第41話 ずっと待ってた 前編

 夏織ちゃんが最後の勝負に勝った方が勝ちルールを持ち出してくれた翌日の朝。

 まるでバラエティ番組だけど、俺が勝ったら何やら”いい物”を見してくれるらしい。


 かっこ悪いかもしれないけど、なりふり構ってもいられない。

 俺としてはヒントになりそうなものはなんでも手に入れておきたいから。


 今日はランニングシュートとかの練習もなく、いきなり一対一からスタートする。


 今日も俺の先行で開始だ。



「昨日も言ったけど、今日勝った方が勝ちだからね! 気合い入れてよ!」


「うん、わかってる!」


「今日は初っ端から本気の顔だね。いい顔してる!」


 昨日とは違う顔をしているのか、夏織ちゃんがそう言う。

 それはそうだろう、何せ心持ちが昨日とはまるで違うからだ。


 初めて見つけた手がかりを手に入れ損ねるわけにはいかないからな。


「そういう夏織ちゃんもやる気満々の顔だけど?」


「私だって負けるつもりはさらさらないもん。真剣勝負を楽しんでるだけかな」


 真剣勝負……望むところ!


 夏織ちゃんは両手に持っているボールを手のひらの内でくるっと一回転させ、俺にボールを出す。



 ゲームスタート。


 俺はいつも通り右手でドリブルを始める。


 そしてここからの攻め方も実は頭に入っている。

 夏織ちゃんの攻略方法を見つけたからだ。


 昨日の敗北から学んだ唯一のこと。


 夏織ちゃん、やっぱりブランクがあるからなのか、俊敏性では俺の方が勝っているようなのだ。

 昨日のチェンジオブペースにまではついてこれなかったのがその証拠。


 よって、今日は難易度が少し上がるレッグスルーとかは無し。

 チェンジオブペースとフロントチェンジでひたすら揺さぶる!


 なんども緩急をかけて”行くぞ行くぞ”と仕掛けるも、俺とゴールの間に入って付かず離れず良いディフェンスをする夏織ちゃん。


「焦らすなあ」


 夏織ちゃんはニヤリと笑いながらそう言うも、顔からは少し余裕が消えてるようだ。


 これならいける!



 ここでさらに攻める。

 フロントで手を入れ替えながら数往復強くドリブルをする。


 すると、夏織ちゃんの表情から余裕が消えて顔が左右に動くようになってきた。


 今だ!


 右に行くと見せかけて、左に大きく切り返し。


 バランスを崩した夏織ちゃんを置き去りにする!


 そしてランニングシュートを……決めた!


「ようし!!」


 両手でガッツポーズを自然につくってしまう。


 俺の後を追ってきていた夏織ちゃんは「くそー」と悔しがっている。



 よしよしよし!

 長期戦だったけど、なんとか先制点を取った!



 ボールを手に取り、夏織ちゃんの元へ向かう。


「次俺が止めたら俺の勝ちだね」


「……”止めたら”、でしょ? 止められるかな?」


 並んで開始地点に戻る俺たち。


 夏織ちゃんは少し息が上がってるみたいだけど「いつでもカモン!」とボールを要求する。


「じゃあ、行くよ!」


 ボールを夏織ちゃんにパスして、夏織ちゃんの番スタート。



 昨日と一昨日はロングシュートの構えから入ったけど、今日はすぐにドリブルに入る。


 ……今日はこっちで勝負ってことか。


 夏織ちゃんは顔や肩の動きでしきりにフェイクを入れながら、迫ってくる。


 ……どこで仕掛けてくる?


 しきりに夏織ちゃんの足を観察すると、前に大きく踏み出してきた。


 でも直線的な動きなら俺もついていけるどこかで緩急や切り返しをしてくると思うんだけど。



 案の定フェイントのために急停止急発進をしようとした夏織ちゃんだったが、急に鬼気迫る短い声を上げる。



「あっ!」



 足がもつれたのか、夏織ちゃんは体勢を崩して進行方向に倒れそうになっている。



 ……って、進行方向ってこっちじゃないか!



「夏織ちゃん! 危ない!」


 とっさに倒れそうな夏織ちゃんの前に体を入れると、俺の胸に夏織ちゃんがすっぽりと収まった。



 ボールは転々としている。




「どうやら、俺の勝ちってことで良いかな?」


「……悔しいけど、そうみたい」


「じゃあ俺の勝ちだね」


「うん……おめでと」




 なんとか初めての勝利を収めて、三ポイントゲット。

 三対二で、俺の逆転勝ちだ。


 しかも、不慮の事故とはいえ、夏織ちゃんが今俺の腕の中に……。

 これは大勝利。



 ……しかし、夏織ちゃんも離れていかないな。

 普通なら、”もう大丈夫”とか言って立ち上がりそうなものだけど。


 いや、嫌ってわけじゃないから良いんだけど。

 こんな公園のど真ん中で、誰かに見られたらちょっと恥ずかしいなーって。


 ……周り、誰もいないよな?


 周りの目が気になりだしキョロキョロと目だけ動かして警戒していると、「孝太くん、本当に大きくなったね」と夏織ちゃんが呟いた。


「そりゃあ十年経ったからね」


「うん、そうだね。長かったなあ」


「え? 長かった、ってどう言うこと?」


「私、ずっと待ってたんだから」


 俺の腕の中の夏織ちゃんはどこかしおらしく、いつもの元気一杯の様子とはだいぶ違う。

 よくは見えないけど顔も赤く、目を少し潤ませているみたい。



 そんな夏織ちゃんを突き放すわけにもいかず。

 周りの目など気にならなくなった俺は、少しぎゅっと夏織ちゃんを抱きしめた。

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