【第四巻:事前公開中】魔法で人は殺せない20
蒲生 竜哉
死なないシンデレラ
その女性は徒歩で魔法院にまでやってきた。聞けば今まで身を寄せていた孤児院が閉鎖されることになったため、魔法院に引き取られたのだという。しかし、なぜ魔法院が登場してくるのか? そして彼女の秘密とは?
第一話
ある初夏の日曜日。
曇天の多い王国にしては珍しく、その日は雲一つない快晴だった。
青い空が目に鮮やかだ。
そこでダベンポートはリリィに少々のお小遣いとおやすみを与えることにした。
『よろしいんですか』
『もちろんだとも。今日は年に何回もない好天になりそうだ。ここはひとつ、セントラルの散策でも楽しむといいんじゃないかな』
そういう訳でリリィは朝からセントラルに出かけ、その間ダベンポートは家で新聞を片手にのんびりと過ごしていた。
リリィは今頃セントラルを楽しくそぞろ歩いていることだろう。
(さて、今日リリィはどんなお茶を買ってくるんだろうな。リリィのことだ。また面白いお茶を見つけてくるに違いない)
ぼんやりと新聞のクロスワードパズルを眺めながら、リビングのソファに横になる。
トントントン。
と、ダベンポートは礼儀正しくドアノッカーが叩かれたことに気がついた。
(なんだろう、こんな日曜日の午後に)
ダベンポートはソファから起き上がると
「どなたですか?」
と訊ねながら玄関へと向かった。
『こちらはダベンポート様のお宅でしょうか?』
ドア越しに聞こえたのは女性の声だった。
だがその声はか細く、どうにも聞き取りにくい。耳を澄まさないと聞き取れないほどだ。
「そうですが、どちらさまで」
用心深く、ドア越しに会話する。
『私はサンドリヨンと申します。魔法院の言いつけに従ってこちらに参りました』
ようやく、ダベンポートはドアを開けた。
「魔法院の大きな受付で用件を申したところ、受付の人がダベンポート様を訪ねろと……」
¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨
ダベンポートはとりあえずサンドリヨンを玄関脇の応接室に通すと、腰を下ろすように椅子を勧めた。
「本当はお茶をお出ししたいところなんだが、その、うちのメイドが今日は留守にしていてね」
「いえ、お気遣いなく」
サンドリヨンは若くみえた。
歳の頃は三十歳前後、地味だが上品な顔立ちと少々古臭い服装。かたわらにはそれまで下げていた大きなトランクが置かれている。
だが、純白の彼女の服装はなぜか今のファッションからは浮いて見えた。ただの白いワンピースなのだが、どこかデザインが古めかしい。一世代、いや、ひょっとしたらもっと古いデザインかも知れない。
それに彼女の言葉遣いもどこか古風だった。今時の言葉ではない。たまに古い言葉が混じるのはなぜなのだろう?
「それで、僕に御用とは?」
「私の身体を治して欲しいのです」
彼女は魔法院の書状を差し出した。
ダベンポートも見たことのない形式だ。グレーの羊皮紙に黒い封蝋。いつもなら封蝋は赤く、紙はベージュ色だ。こんな命令書みたことがない。
「ふむ」
ダベンポートはポケットナイフで封を切ると書状を開いてみた。
「【極秘】この女性の身体的特徴を明らかにし、必要な場合には適切な治療を施されたい。ただし、それが叶わない場合には可及的速やかに殺害するべし」
とある。
殺害せよ? それはまた物騒な。
実のところ、殺害命令自身は別段珍しいものではない。最近では久しくみなくなったが、元を質せば暗殺にしても魔法院の任務の一部だ。
しかし、治療と殺害を同時に命令しているこの内容は矛盾に満ちていた。
しかもその対象人物を特に拘束することなく、勝手に歩かせてダベンポートのところに寄越している。
一体、魔法院は何を考えているのだろう?
「……どうにもよくわかりませんなあ」
ひとしきり考え込んだのち、ダベンポートはサンドリヨンの顔を見つめた。
「あなたはこの書状の内容をご存知なのですか?」
「はい。存じております。そもそも私がお願いしたことなのですから」
サンドリヨンは頷いた。
と、ふいに彼女はハンドバッグを開くと何か細長いものを取り出した。
「サンドリヨンさん、何を……」
「いえ、説明するよりは見て頂いた方が早いかと思いまして」
彼女が取り出したのは隣国のスタイルの細身のナイフだった。
そのナイフを開き、いきなり鋭い刃を白い腕に深く突き立てる。
あっけに取られたダベンポートにはそれを止める暇すらなかった。
「……これが、治療して頂きたい私の『身体的特徴』、です……」
ナイフが深く刺さるにつれ、サンドリヨンが小さな苦痛の声をあげる。
「クゥッ」
「サンドリヨンさん、あなたが何をしようとしているのかは判らないが、とりあえずナイフを抜いてください。すぐに治療の呪文を……」
驚いたダベンポートが腰を浮かす。
しかしサンドリヨンは
「……いえ、それには及びません」
とナイフの刺さった片手でダベンポートを制した。
ナイフはサンドリヨンの細い腕を貫通しそうなほど深く刺さっている。
ふと、ダベンポートはその腕からは一滴の血液も流れ出ていないことに気がついた。
「……お分かり、いただけましたか?」
サンドリヨンはそう言うと自らナイフを細い腕から引き抜いた。
みるまに傷口が塞がっていく。まるで手品を見ているかのようだ。
めったに驚くことのないダベンポートだが、さすがにこれには驚愕した。
「…………」
一瞬、二人の間に静寂が充満する。
「……魔法院の書状にあった『身体的特徴』とはそのことですか?」
しばらく沈黙したのち、ダベンポートはサンドリヨンに訊ねた。
「はい」
サンドリヨンが深くうなずく。
「今ご覧になった通り、何をしても私は傷つきません。病気にもなりませんし、歳もとりません」
サンドリヨンは再び椅子に座った。
「どうか魔法院のお力で私の時間を返してはいただけないでしょうか? 今までは孤児院の世話をして無聊の時を過ごしていましたが、私も少し、生きるのに飽きました。ですから、もし治療が叶わないのであれば……」
一瞬、口を噤む。
「私を殺して欲しいのです」
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