第37話 お昼

「はーい、それじゃあ終わりまーす」

「起立! 礼!」


 ——ザワザワ。



 午前最後の授業が終わると、生徒はそれぞれの昼食を持ってそれぞれのグループを形成する。


 かくいう俺も、弁当を持って同じクラスのバスケ部連中と食べるため机を動かして島を作る。


「はー。やっと終わったなー」

「ああ。さっきの授業ちょっと寝ちまったよ」

「お前はいっつも寝てんなあ。少しは孝太を見習えよ」

「……俺も寝てたよ」

「うっそ! あの孝太が寝るなんて珍しい。何かあったのか?」

「別に、なんもないよ。俺だって寝るときくらいあるって」


 嘘です。ありました。

 初めて好きな人と二人で遊びました。


 その反動なのだろうか。

 初めて学校の授業中に寝てしまった。


 おかしいな、いつもだって朝練で動いてるはずなんだけど……。


 やっぱり生活のリズムになってる朝練と、初体験の朝デートでは消費エネルギーも桁違いなのだろう。


 恋人がいる連中は日頃からこんなに体力を消耗しながら生きているのか……。

 初めてカップル達を尊敬する。


「高木は?」

「今日も購買だろ? じゃあ、先に食べちまうぜー。腹減ったぜ」

「ああ、そうしよう」


 みんなに続いて弁当箱を開ける。


「「いっただきまーす」」


 そういえば、今日のお弁当は夏織ちゃんが詰めてくれたんだった。

 中身、何かなあ。


 おそらく大体昨日のおかずだろうけど、夏織ちゃんが詰めてくれたってだけで一味もふた味も違うからな。


 顔に出ない程度にニヤニヤしながら弁当を開ける。


 すると、懐かしいものが目に入る。


 俺が小学生くらいの頃、弁当箱によく出没した動物達だ。

 久しぶりに見たなあ、何年ぶりだろう。

 昔はよく母さんが入れてくれたなあ。


 俺が懐かしいものを見てセンチメンタルになっていると、雰囲気をぶち壊す大きな声で強引に我に返らされる。


「なんだ孝太! 今日は随分かわいい弁当だな!」


 購買帰りの修斗の奇襲だ。

 どうやら後ろから覗かれたようだ。


「おい、修斗! 脅かすなよ!」

「”うさぎ”と”タコさん”が入ってるじゃねーか。懐かしいな」


 そう、お弁当の中にいたのは”うさぎのりんご”と”タコさんウィンナー”だ。

 夏織ちゃんが朝入れてくれたんだろう。


 朝早く起きてくれた上に、こんな一手間も仕込んでくれてたとは……。

 嬉しくて飛び跳ねたい気分だ。


 ……周りにこいつらがいなければ。


 ここで夏織ちゃんのお弁当をいじられようもんなら、俺は何するかわからんぞ。

 お前ら、口には気をつけろよ……。


 なんて俺の考えはあっさりと杞憂に終わる。


「いいなー。うちも運動会とか遠足の時は弁当にたくさん入れてくれてたなー」

「サッカーボールのおにぎりとかなかった?」

「あったあった! うーわ、懐かし」

「孝太の母さんは今でもやってくれるんだなー。優しいなー」


 そう、優しいんだよ。

 母さんじゃないけどな。


 みんなの関心は、思ったより薄かった。


 ふう。

 ……いじられなくてよかった。


 まあ、人の弁当になんてそこまで関心はないよな。普通。

 意識してるのは当事者だけってパターンだ。


 おかげで思う存分夏織ちゃんのお弁当を満喫できた。


 当然、りんごとウィンナーは最後に食べた。


 夏織ちゃん、ごちそうさまでした。

 そして明日は絶対に勝ちます。



 ◇◇◇



『キーンコーンカーンコーン』


 ……ふう。午前の時間内になんとか終わった。


 このタイミングチャート、イケてないなあ。

 フローチャートと作った時期も人も違うからかなあ。


 ちゃんと引き継いで欲しいもんね。全く。


 けど、なんとか午前中に修正し終わったー!

 これで美味しい昼ごはんが食べられる!


 食堂に行く前に、自分のデスク周りを少し片付ける。

 そして腕を真上に上げて大きく伸びをする。

 その後机のゴミを捨てにゴミ箱へ行って、そのまま食堂へ向かう。


 これがいつしかルーティーンになっていた。


 今日もそのルーティーンに倣って大伸びまでしたところで、後輩の市川さんが顔を出してくる。


「神野さーん。お昼いきましょー!」


 市川さんは私の向かいのデスクを使っていて、製品開発のこの職場には数少ない若手女性社員だ。

 お互いの都合が合えばお昼は一緒に食べる仲良しさん。


 市川さんはいつも午前の仕事にキリがついたところで声をかけてくれる。

 今日は私も今終わったところだし、一緒にご飯行けるや。


「うん! 行こ行こー……っ!」


 食堂に向かおうと立ち上がろうとしたとき、ふくらはぎが軽く張って思うように立ち上がれなかった。


 不意にバランスを崩してとっさにデスクと腰に手をつく私を、市川さんは心配してくれる。


「え、大丈夫ですか? ぎっくり腰?」


「わたしゃまだ二十七だよ! これは……筋肉痛、的な? うん、筋肉痛!」


「えー、何やったんですか?」


「うーん……。ランニングを、ちょっとだけ?」


 まさか、孝太くんとの朝練で……?


 朝練って言っても、私ほとんど動いてないし。

 動いたといえば一対一のディフェンスと、帰りのランニングだけなのに……。


 やっぱりちょっとサボると、すぐ鈍っちゃうなあ。


 まあ、足は張ってるけどちょこっとだし、日常生活に支障もなさそうだし、問題なし!


 それよりも、私がロングシュート決めた時の孝太くんの顔!何度思い返しても気持ちいい!

 めっちゃ悔しがってたもんなー。


 あー、久しぶりに運動して楽しかったな。


 孝太くんが引っ越してきてから会社こっちの部活には顔出せてなかったけど、まあまあ動けた方かな。


 明日も孝太くんとバスケしたいなあ。

 もっと孝太くんにいいとこ見せたいなー。


 今朝の楽しかったことを思い出してニヤニヤしていると、並んで歩いてた市川さんに覗き込まれる。


「なにニヤニヤしてるんですか! あ、もしかして彼氏でもできましたか?!」


「ん〜、まだまだないかな」


「”まだまだ”ってなんですか?! ちょっと、聞き捨てなりませんよ!!」


「ちょっと落ち着いてよ! ここ会社!」


 私は興奮する市川さんをなだめながら食堂に向かう。


 ……いてて、気にし出したら上腕と肩も気になってきた。

 次からはちゃんとクールダウンの時間もとろう!


 明日も勝つぞ!

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