第38話 フラッシュバック
「ただいまー」
学校が終わり、夏織ちゃんが待ってる家に帰ってくる。
この家に引っ越してくるまでは、授業と部活が終わって学校から帰ってくると一日が終わった気になってたけど、今の俺は違う。
夏織ちゃんと過ごせるこれからの時間が、一日のメインイベントなのだ。
夏織ちゃんに会える高揚感と夕食への好奇心で、廊下を進む俺の足取りも軽い。
「ただいまー!」
「ああ、おかえり!」
夏織ちゃんはいつも通りのスタイルで晩御飯を作ってくれていた。
ただ、いつもと違う点が一点。
いつもついていないテレビが点いており、バスケの海外プロリーグの試合が流れていた。
俺がバスケを始めて、試合を見始めた頃の選手だ。
だから、三、四年前のものかな?
「え、これどうしたの?! ちょっと昔のやつだね」
「孝太くんも知ってるんだ! そうだよー、会社の後輩もバスケやってる子がいて、今日帰りにDVD借りてきたの。やっぱプロはすごいよねー。コートがすごくちっちゃく見えるし、スピード感も全然違う!」
俺もテレビに目をやりながら「ほんとだねー」と返事をする。
夏織ちゃん、今朝の練習でバスケ熱に火がついたのかな?
俺がこの家に来てからテレビでバラエティとかニュース番組は見てたけど、スポーツを見てるのは初めてだ。
……お。そうだ。
バスケを見てるなら都合がいいな。
そう。
今朝のロングシュートを決められてからずっと夏織ちゃんに聞きたいことがある。
「夏織ちゃん、聞きたいことがあるんだけど……」
「はーい、話ならご飯食べながら聞きまーす。お皿を運んでくださーい」
俺の興味をひらりとかわしながら完成した料理をカウンターに並べていく夏織ちゃん。
まあ、せっかく作ってくれた料理を冷まさせるわけにも行かない。
止む無く「はーい」と返事をした俺は、カウンターに置かれたお皿をテーブルへとリレーしていく。
今日は……随分ヘルシーだな。
豆腐やらの大豆製品と鶏肉が目立つ。
「今日は良質なタンパク質を意識してみましたー! まあ、運動が朝だし、今とったところでってのはあるんだけど。私の自己満足だから、許してね」
夏織ちゃん、結構ノリノリだ。
まさか、食事のメニューにも影響を及ぼすとは……。
想定よりもバスケにのめり込んでくれてるみたいだ。
この瞬間。
俺はこれまでの人生で一番バスケットをやっていて良かったと思っていた。
昔の俺、ナイスジャッジ!
「お手伝いありがとう! それじゃあ食べましょ!」
「「いただきまーす」」
俺たちはそれぞれの気の向くままに箸を伸ばしていく。
「……今日も美味しいなあ」
「そお? それなら良かった」
美味しいご飯と華やかな笑顔が疲れた体を満たしていく。
これが最近の俺の最大のエネルギー源だ。
しかし、今日はそれだけでは終わらない。
続いて俺の好奇心も満たすべく、夏織ちゃんに質問をする。
「夏織ちゃんさ。バスケやってたって言ってたけど、めちゃくちゃうまいよね? 強豪とかにいたの?」
夏織ちゃんは俺の質問を受けると、箸を止め目を輝かせてこちらをくわっと見る。
「やっぱり?! わかっちゃう?! そっかー、私もまだ捨てたもんじゃないってことだなー、うんうん」
……全然答えになってない。
ただただ褒められて嬉しそうである。可愛いからいいんだけど。
それでも質問への回答も欲しいので、目の前ではしゃぐ女性をじいっと見ていると、それに気付いたのか「おお」とようやく返答をくれる。
「学校自体は強豪って感じじゃなかったよ。でも私、中学の頃は県代表に選ばれたこともあるし、高校にプロチームのスカウトさんが来てくれたこともあるの!」
……わお。
なんじゃあそりゃあ。
どうりで上手いわけだ。
「スカウトって……すごすぎる」
「でも、そのチームが遠い場所のチームだったから、断っちゃった。あの時期は……その、いろいろバタバタしてたし」
スカウトを断った話になり一瞬、夏織ちゃんの顔から笑顔も明るさも消える。
全ての色が抜け落ちたような、物憂げな表情。
「……夏織ちゃん、大丈夫?」
「……あ。ああ、大丈夫! ごめんね。それから大学でもバスケ部に入ってたし、会社にも幸運なことにバスケ部があって! 実はずっと続けてたんだよねー」
夏織ちゃんの顔に笑顔と生気が戻り、いつもの調子で話し始める。
なんだ、今の表情は。初めて見るぞ。
……心配だ。
けれど、その様子が空元気にも見えてしまったのであまり突っ込まずに、夏織ちゃんの作った流れに乗っていこうと俺も明るく続く。
「へー! 会社にも部活とかってあるんだ」
「まあ会社によるとは思うけどね。うちは部活も愛好会とかもあるよ!」
「でも、部活っていつ行ってる? 俺が引っ越してきてから行ってるところ見たことないと思うんだけど……」
「そりゃそうよ。行ってないもの」
「え? どうして? まさか、俺のせい?!」
「うーん、どうだろう? 内緒にしとこうかなー」
「そんなあ、気になるじゃん!」
それからは、こんな楽しい雰囲気で食事を終えた。
風呂上がりも借りてきたDVDを見ながら「今のパスどうなってるの?!」「すごいジャンプ! 私もダンクしたーい!」と二人で盛り上がった。
そして、寝支度を済ませた後、「明日も朝練しようね」と言ってお互いの部屋に入った。
自分の部屋の窓を開け、入ってくる夜風に顔を当てる。
はあああ。
昨日、朝のバスケに誘って本当によかったなあ。
いつもの朝は夏織ちゃんは起きてこないから、一日一夏織だったのに。
今日は一日二夏織だった。
本当に楽しい一日だったし、夜の夏織ちゃんの様子を見ても楽しんでいるのが俺だけじゃないってわかる。
この調子で夏織ちゃんと一緒に楽しいことをいっぱいしていこう。
今日一日の大きな一歩に満足しながら、ベッドに飛び乗る。
ただ。
いい一日だったのは間違い無いのだが……。
あの時の一瞬の沈んだ顔が頭から離れない。
……いろいろ、か。
その頃なら、俺が駄菓子屋に通ってた頃だと思うけど、何かあったかな……。
目を瞑り昔のことを思い出そうすると、ふとある光景がフラッシュバックする。
——これは。
——昔の夏織ちゃん?
——なんで、そんなに泣いてるの?
両手で顔を覆い、大粒の涙を流している夏織ちゃんの姿が思い起こされ、すぐに消えてしまう。
今のは、俺の記憶……だよな?
何か大事なことを忘れてる気がしてならないが、今日はそれ以上のことは思い出せなかった。
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