先生はつらいよ

 猫 時間 キーボード 三千文字で


 ◆◆◆


 僕もそろそろ仕事に取りかからないと、全裸のまま浴室に行きシャワーを浴びる。

 髪の毛、早めに切っておけばよかった。元々癖っ毛だったから伸びてふわっとしてる。そして白髪もまばらに生えてしまった。35くらいから生えてきたが定期的に美容師の大輝くんに染めてもらっていたし、切り揃えてもらってた。

 だが今は安易に外は行けない。李仁は大輝くんを家に呼ぶかと連絡しようとしたが、他のお客さんもいる中で自分たちを優先的にという考えは良くないよね、と話し合いやめた。家から出ることもないし……しばらく。身嗜みには気をつけなくてもいい。少し無精髭が生えてきた。光脱毛の機械でたまに処理してそれでも生えてくるのは剃ってはいる。なんならこのまま髭を伸ばすのもいいかもしれない。


 とりあえず高校は七日まで休み、五日から準備で学校に行かなくては行けないから伸ばすか?やっぱやめておこう。似合わない。それに薄くなった髭は濃くはならない。


 下の毛は、定期的に李仁がトリミングしてくれている。少しは見た目も良くなっているだろう。昔の僕も普通の男ももっとボサボサ無法地帯なのに今ではきれいな芝生のようだ。李仁は全く生えてない。これもまた手入れを怠れば元どおりなんだろうな。

 でも今は時間がたっぷりあるからこないだすごく時間をかけてトリミングしてもらった。


 体をタオルで拭き取って保湿ジェルを塗り、ジャージに着替える。気持ちを切り替えて……。


 リビングの机の上に僕のタブレットとワイヤレスキーボード、電子ペンを置く。数年前から教員全員支給になったものだが、紙ベースのものは減り、ほとんど電子化された。便利になったものである。僕は整頓が苦手だから無くしはしないが(失くしたらクビである)部屋も汚いし、机の上も酷かった。今ではまとも。電子化様々。

 スマホでも連絡は取れるがタブレットでも教員同士で連絡取れる。


 ちなみに僕は今年、二年生の学年主任になった。昨年度は一年生の学年主任。そのまま持ち上がったわけで。昨年度の2年、3年の担当は今回のウイルスの件でひっちゃかめっちゃかだったろう。

 まぁ一年も授業のスケジュールめっちゃくちゃなんだがな。タブレットを開くだけでも気が滅入る。

 どうやっていくか、今度の2年担当の教員たちはまあまあ中堅だらけで固めてよかったとホッとするが、昔から可愛がっていた後輩の高橋は三年の担任を2年連続することになったようだ。昨年度、ようやく卒業生をなんとか送り出すことができて良かったのだが、まさかこんな事態になるとは思わず2年連続の配置、とても気の毒だがそれを乗り越えてこそ……だ。またフォローしてやろう。

 僕も9年前の震災の時、この地域は被害はなかったが色々と混乱はあったなぁと思い出す。


 ああ、なに過去のことを振り返っているのだ。今は前進しなくてはいけない。学年全体の授業の組み立て、方針、ある程度5日までに固めて会議に出す、でもこんな事態に狭い部屋で会議していいのか?マスクして、咳を離して、換気良くすればいいか。あーそこも考えなくてはいけない。

 しまった、会議する部屋も確保しなくては。他の学年のチームにとられてしまう。最悪体育館でも良いだろう。

 キーボードで二年生の担当の先生たちにメールを送るべく、文字をカタカタ打つ。あーでもない、こーでもない。

 文字打つのが面倒だ。李仁みたいに電話会議したほうがいいか?


 ん!そうだ……電話会議にしよう。この状況だからきっと校長もわかってくれるだろうし、提案すれば他の学年のチームたちもそうするだろう。

 よし、提案しよう。僕は校長宛に電話会議の申し出のメールを打つ。


 すると電話がかかってきた。ドリフのコント撤収の時の音楽。ヒッチャカメッチャカなイメージとあの後輩の高橋にぴったりだと思い設定していた。そして常に相談の連絡が来るから、というのもある。


『先輩ーっ!今いいですかぁ?』

 間の抜けた声は健在であり、元気であるということがわかって何よりである。もう少ししっかり喋れとは言って入るけど個性だと思って諦めてはいる。


「どうした?高橋。元気か?彩子さんと子供たちは」

『あ、元気でーす。先輩も李仁さんとラブラブですかぁ』

「ああ、ボチボチ。お前らも喧嘩してないか?」

『喧嘩して猫と一緒にベランダに出されましたー』

 ドSな彼の妻の彩子に案の定尻に惹かれている高橋だが、猫とベランダに出されたとは相当なことをしたのだろう、だが僕は仕事が立て込んでいるから早くして欲しいと思いスピーカーモードに切り替えながら手元はメールを打ち込みながら高橋の相談に乗る。


 やはり2年連続三年生の担任というのも大変だとか、先日送り出した卒業生に会いたいとか、卒業生の一部で就職するものが仕事が休みでどうすればいいかという連絡が来るとか、大学に進学した生徒たちの不安に対するケアとか……。



 僕じゃなくても良くなくない?その相談?とか思いながらも、一番慕ってくれる後輩だから見捨てるわけにも行かないし、所々猫の鳴き声がするし。なんだかんだ話を聞いてたら、電話先で彩子の声が聞こえて、部屋に入ったとのことで電話は切れた。



 その間にも校長からメールが返ってきて電話会議の件は申請が通ったものの、掃除があるのでやはり学校には行かなくてはいけないらしい。でも会議は各自家に帰ってから。手間がかかるな……。

 頭を抱えながら2年担当チームにメールをし、会議のレジュメを作り……




 ああああああっ!頭が割れそうである。しかもこれプラス担当している剣道部のことも考えなくてはいけない。誰か剣道部にヘルプア入ってくれえええ、それよりも剣道こそ環境良くない。始められるのだろうか。

 部員たちは体力作りは怠っていないだろうか。体鈍っているだろうな、外出もなかなかできないし。屋内でできる筋トレやストレッチのプリントは渡したが見てるか?どうなんだ?


 あー、それを主将や各学年のリーダーに連絡しなくては。ぬうううう。


 あ、一応この春休み期間は保護者からの電話受付は行ってない。ああ、それが救いだ。それまで受けていたら確実に、タヒっ!!


 あとなにやらなくちゃいけないんだ?あ、2年担当チームから続々とメールが返ってきてるぞ。会議の時間帯の希望も聞いたが、見事にみんなバラバラである。

 そりゃ家族いるものから実家暮らし、新婚もいる。もおおおおおおだと僕はキーボードを叩いてしまった。



 バーン!!!!



 あ、思った以上に強い力で叩いてしまった。慌てて押すが、反応しない。キーボードは僕が使いやすいようにと個人的に買ったものだったからよかったが、ないと不便だ。どうしよう……。


「ミナくん!大丈夫?すごい音がしたから……」

 部屋まで聞こえたの?僕は李仁の顔を見るなり涙が溢れてきた。


「李仁ぉおおおおお!」



 ◆◆◆



 僕は一旦仕事を休憩して、李仁に髪の毛を染めてもらっている。どうやら大輝くんから髪の毛の染め方を写真や動画で送ってもらったらしく、それを見ながら染めてくれた。やはり手先が器用な李仁だから手際いいや。染めてから髪の毛を切ってくれるらしい。


 染料がツンとするけど、なにも考えずにだらんとして座る時間も必要だ。

 途中で誰かからメールかかってきたけど

「でちゃダメ、今は休憩の時間よ」

 と怒られた。

 李仁がいてくれてよかった。ありがとう。李仁も大変なのに。

「お互い様よ」

「そうだね」


 こういう時間も幸せだと思った。

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