第52話 水族館 中編

「「いっただきまーす」」


 水族館内の休憩スペースにて、昼食をとる俺と夏織ちゃん。

 持ってきた弁当を広げて、箸を伸ばす。


 中身はもちろん、夏織ちゃんのお手製だ。


「夏織ちゃん、朝起きるの早くなったよね」

「そうだねー。自分でもびっくり」

「……無理したりしてない?」

「してないしてない! 本当にパッと目が覚めちゃうんだから。早く孝太くんに会いたいからかな?」


 そう言って唐揚げをほうばる夏織ちゃん。

 穏やかに笑っており、冗談で言っている感じではない。


 そんなまっすぐな微笑みをくらい、俺は目線を弁当に移す。

 多分、赤面して。


 ……そんなこと、冗談なしに言われたら嬉しいに決まってるじゃんか。

 いや、冗談で言われても嬉しいけど。


 俺が弁当とにらめっこをしながらグリーンピースをもそもそと食べていると、「あ! そうだ!」という夏織ちゃんの声に驚かされる。


「ここのイルカショー、お昼後に何回かあるはずだよ」

「おお、イルカショー! 見たい!」

「うん、行こ! あ、ちょうど十五分後にあるみたい! そこに出てる看板に書いてある」

「そうなの?! じゃあ行こう!」

「うん!」


 お弁当を食べ終えて、ショーの会場へと向かう。


「夏織ちゃん、お弁当美味しかったよ。ごちそうさまでした」

「うん。お粗末様でした」



 ◇◇◇



 昼食を終えた足で、そのままイルカショーの会場に向かうと結構なお客さんで客席はほぼ埋まっていた。


「うわあ、結構人いるね」

「土曜日だし、子供連れの人も結構多いみたいだね」

「なるほど。うーん、どこかに会いてる席はー……」


 客席上段の通路から客席を見渡し、二人が並んで座れるスペースを探す。


「あ! 孝太くん、あそこ。下の方に会いてるところあるよ!」


 夏織ちゃんが指差す通り前列の方をみると、確かに大人二人でも座れそうな開きがあるベンチを見つけることができた。


「本当だ! よかった!」


 けど、二人分とまではいかなくても、その周りには他にもちらほらと空きがあった。

 上の方はぎっしり埋まってるのに。なんでだろ?


 けど、もう開始時刻は迫ってきている。

 俺の疑問をよそに、「ほら、行こ」と言って夏織ちゃんに手を引かれて空き席へ向かう。


 ……手を繋いだの、初めてかも。


 開始まで時間がない焦りが吊り橋効果のような役割を果たしたのか、夏織ちゃんが俺の手を握る力で鼓動が早まるのがわかった。


 しかし、ロマンチックな雰囲気に浸る間もなく、会場のスピーカーから大きな声が拡散される。


『皆さーん! こーんにーちはー!』


「わ、始まったね!」

「うん、本当ギリギリだったね」


『それでは早速、今日の主役達に登場してもらいましょー!!』


 ステージ中央に立つ女性のその一声でそういうと、隣のプールからたくさんのイルカがトレーナーを乗せてメインプールに入ってくる。


 客席からは拍手が巻き起こり、俺と夏織ちゃんもその一員となる。


「すごーい!」

「え、イルカって乗れるの?! うわ、すご!」


 ……俺の方が興奮してるかもしれない。

 けど、イルカのショーなんて見た記憶がないので許してほしい。



 その後も夏織ちゃん以上にはしゃぎながらショーを楽しんだ。


 イルカが見事なジャンプをしてくれたり、トレーナーの投げた輪っかをジャンプしてキャッチしてくれる度に会場は盛り上がり、俺と夏織ちゃんは笑って顔を見合わせた。



 おそらくショーのメインイベントの一つであろう、複数のイルカの同時ジャンプ。

 アップテンポなBGMも合間って、見事な連携に客席は大盛り上がり。


 ひときわ大きな拍手が会場を包む。


『皆さーん! 楽しんでいただけてますかー?』


 再び司会の女の人がステージ中央で話し始めると、俺の隣に座る人がなにやらいそいそとしだした。


 ……なんだろう?

 気がつくと、周りの人は皆それぞれのカバンに手を突っ込み、ごそごそと何かを探している。


『それでは続きまして、イルカによる水かけパフォーマンスでーす!』


 え? 水かけ?

 誰に? イルカ同士で? それともトレーナーに?


 その答えは、俺の隣の人や周りの人が取り出したポンチョが教えてくれた。


 ……まさか、客席こっちに?


 なるほど、どうりで前列の方が空いてるわけだ……。


『今からイルカ達が皆さんの前まで行き、水をかけてくれまーす! お手荷物にご注意くださーい!』


「夏織ちゃん、どうする? 水かけられるって!」

「うん、そうだよ?」

「え、知ってたの?」

「うん。けど、ここは最前列じゃないし、前来た時はそんなに飛ばなかったから大丈夫だよ……多分」

「そっか……」

「ほら、来たよ!」


 そうこう話しをしているうちに客席前まできたイルカは、器用に尾びれで水を客席まで飛ばしながら泳ぎだした。


「ね。ここの高さまでは来ないでしょ?」

「本当だ、よかったー。しかし、器用にやるなー。あんなことしながら泳ぐなんて」

「ねー。本当に賢いよねー」

「逆にガラスにぶつかっても、ちょっとドジっ子っぽくて可愛いけどね」

「えー? そうー?」


 いや、本気で思ってたわけじゃない。

 もちろんジョークだ。


 けれど、もしかしたらイルカに聞かれていたのかな。


 ——バシャーーン!



 俺の上半身を水しぶきが襲った。


「孝太くん大丈夫?!」

「……あ、夏織ちゃんはかからなかったんだね。よかった。まさかちょうど俺のところでクリティカルヒットするなんて、ついてないなあ……」


 幸いなことに前の列の人がしていた傘でカバンとズボンはほぼ濡れなかったが、上の服はびしょびしょになってしまった。


「大丈夫? 寒くない?」

「うん、大丈夫だよ、ありがとう」


『それではフィナーレです! 皆さん手拍子をしてイルカ達を応援してあげてくださーい!』


 客席が拍手に包まれる中、俺の両手はシャツの端を絞っていた。

 そして夏織ちゃんはハンカチで俺の顔や体を拭いてくれた。


 ……今後、イルカに冗談を言うのはやめよう。

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