」だろう。ではなぜ理解できた? 彼らほどの知能をもってして何十年も理解できなかったものがどうして急に? それに対する明確な根拠ある理由を示すことはできない。しかし、ルナはその疑問が浮かんだ瞬間、直感的にこう思ったのだ。「機傀ドールはトリニティの研究を見つけたのでは?」と。


 アンドウは言っていた。トリニティは科学と魔術の融合を試みていた、と。科学と魔術の融合。すなわち、魔術を科学的に、科学を魔術的に理解するという研究が成されていた。その技術を使い、衛星機ステラ等の機械的な魔道具、そしておそらくはルナも作られている。そうした科学と魔術の融合を実現するためには、当然科学による魔術の解明が行われ、その研究情報がトリニティの研究施設に存在するはずだ。それを使えば、機傀ドールでも魔術を理解できる。


 飛躍した考え方かもしれない。だが、そう考えると辻褄が合う。なぜ、突然機傀ドールたちはこの場所に攻めてきた? それは、魔法使いたちを殺すためではなく、何らかの手段で手に入れたトリニティの研究所への情報より、その場所へ行こうとしたら、たまたまAMANCELの本拠地があっただけではないのか?


 杞憂であればそれでいい。だが、ルナがいた場所がトリニティの研究所であろうことを考えても、可能性としては十分に存在しうる「最悪」だ。今はまだ魔力を使わない単純な魔道具を利用しているだけだが、彼らの学習速度で、これ以上情報を得れば、確実に長くない時を経て彼らは魔法使いへ追いついてくるだろう。


 自身が利用するという形だけでなく、魔法使いたちが放つ魔法にもこれまで以上に有効な対策を練られるようになるだろう。


(そうなったらもう、人類は終わりだ……!)


 ルナを先に行かせてくれたヘイルの顔を思い出す。彼女は気丈に振舞っていたものの、簡単なものとはいえ機傀ドールが魔法を使っている事実に動揺し、その顔に隠し切れない恐怖の色を滲ませていた。


 機傀ドールが魔法を理解するという事実は、きっとその事実以上に戦況へ影響を及ぼす。機傀ドールにはない、人間には心というものがあるがゆえに。


 勘違いであってくれ、と祈りながら彼は地を蹴る。もしも、敵が秘密裏にトリニティの研究所に向かっているのなら、もうその研究情報を取得しているかもしれないのだ。そして、もしそうなら……、


『サーニャ! サーニャ聞こえるか!』


 ルナのいた場所へ向かっているサーニャたちが危ない。


 心で強く呼びかけるが、町中の心の声が聞こえるはずのサーニャから返事は返ってこない。


 ルナは、歯を強く食いしばって、さっきよりも強く地を蹴った。


 正直に言えば、ルナはあの研究室の正確な場所がわかっていなかった。しかし、大体の方角はわかる。それに、サーニャが返事をしないことを考えると、おそらくは研究所周辺で戦闘が行われているはずだ。……まだ魔法使いたちが生きていれば。


(無事でいてくれ……!)


 焦りから地を蹴る足に力を入れすぎて、修復が追い付かないほど足を破壊してしまう。ほんの数秒、修復に速度を落としただけだが、それがまた焦りを生み、全力疾走できない歯がゆさが心臓を掻きむしる。


 だがそうして十数分近くも戦闘音を背に走り続けても一向に前方から戦闘音は聞こえてこない。土砂降りを透かして必死で周囲を見渡し続けているが、新しくできた戦闘痕らしきものも見つけられず、不安も焦りも募っていく。


 と、少年の足が止まった。


 息を切らして呆然としている彼の視線の先には見覚えのある建物があった。かつての洗練された姿を失ったほとんどのガラスが割れてしまっている建物。新月樹の侵食まで受け、痛ましい姿を雨に晒しているその建造物は、間違いない。ルナが目を覚ました建造物そのものだ。


 見つけたのはほとんど偶然。まさに僥倖であったが、しかしルナは自身が出てきたであろう4階付近の壁の穴を見つけても、そこへ行くことを逡巡していた。


 サーニャはまだ見つかっていない。今も命の危機に瀕しているかもしれない。


 だが、


(融合時間:残り30秒)


 時間は待たない。それにあの施設へも一刻も早く行かなければならない状況だ。


 ルナはギリッと歯を鳴らすと、4階の穴と飛び入った。


 入った場所は予想通りルナが意識を取り戻したあの場所で、壁の瓦礫が転がる暗い室内は、ルナが最後に見たときと違い、雨の侵入を許して床が水浸しになっていた。ルナが入っていたガラス張りのカプセルや床や天井に張り巡らされた配線は変わらず低い駆動音をあげており、整然と並べられた電子機器も静かな息遣いを響かせている。


 自分自身の寄る辺となるはずの場所だが、記憶のないルナには何も感じられるものはない。


 ルナの融合時間が終わり、狭い部屋に彼の体が崩れる音が木霊する。


 生身の体へ戻ったルナが、さてどうするかと息を細く吸ったとき、突然暗い部屋が光に包まれた。


「……ッ!」


 思わず目を庇いつつも、構える彼であったが、その光は壁面の大型ディスプレイが点灯したものだった。白い画面には青い文字でこう書かれている。


『Fusion with me!』


 その言葉の意味など問うまでもない。文字の下には大きな矢印とそれに示される大きなコンソール。


 ルナは少しだけ目を細めるとゆっくりとそのコンソールに歩み寄り、その右手を使いコンソールとの融合を試みた。


 魔法陣がコンソールを包み、彼の中へ取り込まれていく。バラバラになった部品が宙を舞い、やがてそれらが全て取り込まれたとき、彼の意識は真っ白な世界の中へと誘われていた。


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