第四話

 一方、二階の客間ではウェンディとサンドリヨンがベッドに座って話をしていた。

 サンドリヨンは何に対しても素直だった。客間にはベッドが二脚備えられていたが、ウェンディが窓際に寝ると決めた時も素直に首を縦に振るだけ。すぐに自分の荷物を壁際のベッドの足元に移動させる。

 ウェンディは自分のベッドと決めた窓際のベッドに座ると、「まあ、隣におかけくださいな」とサンドリヨンに促した。

「とりあえずお話を聞かせて? なぜ不死になってしまったのか、心当たりはあるの?」

 ウェンディの質問はストレートだ。

「…………」

 サンドリヨンはしばらく考え込む様子だったが、やがて意を決したように顔を上げるとウェンディの質問に答えて言った。

「はい、あります」

「それはなんなのか教えて頂けます?」

「たぶん、ご覧いただいた方が早いと思います」

 そう言うと、サンドリヨンはベッドから立ち上がった。

 胸元のボタンを開き、白いワンピースをはだける。そのまま下着も脱いで全裸になると、サンドリヨンは静かに元のベッドの上にうつ伏せに寝そべった。

 ウェンディはさして驚いた様子を見せることもなく、その様子を見守るだけだ。

 明るい室内を静寂が支配する。

 つと、ウェンディはベッドの横に移動した。コツコツ……という小さな足音。

 その気配を察したのか、サンドリヨンは組んだ腕に頭を乗せたままウェンディに訊ねた。

「わかりますか?」

 それは、背中全面に施された大きなタトゥだった。

 複雑な魔法陣がサンドリヨンの白い背中に描かれている。

「ちょっと失礼」

 ウェンディは制服のポケットから取り出した白い手袋を両手にはめると、そのタトゥを両手で柔らかく調べ始めた。

「……治癒の魔法陣?……でも規模が大きいわね。それにマナソースの式が読めないわ……」

 呟きながらタトゥの外周を人差し指でなぞる。

「これは、戦時中に施されたものなのです」

 うつ伏せのまま、サンドリヨンがウェンディに言う。

「部隊に配属された時、全員がこの施術を施されました」

「……なるほど」

 ウェンディは人差し指をタトゥの内側に移動させた。

 ふと、その人差し指が止まる。

「?」

 ウェンディは今度はサンドリヨンの背中を斜めに横切るように人差し指を滑らせた。腰の左下から右肩の方へとゆっくりと移動していく。

「サンドリヨンさん、ひょっとして斬られましたか?」

「はい。背中から斬られました。私、怖がりだったので……」

 確かによくみると、白い傷跡が薄く盛り上がっていた。傷跡の周りの魔法陣が僅かに歪んだり、あるいはずれたりしていることがみて取れる。

「……これが、原因なのかも」

 ウェンディはつぶやいた。


 それからさらに一時間以上かけてウェンディは魔法陣を手帳に映し取り、特に傷の周辺は精密に筆写した。

「通常、魔法陣に傷が入ればその魔法は崩壊して、失敗(フィズル)するか、最悪暴走して跳ね返り(バックファイヤー)が起きるはずなの」

 筆写が終わってから、ようやくウェンディは再び口を開いた。

 その間、サンドリヨンは身じろぎもせずにじっとうつ伏せのままウェンディの邪魔にならないようにしていた。

 窓から見えていた太陽はいつのまにかに中天を超え、日の光の向きが変わっている。どうやら気づかないうちに時は昼を過ぎてしまったようだ。

 ウェンディは「ふう」とため息をつくとポケットから出したハンカチで額を拭った。これほどまでに集中して魔法陣を調べたのは久しぶりだ。

「申し訳ありませんが、これは私の手には余ります。私は詳細な記録を作りますので、ここから先はダベンポート様にお願いしましょう。ひょっとしたら魔法が元々想定していた方向とは微妙に違って働いているのかも知れない。この魔法陣は大型の治癒の魔法陣なんです。隣国の魔法陣ですから私にも細かいところまでは解析できませんでしたけど、おそらく治癒速度を加速するために工夫された魔法陣なのだと思います」

「はい」

 サンドリヨンはベッドから起き上がると、シーツで体の前を隠した。

「……確かに、心当たりがあります」

 サンドリヨンはベッドの上で頷いた。

「斬られた部分は軍の病院で縫ってもらったのですが、それ以来少し体調が変わった気がします。以前よりも寝なくても平気になりましたし、病気にもならなくなりました。怪我の治癒速度も異常に速くなっています。疲れることもなくなりました」

「サンドリヨンさんは偶然超人化しちゃったのね。これ、解明できれば軍が喜びそう」

 思わずウェンディがつぶやく。

「ええ。ですから、軍の研究所でも徹底的に調べられました。でも結局は何もわからなくて……」

「そして逃げ出して今に至る、と」

「はい」

「……これは厄介だわね」

 ウェンディは傍のスツールを引き寄せるとその上で膝を組んだ。

 膝の上で肘を突き、細い顎を手の甲に乗せる。

「ダベンポート様ならたぶん、この魔法陣を元に戻すことはできると思います。でも……」

「でも?」

 思わずサンドリヨンは身を乗り出した。

「でも、もし仮に完全に修復してしまったとしたら、今まで停滞していた時間がいきなり回り始めるかも知れません」

 ウェンディは無表情にサンドリヨンに告げた。

「最悪の場合、死よりも悲惨なことになる可能性があります」

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