第40話 明日勝ったら三ポイント 後編
今日の朝練も残り時間はあとちょっと。
最後に夏織ちゃんとの一対一が行われる。
……今日こそは勝って終わるぞ!
俺は開始地点に立ち、両手を握り合わせて手首をぐるぐる回す。
夏織ちゃんは相変わらずのキラキラした目で、ボールを持って俺の準備を待っている。
「よしこい!」
俺のその言葉で夏織ちゃんの表情が、ご飯を待たされているワンコのものから、獲物を狙う狼のようなものに変わる(どちらも可愛い)。
夏織ちゃんが引き締まった目つきのまま無言で俺にバウンズパスでボールを渡し、俺はそれを受け取る。
ゲームスタート!
まず。
ボールを受け取った流れですぐに右手でのドリブルを始め、夏織ちゃんとの距離を縮める。
すると、夏織ちゃんは腰を下ろした姿勢で、俺とある程度の距離を維持する。
ここまでは昨日と同じ運びだ。
しかし、それは狙ってやっている。
昨日はここからレッグスルーを試みて、無残に失敗してしまったわけだが。
今日は同じ失敗はしない!
なぜなら昨日の部活内で空き時間さえあればずっとレッグスルーの練習をしてたからだ。
他の部員からの目にも憚られずに。
今度こそ、これで夏織ちゃんを抜き去ってみせる!
始めにゆっくりとしたドリブルから、右にドライブ!
夏織ちゃんも予想通りついてくる。
ここで左にレッグスルーが……決まった!
練習の甲斐があった!
これで夏織ちゃんを置き去りに……って、あれ?
バッチリついてきてますな。
夏織ちゃんは”お見通しだよ”って顔でこちらを見ている。余裕ありそうだ。
さすが夏織ちゃん。
予想外だけど、まだボールは俺の手にある。
次はチェンジオブペースで縦にゆさぶってやる!
レッグスルーで一旦落ち着いた流れに、再び緩急をつけて夏織ちゃんを揺さぶる。
すると、夏織ちゃんが少しバランスを崩す。
好機到来!
一気にペースを上げて夏織ちゃんの脇を抜けることに成功した!
よし! アドリブだったけどなんとかうまくいった!
ゴールに向かってドリブルをする俺。
遮るものは何もなし。
……ふう。
なんとか先制はできたな。
これで次の夏織ちゃんのオフェンスを凌げば俺の勝ちだ!
——なんて取らぬ狸の皮算用が行けなかったのか。
『ガンっ』
「いっ?!」
俺の放ったレイアップは、まさかまさかリングに弾き飛ばされた。
リバウンドは夏織ちゃんがキャッチし、俺のターン終了。
「うっそだろ! レイアップ外すとか!!」
本当にこれは信じられない。
今日どころか、ここ最近外した記憶もないシュートを、ここで外すとは……。
「ドンマイドンマイ! NBA選手でも外すときは外すんだから」
その場で大きくうなだれる俺の肩にぽんと手をつき励ましてくれる夏織ちゃん。
「さ! 次は孝太くんディフェンスね」
失敗をもろに引きずりながら、差し出されたボールを受け取る。
これを取られたら、また俺の負け……。
……いやいやいや、まだ決まったわけじゃない!
ここを止めればまだもう一回りある!
止めてやる!
意を決して夏織ちゃんにボールをパスする。
集中だ、集中。
昨日はここで油断してロングシュートを打たれたからな。
けど、まあまさか二日連続で不意打ちはないだろう。
しかし、それは俺の勝手な予想で。
夏織ちゃんはまたもその場からシュートの構えをとりだした。
「まじかっ!」
急いで夏織ちゃんとの距離を詰める俺。
ブロックしないとまた俺の負け……!
昨日のシュートの残像に踊らされた俺は、夏織ちゃんの思うがままだったのだろう。
シュートフォームからドリブルに移り、あっさりと俺をかわしていった。
「うわ……」
その場に立ち尽くし、空を見上げる俺。
ゴールの方は見ずに、ボールがリングネットを通り抜ける音で敗北を知る。
「やったー! 今日も私勝ちね! 孝太くん、あっさりフェイントに引っかかっちゃうんだからー」
夏織ちゃんは今日も嬉しそうだ。
でもなぜか、昨日ほど俺は楽しさを感じられない。
「本当にね。今日は全然ダメだったよ」
それでも、夏織ちゃんとせっかく遊べてるんだ。
しおれた顔を見せるわけにも行かないので、精一杯の愛想笑いを見せる。
……けど、今日は本当にダメだったな。
そもそもレイアップを外す時点で集中できてないってことだろうし。
夏織ちゃんのフェイントだって、シューター相手なら頭に入れてなきゃいけないことだ。
しかも、夏織ちゃんとの時間も心から楽しめなかった。
うーん、気が散ってたってことなのかなあ。なんでだろ。
今日の不甲斐なさに自分でも不思議に思っていると、夏織ちゃんがつかつかとこちらに向かってくる。
「ねえ、今日の孝太くんなんか変だよ? 何かあったの?」
思い切りこちらに顔を近づけて俺に質問をする夏織ちゃん。
その心配そうな表情に、昨日の記憶が再び呼び起こされた。
——ああ。もしかして、これが気になってるのか? 俺は。
きっとそうだ。昨日からずっと気になってたことだ。
でも、原因に見当がついたものの、これを夏織ちゃんに今聞くのは違う気がする。
俺は「なんでもないよ」と再び笑顔を作ると、夏織ちゃんは「うーん、そうなの?」とまだ心配してくれる。
俺が黙って頷くと、「うーん」と言ってトボトボと俺から離れていく。
正直、正解なんてわからない。
けど、今はまだ聞けない。俺が思い出したいから。
心の中で”ごめん”と夏織ちゃんに謝る。
すると、夏織ちゃんが振り返りこちらに詰め寄ってきた。
顔は、少し明るさを取り戻している。
……いったい何が?
「孝太くんのやる気を取り戻すために、明日は特別ルールを設けます!」
「……はい?」
「明日勝ったら三ポイントです! 昨日と今日で私が二ポイント先取したのに、明日孝太くんが勝ったら逆転されちゃうな〜。なんてルールだこりゃ!」
……作ったのも言ってるのも夏織ちゃんだけど。
「それで、ポイントが多いとどうなるの?」
「”いい物”を孝太くんに見せてあげます!」
「……”いい物”って?」
「前に肩たたき券を選んだでしょ? あれの残りのこと! しかも二つ見せちゃいます!」
「ああ、確か残りは”し” と ”て”だっけ?」
「そう! どっちもまた昔の孝太くん絡みのものだからねー。懐かしいと思うんだ。どう? 見たいでしょ?」
……”昔の”?
昔の俺が夏織ちゃんにあげたもの、か。
もしかして、一番求めているものが、そこにあるかもしれない。
昔の俺と夏織ちゃんを結ぶもの。
取りつく島が何もない今の俺には、もってこいのチャンスじゃないか!
「その勝負、乗った!」
俺の宣言に、夏織ちゃんも不敵に笑う。
「やっといい顔になったね! じゃ、明日を楽しみにしとくね!」
「うん!」
久しぶりに夏織ちゃんと二人で目を合わせて笑いあった。
やっと。
やっと、あの記憶の正体がわかるヒントを手に入れられるかもしれない。
そう思い久しぶりに明るい気持ちを取り戻した俺は、夏織ちゃんと二人の家に戻っていった。
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